工場を出て、晴れて自由の身になったボクこと、小夏。ハルちゃんに名前の由来を聞いたら、彼女が「
確かに今は全体的に骨と肉しかないけど、すぐに身長は伸びるさ。肉を食べれば、きっと。
ただ生活するにしろ、一人では生きていけない。ハルちゃんは気まぐれにボクを助けてくれただけだから、これ以上アテにするわけにはいかない。何より、見返りを求められそうで怖い。
ボクのような底辺──下級魔法使いの子どもは、徒党を組んで盗みをしている奴らもいるそうだ。ちなみに魔法使いの子どもを攫う連中は、「
『いいか、お前はこれから一人前の魔法使いにならなくてはならない。せっかく私が助けてやったのだからな』
「一人前になるって言っても、ボクは右手の人差し指からしかケムリを出せないんだぜ? それに能力だって、身体能力を少しブーストするくらいしかできない」
『バカめ。──────「バキャめがキサマ」詩・曲 私』
「えっ?」
そう言い、突如ハルちゃんが歌い出す。何語を話しているのかてんでわからない。しかも声量が鼓膜を平然と破って来そうなほどうるさい。これが悪魔、悪魔なの……?
『フフ…私はその時感じたことを歌にするのが好きなのだ。どうだ、感動しただろう』
「何を言っているかわからなかった…」
『何? …あぁ、そうか。悪魔語だったか。だがスゴさは伝わっただろう?』
「…ウン」
悪魔語翻訳機を作りたくなってきた。作るには、悪魔語とボクらが使う言葉をまず照らし合わせて……膨大な量のデータになりそうだぞ。そもそも悪魔語を知るには、悪魔に協力を求めなくちゃならないのか。エリートならまだしも、底辺なボクのお願いを聞いてはくれなさそうだ。だとしたら地道に────、
『オイ、私を差し置いて思考に耽るな』
デカい手に頬を摘まれようとした。残念だが、ボクには掴めるほどの肉はない。だから無理やり掴まれると痛い。涙がちょっぴり出たぜ。
「うっ、ふぇぇ…」
『ヌッ!? ……な、泣くんじゃない、これくらいで。貧弱な魔法使いだな』
あたふたとするハルちゃん。タネも仕掛けもなく、お菓子を手のひらに出現させ、ボクの口に突っ込んできた。大量に。
息ができないんだけど、殺す気満々なんだろうか。
でも腹が満ちて、気分は直った。
『──オホン、ではまず、お前が生きるためにできることといったら何だと思う』
「えっと…まず、
『それは当たり前だ。お前は力を付けることも必要だ』
つまり、体を鍛える。自分を鍛えるより、自分を守れる武器や機械を作った方がボク的にはいいんだけど、魔法の前ではそれが全て役に立たない場合もあるから、鍛えておいて損はないと。というか、鍛えねぇと許さないと。
『フム、私がキサマを鍛えてやるのも一興かもな』
「…悪魔ってかなり暇なんだね?」
『言葉に気をつけろよ、暇ではない。やることはたくさんある。なにせ、悪魔になると次から次へと創作意欲が湧くからな!』
ハルちゃんは悪魔になってから、そこまで時間は経っていないらしい。新米悪魔だそうで。
あと、元は女性だから、「彼女」である。悪魔になったら性別とか大した問題じゃないんだろうけど。そもそも見た目が二足歩行のバケモンだし。
『誰が二足歩行のバケモンだと?』
土下座をして謝った。悪魔に思考を読まれないようにする機械も作らなければならないかな。いや、無理かもしれない。悪魔は全知全能だから。でもトライアンドエラーだよね。当たって砕けろ、小夏ちゃん。
「ハルちゃんが鍛えろというなら鍛えるよ。でもわざわざ悪魔様の手を煩わせずとも、戦闘用の機械を作ればいいんじゃない?」
彼女に運ばれている時にボク、下にいた奴らがボールを投げて遊んでいる光景を見たんだよね。人型の模型を作って、その口から出るボールを避けるの、きっと特訓になると思うんだ。もちろん当たったら大怪我をするように作らないと、特訓のしがいがないよね。やるなら死ぬ気で──そう、死ぬリスクを背負ってしないと、つまらない。同時にボクの魔法を使いながらやれば、一石二鳥の特訓じゃん?
『ボッコボコになって、キサマが死ぬ未来が見えた』
「へぇ、すごい! 悪魔って未来も見えるの!?」
『バカめ。未来は視えないこともないが、予想だけで死ぬのが簡単に想像できる、という意味だ』
「えぇ…」
ハルちゃん的にはでも、ボクのアイディアは面白いらしい。作って魔法使いに試してみたい旨を話す。悪魔もボクと同じでクリエイティブなんだね。
で、特訓はまぁ、体に重りをつけてボクが走る後ろで、ハルちゃんが槍を持って追いかける──というような内容になった。ボクの命を奪いかねないのが機械から、悪魔に変わっただけな気がする。おかしいな…。
『あとは、どう生活していくかだな。お前の発想する物は面白いし、悪魔たちにウケると思うんだが、悪魔市場を展開してみるのはどうだ? 路銀も稼げるぞ』
「悪魔市場かぁ…なんか動悸がドキドキしてきちゃう……」
『一歩間違えれば、悪魔偶像に引っかかって侮辱罪で極刑になるが』
「ボク、魔法使いマーケットを目指すよ!」
『そうか? 勿体ない…』
いつか、ボクの名前がついたブランドを展開できたらいいよね。みんなの喜びの声が聞けたら、舞い上がっちゃうぜ。
でも果たしてそれで、ハルちゃんの言う「一人前の魔法使い」にボクはなれるんだろうか。むしろ遠ざかっている気がする。
「というかそもそも、どうしてハルちゃんは、下等な魔法使いであるボクに肩入れしてくれるの? ボクはエリート魔法使いでもないのに」
『何だ、私がお前に目をかける理由がないと不安か? 悪魔の私が言うのもなんだが、悪魔の行動に理由を求めない方がいいぞ。理由なぞ、私たちにはあってないようなものだからな。面白ければそれでいい』
「じゃあ理由らしい理由はないんだ」
『いや、まぁ、あるにはある』
ハルちゃんはボクの周りをフヨフヨと漂う。見上げる巨躯が地から足を離していると、本当にバカデケェ。
『本当のところ、私はお前に名刺を渡したい』
「……………め、名刺!? ボクに!!?」
名刺。それは悪魔が
底辺な魔法使いはまずもらえないものだ。そんなすごい物をボクがもらえる? 夢に違いない。
『小夏、お前は自分の力が“身体強化できる能力”と思っているだろう』
「う、うん…」
『その考えは合っている。だが、その度合いというのが面白いのだ』
「度合い?」
曰く、ボクの魔法は確かに力をブーストできる。けれどその力の調整が、ある程度までしかできない──と、いうわけではないようで。
実際にケムリを、専門の機器で調べたことがないからわからなかった。ボクの力は、“
要するに、怒れば怒るほど、アホみたいな力が出せる──とのこと。
ただし、この力はボク自身の感情によって反応するものだから、他人に使っても極端に効果が薄れる、と。
『キサマはだが、感情の振れ幅が少ない。…まぁ、その生い立ちが関係しているのだとして、ついでに力は使いようによって強力だが、ケムリの放出可能量や、発射位置とその大きさがゴミだ。管の太さや数には恵まれているようだが、まともにケムリを出せなければ話にならん』
「ゴミ……」
『しかし、管の太さや数には恵まれていると、このハルちゃんは言っただろう』
「ゴミ…」
『手術、という手もある。さすればゴミのような体の作りもマシになるだろう』
「………」
ゴミは言い過ぎなんじゃないだろうか。せめて「クソ」と言って欲しかった。ゴミはこう、精神にクる。
「そこまで考えてくれるなら、悪魔パワーでボクの体をどうにかできちゃうんじゃないの?」
『
「ご、ごめんなさい…」
そうだ。こうして助けてもらって、剰え目にかけてもらっているだけで超絶ラッキーガールじゃん、ボク。
手術は一般魔法使いならとんでもない額だそうだが、ボクの特技兼趣味の機械いじりが軌道に乗れば、お金も貯まるはず。まずはこんなガキでも働かせてくれそうな場所を見つけて、チマチマ作って行きたい。
それに。
「ボクが有名になったら、出会えるかもしれないからね、“あの人”に」
『……あの人?』
「あ、ハルちゃんには言ってなかったね。ボクの……多分、お父さんみたいな人」
ボクの顔が新聞に載りでもしたら、この広い世界と言えど、目につく可能性は高くなる。だからこそボクのブランドを立ち上げるのって、結構いい方法なんだ。これもまた一石二鳥だよね。ボクは好きな物を作れて、ついでにお父さん(仮)を探せる。いや、お金も稼げるかもしれないから、一石三鳥じゃん。
『母親のことは覚えていないのだな』
「お母さんのこと? …うん、あいにくね。お母さんにも会えたら会いたい。でもお父さんっぽい人が記憶に残ってるから、お母さんよりお父さんかな」
『…フン、まぁせいぜい頑張るといい。このハルちゃんが応援くらいはしてやろう』
「うん、ありがと!」
『行く行くは、ホールで魔法の練習をできるレベルのケムリを出せるようになれ。向こうへ渡るのに必要な“ドア”を作るためにも』
「あいあいさー!」
ホール、実は一度は行ってみたかったりする。魔法使いと同じ見た目なのにも関わらず、体の作りが違うらしい彼らの体を解剖してみたい。どうボクら魔法使いと違うのか、知りたい。
手っ取り早く比較対象として、魔法使いの体の構造も知りたいな。いずれ誰か殺して中身を解剖してみよう。流石にボクの中身をいじったら、出血多量で死んじゃうからね。まぁ修復系のケムリが手に入ったら、自分の中を見てみてもいい。というか、一度は自分の管の構造などがハルちゃんの言っていた通りなのか、切り開いて確認しないと。
『フフフ、好奇心旺盛なデンジャラス=ガールだな』
「……ボクの頭の中のぞかないでよ、えっち!」
やっぱり先に、悪魔に頭を覗かれないようにする機械が先だ。
***
工場から出て数年経ち、小夏はバイトをしながら出た給料の大半を研究費につぎ込み、色々と作っていた。材料はゴミ捨て場から拾ってくることもあれば、買うこともある。
その他の、例えば食事なんかは、ゴミ捨て場に行ったついでにハエが集っているのを拾い食い──するような、頓着しない性格になってしまった。というよりどんどん創作にのめり込み、風呂も食事も睡眠も、三代欲求が開発欲を前にして負けてしまっている。まさしく、天性の研究バカ、である。
その間、熱血指導のハルのもと、全体的な肉体のステータスは飛躍的に上がった。仮に夜、子ども一人で出歩き危ない輩に狙われても、無傷で対処できるほどには強くなっている。これが強者となれば、また話は変わってくるだろうが。
色々と作り、それを休日街の隅で売るような日常を送っているが、なかなか売れない。というか、まったく売れない。どうやら魔法使いには彼女の
最初こそ小夏もビビりはしたが、慣れてくる。だんだんと金を稼ぐことより製作がメインになり始めていた中、ある日はじめて彼女の品が売れた。悪魔ではない、魔法使いにだ。
基本的にみな悲鳴を上げ、逃げていくことが多い小夏の品。それを本人は「楽しんでいる!」「喜んでいる!」ととらえているのだ。ズレている。
使い勝手の良さよりも、そこには彼女の感性の“面白さ”が詰め込まれている。危険なほど、異形なほど、その面白さの価値は彼女の中で上がる。その考え方が悪魔とフィットするゆえ、小夏の発明品は魔法使いより悪魔にウケるのだ。
そうして悪魔が品を気に入り、これまた彼らが作った珍妙な品(魔法使いの生首を乾燥させたネックレスなど)と交換したり、着実に悪魔市場では彼女の発明品が人気になり始めている。
小夏はその事実を正確には知らない。「人気で嬉しいなぁ」程度だ。コイツ、楽観的である。
「いやぁ、100個めにしてようやくかぁ…」
99個は魔法使いには売れなかった。人々は
ヘッドフォン型の、少々大きいが、中にケムリを入れて持ち運べるタイプのクーラー。それが小太りの、いかにも汗っかきな魔法使いに売れた。
それぞれが個性的で、ニーズが違う悪魔なら別だが、魔法使いならばウケるポイントはそれなりに共通している。
小夏のこの品は口コミで広がり、次に露店を出したときには、同じ品を幾人にも求められる状況ができあがり。
かくして、はじめてのヒット商品が誕生する。
「……手術、受けられちゃうじゃんね」
突然舞い込んだ、不相応に思える大金。
ヒットした商品を作る機械を作る──という、奇妙な構図に追いやられながら、彼女は手始めに人差し指以外からケムリを出せるよう、手術を受けることに決めた。
そして、儲けた金をすべてつぎ込んだ結果、無事手術は成功し、すべての指からケムリを出すことが可能になったのである。
「やったよ! ボクやったよ、ハルちゃん!!」
『あぁ、次は精神面を鍛えないとな』
「………んえ?」