ばぶ。
ヤッホーハロー、人間どもの皆さん。小夏だよ。
ホールで目を覚ましてから、一年経った。信じてもらえないかもしれないが、ボクは俗に言う「記憶喪失」なるもので、目覚めた時はこのホールの世界のことをまったく知らなかった。まず自分の名前もわからなかったから。
そこから知識を色々と詰め込んで、大体の世界の情勢などは理解した。ボクは飲み込みが早いらしい。
ホールには人間が住んでいて、別の世界には魔法使いが住んでいる。その魔法使いは魔法を練習するために、ホールに来て人間を実験台にするのだ。
かく言うボクは、元は魔法界に住んでいる魔法使いらしかった。記憶がないので覚えていない。
滅多刺しにされてくたばっていたことはカスカベ博士から聞いているので、相当恨まれることをボクはしていたのだろう。
死んでいたのに生き返った理由は、博士曰く、「生命のケムリ瓶が体内にあったのでは?」──とのこと。
魔法は千差万別で、命を与える魔法もある。博士が死体のボクを調べた時は遺体に“修復系”のケムリ瓶はあれど、“生命”のケムリ瓶はなかったらしい。
目覚めた直後、顔周りに体内から吹き出したと思われるケムリの痕跡が残っていたようだ。
ボクが生き返ったのは、安置所に入れられて間もなくのことだった。大きな物音がしてバウクス先生がボクの遺体を確認したら、ぱっちり目が合った。その時絶叫した先生の声を聞きつけ、博士も訪れた。
そんなドタバタした状況が、ボクと彼らのファーストミートである。
──いや、博士については見覚えがある。
“ボク”の一番古い記憶。ボクの頭を撫でていた大きな手。その手が、大小の違いはあれど、褐色の肌や刺青に覚えがある。
彼はボクが父親なのか尋ねれど、はぐらかすばかりで答えないけどね。
でもそうなると、ボクは魔法使いと人間のハーフ、ということになる。
母親がどんな魔法使いだったか、覚えていない。ボクが魔法界でどのように暮らしていたのかも、記憶としては知らない。
博士から伝え聞いた情報によると、ボクは向こうで「リンリン」という名前で発明家をしていたようだ。本名の「小夏」という名前も、知り合いを名乗る彼から教えられた。
ついでに過去にホールで魔法を試そうとして、ボクは甚大な被害を残したらしい。その詳細を教えられ、魔法は人間に使わないでね──と、忠告された。
そう言われても、使ってみたい。でもナイフで滅多刺しにされていたことを考えたら、悪目立ちするのはやめた方がいい。
何があったかはわからないが、大凡の推測はできる。記憶を失う前のボクは、何か大きなやらかしをして、命を奪われる羽目になったのだ。
ならば魔法界はおろか、魔法使いとの接触もなるべく避けるべきだ。けれどホールで暮らすには、魔法使いを蝕む雨の存在と、ボクらを嫌う人間の存在がある。だから魔法使いであることを隠し、人間として生活するのが賢明な選択肢だ。
他にも記憶を失った原因など疑問は多いが、ボク自身があまり気にしていない。
一応博士の見立てでは、魔法によるものか、精神的に大きな負荷がかかったがゆえに一時的に失っているのかもしれない、と。
しかし、不思議なものだ。
「何がだい? 小夏くん」
病院の手伝いで資料を整理していた時、ポツリと漏らした言葉。
それをしっかり博士に聞かれていた。
「いや…病院の作業ってやること多いけど、妙に小慣れてるんだ、ボク。初めてのことでも、すんなりできる」
「そりゃあ君は覚えていなくとも、君の体は一度体験したことがあるから覚えているんだよ」
「あぁ、なるほど…」
頭の中は空っぽになったところを詰め込んでいる状態だけど、体はこれまで積み上げた経験が残っているんだ。その分いくらかの余裕があるから、ボクは楽観的なのかもしれない。
それとも同じタイプの、目の前の人間に似たのか。
「博士は楽観的だし、マイペースだもんね」
「急に何だい?」
「似てるなぁって話だよ、ボクがあなたに」
「あはは、私と君は
いつもコレだ。ニコニコしながらはぐらかす。まぁ、子どもの見た目な博士が父親というのも、違和感しかない。
けど、それでも、100パーセント彼はボクの父親だ。
だってボクが目を覚ました時、無言で頭を撫でてくれた彼の手は、ボクの記憶と同じものだったから。
⚪︎⚪︎⚪︎
しばらく病院でお世話になったボクは、一人で生活し始めるようになった。
最初は適当な廃墟に住まい、金を稼ぐ準備をする。
生活は一度経験したものであるから、吸収も早い。慣れるのにそう時間がかからず過ごせている。にしても、人間でごった返しているところに行くと、本当に魔法使いの被害者が多い。
病院に居ても、毎日のように被害者が運ばれて、死んでいく者も多かったけどさ。
その点ボクのケムリは身体強化系らしく、かなり便利である。頭の謎の突起は自分で取り付けたもののようで、回すと頭が熱くなる感覚がする。ボクの魔法は感情の起伏でより強くなるものだそう。やり過ぎると、眼球が裏返りそうになる。
どの道ホールで過ごす以上は、魔法はこっそりとしか使えない。
ただ、唯一自分のキャラは掴めていない。博士とバウクス先生が教えてくれなかった。
他人が持つボクのイメージは、所詮彼らの解釈したボクの像。本当のボク自身の性格かはわからない。それに「君はこうだった」と押し付けるのは、今のボクのアイデンティティーに過度な影響を及ぼす可能性があるから、二人は必要最低限な小夏の情報を教えてくれたけど、それ以上はあまり答えてくれなかった。
でも、変わっていない、とバウクス先生は言っていた。人にイタズラをするところが特に──と。
寝ている彼の腹に油性で落書きをしただけなのだけれど、そんなにお気に召さなかったのだろうか。人間ってわからない。
それで、ホール生活を送るにあたり、ボクは『修理屋』を営もうと考えている。
現に病院の器具で調子が悪い時も、覚えていないはずなのに、頭の中でどのようにすれば直るのかその手順が浮かんだ。
また、これは発明家としてのサガなのかもしれないが、無性に脳内の設計図を作りたくなる。しかしホールで発明家をしていたら、魔法使いにボクの生存がバレる。だから、修理屋。
顔はなるべく隠したいから、と考えて、フルフェイスにした。尚、マフラーもつける。
性別も分かりにくくしたいので、ヘルメットには変声機も搭載されている。元々持っていたマスクについては、博士に預かってもらった。
頭に対し、下はライダースーツで、これについても着ると自動的に胸周りが平らになるよう設計してある。かなり息苦しくなるけど。腰回りには工具を収納できるベルトをつけて、衣装は完成だ。材料はすべてゴミから調達した。工具は専門店からもらってきた。
で、ここまで来たら必要なのは、バイクだ。それも大型の。
家についてはホールを転々とするつもりだから、持たない気でいる。それでも拠点が無いと困るから、ある程度金が貯まったらマンションでも貸りる。
大型にするのは純粋に外泊用のテントとか、生活必需品やら最低限の道具やら、色々と必要だから。ガソリンとケムリ、両方で動くタイプのハイブリットに作る。燃料がなくなることもあるだろうし、ケムリの方がエコだろ。給油口とは別のケムリの吸引口を作らないとな。
「何だか、燃えてきたぜ」
それから一ヶ月ほどして準備を終え、ボクはホールを転々とする「修理屋」を始めた。雨の日は当然休業である。その場合はなるべく宿を貸り、なかったらテントで凌ぐ他ない。
あえて移動式の修理屋にしたのは、知りたいからだ。ホールにはどんな人間がいて、物があるのか。
ボクの旅は、始まったばかり。
⚪︎⚪︎⚪︎
あちこちを回り始めてから数ヶ月。
一応名刺は鉄くずを加工したものを持っており、それに手書きで名前を書いている。
「修理屋なっちゃん」、響きのいい名前だ。また出会ったらご利用ください、なスタンスである。
今日もまたバイクをブイブイ飛ばしていたら、運悪く人間を襲っている魔法使いに遭遇した。
たまにこうして出会ってしまう。バイクで轢き殺すこともあるが、車体が汚れるし凹んで、修理する必要が出てくるから嫌なんだ。
だから基本的にこの場合は止まるか、無視して去る。今回は進路方向にいるから、ついでに殺すことにした。
バイクを止めてからバットケースから釘バットを取り出して、ブン殴りに行く。ケムリをかけられたらヤバいだろうが、その前に殺せばいい。何たってボクの魔法は強化系だから、相手がこちらを視認する前にグローブのかすかに開けてある隙間からケムリを出して、強化しておく。そうしたら、後は天・誅だ。
「よーいしょ」
頭蓋骨が綺麗に割れた魔法使いは、目や鼻から血を噴き出して、グルンと白目を剥き倒れた。
ソイツを死体袋に入れて、加重気味に後部座席に積む。
「あ、あり…ありがとうございます…」
「いいよ、別に善意で助けたわけじゃないし」
この死体を近くの運搬業者に頼んで、病院の住所を伝える。あそこなら冷凍庫があるし、保管には適している。
これは博士への死体提供でもあるんだよね。あの人、魔法使いの死体を見たら喜ぶし──ボクの死体を見た時どんなリアクションを取ったのか気にはなるが──、魔法使いを殺すことで「修理屋なっちゃん」が人間サイドに肯定的に認識される。
自分から助けたあと名乗るわけじゃないけど、この見た目だ。自然と噂が出回って、いい影響をもたらすはず。でも殺し過ぎはいけない。
それを言ったら殺さない方がいいんだけど、でも博士の嬉しそうに魔法使いをイジっている姿を見たら、協力したくなる。
魔法使いを殺す場合、二人以上は殺さないようにしている。二人の場合はパートナー同士かもしれないし、純粋にボクに危険が及ぶ可能性が高い。一人を殺した間に、もう片方に逃げられても面倒だ。だから狙うなら一人。それも向こうがこちらを認識する前にさっさと不意打ちで殺す。
そして業者に死体袋を頼んでから、街で『修理屋』と書かれた旗を地面にブッ刺して、「修理屋だよ〜修理屋だよ〜」と、クネクネ踊る。
客はまったく来ないんだけどね。遠目から冷たい視線を向けられる事が多いのは、フルフェイスのせいだろう。
しかし一人でも何か頼んでくれば、周りで見ていた人間が色んなものを持って来るようになる。依頼品は腕時計や小型の機械の場合もあれば、自転車とか大型の場合も。
それからしばらく滞在して、初日以降は店の機械などさまざまなものを頼まれる。
でもいつだって治安の悪さはあり、バイクを筆頭に私物が盗まれかけたことは多数。バイクは一回施錠してそれを無理やり動かそうとしたら、近くの人間の鼓膜を容易く破るレベルの爆音が鳴るから、盗まれようとしたらすぐにわかる。
盗もうとした奴らは無論半殺しにする。盗みはいけないって、親から教わらなかったのだろうか。ボクは教えてもらったぜ? カスカベ博士から。
風呂とかはその街の湯屋に、営業時間外に忍び込んで入っている。なかったら、よそのお家にお邪魔して、住人を眠らせてから借りる。
「ふぃ〜っ」
今日は街の温泉に忍び込んでいたら、湯船から得体の知れないバケモノが出てきた。ハイ?
『誰がバケモノだ、愚かな魔法使い』
「え、何でお前、ボクが魔法使いって知ってんの…?」
『ッフ、キサマのことなどすべて知っている。なぜなら私は悪魔だからな』
目の前に現れた悪魔。知識として知っているが、はじめて見た。
この悪魔は「ハル」と言うらしい。記憶なくす前のボクを目にかけていた悪魔らしく、付き合いは長いとのこと。
ちょうどいい機会だと、ボクが魔法界で何をしたのか聞いたら、色々とエピソードを聞けた。
ハル曰く、ボクはさらわれた子どもで、同じ境遇の子どもたちと共に工場で育った。そこから逃げた際ハルと出会い、彼女に気に入られて特訓を受け、やがてボクは発明家に。悪魔ウケする発明品ばかり作る存在で、異名がそのまま発明家としての名前となり、「リンリン」と呼ばれた。
『キサマはある時、魔法使いを滅ぼそうと、「キリキリ」として活動していたこともあった』
「何やってんだ、ボクゥ……」
『さらに最近では煙ファミリーという、魔法界を牛耳る組織と敵対する十字目とも関わりがあった』
「ボクが殺された理由、絶対ソレじゃん…」
『いや、キサマは煙ファミリーではなく十字目のボスに殺されたのだ。…まぁ、覚えてはいないだろうが』
マジで何をやらかしていたんだ、ボク。十字目のボスに殺された理由をハルに聞いたら、ボクが
ボスは魔法使いすべてを恨み、憎み、殺そうとしていたとか。ボクの人生って絶対ハードだったよね、多分。
「まぁ、覚えてないからすごい他人事に感じるよ」
『………』
「あ、ハルのことを覚えてないのは失礼を過ぎて、殺されてもおかしいくらいだよね。ごめん……でも、どうしても思い出せないんだ」
『…いい、キサマが生きていればな。少々瓶の位置が悪く、死んだ直後に蘇生されなかったようだが……』
「蘇生? 何の話?」
『キサマが生き返った時の話だ。目覚める前に、何か体に衝撃がかかるような事があったか?』
「衝撃…? それなら、バウクス先生が冷凍庫を思い切り閉めたらしいけど…」
『なるほど、それか。ひとまずもう死ぬようなマネはするなよ』
ハルはコツンと、長い指でボクのおでこを小突いた。
ふと、その時思った。悪魔なら、記憶を取り戻すこともできるんじゃないだろうか。
「なぁハル、ボクは記憶を失う魔法にかけられているかな?」
『いや、記憶を失う魔法にはかかっていない。だが、老化──年をとらせる魔法にはかかっているようだ』
「へぇ、カスカベ博士みたいだ。実年齢はわからないし、永遠の20代で通せるね、ラッキー」
それで、と前置きして、ハルに記憶を戻してもらえるか頼んだ。だが、答えは「NO」である。できはするが、ボクが壊れると。廃人になると。マジか。
『キサマはこれまでに二回記憶を失っている。一回目も二回目も、思い出せば精神がへなちょこなお前はすぐに壊れるだろう。それを避けるために、完全に壊れる前に、お前はお前自身の記憶を切り離したのだ』
「……なるほど。思い出しちゃダメな感じか、ボク自身のために」
『あぁ。すまない』
「ハルは悪くないよ。悪いのはボク。心が弱いボクで、大切だったはずの記憶を捨ててしまったボクで、いくら壊れるからって記憶を切り離せてしまうボクが、全部────」
悪い、と言おうとして、突然ハルの背中から出てきた女性に抱きしめられた。その衝撃で体が倒れて、全身が湯に浸かる。ブクブクと息が溢れて、目に感じた熱に耐えきれず瞼を閉じた。
「──ブハッ、急に何だよ!」
「うぅ………うるさいうるさい、小夏ちゃんのバカッ!」
「ハルって女の子だったんだ。ボクと似て………え、似過ぎてない?」
「「ハルちゃん」と呼べ、今までのように!! 地獄に送るぞ!!」
地獄は勘弁願いたかった。魔法使いが行く、文字通り地獄のようなところ。行きたくはない。
ハルちゃんにしばらく抱きしめられて、その間ぼんやりと湯気を見つめながら、一つの仮説に至った。
さらわれた子どもであるボク。博士でも知らない、魔法使いである今のボクの母親の現状。それと、ボクを目にかけてくれたというこの悪魔。
それと、懐かしい、この温もり。
記憶にはないけど、体は覚えている。
「ハルちゃんは、ボクの……」
「やべ、そろそろ死ぬっ」
ハルちゃんはボクを突き飛ばして、慌てて悪魔の体に戻った。フリーズしていた悪魔が動き出し、額を拭う動作をする。
この説は正解なんだろうけど、言うタイミングを逃した。もしくはボクからその言葉を聞きたくないから、彼女は声を荒げたのかもしれない。
カスカベ博士といい、ハルちゃんといい、もっとこう体で家族を示すんじゃなくて、言葉でも家族家族させて欲しい。
「……まぁいいや、もう少し一緒に入ろうよ、ハルちゃん」
『ッフ、いいだろう。キサマがのぼせるまで付き合ってやる』
二人でまったりしながら、ハルちゃんはとにかく身バレには気をつけろ、と忠告した。
先ほどの話でも十分わかったよ、ボクはヤバい奴だって。だからなるべく正体がバレないよう気をつけるさ。
「不思議と今日は、涙が出るなぁ」
ハルちゃんに抱きしめられた後から、なぜか涙が止まらないボクだった。