店谷は健康的なちっぱいです。
オケツです。
リビングデッドデイが終われば、大晦日が目前となる。
新年を博士と迎えたら、そろそろホールの街を出るつもりだ。…と、その前に、大晦日と言ったら大掃除。
魔法使いの研究が行われるこの屋敷では、その遺体から出たケムリが塵となって至る所に充満している。そのため空間の歪みが発生して迷路屋敷になったり、幽霊も同居している。いや、後者については魔法は関係してないな。
“彼女”は幽霊ということもあって驚かせようとしてくるが、生憎ボクはハルちゃんが唐突に出てきても滅多に驚かない。さらに博士は研究しようとするから、彼の前では出てこない。よって、“彼女”はたまに屋敷に来るバウクス先生を脅かすことに精を出している。
それで、大掃除では溜まったケムリの埃を掃除機で吸い込むのがメインとなる。
最初は博士と協力して、天井の蜘蛛の巣取りや障子の張り替えなど、細かなところを朝から掃除して行った。お昼休憩を挟んで、夕方ごろからはメインの掃除に。それは博士が担当して、ボクが中央デパートにおせちの材料を買いに行き、帰って来たら冷蔵庫に買ってきた品を入れて、コタツの中に顔まで潜った。
冬は寒い。部屋着だけでは死んでしまうから、半纏は必須だ。
おせちは完全に博士任せで、そのままぬくぬくとした空間に意識を持っていかれた。
「いでっ!」
だが、急に目が覚めた。
体に何らかの衝撃が起きて、意識が浮上したと思われる。暗闇から外の明るい場所を見れば、誰かがコタツの布団を捲ってこちらを覗いている。急な眩しさに相手の顔がぼんやりしてよく見えない。
「ゆ、ゆゆ、ゆっ……」
「誰だぁ……ボクの眠りの邪魔をするやつはぁ…」
間違っても博士はコタツに入った時、中に潜みがちのボクを蹴ったりしない。コタツのサイズがそれなりにあるから、足を伸ばしても中心にいるボクに届かない、ってのもあるけど。
瞬間、部屋の明かりが明滅する。これは“彼女”の仕業に違いない。
ボクはその演出に合わせて畳を這いずり、中途半端に入っていた足首を掴んだ。
「うーらーめーしーやぁ〜〜」
声を低くして、長い髪を垂らしながらコタツの中から顔を出す。するとチカチカ明滅を繰り返す中で捉えた見覚えのあるマスクを被った男は、大絶叫した。
「うぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そして、気絶する。なーぜトカゲ男さんが我が家にいるのか。
「な、なっちゃんか…?」
「おっ、ニカイドウくんもやっぱりいるのね」
コタツの上にはおせち料理と酒が広がっている。まだ作りたてらしく、湯気が立っていた。
彼女曰く、バウクス先生に頼まれて魔法使いの死体をこの屋敷に届けに来たようである。先生はここ最近博士に連絡が付かないから、二人に様子を見に来させた意味合いもあるらしい。
ちなみにこれはカイマンの仕事で、ニカイドウくんはその付き添い。
二人は迷路屋敷を迷った末、キッチンにたどり着き、おせち料理を作ったとのこと。
「ウチの食材じゃねぇか」
思わず言ってしまった。てっきりニカイドウくんが気を利かせて持って来てくれたものかと思ったら、ガッツリボクが買ってきたものじゃないか。
「いや、その…すまない。色々な食材を見つけたから、ついな」
「当然ボクにも食べる権利はあるよな? ニカイドウくんの料理を無料で食べていいわけだよな? やったぜボクちゃん、大☆勝☆利!」
「…………というか、ちょっと待ってくれ。「ウチの食材」ってことは……つまり、どういうことだ?」
「ん? 我が家、って意味だけど」
「………? ここはカスカベ博士の屋敷じゃないのか?」
「うん? そんなの当たり前でしょ、ここは博士の家だよ。それで、ボクの実家」
ニカイドウくんは目を白黒させて、「博士の、む、娘……?」と尋ねてくる。
ボクが人間と魔法使いのハーフであることは彼女に話してあるから、ピンと来たのだろう。肯定しようと思ったら、「美味しそうな匂いだね」と、どこからともなく現れた博士がボクの隣にいた。NINJAかな?
「君がニカイドウくんだね? それで、気絶しているトカゲ頭の方がカイマンくん。バウクスくんから君たちのことは聞いているよ」
「そりゃ、ドーモ……えっ、ということは、あなたがカスカベ博士!?」
見た目はどう見ても子どもだが、中身は還暦を越えた老人である。魔法使いに子どもにされたことを笑って話す博士に、ニカイドウは引いた目で見ていた。この博士のどこまでも楽観的なところ、見習いたいよ。
「なっちゃんと博士って…」
「あはは、ナツくんが何か言ったのかもしれないけど、私たちは親子的なものじゃないよ」
「そうだよ。ボクと博士は援助交際してるんだよ」
空気を読んで博士の話に合わせたら、耳を引っ張られた。博士は笑顔で「ナ ツ く ん?」と話す。これは怒っている、怒っているぞ。
「嘘です、記憶をなくしてホールで目覚めたボクが、この街に滞在する時だけ世話になった彼、カスカベ博士のご厚意に甘えて泊まらせてもらっているのです。決してやましい関係ではありません。というか絵面的にボクが彼に何かするようなことになってしまいます。ニカイドウくんも思うでしょ、泊まるならバウクス先生の家より博士の家の方がいいって。だって先生じゃ何されるかわからないし、博士は枯れて……「ナ ツ く ん」………あっ、そうだね、子どもになったから逆に元気に──」
ボクは頭をぐりぐりされた。博士に。
そんな一部始終を見ていたニカイドウくんは最初は半目だったけど、途中から少し微笑ましそうに、同時に羨ましそうに見つめていた。
ボクらの様子が親子、って教えているようなものだけれど、ニカイドウくんなら敢えて触れようとして来ないだろう。秘密を持つ者は、他人の秘密をそう簡単に漏らしたりしない。
それはボクが記憶をなくしている、ってところも同じで。ボクが何か色々と抱えていることも、彼女は察したに違いない。
「うーん……」
冬眠トカゲさんがこのタイミングで目を覚まし、博士がまた自己紹介して、四人でおせちを囲むことになった。
ニカイドウくんも20歳とのことで、全員お酒が飲める。カイマンはおよそ25歳らしい。ボクは実年齢はわからないが、外見だと20代前半に見えるそうです。
この体は歳を取らせる魔法にかかっているから、死ぬまでこの外見は変わらない。博士が十年以上同じ見目をしているように。
つーか見た目変わらない場合って、寿命とかあるのかな? 細胞の分裂だって限度があるし、心臓の動く回数だって限りがある。
博士は魔法にかかって子ども時代にリセットされたのか。それとも細胞や心臓の回数はそのままで、それに加算する形で今を生きているのか。
あの人そこら辺は「ラッキー」で済ましがちだもんな。ボクが気になるから調べるのとは対照的に、研究そのものに取り憑かれてるのが博士だし。
発明品に重きを置かないのがまた、ボクと違うところだ。ボクは作ってナンボの精神である。
「美味しいね、博士」
「うん、得しちゃったね」
博士の隣でボクは煮込まれた豆を頬張る。お茶ばかり飲む博士は、行動だけはおじいちゃんだ。
対し向き合って食事をしているカイマンとニカイドウくんは、外の景色を眺めながらイイムードである。気づけば、雪が降っていた。なるほど、今日が一段と寒いわけだ。
「ナァ、ニカイドウ。…そのさ、オレの友だちになってくれてありがとな」
「きゅ、急に何を言うんだ、お前は…」
ボクと博士がいるからか、ニカイドウは困り顔でカイマンを見るが、その表情はまんざらでもない。
二人は“友だち”なのか。でもお互い照れが混じっていて、この名探偵コナツには、両想いにしか見えない。
二人を眺めていたら、脇腹を小突かれる。ボクを見上げる博士の顔と目が合った。
もしかしてボク、ニヤニヤしていたのだろうか。
「調子、悪いのかい?」
「えっ? 元気だけど」
「…何か苦しそうだよ、君」
苦しそう? 別におせち料理が喉に詰まったわけじゃないんだけどな。
でも、ただ、腹の奥底で黒く粘った何かを棒でかき混ぜているみたいな、そんな──少し、イヤな感じはする。
けれど別に、熱があるわけでもない。
「今日は早めに休んだ方がいいと思うよ」
博士に手を引かれる。彼の表情が重いから、ボクの想像以上に今のボクは顔色が悪いのかもしれない。
そのまま廊下を歩いていたとき窓ガラスに映った自分の顔は、青白くて、幽霊みたいだった。
まるで、生きていないようだ。
しかし熱はしっかりとある。手にこもる熱はヤケドしそうな程で。
食べたものが、食道から登ってくる感覚がした。
何だかとても、気持ちが悪い。
⚪︎⚪︎⚪︎
朝、というか昼。
そんな時間に目を覚ましたボクは、何やら騒がしい屋敷内に首を傾げた。ヒトの気配は三人。一つは博士のもので、内二つはあの二人だろう。もしかして昨日は泊まって行ったのか。
ぼんやりした頭のまま、布団から出た瞬間肌を襲う寒さに鳥肌が立った。こちとら春夏秋冬、寝巻きは半袖短パンじゃ。
救いの半纏を身にまとい、屋敷の状態を探るべく廊下を歩く。
その途中で人の気配がして襖を開けたら、パンツ一枚の
「イヤアアァァァッ!!」
パンツ…パンツ一枚の男の人がいた。小夏ちゃんはもうお嫁に行けません。ありがとうございました。
「うわっ! 急に入って来んなよ!!」
「ひ、ひぇぇ…」
パンツ一枚男さんはまるで少女のように、デカい大胸筋をツナギで隠す。何アレ、バッキバキだよ、こわいよぉ…。まだ下着を着けていてよかった。着けていなかったら、ボクはもう、叫ぶしかなかった。ハルちゃんに教えられた、「バルス」を。果たしてそれを叫んだ暁には、何が起こるかわからない。
「だ、大丈夫か? 腰が抜けてっけど」
「大丈夫なわけあるかぁ! こっちは見たくないもの見たのに……うぅ」
「そこまで言うか…? 悪かったって」
カイマンは申し訳なさそうに、ボクに手を伸ばす。向こうから触るとボクが恐慌状態になるのは知っているから、こちらが手を掴むのを待っている。別に手を伸ばされなくたって、自分で起き上がれる。
…ただ、マジで腰が抜けてしまったみたいなので、誠に遺憾な気持ちでその手を借りようと思ったら、廊下とは別の二箇所の襖が開いた。
「大丈夫かい、小夏!!」
「さっきの悲鳴はなっちゃんか!?」
カイマンの後ろにニカイドウが。そして彼の左側、ボクから見た右側に博士が、それぞれ立っている。
状況を説明しましょう。
今のボクは腰が抜けていて、カイマンが伸ばした手を掴もうと思ったものの、まだ手を伸ばしてはいません。対しトカゲ男さんはパンツ一枚で、ボクの前で、ボクを起こすべく手を伸ばしています。先ほどの悲鳴を交えて、側から見たら彼がボクを襲おうとしているように見えるでしょう。
現にニカイドウくんは顔に影を作り、博士はニッコリ笑う。
カイマンの死亡フラグが立った瞬間だった。
「ニカイドウも博士も何か怖っ………え?」
そして、トカゲ男さんの悲鳴が屋敷に響き渡ったとさ。
閑話休題。
両頬を腫らしたカイマンとニカイドウは、博士の発明した「扉」を使って魔法界へと旅立った。
彼らはボクが寝た後、博士から扉について教えられ、魔法界に行くことを決めたらしい。ボクが見たのは、魔法使いに変装中のカイマンだったというわけだ。
バニーなマスクを付けた二人を見送って、ボクは博士を見る。てっきり博士も行くかと思ったが、行かないらしい。
「もう何度か行っているからね。逆に私は君が行く、と言い出すと思ったよ」
「行かないよ。だってあの二人、随分
第一、カイマンもかなり胡散臭い。
記憶がないことや、煙ファミリーと対立組織にあった十字目の刺青を入れ、オマケに相当な腕前のナイフ使い。中途半端な変身のトカゲ頭に────枚挙に暇がない程、あの男は怪しさ満点。
「でも、そう言う割には心配そうな顔だったよ、君は」
「そう?」
「うん。私はそれが意外だったよ。あの二人……特にカイマン君の方に、思い入れが強いみたいだね」
「ニカイドウくんじゃなくて?」
「おや、君自身が自分の感情に気づいていないときたか」
博士は何を言っているんだろう。ボク的には、友だちでもないカイマンより、友だちなニカイドウの方が心配なんだけど。
「…まぁ、私が口出しすることでもないか。まぁ、その類のいざこざは大変そうだからね。ニカイドウくんと君が突つかみ合いにならないことを祈るよ」
結局博士が何を言いたかったのかわからないまま、少し遅めの昼食になった。
天井からぶら下がっていた“彼女”にも聞いてみたけれど、“彼女”は頬を染めて消えて行った。
みんなして何なのだ。ボクがカイマンをどう思っているかなど、そりゃあ……。
「………?」
こういう時ハルちゃんだったら、この感情の正体を教えてくれたに違いない。