「ボク」っ娘系メカニックちゃん   作:アビ田

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カイマン視点です。


待っていてね、って。

 修理屋ナツ。いや、その本名は小夏と言うらしい。

 

 カイマンにとって彼女の出会いは強烈なものだったに違いない。何せ、こちらが酔っ払った挙句の行動だったとはいえ、轢かれたのだから。

 

 それから修理屋と交流を深めてきたカイマンだが、彼女は揶揄ってくることが多く、あまり好きになれずにいた。ニカイドウとは女同士、それなりに仲良くしていたようだが。

 

 小夏は「ボク」という一人称な上、言動は女性らしくない。座る時も足を揃えて──なんて事はなく、大胆不敵に開いてる。

 

 

 そんなカイマンは修理屋とハプニングが起きることが多い。

 

 一回目はニカイドウと魔法使いを追っていた時、修理屋と遭遇した。そして、ニカイドウに羽交い締めにされた小夏の服のチャックが落ちた。

 

 カイマンは女性の肌を見慣れている。相棒のニカイドウが上半身のツナギを脱いで、チューブトップの姿でいることが多いからだ。

 

 ラッキースケベから暫く、時折ライダースーツの奥の二つのデカいソレが、ジッパーが下がった衝撃で揺れた姿を思い出しては「うおお」と、無性に転がりたくなった。

 ギョーザや顔を元に戻したいことが頭の中の大半を占めている彼でも、そこは男。悶々とする。

 

 野球の際、色々ピチピチな姿で飛び跳ねて応援していたのも、目の毒だったが。敵の爺さんたちが鼻の下を伸ばしていた。小夏は気にしていなかった──というか、その原因が自身にあることに気づいていなかったが。

 

 気に食わないサーティーンが彼女の姿を見て、ピュ〜ゥと口笛を吹いたのもイラついた。「淑やかに見えてデンジャラスなところもあんのね」と、おもしれー女、な風に見ていたのも。

 

 

 二回目は魔法界に向かう前だ。

 

 彼が着替え中、唐突に開いた襖の先に小夏がいた。カイマンはその時、装備【パンツ】だった。

 

 少年漫画で主人公にラッキースケベされたヒロインのような反応をしたカイマンだったが、それ以上に乙女の反応をした小夏である。

 

 カイマンに胸を見られた時といい、小夏は妙にピュアな一面を覗かせる時がある。もしニカイドウだったら恥ずかしがりこそすれ、「ふえぇ…」とはならないだろう。

 要は、カイマンは修理屋の彼女にギャップ萌えに近しい感情を抱いている。

 

 

 

 そして、ニカイドウが魔法使いかもしれない──否、ほぼ間違いなく魔法使いであると認めざるを得なくなった時。

 

 悩むカイマンに正面からぶつかってきた小夏。

 突然噛み付いたのは悪かったが、それ以上に大量の血を吐く羽目になった。割と本気で殺意が湧いたが、吹っ飛ばされたのが懐かしくも思えた……と考えて、カイマンは不意に思ったのである。

 

 そういやオレ、バイクで吹っ飛ばされたんだっけ────と。

 

 この一件で、腹は決まった。

 

 ニカイドウが何者であれ、受け止める覚悟を。だがニカイドウ本人が自分から言ってくるまでは、待つことにした。彼女はこれまで魔法使いであることを隠し、ホールで生きてきた。何か理由があるのだろう。

 

 彼女が目を覚ました後、カイマンは何があったか聞いた。

 ニカイドウは、栗鼠を捜している中で魔法使いを怒らせてこのような目に遭った、と話した。

 

 魔法をかけたらしい「煙」という男の名前は出さず、また悪魔の名刺のことも話さなかった。

 それに些か彼はイラッときたが、ニカイドウが栗鼠を捜す際に提案した「二手に別れよう」という言葉を思い出し、溜飲が下がった。下げざるを得なかった。

 

 彼は魔法界に行く前に、心臓マスクの男に殺された。

 

 カイマンがいくらナイフ使いに長け、多くの魔法使いを殺した実績があっても、接近戦に長けた相手には引けを取ることが心臓マスクの男との戦いで証明されてしまった。

 

 いつもは二人で行動するところをニカイドウが敢えて別れることを選んだのは、カイマンを守るためでもあったのだろう。彼は強くても、人間であるのだから。

 ただ、ニカイドウも無計画というわけでもなく、計画性があったはずだ。それでも、敵の魔法にかかり重傷を負った。

 

 すべては相棒たるカイマンを守るため。

 

 そして、カイマンの記憶と顔を取り戻す手掛かりとなるかもしれない栗鼠を、捕まえるための選択。

 

 

 だからこそニカイドウがカイマンを想うように、カイマンもまたニカイドウを信じることにした。

 

 今は言えずとも、ニカイドウが彼女の“真実”を話してくれることを待って。

 

 同時にカイマンの中で、一つの感情が大きくなっている。

 これ以上ニカイドウを己のために巻き込むわけにはいかない、という感情。相棒が──友だちが傷ついてボロボロになる様を見るのは、懲り懲りだ。

 

 

 モダモダとした悩みが吹っ切れ、いつものカイマンに戻った彼は、悩みを解決に導いた相手に会いに行った。手製のギョーザを持って。

 

 そして、小夏と友だちになったカイマン。

 

 握手した手は小さく、それこそ彼が強く握れば簡単に折れてしまいそうなほど、細い。

 

 だが華奢な見た目に反して、彼女の魔法の特性ゆえか、その体から繰り出される攻撃は、約150キロのカイマンを軽々と吹っ飛ばす。否、魔法を使わずとも足蹴りで彼を転ばす地の力もある。全くもって人は見かけによらない。

 ニカイドウも言っていたが、一度は修理屋とタイマンを挑んでみたいものだ。

 

 そんな手にグローブ越しだったが触れ、熱い温度を感じた。人温だ。

 

 その温もりに、彼は懐かしさを覚えた。

 

 なぜ懐かしさを覚えたのかは、分からない。

 

 

 

 だってすべては、混沌の中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 ぐにゃぐにゃと安定しない地面。肺を動かしても、酸素を吸った感じがしない。建物は白く、空は黒い。闇の天上の中を、白いクジラが群れを成して泳いでいる。

 

 自分の手を見た。その手は霞んでいてよく見えない。だが記憶にある手よりずっと小さい。

 

 周りには腕が何本も生えていたり、異形の頭だったり、魔法使いに魔法をかけられた人間が歩いている。

 

 自分の周りを彼らは、彼女らは、横切っていく。まるで自分を避けるみたいに。

 

 空が眩しい。

 

 

 自分は歩いた。行き先のわからない場所に向かって、足が勝手に動く。

 

 

 人通りが少なくなる。

 

 

 空き地に着いた。

 

 空には変わらず白い雲が泳いでいる。果たして空は黒かっただろうか。

 

 

 いる。誰かがいた。その姿は白いシルエットで、大人なのか子どもなのか、男なのか女なのかわからない。

 

『£€〆※ )()「7*「 …#)@¥6(』

 

 その人物は、楽しそうな声色で自分に話しかける。手を引かれた先の土管の上に座って、並んで座る。

 相変わらず水質の悪い中で、雲が悠々と泳いでいる。

 

「?」

 

 白いシルエットの頭に何か光って見え、思わず触れた。髪留めだ。

 シルエットの人物の肩が一瞬跳ね、首を傾げる。自分の行動に不意を突かれたらしい。

 何か言いながら、ソイツは白い手を伸ばす。自分の額にその手を触れさせる。

 

 熱い体温。

 

 知っている、この熱を。自分は────俺は。

 

 

『ねつ-#)「*@ね』

 

 

 白いシルエットが少しずつ晴れて行く。

 見覚えのある靴、見覚えのある服、見覚えのある髪型。

 

 顔だけはしかし、まだ白くぼやけている。でも雰囲気的にこちらを心配しているのが窺える。

 熱なんてない。

 いつも俺の顔が赤くなると、熱だ、と騒ぎ出す。

 

 とんだドンカン野郎だ。人の気も知らないで。

 

 

 その名前を口にしようとして、思い出せなかった。覚えているはずなのに、何故だ。

 忘れるわけがないのに。だって、コイツのことを俺は。

 

 

 俺は……? 

 

 

 

 

 

 

 

 すべてがドロに沈んでいく。

 

 白い建物も、歪んだ地面も、あるのか分からない空気も、黒い空も、白い雲も、存在したはずの空き地も、土管も、ソイツも、全部無かったことにされる。

 世界が空から降り注ぐドロで埋め尽くされる。ソレに満たされた俺は、俺だけが存在していることを認識する。

 

 俺だけがここで生きているのだと知る。

 

 死んでいるかもしれないが。だってドロの中だ。

 

 闇の、ドロの中。小さな命など容易く飲み込まれる。

 そこにあるのは一つの脈動する命だけ。あるいは、小さな命がドロに溶かされ、混じり合い、やがてそこに沈殿して、ソイツが固まって一つの巨大な命に、何かになった。

 

 俺はその正体を知らない。

 けれど、知っている。

 

 

 ソイツはなぜなら────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 目覚ましが鳴った。

 

 けたたましいその音に起こされ、カイマンは目を覚ます。シャツが汗でぐっしょりと濡れ、いつものように枕にトゲが刺さっている。

 

 最近悪夢を見る事が多い彼は、大きくため息を溢した。ニカイドウの件で悩みが晴れたと思えば、こうして内容の思い出せない悪夢に魘される。何か自分の頭や記憶を取り戻すヒントが隠されているのかもしれないが、覚えていないのではどうしようもない。

 

「……やっぱり、魔法界に行くしかねぇかな…」

 

 魔法界に行ったカイマンは、たった一日でこれまで思い出せなかった記憶の一部を思い出した。

 

 記憶を思い出すカギは栗鼠に違いない。しかし魔法界にいれば、徐々に記憶を思い出す可能性が高い。

 

 そこにニカイドウを巻き込むわけにはいかなかった。もし修理屋の推測が正しければ、ニカイドウは悪魔の名刺をもらうほど、何か強力な魔法を持っているということになる。

 

 それならば彼女が魔法使いでありながらホールに住んでいる理由も、納得がいく。魔法界にいればその力を狙われるゆえ、人間界にいるのだろう。

 

 ならば余計に、ニカイドウを魔法界に連れて行くわけにはいくまい。

 

 

「………お前のギョーザとも、しばらくお別れか」

 

 

 カイマンは、一つの道を選ぶ。

 

 

 

 

 

 そしてニカイドウのギョーザをたらふく食い、病院のバイトを辞め、カスカベ宅に訪れたカイマン。

 

 ちょうどその日病院にいたカスカベに聞けば、「家にナツくんがいるから行っても問題ないよ」と許可をもらい向かった。

 

 時刻は深夜。

 

 家の明かりはまだ点いていた。インターフォンを鳴らせば、『塵塵爆弾』と書かれた黒のタンクトップに、スウェットパンツ姿な小夏が現れる。

 

「何、こんな遅くに。もしかして夜這い?」

 

「ンなわけあるかァッ!」

 

「冗談だよ。博士から連絡来たから、概ねのことは知ってる。入んな」

 

「……お邪魔しまーす」

 

 額をぶつけないよう背を曲げて中に入り、カイマンは靴を手に持って扉のあるカスカベの研究室へ向かう。何度訪れても、そこは薬品や魔法使いの血肉が入り混じった、悍ましさを感じる場所だ、魔法使いの死体が薬液に付けられて浮いているのもパンチが利いている。

 

 すでに準備はしてあるため、あとは扉の中に入るだけ。

 

「ニカイドウくんとは一緒に行かないんだね」

 

「オレの都合で巻き込みたくないからな、これ以上」

 

「ヒュ〜、かっくいい! こりゃサーティーンくんもカイマンには勝てないね」

 

「オレがあの野郎に負けるわけねーダロッ!」

 

「あっ、そうそう」

 

 どうやら、小夏も明日街を出る気のようだ。彼女は両手を後ろに回して視線を彷徨わせ、うー、あー、と挙動不審な動きをとる。

 

 そして意を決めたように、カイマンを見た。

 

 

「バイバイッ、カイマン!!」

 

「……お、おう。それはこっちの台詞な気もすっけど」

 

「ボクが長いこと悩んだ末に決めた別れの挨拶を、そう簡単に流すなよっ!!」

 

「いや、だってあまりにも普通の言葉だろ」

 

 小夏は肩を落とし、トボトボ歩いて行く。立てば和美人、話せば掴みどころのないヤロウ、そんな中身は劇薬──な彼女も、思いがけない一面がある。

 イかれながら、存外人間らしいと言うべきか。

 

「ニカイドウにも挨拶すんのか?」

 

「するよ、明日ね。店に行って彼女と話すよ」

 

「……そっか、寂しくなるな」

 

「君は今日いなくなるんだから、あんまり変わらんだろ」

 

「でも、寂しいもんは寂しいだろ」

 

 そうだ。魔法界に行けば、小夏とも会えなくなる。彼女は向こうだとお尋ね者らしく、ホールにいるそうだ。本当に何をやらかしたのだろう、この女。知っていそうなバウクスやカスカベにその前科を聞こうと思えど、ついぞ彼らが教えてくれることはなかった。だがバウクスが思い出して顔を青白くさせていたことから、相当のことを仕出かしていると思われる。

 

「ハッハッハ、そんなに寂しいならボクも行ってやろうか?」

 

「………」

 

「…え?」

 

「……オレ一人で行くっつーの」

 

「そ、そうかい。何だよさっきの間は…本気で付いてきて欲しいのかと思ったじゃんか」

 

 小夏はおどけて言いつつ、頬にはうっすら汗が滲んでいる。

 カイマンはボンヤリと彼女が付けている髪留めを見つめ、後ろを向く。その前には、扉がある。

 

「行ってきます、は言わないのかい?」

 

「言わねぇ、オレはそういうタイプじゃない」

 

「そっか。まぁ、気を付けて言っておいで」

 

「おう。……小夏」

 

「はい?」

 

「小夏」

 

「何だよ、そう何回も呼ばなくてもボクはここにいるよ」

 

 何となく、喉から滑るまま、カイマンはその名を口にした。それが小夏には何かの確認作業に捉えられたようだ。

 カイマンは後ろを振り返り、ニィッと、笑って見せる。まるで子どもっぽい笑みで。

 

 

「オレがいない間、ニカイドウのこと頼んだぜ!」

 

 

 そう言い、彼は扉を開けて閉める。ピンポンダッシュさながらな速度だった。

 

 残された小夏は、最後の言葉がそれなのかと、口を開けたまま固まる。てっきり別れの言葉を言わないと見せかけ……と、思ったのだ。

 

「そりゃないぜ、トカゲボーイ……」

 

 複雑な心境になりつつ、小夏は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 扉が消える中、街に出たカイマンはフラフラと歩き、近くにあったベンチに腰掛ける。

 

 そして、深く息を吐く。

 

 

「だぁ〜〜! 何でこんなに心がグチャグチャしてんだよォ!!」

 

 

 彼自身でさえわからない感情の正体が、カイマンの中で渦巻く。

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