「にしても、忙しいな…」
店、『
ついこの間まで閑古鳥が鳴いていたのが嘘のようである。店主ニカイドウは、客が中々来ない理由を店が魔法使いの出没地帯にあるから──と思っていた。
しかし彼女とカイマンが魔法使いを殺し、最近では滅多にホールに魔法使いが現れなくなった中でも客が来ないのはおかしい。
その理由は、別にあった。
「カイマンのせいだったとはな…」
ニカイドウのギョーザはすべてオレのもの。
そんな強欲な男が他の連中に睨みを利かせていたため、客が来なかったのだ。金を払わない上に客避けをするとは、つくづくマイナスな男である。
しかし忙しくなった中でも、店は回せていた。
というのも、バイトが入ったのだ。
「いらっしゃいませぇ〜ご主人サマ」
と、語尾にハートが付きそうな声で客に接客するバイト。メイド服に猫耳と尻尾をつけ、首にエリザベスカラーを付けている。服のテーマは「退院したばかりの猫」だそうで、首や足に包帯も巻いている。また顔を隠すため、医療用のマスクとゴーグルも付けている。
「思うんだが…なっちゃん、その衣装だと、私の店の趣向から大きく逸れる気がするんだが…」
「ボクはこの店の招き猫、「夏太郎」だニャン!」
「お客さんが来てくれるのは嬉しいんだけどなぁ……」
その、萌え萌えしているバイトを見るために来る男性客も多い。
そんな猫メイド──小夏は、ニカイドウがカイマンが魔法界に行ってショックを受けていた折に現れ、店でバイトをする、と言い出した。
本人曰く、本当は街を出るつもりだったらしいが、心境の変化があり暫くは街に残ることにしたらしい。
ニカイドウも小夏が家事全般が壊滅的なことを知っていたため、最初は渋った。だが料理を運ぶ程度なら遜色なく行えるため、一日研修として様子を見て、特に問題も起こらなかったので採用した。
ただ条件として、厨房への出入りは禁止している。小夏が持ち前の家事オンチで高い機械を壊す可能性が高いからだ。最悪小夏に直させればいいものの。
『空腹虫』の時給は一般的な値段で、賄いは無料。閉店時、女二人で賄いを食いつつ他愛もない話をするのが、今のニカイドウにとって楽しかったりする。
そして小夏も小夏で、カイマンの言葉を律儀に守っている。
店のためにと考え、試行錯誤して招き猫を体現するなど、バイトながら頑張っている。
「店長、大葉ギョーザ二人前だニャン!」
「うぅ…見てるこっちが恥ずかしくなる。でもありがとな、店のために体張ってくれて」
「フッフッフ、こんなの全然へっちゃらニャン!」
とは言いつつ、小夏が帰るとき毎回死んだ顔をしているのをニカイドウは知っている。取り敢えず、無理はしないで欲しい。だが純粋な厚意を無碍にすることもできない。店が繁盛に貢献しているから、余計に。
「あっ、お客さまニャン、いらっしゃいませニャン!」
小夏はパタパタと駆け、店を入ってきた人物に近寄る。
そして、固まった。
「バウクスくんから最近繁盛してるって聞いたよ、ニカイドウく……」
「…………いっ、いらっしゃいませご主人サマァ!!」
向かい合うバイトと、カスカベ。
博士にニカイドウの店で働き始めたことは伝えてあった小夏は、意地でも笑顔を崩さない。しかし口角は引き攣り、顔が真っ赤になっている。さらにダラダラと、全身から汗が吹き出す。
「………ギョーザを一人前」
「了解しましたニャアンッ!!!」
小夏は後日語る。
今まで見た博士の笑顔の中で、一番怖かったと。
そしてその次の日から招き猫はいなくなり、従業員用のシャツと長ズボン、エプロンに布巾で髪をまとめた女性従業員が『空腹虫』で見られるようになった。
⚪︎⚪︎⚪︎
ニカイドウの店での仕事も早々に慣れてきた。頭を使う作業は得意だから、複数の客がそれぞれ料理を頼んでも、メモ無しで対応できる。
お昼時と夜のラッシュタイムが終わり、閉店時。
店にはニカイドウくんとボク以外にも人が集まっている。
今日はバウクス先生の誕生日らしい。ニカイドウくんたちよりは先生と長い付き合いのつもりだけど、誕生日なんて知らなかった。博士の誕生日しか知らない。自分の誕生日はハルちゃんに教えられて知った。
人を祝うなんてこと、あまりしたことがない。基本的に自己中心的な生き方をしているからね。
「ボクからは育毛剤のプレゼントでーす!」
ジョンソンが作ったケーキを見て顔を引き攣らせている先生に、育毛剤が入った容器をプレゼントとする。先生は訝しんでいたけど、急遽用意したものだから、普通に市販のものだ。結構お高いやつですぜ?
「複雑な気持ちになるが…ありがとな」
「いえいえ、これもまた、健全なる植林活動の一環だよ」
「俺たまに、お前を本気で殴りたくなる」
所詮人間の先生が、魔法使いなボクには敵いません。
みんなでテーブルを囲んで、ニカイドウが作ってくれたギョーザを食べるのは楽しいね。酒にも合うから最高だ。あまり飲みすぎないようにしないといけないけど。
和気藹々としていたら、ニカイドウの一言で場が静まる。
「カイマン…あっちで元気にしてるかな」
カイマンが魔法界に行ってから一週間。改めて思い返すと、彼って向こうの金を持っていないから、野宿でもしているんだろうか。…いや、誰かを殺して金目の物を奪っていそうだな。ひとまず、まだ死んではいないと思う。
「なぁ、なっちゃん」
「何だい、ニカイドウくん」
「ずっと思ってたんだけどさ、なっちゃんが街を出なかったのは、もしかしてカイマンに何か言われたからなのか?」
「おや、鋭いね。君のこと頼まれちゃってさ」
「……やっぱり、そうか」
まぁ、ボクが「彼女は力の強い魔法使いの可能性がある」──なんて言わなければ、そこまで過保護にならなかったと思う。
実際ニカイドウがどんな魔法を使うのかは知らない。逆に彼女はボクがケムリを使っているのを何度か見ているから、強化系であることは知っている。
一応彼女と二人きりの時に能力について聞いたこともあったけど、はぐらかされた。
ただ、一言。
こんな能力、なければよかったな────。
とは、言っていた。
「…私な、カイマンのところへ行こうと思うんだ。アイツが色々、私を気遣って行動したのはわかってるけど……それでも、やっぱり相棒だから」
皆の前で、ニカイドウは告げる。
彼女を止める者はいない。心配そうな顔のサーティーンくんに対して、博士は「まぁ大丈夫でしょ、彼女魔法使いだし」と言う。この中で唯一、ニカイドウが魔法使いであることを知らなかったサーティーンは、ひっくり返った。
彼のリアクションが面白かったので、ボクも続いて暴露すべく、彼を引き起こすようにして手を引っ張る。
「
しかしボクがドッキリサプライズをする前に、先生にネタバラシされてしまった。
サーティーンくんは白目を剥いて、はは…と、乾いた笑みを漏らす。真っ白に燃え尽きてしまった。人間って…面白…。
さらにサーティーンくんを灰にすべく過去の犯罪履歴を自慢しようと思ったら、先生に止められる。博士は一瞬ボクを見て、バウクス先生を見て、ニコニコしながら酒を飲む。そういや先生はまだ、ボクがこの六年で行った人間界での“実験”は知らないのか。
「それは言っちゃダメだからね、小夏」
「……はーい」
なになに? 父と娘だけの秘密にしたいってこと? しょうがないな。ここは黙って主役の先生を呪うことに徹するよ。
いや、違った。祝うことにするよ。
それからパーティーは恙無く進んで、途中で用意していた酒がなくなったからボクが買いに行くことになった。
ニカイドウくんが店の酒を出そうとしてくれたけど、彼女に負担ばかりかけるのは宜しくない。背中の傷の方も、今日はやたら痛むみたいで顔を歪めていたみたいだし。
「ゆっくり休んでてよ。ボクなら車より速く走れるから、数分で帰ってこれるよ」
「すまないな………えっ?」
小夏選手、ドーピンクを行い位置に着きました。
両手を地面に付け、腰を上げます。今日の天気は曇天。雨が降る前にさっさと帰って来たいと思います。
「行ってきます!!」
嵐のように、ボクは駆け出した。
「ただいま!!」
そして帰って来たら、店内が荒れていた。
「は?」
店の扉を開けたら、テーブルがひっくり返り、ソファーも定位置から大きくずれている。しかし食べ物はそのまま。
「………」
地面にある血痕を目にして、体の体温が下がっていくのが分かる。同時にビキビキと、手が動いた。
前に魔法使い四人と遭遇してから、いざという時のためにハルちゃんのマスクを持ち歩くようにしている。自分の身は自分で守らないとね。
「フフフ…」
キリキリと、頭の回しが回る。マスクを被れば、まるで自分の体の一部のように馴染む。
教えてやろうじゃないか、ボクの大切な人に手を出したらどうなるか。ボクの友人や恩人、ペット────それに。
「ボクの博士に手ェ出したらどうなるか、骨の髄まで思い知らせてやんよ」
目の前の二足歩行をするキノコの化け物の顔面に、ボクは拳を叩き込んだ。
***
店が、巨大な轟音と共に揺れた。
爆発とまごう現象を店の二階で体験したニカイドウたち。
彼らの身に何があったのか、少し遡る。
小夏が酒を買いに行って間もなく、ニカイドウの背中の傷が痛みだし、彼女はテーブルに伏した。
そしてそこから生えてきたのは、巨大なキノコ。人間サイズにまで巨大化したそれは手を、足を生やし、ニカイドウから分裂した。彼女はそこで、自身の魔力が無くなるのを感じたのである。
そのキノコ人間は、カサの下に顔を持っており、その顔にニカイドウは見覚えがあった。煙である。
魔法界で六年前から、“時の魔法使い”を探し続けていた煙。
彼は以前ニカイドウが魔法界に行った際、彼女がケムリ屋で起こした事件を調べていた。
ニカイドウはケムリ屋に訪れた際、知り合いの悪魔に会う金を見繕うため、店主に持ち込んだケムリ瓶を「時を操る魔法だ」として、金をもらったのだ。証拠隠滅に最終的にその店主を殺しケムリ瓶も回収したが、鑑定機にかけられた結果は残っていた。
また、店の隠しカメラに変装したニカイドウの姿も映っており、煙はその映像の女=屋敷に栗鼠を拐いにきた謎の女ということで、ニカイドウにたどり着いた。
キノコ人間は煙の魔法を使うこともでき、たちまちバウクスが小さなキノコにされた。その直後キノコになったバウクスは、カスカベに回収されている。
ニカイドウは魔力を著しく失ったせいで力が出せず、カスカベを守るべく戦ったジョンソンも、キノコ人間に負傷を負わせたものの片足をキノコにされてしまった。
そして一旦二階に逃げ、サーティーンがニカイドウの手当てを行なっていたところ、轟音が起こったのだ。
何事か、と彼らが駆け付けてみれば、そこにはキノコ人間の中身をふんだんに浴びた小夏が立っている。彼女は鳥の形をしたマスクを付けていた。
キノコ人間については、バラバラになって地面に転がっている。
ついでに、壁の破片も。
「わ………私の店がアアアアアァァァァァ!!!」
ニカイドウの魂の絶叫が、半壊した店内に響く。
どうやら先ほどの衝撃は、小夏がキノコ人間を殴って生じたものらしい。中の物は台風が通ったさながらで、小夏が買ってきたポリ袋に入った酒瓶は割れて散乱している。いったいどれ程までの衝撃が起こったというのか。
「おそらく衝撃の多くを壁が吸収したのだろうね。もしかしたら一階だけでなく、二階も瓦礫になっていたかもしれないな」
と、冷静に分析するカスカベ。サーティーンの方は震えてジョンソンの後ろに隠れている。
対して店主ニカイドウは、地面に手を着いた。今、人生で一番絶望しているかもしれない。カイマンが死んだと思った時より。
「え? あ、みんな生きてたの?」
「私の店……」
「え? ────あっ、ごめん、ニカイドウくん」
「もう、いっそ殺せ……」
「ご、ごめんって。絶対修理費は払うから…」
あまりのニカイドウの落ち込み様に、駆け寄った小夏はバツの悪い顔をした。
そこにニカイドウが「修理費一生タダ」という条件も付けて、ひとまず半壊した店の件のカタは付いた。
「というか、いったい何があったの──」
その、瞬間。頭だけになっていたキノコ人間の目がギョロリと動く。
その先にいた小夏は、キノコ人間の視線がニカイドウに向いていることに気づき、咄嗟に彼女を突き飛ばした。
「っ…!」
吐かれた血とケムリが混じったようなものが、小夏の左足にかかる。本能的に不味いと判断した彼女は、ケーキを分けるために元々テーブルに置いてあった、床に落ちていたナイフを手に取る。
次々と、まるで弾丸のように飛ばされるケムリを転がって避けながらカウンターの裏に逃げた小夏は、目の前で変形していく足にナイフを振り落とした。
「い゛っ゛……たくないッ!!!」
ゴロリと、彼女の右足が転がる。
ナイフをカウンターに突き立て、起き上がった彼女は目の当たりにする。
キノコ人間がバラバラになった破片から巨大化して、複数体出現する様を。
もしやと思い自分の足だったものを見れば、蠢いているそれは形を変えつつある。思わず、キッショ、と叫んだ。
キノコ人間は、キノコ人間がキノコにしたものや、散らばった肉片から分裂・再生することが可能なようである。
「あっ、バウクスくんが!」
カスカベの声が響き、小夏は視線を向ける。博士が手に持っているキノコが、ウニョウニョと動き出しているのだ。
小夏は声を上げ、そのキノコをパスするように言った。
「何か策があるんだね、小夏!」
「任せとけいっ!!」
カスカベはジョンソンにキノコを渡し、キラーパスを受け取った小夏。
キノコ人間の死角に入れるようカウンターに座り、彼女はこれもまた普段から懐に持っている自身の発明品のポケットに突っ込んだ。
この発明品の中は一種の異空間。外界と隔絶されており、外の影響を受けることはない。永遠にナマモノを腐らせない超優秀な冷蔵庫、と考えてもらってもいい。
当然、ケムリによる影響も受けない。
「ひとまず先生はこれでいいが……ヤベェよこの状況」
キノコ人間に囲まれるニカイドウたち。博士はジョンソンに庇うように抱えられている。
頭の回しを使えば更なる力も出せるが、同時にそれは小夏が感情によって支配され、理性を失う原因にも繋がる。そんな状態で戦えば、カスカベに危害を加えてしまう。それだけはできない。かといって、ここから逃げるのも難しいだろう。一人だけならまだしも。
「……詰み、か」
そして彼らは、キノコ人間がケムリを吐き、下に出現した扉によって招かれることになる。
魔法使いの、世界へ。