カスカベ博士から、あともう少しで「扉」が完成する、という話を彼の屋敷の滞在中に聞いた。
それに従って、博士はボクに同行を頼んだ。いざという時のSPみたいなものだね。了承したが、扉ができるまで待たなければいけないのは退屈だ。よって、一度街を出たのち、半年後に帰ってくることを約束した。
そして、半年後。
ボクは博士の用意したツナギに、ゴーグルとバニーの耳が一体化しているマスクで変装し、扉の前に立った。グローブは普段の物を着用。髪は縛れないから下ろす。
ボクが黒ウサギなら、博士は白ウサギ。武器は博士が銃を懐に隠して、ボクが釘バットの入ったバットケースを肩から提げる。あと、カスカベ著書の魔法界についての本も持参だ、作者本人が。
「楽しみだね、小夏くんっ!」
目をキラキラと輝かせ、意気揚々とする博士。
まるで、明日遠足に行く子どものような。見た目の年齢と言動が噛み合っている。
「いいかい、博士。勝手にどこかに行ったりしないでよね。ボクはあなたのボディーガードでもあるんだから」
「うん、もしもの時はよろしく頼むよ。さぁ、あっちに行ってみよう!」
「……心配だなぁ」
博士に手を引っ張られ、巨大な悪魔像の側に向かう。
これから魔法界の文化をこの目で見るわけだが、当然この世界にも金はある。
通貨は「
魔法使いの遺体の所持品から手に入れた金を持ってきてあるから、今回はコレを使う。
ちなみに魔法使いの轢き逃げ担当がボクで、純粋な殺しはニカイドウ&カイマンペアの担当。博士は二人が殺した魔法使いの遺体も、ちゃっかり病院からもらっているようだ。抜け目ない。
「こうして歩いていると、存外気づかれないものだね、小夏くん」
「…博士、テンションが高すぎて忘れてるけど、「ナツ」でお願い」
「おっと、すまない。ではナツくん、次はそこのレストランに行こう」
博士は生き生きしていた。
空では絨毯が魔法使いを乗せて泳いでいて、ボクらの周囲ではマスクをつけた魔法使いが歩いている。
そして、極めつけは空。ホールの濁りを感じさせない美しい青空で、白の有象無象に浮かぶ邪魔者も今はいない。まさに快晴日和。
肺に空気を取り込むと、脳がクリアになる気がした。ボクは長いことこの世界に住んでいたんだ。“はじめて”のことのはずなのに、不思議と体にこの世界の空気が馴染む。
それからレストランで食事をし、魔法界の観光を楽しんだ。今回はこちらに数日滞在する。帰る時の方法もしっかりと用意してあり、魔法使いのケムリが詰まったスプレー缶を博士が所持している。仮にそれが上手く作動しなかった場合は(彼の研究品だから、ほぼ間違いなく成功するだろうが)、ボクが扉を作る。
初日はあっという間に過ぎ、街のホテルを借りた頃には、すでに時刻は夜。
博士は書き物をしていて、話しかけても返事がない。「お父さん」「パパ」「ダディ」と一通りお父さんの呼び名を呼んだけど、全部無視。娘をぞんざいに扱ってたら反抗期になるからな。後悔しても遅いぞ。
「パパのいけず」
博士が持ってきたタバコを盗んで、ベランダに立った。全部吸い切ってやる。
ライターで火をつけて吹かすが、何回吸っても慣れない味だ。
手すりに肘と顎をつけるとひんやりとする。眼下の街にはポツポツと灯りがついていて、街灯が路地を照らしている。都会な方らしいここは夜でも魔法使いがチラホラと歩いていた。
魔法界は悪魔信仰であるから、街の至る所に悪魔関連のものがある。銅像だったり、レストランの地獄メニューだったり。お手洗いにもさ、水洗式じゃなくて「炎洗式」っていう地獄の炎で汚物をファイアーするトイレもあったりして、イかれてるよね、魔法使い。ついでに地獄の亡者の悲鳴もトイレの穴から聞こえた。博士から「店員に聞いてみたんだが、トイレが凄かったんだよ!」などと言われ、興味本位で行くべきではなかった。だってボク魔法使いぞ? いずれ地獄に行くんぞ? そんなの嫌だよッ、ハルちゃぁぁん! ────待って、ボク母親に地獄でいじめられることになるのか? ………地獄じゃん。地獄だけに。
「…あぁ? いや、悪魔試験ってのがこの世界にあるらしいし、ホール生活を満喫し終えたら悪魔になるのも手だな。悪魔になればコソコソ隠れる理由もなくなるし、ボクを狙う輩がいても悪魔に魔法使いは敵わない」
未来設計を考えていたら、ふいに視界に影が差した。完全に思考に耽っていて、気づくのが遅れた。
一歩後退すれば、先までボクが体重をかけていた手すりの上に悪魔が腰掛ける。ソイツは羽を閉じ、胡座をかいた。
『よォ、久しぶりだな。ハルのお気に入り』
「………どちら様?」
悪魔だ。二本ツノに、パーカーで、腕にやたらトゲトゲして鎖が巻かれている鎧の如きグローブをはめて、長い舌を晒している。
『オレ様は純粋にして、唯一無二。
傲慢不遜な物言い。だが、そんな180度上からな態度が相応しく見える。思わず気になってしょうがない長い舌に触れようとして、尻尾で腕をつかまれた。
『何で毎回オマエは、最初にオレの舌を狙うんだヨ』
「………っは! ボクは悪魔様になんて無礼なことを…!!」
これじゃ地獄行きも秒読み。ハルちゃんとの距離が近いから、適切な距離を見誤った。
悪魔は魔法使いより上位の存在。失礼な態度を取ればどうなるか。
『そうバイブレーションすんな。今回はオマエが魔法界に来たみてぇだから、暇つぶしに遊びに来ただけだ』
「暇つぶし? ……あの、えと、ボクは「発明家リンリン」の時みたいに悪魔ウケする発明は、今は作ってなくて……ご期待には応えられないです」
『だから、遊びに来ただけだっつーの』
カッカッカ、と舌を出してチダルマは笑う。
というかさっき「唯一無二」とか言わなかっただろうか、彼。……彼、だよな、一応?
『オレはこの世でただ
「へぇー……………ふええ?」
この世の財宝を手に入れた、みたいな。そんな物凄い情報を今聞かなかっただろうか、ボク。
この件を知ったらひっくり返りそうな博士は、尚も部屋の中で書き物をしている。ッフ…残念だったな、博士。
チダルマは魔法使いと悪魔化のシステムも作ったんだって。ホールに関してはノータッチで、遥か昔に偶然発見したらしい。地獄は当時魔法使いが増えてイキり出したので、悪魔の格を見せつけるために作った
チダルマは悪魔であり、ボクらの創造主であり、神だ。ボクの前に神がいるせいで、全身の汗がすごい。
『まぁ、オレ様はどうあがいても孤独だけどな』
「孤独? チダルマが創った生き物が繁殖して、文化なり文明を作って蠢いているのに?」
『所詮、魔法使い、それに人間の血も持つお前にはわかるまい。一人遊びをしているような、オレの孤独さがな』
「むつかしいお悩みだなぁ…」
とんでもない情報を教えられて、それだけで脳の処理が鈍くなってるんだけども。
彼のお悩みを、ボク如きがどうこうできるわけもない。
けれど、少し気になったこともある。もしこの説がチダルマも考え至ってないものなら、少しは悩みの解消につながるかもしれない。
「チダルマ、人間はあなたの創ったものではないんだよね?」
『あぁ? オレ様なら、あんな何の力もない──精神的にも未熟、肉体的にも弱っちい生き物なんぞ創らねェよ。まぁ奴らは文明を作り、発展するレベルの知能はある。そこは面白いと思うぜ』
「かなり酷評だ…。で、そう。人間はチダルマが創ったものじゃなくて、この魔法の世界とも別の世界にある。ボクはさ、この点が気にかかるんだ」
この魔法界がチダルマに創られたものなら、必然とホールも誰か────それこそ、創造主が居たっておかしくないのではなかろうか。
むしろチダルマという規格外な存在がいるからこそ、ホールの創造主がいる可能性を高める裏づけになるのではなかろうか。
『ホォー………なるほどね。だがそんなヤツ、オレは一度も見たことねぇぞ』
「そりゃあ神様が己が創った人間と、同じように生活しているとは限らないじゃない。チダルマが一人遊びの感覚を味わっているように、むしろホールの神は一人遊びが目的で、人間たちを、ホールの世界を別の次元から観察しているかもしれない。もしそうだったら、最強のあなたと同格の生物がいる可能性だって、100パーセント無いとは言い切れないと思うんだ」
あくまでボクの突拍子もなく思い付いた、自論。
それを聞き終えたチダルマは、目を瞑る。
『………』
「……あ、あの、チダルマさん?」
長いこと沈黙が続き、段々恐怖が増してきた。生意気なことを言いすぎたかもしれない。所詮愚かな魔法使いの分際で。
『……あ? 何してんだ、小夏』
「誠心誠意のボクの気持ちです」
土下座よりも体を地面につける、謝罪の表し。土下寝。
瞬間、笑い声が聞こえた。ボクが意味不明なことをしているので、彼は笑っているらしい。え、怒ってはいらっしゃらないんですか…?
『はぁ〜あ、やっぱおもしれーヤツ、お前。発明品にしろ、新しいものを作る……いや、
「よかった。ボクの明日は地獄じゃない……」
ホッと、自分の胸を撫で下ろす。
『さてと、そろそろ行くか』
チダルマは立ち上がり、手すりと2メートルを優に超える高さで、山のようにボクの前に聳え立つ。そして指をパチンと鳴らしたと同時に、目の前にマスクが出現して、慌ててソレを掴んだ。
『付けるんなら、もっと趣味の良いマスクを付けろよ』
一つのマスクが手の中にある。耳が前方について、目元もゴーグルのように突出しておらず、マスクと一体になっている。口の部分も覆われて、鼻がリアルに。マスクの形状そのものがウサギの輪郭に寄せられた。頬の部分に無数の小さなトゲトゲが付いているのは、彼のファッションだろう。
『そういや、ハルのマスクはどうした?』
「ハルちゃんのマスクって……もしかしてボクが最初に付けてたマスク? それならホールに保管してあるよ」
『ホォー、で、その後ろの人間がハルの夫か』
「た、食べたりしちゃダメだよ…?」
『喰わねぇよ。昔、人間で遊んだ時に喰ってみたこともあったが』
「エッ、人間ってどんな味したの?」
『まずくも美味くもない。まぁ、ナマで喰うよりは、焼いて喰った方が美味いな』
「へぇー……魔法使いとか悪魔も、食べ比べたら味が違うのかなぁ…」
今度ハルちゃんに会ったら、ちょっと齧らせてもらおう。ほら、母乳と同じ原理でさ。母乳も元は血液を材料に作られてるし、つまり母親の血肉ってことだし。だからハルちゃんの血肉を娘のボクが喰っても、何ら問題はないってことじゃない。
魔法使いは今度、新鮮なやつをホールでゲットしよう。ハルちゃんが女性なのに合わせて、魔法使いも人間も女性で条件を合わせよう。これぞ、小夏の
『………』
真剣に悩み込むボクを、チダルマは半目で見つめていた。よせやい、そんなに見つめられたらチビっちゃうだろ。
⚪︎⚪︎⚪︎
結論から言って、ハルちゃんの肉はもらえなかった。
魔法使いと人間の肉については、丸焼きにしたけどまぁまぁ美味かった。食糧危機でも起きなきゃ、食う気はないけど。ボクと同じ姿形の生き物だし、そりゃ食欲は失せる。
あ、魔法界探検については、何事もなく済んだよ。
博士は最後までチダルマに気づいていなかったけどね。あの人、あの後ボクが寝て、起きてもずっと書き物をしていた。
一回だけだけども、扉が正常に起動したこと、マスクを付けての行動の安全性、帰還時のスプレー缶が使えるかなど、データは取れた。また何度か付き合うことになるのかと思ったけど、後は一人で、博士が回数を重ねて使っていくとのこと。ツレないね、もっと一緒にいてもいいのに。
「いやぁ…レストランだけの話じゃないけど、君の息子扱いされたのが、ちょっとね」
──と、博士は、おそらく一番のボクの付き添いを断る理由を語った。
確かに、どこに行ってもボクが母親扱いされて、博士がボクの息子だった。
ひとまず街での用と、「実食」の実験が済んだから、またホールの世界をウロウロしようと思った矢先。
博士の家に滞在中、一度目の魔法界見学のあと書き物やらで忙しい博士の代わりに、病院に死体を取りに行った。その時、バウクス先生から面白い話を聞いた。
それは、「リビングデッドデイ」なるもの。名前くらいは知っていた。
かつては一部でしか知られていなかったもののようだが、近年で一気に認知度が高まった。
それは単純に、「リビングデッドデイ」がより多くの恐怖を人間に与えるようになったため。その日には、墓地から奴らが目覚める──らしい。魔法使いの被害に遭い死んだ、被害者たちのゾンビが。
ソイツらが蘇る日、ホールの人間たちは家に閉じこもる。決して家から出てはいけない。ゾンビに食われたら最後、その人間もゾンビになってしまうから。
それで、先生曰く、ゾンビを倒すエクスターミネーター(駆除者)の人手が足りないから、ボクに手伝ってもらいたいらしい。先生も参加するそうで。博士は出ないだろうけど。
ボクはふと気になった、ゾンビの味を。魔法使い、人間と来て、次はゾンビ。食われたらゾンビになるなら、逆にゾンビを食ったらゾンビになっちまうのだろうか。
それに、リビングデッドデイに参加してみたかった気持ちもある。遠慮なく釘バッドでボコボコにもしたい。暴れたい、偶には。
「楽しそうだし、先生、ボクも参加するよ」
「いよっしゃ! お前さんがいるなら心強いぜ!」
先生はついでに、ゾンビに闘う時の武器ないし、己の命を守れるものを頼んできた。
彼については世話になった人だから、無償で超鋼鉄な防具服を作ってあげた。軽量もしてあるし、関節部位も曲げやすくしてある。ゾンビはおろか、猛獣に襲われても傷ひとつつかない。
ただし5分毎に、目からレーザービームが出る。
「えっ? ……ぎゃあああぁぁぁ」
試し着た先生は、病院の一角を見事に破壊したのでした。