いよいよもう少しで原作に入れそうです。
気づけばアイくんと会ってから、半年以上経っていた。
その間、煙ファミリーと十字目のアジトを往復して、偶に死んだようにハルちゃんのお腹に顔を埋めて寝ている。彼女はボクの変化に気づいているようだったが、また見守るスタンスらしい。
彼女に言われずとも、今のボクなら自分の感情がわかる。
好きなんだよ、彼のこと。壊くんのこと。
果たしてアイくんだから好きなのか、壊くんだから好きなのか、その線引きは曖昧だけど、もうまとめて好きと思った方がいいのかもしれない。
でもアイくんの温かさを持つ壊は、時折どこかチグハグとして、おかしい。言葉にするのは難しいが、アイくんのことが好きだったからこそ、何か違うのだとわかる。
何が違うのが、何を根拠にボクはそう思うのか。
──ほら、“ウロボロスの輪”ってあるだろ?
あんな感じで、悩み始めたら眠れなくなる。この慢性的な睡眠不足をどうするか悩んで、思いついたのは自分の想いを吐露すること。
側近くんたちはボクとの約束を守って黙っている。
ここはもう潔くなった方が、自分のためな気がした。元々アイくんのケガが完治したら想いを告げる気だったし。
渡す物は何がいいかな。結婚指輪──は、違うよね。プレゼントって相手が便利に思うものがいいんだよね? 壊くんなら普段使うのがナイフだし、刃物がいいのかもしれない。
悪魔でも切れる包丁をあげたら喜びそうだけど、アレは絶対に渡せない。
「いいや、食い物にしよ」
壊くんラビオリが好きみたいだし、あの野郎の腹が裂けるほど大量の料理を注文してやる。もちろん高い奴をな。絶対彼は腹に入ったら皆同じ、な精神だが、渡すなら値の張るものがいい。
そして、エリート魔法使いが出入りする店に彼を誘った。二人で出かける時はかつての雰囲気を味わうように、マスクを外して出歩いている。
最悪のケース、ボク(発明家リンリン)が十字目と関係があったことがバレるかもしれないが、その時はその時だ。自分の命より、こうして彼と過ごす時間の方が大切なんだ。
今日は貸切。店に着くと、在庫が尽きる量の注文をする。店員の目がドン引きだった。
「ほんと、よく食うねぇー」
運ばれてきた料理を食べる彼を眺める。皿を持って一気に口にかき込み、一皿を数秒で完食する。皿のタワーがみるみるうちに築かれ、もはや呆れ半分だ。
ボクは一回トイレに行ってから、席に戻った。
「でさ、最近ソッチの活動の方はどうなの? 煙ファミリーは十字目に部下を大量に殺されて、いよいよ──って感じだけど」
「………」
「二つの組織の抗争も間近だよね。ボク、ワクワクしてるよ。十字目の勢力が増してエリート魔法使いはブルブル震えながら、煙ファミリーが勝つことを望んで、下級魔法使いは十字目を応援する。でも数で言えば圧倒的に底辺どもが多いのが、この世界の実情。煙みてぇなクソ強い力を持ったヤツなんて、ほんの一握り」
壊くんが魔法使いをナイフで即☆殺した様子も見たことがあるが、どうしても接近戦に出ないといけない彼は、遠距離を得意とする煙には分が悪い。あれマジでずるいよな、ケムリと胞子のコラボって、勝てねぇに決まってるじゃん。体内に胞子が入っただけでも終わりだし。
「俺が負けるとでも?」
「君に何か秘策があるなら話は変わるが………おっと、だからってボクに期待するなよ? いくら親しい君だからって、力を貸すのは余りしたくない。中立でいたいんだ」
もう暴れるのは過去の「キリキリ」の件で十分だ。魔法界をどうのこうの、という熱は今はない。何らかの要因があれば、豹変する可能性もあるが。
丸くなったって言うんだね、コレは。
「元々、お前を関わらせる気はない」
「でも、意地の悪い質問だが、ボクも魔法使いなんだぜ? 君の「魔法使いを殺したい」って目標の中に、ボクも入ってるってことになる」
「お前は半分人間だろう」
「それを言ったら君は、壊は魔法使いなのかい?」
「…何?」
君はホールにいた、記憶のない状態で。扉を作って魔法界に来たわけではなく、ドクガくんたちをホールに捨てた魔法使いの扉を使って来た。
それって少し変だよな? たまたま彼がそこに居合わせたのなら話は別だが、ドクガくん曰く、その時は雨が降っていて、ボスは
魔法使いってのは雨の気配がしたら、さっさと帰っちまうんだ。
ボクだって博士と団欒していても、雨が降ったら帰る。あの頭の痛さは嫌いだ、手足を切られる痛みよりも。
わざわざびしょ濡れになるモノ好きな奴なんて、億が一でもいない。それこそ今世紀最大のドマゾじゃなければ。
「君は“扉”を作れない。ケムリの量を見ればわかる。であれば、ホールにいた君は魔法界からホールへ行く時、どのようにして渡った? 煙ファミリーには、ケムリが出せねぇ奴らのためのあらかじめ設置されている扉があるが、君がまさか煙ファミリーにいた……なんてことないだろうし、そもこっそり調べさせてもらったが、過去の膨大な採用者リストの資料にも「壊」はなかった」
まぁ、他の奴らに扉を作らせて行った──であれば、それまでの話。
でもこの不可解な部分は、ボクに「壊=アイ=コールマン」であることを信じさせる、大きな理由にもなっている。
「アイ=コールマンは人間だった。人間だった彼は死んだ、魔法使いに殺された。君の魔法使いへの異常なまでの殺意も、魔法使いに殺されたアイ=コールマンの意思が反映されているなら納得が行く」
「………」
「何の突拍子もないボクの考えとして、聞いてくれ。君の“今”はもしかしたら、
「俺は…」
「………なぁ、壊くん」
──────ボクは、あなたが好きだ。
言った。言ってしまった。
「………」
壊くんは頭を押さえ、下を向く。たまに頭痛で表情を歪めている時があるが、大丈夫なのだろうか。
「大丈夫? 食いすぎた?」
「いや、お、レ、俺は………」
「壊くん?」
「……一番あいまいだ、だから」
医者を呼んでくるべきか焦って、腕を掴まれる。
「…………すまん、何でもない」
そう言って、ラビオリを食い始める壊くん。はい? 情緒不安定なの? なに、さっきの意味深な言葉?
っていうかおい、ボクの一世一代のセリフはスルーか?
「ハァー…何だよ、それ」
ため息が出る。一気に疲れが増した体に、店内のクラシックな音楽が遠く感じられた。
「そういや、店の魔法使い全員消しちゃうけどいいよね?」
「………」
「あはっ、沈黙は肯定ってか? 後で首が欲しかった、って文句言うなよ」
この内容が外部に漏れちゃまずいからね。盗聴器や防犯カメラも、全部まるっとまとめてサヨナラだ。
「んじゃ、帰ろうか」
時限式のトイレの後ろに設置した爆弾のボタンを押して、夜の街に消えていく。辺り一帯が一気に吹き飛ぶレベルだ。証拠は残るまい。
「────待て、「好き」って何だ」
テメェ脳内の処理能力イかれてんのか、というタイミングで壊くんが話しかけて来た。
もう制限時間は過ぎている。いくら貴様が「どういうことだ」と詰め寄ってこようが、ボクは何も答えない。恨むなら食事に気を取られていたテメェを恨みな。
実力行使に出ようとしたヤツの脛を思いきり蹴って、ボクは高速でその場から逃げ出した。
かなり激おこになったので、数ヶ月は会いに行ってやりません。
⚪︎⚪︎⚪︎
チョーっと、意固地になっていた部分はあったよね。
向こうも男子なんだから、告白してきた女の子に対して、一つや二つのアクションがあってもいいじゃん?
何ならアジトのテレビを通ってさ、ハルちゃんに「責任は取ります、俺に娘さんをください」なんて壊くんが言っちゃったりして。
ハルちゃんは「私の愛娘はやらん!!」なんつって彼を蹴り出して。
でも、そもそも小型のテレビを壊くんは通ろうとしたから、ずっと体が挟まったままだったりして。
そこに「相撲やろうぜ!」なんつってボクも来て、
最終的にゾロゾロみんなが揃って押し合いへし合いになっちゃって、
壊くんがボクにラッキースケベを起こしちゃって。「もー、壊くんのえっち!」なんつって。バカヤロー。
「会いに来てくれたって、いいじゃんか」
連絡先は渡してあるんだから、電話をくれてもいいじゃないか。
彼にとってのボクは、その程度の存在なんだろうか。姿を見せなくたって、心配もされない存在。
女々しいな。この天下のリンリン様が、数ヶ月会わないだけで根を上げちゃうなんて。
「好意」とは言わずとも、少しくらい特別な存在であって欲しかった。壊にとって──アイ=コールマンにとって、ボクという存在が。
『最近スランプのようだな、小夏』
工房で発明を作りながら大声を上げていたボクの前に現れたのは、ハルちゃん。最近じゃ発明欲よりも愛に振り回されがちのボクだから、思うように手が進まない。
「だって、だってだって、少しぐらいボクのこと心配して欲しいんだもん!!」
『かまってちゃんも困ったものだな。仕方ない、私が代わりにかまってやろう』
「結構!!」
ハルちゃんが、しゅん…とした。その様子にだんだん居た堪れなくなって、彼女の“かまって”に付き合うことにした。
トランプタワーを作りながら、ボクは愚痴を言う。相手の名前を出すのは恥ずかしいから、「彼」とか「あの野郎」で通した。
『相変わらず、お前の恋愛遍歴は特殊だな』
「好きになったんだから、しょうがないでしょ」
ハルちゃんだって、あのマッドサイエンティストなカスカベ博士のことが好きになったんだろ。
それに、誰かを愛することに隔たりを感じたくない。別に魔法使いが人間を愛したり、異形を愛してもいいじゃないか。というかその線でいうと、壊くんは別に“特殊”ではないだろう。名前を言ったわけでもないのに、相手の情報が彼女にバレているし。
「自由に愛していいじゃん。それが「恋」なんだから」
最後のトランプを積み上げて、部屋にボクの身長を優に超えるタワーが完成した。
それに二人で飛び込んで、ぶち壊す。吹雪のようにトランプの紙が室内を覆った。
それから、数週間後。
煙ファミリーが十字目のボスの居場所を見つけたことを、能井ちゃんから電話で知らされた。彼女はやる気満々に話していた。電話が来たのは、本来なら私と特訓をする予定だったからだ。
電話の最後に、「そういうわけだから、また今度頼むわ!」と。
事が急速に動く。
二つの巨大組織がぶつかり、いよいよ最終局面を向かえる。
能井ちゃんにはまぁ、生き残ってほしいと思いつつ、結末を見届けたい。どちらが勝つのか。
だが同時にボクは狂おしいほどの焦燥に駆られた。きっとハルちゃんも幾度と味合わったのだろう、ボクのせいで。
壊くんに、死んでほしくない。
でも一度愛に狂ったことがあるからこそ、ボクは狂気の道を避けて通って、事の成り行きを見守っている。だってボクにあるのは彼だけじゃないから。ハルちゃんやカスカベ博士、ストアさんなど、大事に想う人がいる。大事に想ってくれる人がいる。
数年前と比べて、ボクの心は大きく成長しているのだろう。
だからこそ、自分が薄情であると、自嘲する。