「ボク」っ娘系メカニックちゃん   作:アビ田

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Living DEAD ¿

 四年前の、ツギハギ少年()が起こした「町内会」を狙った事件。それを機に町内会は解散。

 

 以後、ホールで魔法使いに対する抑止力はなくなり、多くの人間が魔法使いの実験台にされるようになった。

 それゆえに前は割と手に入った魔法使いの死体は、中々入手できなくなった。

 

 これに苦い思いをしたのがカスカベである。

 

 こっそり魔法使いの死体を回収しに行っていた、廃物湖──彼らの死体はここに捨てられる──は埋め立てられ、「中央デパート」が建った。

 

 しかしそもそも、ろくにケムリを出せなかった心を治療したのがカスカベだ。病院に紛れ込み、自分の管を探すため腕を切り刻んていた心を発見し、好奇心から治した。普段は魔法被害者の人間を診ている人間が、だ。

 

 悪意はないが、善意もない。

 それがカスカベ──否、ヘイズという男である。

 

 

 

 魔法使いの素材不足で困ったカスカベは、魔法使い研究の第一人者であることを活かし、もし死体を見つけたら引き取らせてくれ、と周囲に話を持ちかけた。

 

 これにより、また死体が手に入るようになった。東奔西走。死体が見つかったと連絡が入ったら、車で回収しに行く。そのため病院の方をバウクスに任せきりにし、しばらく不在なこともある。

 

 

《もしもし、カスカベ博士ですか? こちらは──》

 

 

 と、ある日入ってきた電話。

 

 連絡者曰く、先日の雨が明けた翌朝、散歩中に魔法使いの死体を発見した──とのこと。

 バウクスに病院を任せ、早速カスカベは現場に向かった。性別は女性で、上半身と下半身が切れている状態らしい。

 

 死体は新鮮なものの方がいい。雨が今日明日と続いていたら、当然腐敗は進む。その降っている間、死体を発見する者は現れないだろう。ホールの雨は人体に有毒な成分を含んでいる。ゆえに雨の日に出かける奴は、ほとんどいない。

 

 また、損傷の少ない方が研究素材としてはよいが、死体にも千差万別がある。仮に珍しい力の魔法使いだった場合、それだけで彼の瞳は輝く。そう、少年のように。

 

 そして現場に着き、カスカベは死体の状況を見た。

 

 死体の体に止まっているハエを手ではらい、キズの状態を確認する。まるで長い刃物で突き刺されたような痕が、腹の至るところにあった。抵抗しようとしたのか、伸ばした腕も巻き込まれ、途中から原型を留めていない。

 

 

 ────その死体は、異常なまでの殺意によって、殺されていた。

 

 でなければ、上半身と下半身がちぎれるまで刺されるはずがない。刺されて、殺されるはずが。

 

「人間が殺したとは考えにくいし、魔法使い同士のイザコザかな? 雨で血が流されてここで殺されたのか、それとも死体だけ扉から捨てられたのか、わからないが……」

 

 カスカベは遠くから見物するヤジウマを気にも留めず、死体の持ち物を探る。

 

 刺し傷の至っていない胸を見れば、性別が女であることがわかる。格好はキャミソールの上にジャケット、下はデニムの短パンとロングブーツで、全身を黒で統一している。目につくのはマスクの上に巻かれた縞のマフラーだ。マスクをすっぽり覆っており、目元と口部分だけが覗いている。

 

 それと、腰に付けていたらしいポシェットは、ベルト部分が切れて側に転がっていた。

 

「……ケムリの瓶だ」

 

 ポシェットに入っていた、数本の瓶。白いラベルの上に文字が書かれており、「修復系」の横に、「NOI」と書かれている。後者はナンバーワン、とも読めなくもないが、おそらく魔法使いの名前だ。

 

「NOI……ノイか。この魔法使いの物ではないだろうね、体が自動で修復するなら、わざわざ瓶に入れて持つ必要はない」

 

 修復系の魔法は、魔法使いでも極めて珍しい。カスカベも実物を見たことがないほどだ。それが手に入っただけで、今回は収穫が大き過ぎる。

 

「でもなぜ、この魔法使いはマフラーを顔に巻いてるんだ?」

 

 カスカベの手が、マフラーに伸びる。外すと鳥を思わせるマスクが露わになった。

 

 そのマスクを彼は、見たことがなかった。でもそのマスクの下の顔は、見覚えがあった。

 

 

「ハ、ル? ………いや、違う」

 

 ハル。彼の妻で、もう長いこと会っていない妻。年齢的にイイ歳だが、彼女の魔法を考えれば若い見た目でも納得が行く。

 

 だがその金の髪留めを見れば、この女性が妻ではないのだとわかる。かつて一人の少年が渡したらしい、その髪留め。それを少女は癖なのか、よく撫でるように触れていた。

 

 カスカベはらしくもなく、己の手が震えるのを感じながら、遺体の左腕のジャケットの裾をまくる。そこにある、蛇がとぐろを巻く刺青。肘下から手首にかけて存在する、その模様。

 

 

 

「………あれ?」

 

 

 視界が、不明瞭になる。

 

 

 カスカベはその時、己が泣いているのだと、理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 マステマでの煙と十字目のボスの戦いから、三ヶ月後。

 

 その戦いでマステマは煙のケムリによって、キノコに覆われることになった。これがのちに、「DEATH(デス)茸事件」呼ばれる出来事である。

 

 この事件で煙は、拭い切れない違和感を感じていた。

 

 ボスやリンリンはキノコになったはずである。

 

 当時煙は攻撃を受け、怒りで我を忘れてケムリを吐き散らした後、正気に戻った。

 そのとき彼は、視界の先で扉と首のない死体の後ろ姿を見た。その死体が、ダランと腕を垂らしているリンリンを抱いていたのも。

 

 あれは夢だったのか、それとも現実だったのか。その答えがわからず煙は過ごしている。

 

 

 だがマステマの事件以降、十字目の魔法使いを狙った犯行は減少傾向にあり、ボスは姿を現していない。黒い粉については未だ広く、密に流通しているようである。

 

 また、近年の魔法界の発展に貢献した発明家リンリンについても姿を消した。

 

 果たして十字目のボスとリンリンがどのような関係であったか、調べても情報は出てこない。そもそもリンリン自体、“発明家”以前の経歴は明らかになっていない。それを言うなら、壊の方が謎に包まれているのだが。

 

 当然だが、発明家リンリンとの提携は取り消し。煙ファミリーにあった工房も取り壊しになった。リンリンの屋敷に繋がっていたベッドの下の道については、その道の存在が知られる前にすでに塞がれ、何もない壁に戻っている。

 

 

 

 

 

 そんな中で、一人の少女は鍛錬に励んでいた。

 

 掃除屋になってから、二年と少し。可憐な少女だった能井はすくすくと成長し、立派なシックスパックを持つアマゾネスへと成長しつつある。身長も、約180センチある煙を抜かした。

 

 心にはまだ届かないが、向こうは最近あまり伸びなくなってきたのに対し、彼女はまだまだ伸びている。この異常成長や怪力は、悪魔化の名残である。

 

「そんなにイライラして、どうしたんだよ」

 

「…あっ、センパイ!」

 

 シャツに短パンというラフな装いの心が、持ってきたペットボトルを能井に投げつける。彼女はそれを受け取り、顔にかけてから一気に飲み干した。

 

「いやぁ、まぁ、ちょっとね」

 

 トレーニングルームの隅にあるベンチ腰掛けた能井。その隣に心も座る。

 

「まだリンリンのこと気にしてんのか?」

 

「気にしてないっすよ、あんな野郎!」

 

 十字目のボスとリンリンの関係を知り、誰よりもショックを受けたのは能井だった。普段は「っま、いいか」で済ますような彼女が、まだ引きずっている。

 

 実際リンリンと壊が話していた様子を、能井は見ていない。煙の証言なら疑惑を持つが、彼女のパートナーも明らかに親密な間柄だった二人の様子を見た──という。

 

「煙さんは発明家リンリンが十字目側だった──としていたが、俺はあん時、あの女と少し話したんだよ」

 

 十字目側でも、煙ファミリー側でもない。リンリンという魔法使いは、十字目のボス(彼女の発言で明かされた「壊」という男)を愛していた。彼がそこにいるから、その場にリンリンは現れた。

 

「何だよ、妙にあの発明家野郎に肩入れするじゃないスか、先輩」

 

「バカ、お前を気遣って言ってんだろ」

 

 十字目のため、ではない。()()()()に、動いたリンリン。

 意図してリンリンが裏切ったわけではないとわかれば、能井の心の負担も減るのではないか、という心の考えだ。

 

「………」

 

 能井は心を見つめ、下を向いてしばし沈黙し、突如立ち上がる。

 何かに吹っ切れたように、あるいは振り切るように。

 

 

「ウジウジ考えるなんて俺らしくねぇ! もし生きてたらブッ飛ばす!! おしっ、そうと決まれば飯食いに行きましょう、先輩ッ!」

 

「……なんか、お前はお前だな」

 

「へっ、それを言ったら、心先輩もでしょーが」

 

 

 どちらか片方が倒れていれば、もう片方が起こす。

 パートナーとしての理想的な在り方。掃除屋二人は今日もまた、誰かを始末する。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 地獄にて。

 

 毎回恒例となりつつある映画。

 

 第三作品目、【壊れゆく君】は映画化────されなかった。ハルのストップがかかったのである。彼女の許しなしで放映もできるが、そこら辺は割としっかりしている悪魔たち。変なところで生真面目だった。

 

 ただ円盤化はされ、鑑賞は可能になった。

 

 これからは“奇代”の発明品で遊べないということで、悪魔たちのショックも大きい。それほど発明家リンリン、「玩具箱」の存在は大きかった。

 

 

 

『うぅ…このハルちゃんと小夏の別れのシーン、何回見ても泣けるにゃー』

 

「ぐすっ……ふ、ふだりが、じあわせになっでほじい゛ですっ…!」

 

 

 テレビの前で鑑賞する悪魔、ダストン。彼の隣には、悪魔試験中の候補生がいる。試験の過程で付ける重い甲冑を身にまとい、少年は顔を拭う。

 

 彼がダストンの気まぐれで見させられている、この映画。ワン・ツーと見て、今はスリー。色々と衝撃的な内容だらけだが、それよりもハルや小夏といった人物に感情移入し、主に顔面が悲惨なことになっている。

 

 しかし、壊が小夏をブッ刺しているシーンをダストンが笑っているところだけは理解できなかった。これが悪魔だ。

 

『これをみんなで観れなかったのは勿体ないにゃー』

 

「…あの、質問なんですが、悪魔ハルと小夏は母と娘の関係なんですよね?」

 

『おう、そうだにゃー』

 

「ワンではそこら辺について詳しく触れられていなかったんですが、ハル──「春日部」は、娘と再び出会うために悪魔になった。でも俺、“地獄放送”で勉強したんですけど、悪魔になる魔法使いは死ぬのが怖いから、悪魔を目指した人がほとんどなんですよね?」

 

『よく勉強してるにゃー! そう、俺たちは基本、死ぬのが怖くて悪魔になったヤツばかりにゃー。だからハルちゃんみたいなのは珍しい。かく言うお前も、死ぬのが怖くて悪魔を目指してるんじゃないかにゃー』

 

「はい。地獄は怖いですから…」

 

『それだけじゃねェ。ハルちゃんは他にも変わってるところがあるんだにゃー』

 

「変わっているところ?」

 

 ダストン曰く、悪魔は試験の過程で不安や悩みといった、人である上で逃れられない感情から解放されるに至る工程を経る。

 

 そして、ワンランク上の生き物に変容する。そうすれば心も体も、魔法使いだった時とは大きく変わる。たとえそれまで恐れていた者も、最強の肉体では取るに足りぬちっぽけな存在になる。ゆえに、恐れなど抱かない。

 

 それは同時に誰かへの執着も同じである。友人、家族、恋人────彼らに対する感情も自分より下の生き物、「魔法使い」として分類される。だからといって、完全にそれらへの情がなくなるわけではない。だが、ハルほどがんじがらめになることはない。

 

『ハルちゃんは、悪魔になっても変わらず娘を愛し続けている。それがまずスゴいんだにゃー。まぁ、魔法使いの時から見所のある奴だったけどにゃー』

 

 腕を組み、ウンウンと、首を縦に振るダストン。

 その側でエンディングロールを見ていた少年は、ふと疑問を抱いた。

 

 

「そう言えば、ワンの話なんですけど、小夏は記憶を失ってて……それで、ちょっと気になったんです」

 

『何がだにゃ?』

 

「映像だと、小夏が春日部と引き剥がれるシーンはお互いが手を伸ばしている、ワンの中でも屈指の名シーンだと思うんです」

 

『俺もそのシーンは大好きだにゃー』

 

「けど……普通母親と切り離されたくらいで、そう簡単にこれまでの記憶を失ってしまうでしょうか? それも、大好きな母親のことを…」

 

 話の中では小夏の精神が脆い描写もされており、ショックで記憶を失った──というのは、納得がいく。

 しかしそれを現実的に考えると、疑問に感じてくる。

 

『そこは制作の難しいところだにゃー。大衆向けにすると、どうしても過激なシーンはマイルドにしなくちゃいけなくなるんだにゃー』

 

「過激…ですか」

 

『しっかしそこに目をつけるとは、お前も見る目があるにゃー』

 

「?」

 

 ダストンはそこでなぜか、周囲を見渡す。実は現在二人がいるのは、リンリンの屋敷である。中はハルがまめに掃除をしているため、依然と綺麗なままだ。リンリンが不在の今、実質ここはハルの屋敷となり、悪魔たちの遊びスポットになりつつある。

 

『…うん、大丈夫そうだにゃー』

 

 ハルの気配がないことを確認したダストンは、口を開く。

 

『確かに、母親と離されたくらいで、って考えるのもわかるにゃー。でも、ちゃんと娘が壊れるに足りる理由があるんだにゃー』

 

「その理由って何なんですか?」

 

『小夏は見たんだにゃー。頭から血を流す母親が、自分に手を伸ばす様を。ただ、それだけじゃない、その場にいた狩人(ハンター)は一人だけじゃなかったんだにゃー。複数人に春日部とその娘は襲われた。そして────』

 

 

 

 目の前で、大好きな母親が体の一部がもげようとも、何度も自分の名前を呼ぶ姿を目の当たりにした。

 暴力と、血と、母親(ハル)の悲痛な声。その光景はまだ幼かった少女にとって、心にどれほどの傷を負わせるものだったのか。

 

 

 

 悪魔からすれば、この二人の愛情劇は文字どおり「()()()」。

 

 だが、映画を観たことで、より小夏やハルに感情移入をしているこの候補生の少年にとっては、二人の悲劇を笑いながら語るダストンの姿は“悪魔”そのものだった。

 

 

『面白い話だろにゃー。あるいは娘よりブッ壊れておかしくない春日部が、それでも娘のためだけを想っていたのが、見所があると言わずして何と言うのかにゃー』

 

「………」

 

 

 候補生の少年は今、この生き物を目指しているのだ。

 絶望を塗りたくった絵画を、心から楽しく思えるような、そんな存在に。

 

『そういやハルちゃんは、夫にまだ会ってなかったにゃー…。娘を守れなかったのが負い目になってるのかは分からないが……再開した暁には、新作の予感だにゃー!!』

 

 独りごちながら、ダストンは円盤を取り出し、パッケージに仕舞う。はたして次に回す悪魔は誰だったか。

 

「……ダストン、さん」

 

『ん? 何かにゃー?』

 

 鎧の隙間からのぞく少年の顔は真っ青だった。悪魔試験を辞退することを申し出た少年に、ダストンは首を傾げる。

 

『急にどうしたんだにゃー?』

 

「…いや、俺には悪魔、向いてないと思います………」

 

『そうかにゃー? お前が俺の今回の最後の候補生だったのに…残念だにゃー』

 

「すみません……」

 

 

 しかし仕方のないものは、仕方ない。

 その後、少年の映画を鑑賞した記憶は、ダストンによって消された。

 

 候補生としての成績は良いが、この少年は精神面でいくらか悪魔向きでない部分があった。この映画鑑賞はそれを試そう、との思いがダストンにあったが、どうやら完全に折れてしまったらしい。

 

 

『悪魔になるのも大変なんだにゃー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 場所は「ホール中央病院魔法被害者病棟」。

 

 長たらしい名前のこの病院は、心が原因で作られた場所だ。外壁にデカデカと『病』の文字が書かれているのが特徴である。急きょ作られたここは至るところがボロい。そこにバウクスは勤めている。

 

 一応責任者はカスカベだが、そのカスカベがいざという時にいない人間である。しかもその不在理由が自身の研究が理由の事が圧倒的に多いのだから、その気苦労といったら計り知れない。バウクスの頭が寂しいのも、少なからずカスカベに原因があるに違いない。

 

 

「ハァー……本ッ当に、あの人には困ったもんだ…」

 

 

 尊敬できるところもあれば、できないところもある。それがバウクスにとってのカスカベの印象で、総合的には尊敬している。

 

 バイトを雇ってはいるが、病院は仕事量が多くすぐに辞めていく者が多い。

 

 文句を言いながらもバウクスが仕事をしていれば、外で車が石をジャリジャリと踏む音がした。どうやらカスカベが戻ってきたらしい。

 

 窓から覗けば、後部座席に死体袋が見えた。今日は珍しく自宅に持って帰らず、病院に運んで来たらしい。あとで家に運ぶつもりだろうか。

 

「随分遅かったすね、博……エッ?」

 

「いやぁ、ちょっと予想外のことが起きてね」

 

 ヘラヘラと、いつもの笑みを見せるカスカベ。だが、その瞳からは涙が流れ続けている。

 明らかに異常な様子に、バウクスは詰め寄る。

 

「ま、魔法使いに魔法でもかけられたんです…かい?」

 

「かけられてはいないよ。それよりバウクスくん、ちょっと車の遺体を安置所に運んでもらっていいかい?」

 

「……博士、どうしたんだよ、魔法じゃねぇなら…誰が見たって、今のあんたの状態がヤベェってわかる」

 

「心配しなくていいよ。頭の方は冷静だから。ただ少し涙腺が止まらなくなっているだけさ」

 

 表情はいつものままに、涙だけ流し続けているカスカベは、精神的にきているように窺える。

 バウクスはかける言葉を探し何も言えないまま、「少し休憩するね」と、病院に入っていくカスカベの後ろ姿を見つめる。

 

「あ」

 

 そのとき思い出したように、カスカベが声を上げた。

 

 

「それ、リンリンくんの遺体なんだ。あまり手荒に運ばないでね」

 

 

 あの博士から涙が………と、バウクスは思い、固まった。

 

 息を吸おうと動いた肺が、途中で止まる。カスカベは今、何と言ったのだ? 間違いがなければ「リンリン」と言った。

 それは博士の娘の名前──というか、異名のようなもので、実際の名前は違うらしい。

 

「はか……カスカベ博士!!」

 

「ん? 何だい、バウクスくん」

 

「………少し休憩じゃなくて、一旦ガッツリ寝てきてください」

 

「あはは、そうかな? …うん、じゃあ、そうさせてもらうよ」

 

 その場に一人になったバウクス。今、腹の中に回るこの例えようのない嫌な感情に歯を軋ませ、深く息を吐く。

 

 このような時でもカスカベが彼のモットーでもある冷静に動いている様が、火にガソリンを注ぐような──ともかく、バウクスにこれ以上ない呼吸のしづらさを作り出す。

 

 

「泣くならもっと、みっともなく泣けよ……ッ」

 

 

 車の死体を確認すれば、本当に死んでいるのかと疑いたくなるほど、綺麗な少女──ではなく、女性の体があった。だが脈もなく、体温も冷たい。そこにあるのは死体で、生きている人ではない。

 

 そこまで確認して、バウクスは鼻を啜りながら遺体安置所に運んだ。なぜデカくなっているのかの疑問が頭の片隅で過ぎりつつ、彼の脳内の大多数は、博士と同じヤベェタイプの魔法使いであった少女との記憶がよぎっている。

 

 頭にあった少量の毛を刈られたり、謎の液体を頭にかけられたり……碌でもないイタズラをするガキであったが、見せる笑顔は愛らしかった。どことなく、カスカベと似た笑い方をする。

 

「何で死んじまったんだ、おまえ……」

 

 死体袋から遺体を取り出して、安置所の冷凍庫に入れる。が、建て付けの悪い病院。中々閉まらず無理やり押し込み、派手な音を立てた。

 バウクスは閉め終わると、重い足取りで部屋を出た。

 

 

 その、すぐ後。

 

 冷凍庫の隙間から、ケムリが漏れ出た。

 

 

 瞬間、ガタンと、中から音が鳴った。

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