一応、カイマンたちがホールに戻って来るまで待つことにしたボク。
そして、向こうに渡った次の日にホールに帰還した二人。扉から現れたカイマンは、それはもう額から大量の汗を流して叫んだ。
「ニッ、ニカイドウがァ──ー!!」
ニカイドウは背中からキノコを生やして、今にも死に絶えそうな雰囲気であった。キノコにはナイフで根元から除去しようとした跡もあり、そこからは大量の出血が。
一刻を争う事態。病院に向かうための最速の手段はボクのバイク。
ニカイドウを後部座席に固定して、博士をシートに座ったボクの前に抱っこする形で乗せ、彼が落下しない速度で飛ばした。カイマンは自分のバイクで後から来てもらって。
それから数時間に及ぶ手術が行われ、無事キノコの摘出は成功。
そのキノコを食ってみたいボクと研究材料にしたい博士で、軽く争いになった。が、今回ボクはバイクでニカイドウを運んだだけで何もしていないので、手柄は博士に譲るべきだと諦めた。カイマンでさえも、先生と博士の助手としてこき使われていたのに。
「アンタらは本当……」
バウクス先生の冷ややかな視線が刺さる。
その後、一旦落ち着いて茶を飲むことになり、ボクはみんなに茶を淹れた。べっ…別に、茶を淹れるくらいだったらボクにもできるんだからねっ!
何か毒物でも入っているのではないか、と怪しむ先生はさておき、魔法界で何が起きたのかカイマンから事情を聞くことに。
彼曰く、あちらに滞在中に一部の記憶──「
それでニカイドウはキノコを生やして、彼らが潜伏していた場所に戻ってきたと。
「キノコの魔法って言ったら、煙ファミリーの煙しかいないよ。彼女、屋敷に何らかの手段を使って忍び込んだんじゃないかな」
「…魔法界について詳しいんだな、修理屋」
「あれ、博士から聞いてなかった? ボクも彼の付き添いで魔法界に行ったことあるんだけど」
まぁ、一度しか行ってないけどね。何度か向こうに行っている博士より魔法界については詳しいつもりだ。ほとんどがハルちゃんの情報だけど。
だが一介の魔法使いでしかないニカイドウが、どうやって煙ファミリーのアジトに潜り込んだのか疑問が残る。
あそこには数千人規模の煙の部下がいるし、警備だって厳しい。それこそ元々煙の知り合いであるとか、悪魔の力を借りるとか、それくらいしないと屋敷への侵入は難しい。
そもそも屋敷に向かった理由は何だったのか。
──そうか、もしかしたらその栗鼠って男が煙ファミリーに捕らえられていたのかもしれない。
となると、煙ファミリーはなぜ栗鼠を捕まえていたのか。
これはカイマンの知り合い=栗鼠ということを知り、追った可能性が高い。ただの魔法使い殺しなら別だが、カイマンには「魔法が効かない」という特異性と、死んでも生き返る? 力を持つ。
カイマンをブッ殺した心臓マスクの男が煙に「カイマンを殺した」と報告すればそれで終わりだが、万が一まだ死んでいないと勘付かれていたら……いや、栗鼠を探している段階で、カイマンはまだ死んでいないとわかっているのか。
奴らなら権力と彼らが有する魔法使いの力を使い、栗鼠にたどり着くことも造作ないはずだ。
こうして改めて考えると、我が身がかわいい内は、カイマンに深く関わるべきではないのだろう。
「どうしたんだよ、考え込んじまって」
ブレインにはなれないトカゲ男さんの代わりに、ボクが今の段階の推論を話す。
彼女が屋敷を渡った方法については、やはり悪魔の協力があったと考えるのが妥当だろう。何ならそう考える理由もある。
「……何だよ、つまり人間のニカイドウに、悪魔の知り合いがいたってわけか?」
「おいおい、カイマンくんよ、君いい加減気づいてるんじゃないの?」
「…何がだよ」
ニカイドウはリビングデッドデイの一件で魔法使いたちから逃げる時、扉を使った。そして、バウクス先生の目の前に現れた。その時の彼女の指からはケムリが出ていたという。この時点で彼女が魔法使いであることを先生は知ったし、知り合いの博士にも話が伝わった。
「それにニカイドウの店、『
「……ッ、それでもオレは信じねぇぞ!」
「ッハ、証拠も揃ってるってのに信じないんだ。合理的じゃないね、その考えは君の感情論でしかない。それとも何、信じたくない理由でもあるっての?」
「…おいナツ、それぐらいにしとけ」
横から先生の制止が入る。うるせぇな、黙っとけハゲ。
「ハゲとらんわ!!」
お怒りの先生を無視してボクはコタツの上に一枚の紙を出す。コイツはニカイドウが着ていたコートのポケットから発見した、証拠物件だ。野郎共に彼女の服を着替えさせるわけには行かないからね。
「それは…?」
一瞬、博士の目が光った。
「コレは悪魔が力ある魔法使いに送る名刺だ。ニカイドウは魔法界で悪魔と遭遇して、これを貰ったのだろうね。ボクの言う「悪魔の協力を受けて煙ファミリーのアジトに行った」っていう仮説も、この名刺があれば真実味が増すんだ。すべては起きた彼女から聞かないとわからないが、ボクの考えはイイ線を言っていると思うよ」
「ンなの…ただ拾っただけかもしれねーだろ」
「アホだねカイマン。名付けて「アホマン」」
「アホじゃねーよ、この野郎ッ!」
「黙れ、座れ。お前の発言権は今はない。悪魔に名刺をもらえるってのは、魔法使いにとっては光栄な事らしい。それこそもらった名刺を捨てるようなマネ絶対しないし、仮に捨てたら名刺をあげた悪魔がその魔法使いを地獄に送るさ。だから道端に名刺が落ちてるなんてこと、あり得ないんだよ。わかったかアホマン」
「………」
歯を噛み締めて、ボクを睨むカイマン。これでわかっただろう、君も謎が多いデンジャラス・ボーイのようだが、君の相棒も謎が多いデンジャラス・ガールということを。デンジャラス同士足したら、君らの明日が怖いよ、ボクは。
「そう言うお前は、何なんだよ」
「え?」
「名刺のこととか、そこの博士でも知らなかったみたいだぜ? 魔法使い研究の第一人者の、カスカベ博士が」
博士は瞳を輝かせて、その名刺を観察している。まるで誕生日にゲームを買ってもらった子どものようだ。
バウクス先生に視線を送ったら、素知らぬフリをされる。アレは絶対、面倒ごとに巻き込まれまいとしている顔だ。
「じゃあ、ぶっちゃけます」
「ハァ?」
「ボクは魔法使いだ」
「…………ハァ!!?」
ついでに博士を指差して、「こちらがボクのパパ」と紹介する。博士は未だ名刺に夢中で気づいておらず、またカイマンの驚愕声が室内に響く。
「そしてホールでも魔法界でもそれなりの犠牲者を出し、六年前ホールで死んでいた以降の記憶がないのがこのボク、小夏だ。いいか、覚えておけよ人間、ボクがその気になったらお前のトゲを全部綺麗に取り除いて、頭の寂しいトカゲ野郎にすることができるんだからな!」
「おっ………おぉ…?」
カイマンからトゲを取ったら、彼のアイデンティティーなんて一切残らない。精々よく食うデブってことだけだ。あとかなりのナイフ使い。
「………だったら」
と、前置きして、カイマンが立ち上がる。
相手がズンズン近づいてきたせいで思わず後ろに逃げたボクは、部屋の角に追い込まれた。先生も異常事態を察知して立ちあがろうとした、その瞬間。
肩をつかまれて、ガブッ、と行かれた。
奥、口の奥から何かが這い出てくる。
全裸の男だ。ソイツが歩いてきて、ボクを見下ろす。トゲトゲの頭に、瞳にある十字目の刺青。
“お前は 違う”
何が違うんだ。こんな美女の前にイチモツを晒すな。
「口の中の男に、なんて言われた」
顔中が誰かさんの唾液でベトベトになってしまった。顔の所々にも痛みがあって、相手の鋭い歯が突き刺さったと思われる。
「……お前は違う、って」
「…そーかよ」
「お前コレ、ベジョベジョなんだけど。あと臭い」
「………エッ!? 臭…」
「餃子臭い。それと歯ァ食いしばれ」
指からケムリを出して自分の体に纏わせる。
反射的にナイフに手をかけようとした相手の腹を殴り、そのままカイマンは吹っ飛んで壁を突き破り、倒れた。
「安心しろよ、死なない程度には加減した」
一連の様子を見ていた先生は、膝を付いて項垂れた。
今までのモヤモヤが、この一撃で少しは解消された気がする。
⚪︎⚪︎⚪︎
最近雨が多くて嫌になる。
比較的軽症のボクでもマジに怠いのだ。純粋な魔法使いはもっと重症だろう。ニカイドウくんとかね。
彼女はまだ入院中。さっさと次の旅に行きたいボクも連日の雨で流石に出かける気が失せ、鬱憤晴らしに博士の屋敷の地下(ボクが勝手に改造した)で、発明品を作っている。博士も最近家に戻って来ないから、ボクは気兼ねなく作れるというわけだ。万が一があっても、彼を巻き込まずに済むしね。
発明を作る際は、基本的に火花が散って暑いから、胸周りだけ覆うチューブトップと下着の上にツナギを着て、さらに保護マスクや前掛け、腕と足のカバーだったり保護手袋だったり……結果として暑い服装である。
「……ん?」
インターフォンと連携して、点滅するランプが赤く光った。お客さんらしい。
先生辺りかと思いながら、防護服やその他もろとも脱ぎ散らかして、ツナギの下の汗をタオルで拭いながら玄関に向かった。
「はーい、どちらサン……」
玄関の前に、デカい影が見える。バウクス先生じゃないな、身長がまったく違う。
持ったままだったモンキーレンチを握りしめ、サンダルを履き低い姿勢でにじり寄る。そして扉を開けた瞬間襲い掛かろうとした──が、寸前で避けられた。
「何すんだよ、危ねぇなッ!!」
「ッチ」
「舌打ち……」
玄関に立っていたのはカイマンだった。何か、手にパックに詰まった物体を持っている。餃子だ。
「わかったぞ。ボクを毒殺しようという魂胆だな。君は魔法使いはブッ殺す精神だものな、なるほどなるほど…」
「ちげぇよ。何つーかその……この間の、アレだ」
彼はボクに謝罪に来たらしい。急にかぶりついて悪かった、と。
餃子はその詫びの気持ちとして彼自身が作ったらしい。食える形のものを作れるだけ、ボクより料理スキルがあるというのか、この男……!?
ちなみに噛まれた部分はまだ治っていない。それを言ったらカイマンはボクに殴られて重傷になったけど、もうすっかり元気になったようだ。ボクが加減していなかったら、彼は今頃上半身と下半身が別れて死んでいただろう。殺さなかったことに感謝して欲しい。
「……ニカイドウくんは元気?」
「ニカイドウは大分良くなってきたみたいだぜ。昨日は連れ去られて大変だったけど」
「連れ去られた?」
カイマンによると、ニカイドウが昨日男に連れ去られて、下水道に連れ込まれたらしい。雨が降っていたから、彼女も力が出せず太刀打ちできなかったようだ。
無事ニカイドウを助け出せたようだが、カイマンがナイフで足を切った男は死ぬ前、二年前人間の頭だったカイマンを見た──という発言をした。ついでにニカイドウのことも見たらしい。
しかし詳細を聞く前に、男は死んでしまった。
「そもそもなぜニカイドウくんは連れ去られたんだ?」
「魔法被害者だと思ったらしいぜ。最近ホールでソイツらが行方不明になってるのは知ってんだろ?」
「うん」
魔法被害者の体にある“黒い宝石”──実際は魔法被害者に生まれる老廃物でしかない──を集めると、魔法使いになれる、という噂が出回っているようで。
若者を中心に噂されるその話を信じた男は、ホールで生まれた巨大なゴキブリのバケモノを使って魔法被害者を襲っていた。
「……つか、雨降ってんのにあんたは元気なんだな」
「ハーフって言ったろ。半分は人間だから、純粋な魔法使いよりは雨の影響が少ない。ニカイドウくんは……災難だったね」
まぁ、無事でよかった。彼女がケガしたらカイマンも悲しむだろうから。
「……ボクも悪かったよ、君を煽るようなマネして」
「げぇ、ナンだよ急に、塩らしくなって」
「人が謝ってるのにその態度はないんじゃないか…? でも、釘を刺しとかなきゃ、君ってすぐ危ないことに首を突っ込みそうだろ。ニカイドウくんはそれで君を止めようとして──あるいは力になろうとして、ケガをする。だからちょっと厳しく言ったんだ」
個人的な気持ちもあったけど。
頑なにニカイドウが魔法使いではないと信じる彼が、ムカついた。その理由を知りたかった。
確かに魔法使いであることを彼女は隠しているけどさ、「絶対に魔法使いじゃない!」っていうのは、彼女の存在否定な気がした。いくら隠していても、彼女が魔法使いであることは事実。それを認めた上で、寄り添う精神が欲しかった。それこそ、彼女を想うなら。友人にしろ、異性としてにしろ。
でも、それを口にできるほど、ボクは甘くはなれない。
だから極端に噛み砕いて、彼の目を見て言う。
「ニカイドウが大事なら、彼女が何でも胸張って受け止めるくらいの漢気を見せろ」
「修理屋……」
「それでもチンコ付いてんのか、お前」
「最後の一言は要らなかった」
けれど、ボクの一言で少しスッキリしたような表情を浮かべるカイマン。
彼は頬をかきながら、ボクに餃子を渡す。
「ニカイドウや先生たちには不評だったんだけど…食ってくれるか?」
「え、ニカイドウくんの回しものってこと?」
「ちげーよ。ちゃんとお前のは別で作ったわ」
「お腹痛くなったら賠償金請求するね」
「さらっと酷いこと言うなよ、このヤロウ」
一口試しに食べてみたら、可もなく不可もなくな味だった。胃に入ってしまえば何でも同じだ。奇妙なカタチの虫だって、高級料理だって。あとはそれで死ぬか否かのルーレットタイム。
「……お前旅してる時って、どんな食生活送ってんの?」
「落ちたもんでも食えるよね、って精神」
「………」
何、その心配そうな目。こうして今生きてんだから、ボクの消化器官は優秀なんだよ。毒に当たって死にかけたことは何度かあるけど、気づけば復活している。その度にハルちゃんが枕元にいるのが不思議だ。
「…なぁ、修理屋」
「はい、何でしょうか、トカゲ男さん」
「どうして急に他人行儀になった」
「お前が突然、意味深な空気を出したからだ」
「……その、お前がよければさ」
──────友だちに、なってくれないか?
カイマンは、そう言った。
友だち。
コイツ、オレのダチはニカイドウだけだ! ──みたいな雰囲気を出していなかっただろうか? ボクを友人にしたらニカイドウくんとギスギスする気がする。
だって明らかに想いを寄せているカイマンの側に
でもそれをカイマンに言うことはできない。「ニカイドウが君を好きみたいだから、友だちにはなれません」って?
そんな事言った暁には、ボクは彼女に殺される。女のドロドロは怖いって、ハルちゃん講座で習った。
「いいよ、お友だち」
けれどけれど、せっかくのお友だち勧誘を断ることなどできない。
ボクのお友だち2号、カイマン。ニカイドウくんには悪いが、お友だち一人じゃボクのステータスがかわいそ過ぎる。
嬉しそうに笑った彼が手を差し出す。握手ってことか。
それを握るのに様々な角度で手を伸ばして、挙動不審なヤツになってから、ようやく相手の手を握れた。デカい手で、包まれると妙な安心感がある。熱い手だ。人間の、生きている手。
「本名は「小夏」って言うんだよな? 博士が前に言ってたけど」
「…そうだよ、でもなるべく本名では呼ばないでね。ボク魔法界だとお尋ね者だから」
「………お前マジで何したんだ…」
ドン引きすんな、貴様だって魔法使いを大量に殺してんだろ。
「とりあえずよろしくなっ、小夏!」
「…うん、カイマンくん」
彼の笑顔は雨の中、太陽みたいに光って見えた。
心が妙に温かくなる。
同時に、チクチクとした痛みもある。
不思議だ。
Ⅳ【魔法使いの大三角】
『ナナナーナ、ナーナナ』
『相変わらずハルの娘が悪魔になるのが楽しみか』
『ナァ〜〜!!』
映画館、
(五・七・五)