キリキリ、キリキリ。
夜、その音を聞いた時、“ソイツ”は現れる。
黒いローブを身に纏った、まるで死神を思わせる存在。だが本物の死神ではない。死神は死んだ者の魂を奪うが、殺して奪うようなことはしないからだ。
目にもの止まらぬ速さで動いたソイツは魔法使いを殴り殺し、肉体がミンチになるまで殴り続ける。
ソイツは巷で「キリキリ」と呼ばれるようになった。
その被害自体はまだ少ない。だが殺しても殺し足らぬ、その垣間見える異常なまでの殺意から、震える者も少なくなかった。何せ被害は老若男女関係ない。出会ってしまえば、捕まってしまえば、殺される。
この件に早期に介入したのが、魔法界のバランスを保つのに貢献している煙ファミリー。
キリキリの目的は、純粋に魔法使いの殺害であると推測された。また魔法が身体強化系の類ではないか、ということも。
被害の場所は一定の地域で、現れるのはいつも夜。明かりのない暗闇に紛れ、魔法使いを襲う。
格好は前述の通り黒いバスローブで、顔はフードに隠され見た者はいない。背格好はおよそ成人男性。
犯人を調べるのは意外にも造作ない。ケムリとは千差万別で、コレ本当に役に立つのか?というものから、幻とされる「時を操る魔法使い」──なんてものまである。
それゆえに、特定の人物の居場所を探るケムリを持つ魔法使いもいるのだ。
煙ファミリーは幾千の構成員を持つ巨大組織。幅広い事業を展開しているため外部とのつながりも広い。その気になれば、ど田舎の魔法使いの経歴を調べることも可能。
つまり、必要になる魔法使いも簡単に揃えることができる。
そして、とある町の廃墟で発見されたのは、ローブを纏った一体の機械。
見つかった直後それは仕組まれていたのか、煙ファミリーの部下を巻き込み爆発した。部品一つ、まるで証拠一つ残さないというように機械は破壊された。
この一件を経て、各地に「キリキリ」が出現するようになった。
魔法使いがその音に震える日々が始まったのである。
⚪︎⚪︎⚪︎
さぁ、始まりました、魔法界で起こった同時多発的「キリキリ」事件。
実況はボクこと、小夏ちゃんでお送りするぜ。
その「キリキリ」の犯人はまぁ、ボクなんだけどね。むしろこんなすごい発明ボク以外にできねェとまで、自負できる。
アイ=コールマンが死んでから一年。
泣いたり、怒ったり、恨んだり、憎んだり。圧倒的に占めるのは負の感情の毎日だった。
アイくんを殺したのは魔法使いなわけで、連中に対する憎悪が天元突破してしまった。好きな人を殺されたら、そりゃあ殺したくなってしまうでしょ。殺し返さなければならないでしょ。
ボクの感情はあの日、彼が死んだ時もろもろぶっ飛んでしまったようで。普通なら自分の手で回すはずのダイヤルが、勝手に回り出すようになった。ボクがいじったわけではなく、純粋に故障である。
原因は内蔵された機械が、ボクの脳内で起きた感情の変化に耐え切れなかったため。改めて恋のパワーって、すごいと思う。
その結果、装着している者の感情に合わせて回るようになった。直せばいいんだけど、直していない。だって回さなくとも、吐いて捨てるほど殺意が湧き続けている。
だいぶ前に悪魔を倒そうと画策していた時のように、今は魔法使いを殲滅すべく頑張っている。
だから“発明家リンリン”も今は休業中。世間体には「スランプになってしまった…」としてある。この先無事に魔法使いを殲滅できたら、発明家リンリンもいなくなるけどね。だってボクも魔法使いだし、例に漏れず死ななくちゃ。無論最後だけど。
そしてモリモリな殺意を抱えて一年経ち、実行した計画。
色々と準備するのに時間がかかっちまったぜ。ボクのケムリを搭載した、たくさんのロボットを作ったわけだからな。
ボク自身が動いてもいいけど、そうなると一人一人殺すのに時間がかかる。
ならケムリを相手にかけて「オニ」を量産すればいいんじゃないか、って話になるけど、それができない。魔法使いは人間より頑丈だから、ボクの魔法がかかると純粋に肉体の力が増すだけで理性も失わず、ほかの奴を襲ったりしないのだ。これでは、かけ損である。
だからといって人間を「オニ」にして、利用するわけにはいかない。
だって今のボクの行いは、魔法使いに殺された“人間”のアイ=コールマンへの弔い兼、復讐。そのために人間を使うわけにはいかない。
だからヒト型機械を用意した。機械のモチーフはアイくんで、『アイクーン1号』から始まり、四桁近い数がある。寝る間も惜しんで作った甲斐があった。一緒に魔法使いを滅ぼそうぜ、アイクーン!
アイクーンは魔法界の各地に設置してある。ボクが起動さえすれば、一斉に動き出すだろう。たとえケムリを追ってきても同じケムリを持つ機械が999体いるから、ボクも含めて1000。それ分の一に行き着くのは難しい。
まだ稼働していない機械に接触すると、自動で周囲を跡形もなく吹っ飛ばせるよう爆弾が仕掛けてある。
ただ、これは発明家のサガだから、ボクの発明品である“記号”は残してある。それがダイヤル。これは電波を受信する部分にもなっている。稼働するとキリキリと回り出すのだ。
まぁ、ボクの頭にダイヤルが付いているのを知っているヤツなんて、悪魔くらいしかいないだろう。外に出る時はマスクをつけるし、ダイヤルが隠れる。回すのも発明品を作る時くらいだから、マスクの上から回すこともほとんどない。
「まずは一体ずつの稼働。そして
ボクを探っている、煙ファミリーへの懸念はあるけど。
奴らには魔法界最強と謳われる男、煙がいる。その魔法は、「キノコにする」という能力。
だがこれがボクの機械と相性が悪い。だってその魔法は
おそらくボクの正体がわかるのも、時間の問題。果たしてそれまでに魔法使いを皆殺しにできるのか。
──できなくとも、その数を大量に減らすくらいはしてやる。
「あぁ、自棄さ。ボクは自棄だ。好きな男の子が殺されて、すべてがどうでも良くなっちまってるんだ。そして「自分が自暴自棄である」と把握できる冷静なボクも残っているんだ。でも、しょうがないじゃないか。止まらないんだもの、殺意が。憎くて憎くて、殺したくてしょうがない。ボクから彼を奪った魔法使いどもが」
最近は──というより発明家リンリンをお休みしてから、屋敷に訪れる悪魔の数は減った。今はハルちゃんくらいしかいない。悪魔が興味を持つ発明を作らなくなったのだから、それも当然だ。
面白い物を作らなければ、彼らにとってボクはただの魔法使い。価値のない存在。でもそれが本当は一般的な魔法使いの在り方。悪魔が常日頃、周りでウロウロしている生活を送っている方が異常なのだ。
『「愛」に狂った、愚かな魔法使いよ』
と、ボクの隣で作曲しているハルちゃん。彼女だけは残っている。ボクの側に残ってくれている。彼女がいなかったらボクは復讐さえできず、根本からポッキリ折れていただろう。ボクの心は壊れて、終わっていただろう。
ハルちゃんはボクを止めない。それが本当に、ありがたい。
『言っただろう、私に導かれるお前の人生は終わった。お前はすでに自分の足で歩いている。どこへ向かうか、その選択をするのはお前自身。私が決めることではない』
「…本当は止めてほしいと、思ってるかもしれないよ?」
『バカめ。私が止めてもお前は止まらない。それが「愛」だ。お前を暴走無限列車にさせた感情の正体なのだ。私も愛に狂っているように、お前も狂って、狂わされている』
「狂ってる、か」
恋なんてしなければ、今頃楽しい発明ライフを送っていたのに。度し難い。
『でも私はお前に死んでほしくないよ、小夏』
そうやって最後に本音をちらつかせるとこ、ずるいぞ。
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ワル〜イ奴には、いつだって年貢の納め時がある。
巨大組織相手に孤軍奮闘で一年保ったのは、よくやった方だろう。『アイクーン』もすでに半数以上壊れてしまった。
決戦の地はボクの屋敷……だったもの。突然の強襲による巨大なキノコによって、屋敷はほぼ半壊だ。何ということをしてくれやがったのでしょう(劇的ビフォーアフター)。
「まさか貴様が黒幕だったとはな、発明家リンリン」
ボクの前には、生やしたキノコの上に立つ一人の男がいる。短めの赤髪の逆立てた独特のヘアースタイル。この男こそ煙ファミリーのボス、煙。
ケムリを出そうとした両手は、一瞬のうちにキノコにされた。ついでに足も。この男、ケムリの発射速度もそうだが、量も多い。ケムリを吐く部位が口からだからだろう。
キノコになったボクの手足がどんな味なのか気になるが、今は食っているどころではない。ハルちゃんが不在だったのは、幸いだった。
キノコから降り立った男は、転がっているボクの両足を、両手を踏み潰す。痛みはあるが、脳をご開帳させた時に比べれば屁でもない。でも痛いもんは痛い。
キリキリ、キリキリ、ダイヤルが回る。
「ガキにここまでしてやられたとな」
「ギャハッ! …まぁ、ボクは天才だからな」
ボクの意図したわけではない発明のおかげで、魔法界の利便性が飛躍的に上がった。そこは純粋に褒められるべきだし、さまざまな賞をもらったことがある。
実を言えば、この男とも面識がないわけじゃない。デカいパーティーや行事に誘われることもままあって、ハルちゃんに促されるまま参加したことがある。社交性を身につけるのもうんちゃらかんちゃら、と言われて。アレもきっとボクを自立させるための一環だったのだろう。その中で煙とは過去に一度二度話したことがあり、これまでの功績を讃えられた。
「俺の部下を殺したツケ、今ここで払ってもらうぞ」
メラメラと殺意が感じ取れた。一年の間で殺せた人数は思ったよりも少ない。途中から魔法使いの反応は二分化して、犯人を殺そうとする者と、恐れて引きこもる連中といった感じだった。
それでも社会を震撼させるテロリスト扱いを受けている。いやあ、照れますなぁ。
「最後に動機だけ聞いておこうか、発明家リンリン」
「動機? 動機ねぇ……何もかも嫌になっただけだ」
この世界の空は本当に、憎いほど青い。ホールは基本曇天だ。
この空をアイくんは見たかったのだろうか?
彼が価値を見出すほどの魅力が本当に、この世界や魔法使いにあったのか?
それは彼のみぞ知る。
今のボクにはこの空の色が、目に焼き付いてしょうがない。
ボクをこんな
ボクをひとりに、しないで。
ひとりぼっちはいやだ。
ヤなんだ。
こわい。
一瞬、視界がフラッシュバックした。
過ぎったのは血まみれの女性が地べたに転がって、ボクに手を伸ばしている光景。この世の終わりみたいな顔をして、何かを叫んでいた。胸の奥が苦しくなって、息が荒くなる。
呼んでいる。ボクの名前。
──────小夏。
ほら、聞こえる。ママの声が。
『おい起きろ、小夏』