カスカベは現在、サーティーンやジョンソンと共に拷問部屋に囚われていた。
お世辞にも綺麗とは言えないその部屋。床ではゴキブリが蠢き、天井では配管を伝ってネズミが鳴く。血の跡がこびりついたその場所で、彼はカイマンの居場所について尋問された。
カスカベはカイマンが魔法界に行ったことは知っているが、魔法界のどこにいるかはわからない。よって、その問いに答えることはなかった。
「うーん…弱ったな」
彼は当初遊び半分でいた。しかし日に日に衰弱するサーティーンや、鉄格子越しに見える隣の部屋に囚われているニカイドウの現状から、行動を起こす必要があると考え始めた。
それまでは隠し持っていたノートに「今回は貴重な体験しちゃった」と、呑気にメモを取っていたのだが。
ニカイドウは煙の“誓約書”によって、自分が変わっている感覚を感じつつあるという。
今はその変化に争っているが、いずれは自分が自分では無くなってしまう──と。
だが、錠と鎖で繋がれている以上、彼らに逃げる術はない。カスカベはまた、彼らとは別室に囚われている小夏の現状についても気がかりでいた。ホールでも魔法界でも悪事を働いている彼女。その大半が意図して悪行を成そうとしているわけではないのだから、尚更タチが悪い。
そんな折、ジョンソンがゴキブリと仲良くなり、錠を外すことに成功した。
これによりカスカベも自由になり逃げ出せる算段ができた。だがその時すでにニカイドウは、隣の部屋から姿を消していた。一歩遅かったのである。彼女は誓約書により、人格が変わってしまったのだ。
「さて、どうするべきか…」
「ギュチィーーッ!!」
「おや、ジョンソンは腹が減ってるんだね」
拷問中に食事も出されたが、粗末なスープの中に拷問官のツバが吐かれるという、ショッキングな料理を振る舞われていた。
腹が減っては戦はできぬというが、さすがにそのような物を食べる気にはなれない。そもそも中に毒が入っている可能性もある。出された皿は床の上に置かれたまま、害虫やネズミたちの餌になっていた。いや、ソイツらが死ぬようなことはなかったため、毒は入っていなかったのだろう。
とどのつまり、カスカベもジョンソンもハングリーである。
拷問部屋から抜け出した一人と一匹。それと、一匹に背負われた意識のないサーティーン。
だだっ広い煙の屋敷内は、まるで迷路。五感の良いジョンソンを駆使しながら、人目を避けつつ移動する。武器については、拷問部屋にあった銃をカスカベが装備している。
「っお、あそこに公園があるよ」
屋敷の中にある、小さな公園。木々が生え、道が整理され、天井はドーム状にガラスで覆われている。
そこで『やきいも』の看板を発見したカスカベは、強襲して食べ物を奪うことにした。
片足がキノコになっているジョンソンだが、並の魔法使いなら簡単に制圧できる。
彼らは知らない。同時刻、同じ場所の隅のベンチで、少年少女──藤田と恵比寿が何やらいい雰囲気になっていたのを。むしろそのムードを、これからカスカベたちがぶち壊す。
ちなみに藤田は、ホールでニカイドウとカイマンに相棒の松村(カスカベにフランケンシュタインにされた男)を殺されており、これまで幾度かカイマンたちを殺すべく行動していた。
しかし結果として、以前連れ去った松村も突如暴れ出したのち恵比寿が魔法を使って殺してしまい、悪魔腫瘍も潰れて完全に蘇生不可能になった。
さらに煙が松村の仇であるニカイドウをパートナーにした。ニカイドウに不信感を抱いていた藤田だが、煙に「誓約書の効果は絶大」という内容とともに、私怨を募らせるならトカゲ男だけにしろ──と、言われてしまった。
ゆえに、藤田はメンタルボロクソ状態なのである。
対し恵比寿は、13歳というファミリーの中でもひときわ若い下っ端の少女。
彼女もまた、松村が殺されて間もなくカイマンに頭をかぶりつかれている。そして食われている最中、松村の仇に燃える藤田に助け出され、一時は顔面の皮がズル剥けガールになっていた。と、同時に、かなり頭がゆるゆるになった。
一見モヤシなつるぺた少女だが、彼女の魔法は「トカゲにする能力」。自身も他者もトカゲに変化する・させることが可能。
ただし幼少期から“黒い粉”を常習していたため、そのケムリは彼女以外が使うと体が拒否反応を起こす。
例として、藤田たちがプレイボールしていた間に調べていた恵比寿のケムリを、研究員の過失で浴びてしまった能井が暴走した。
彼女がカイマンの頭の秘密について関わっているのは間違いない。それはフランケンな松村に襲われ、恵比寿が暴走した後に思い出した謎の男の言葉。
「
そんな二人は、確実に距離が近づいている。
公園の片隅で、メンタルボロクソ藤田を恵比寿が励まし、そのお返しに彼がヨシヨシするくらいには青春している。
そして二人の青春の一ページを、知らず知らずのうちにぶち壊すことになったカスカベ。
煙ファミリーの下っ端二人と、銃持ちの人間&ジョンソン(+@)。
戦力外な藤田が恵比寿に任せるが、彼女はケムリが足りず頭だけ大きい不恰好なトカゲになった。
地面でピクピク動く恵比寿と藤田に、カスカベが銃を向ける。
その時。
「オラァッ!!」
まさに藤田にとっては鶴の一声。
どこからともなく上から降ってきた──否、跳躍してジョンソンの上に降り立ったのは能井。
カスカベがそちらに意識を取られていた間に、心も現れる。咄嗟に放たれた銃弾は、掃除屋の二人にとっては浴びなれたもの。心ならば武器で防ぐことなど容易である。
「ぐっ……う゛っ」
振るわれたハンマーが、カスカベの右腕を飛ばす。草の上に血が散乱し、痛みの中でも冷静に状況を整理しようとするカスカベは、懐かしい人物に出会った。
「え?」
心臓マスクの男。10年前は少年だった。
ニカイドウがリビングデッドデイで心臓マスクの男の素顔(カイマンに食われたせいでマスクが破けた)を見て、思い出したかつての事件。
古い新聞を引っ張ってきた彼女は、新聞の見出しにデカデカと顔写真が載せられた少年をカスカベたちに見せた。
「……あん?」
「君は…」
心もカスカベを思い出したようである。
「おおっ、久しぶりだな先生! 何でアンタがこんなところにいるんだよ?」
「いやぁ…色々とあってね」
少年(64歳)を抱っこする心。
彼が「恩人だ」と言うカスカベに対して、一同驚愕した。
***
カスカベたちは心の部屋に移動し、その間能井が彼らの着替えの服(部下用)を持ってきた。
カスカベのちぎれた腕や頭部だけキノコになっていたサーティーンは、能井によって治されている。
部屋に集まって早々、心はニカイドウや小夏、バウクスを助けようと考えているカスカベにホールに帰るよう告げた。掃除屋の二人は現在煙からトカゲ男の殺害を請け負っている身。カスカベたちがそのトカゲ男の仲間だとすれば、心たちの敵ということになる。ゆえに、トカゲ男から手を引くよう念を押す。でなければ心も恩人のカスカベを殺さなければならなくなる。
「キノコになったバウクス先生はあの発明家が持ってたんだろ? だったら、所持品を保管している場所を探せば見つかるはずだ」
「多分小夏くんはいつものポケットに入れたと思うから、見つけたら私に一旦渡してくれ。使い方は知っている。それと…小夏くんは今、どこにいるんだい?」
「それについては、俺も能井も知らねぇ。発明家とはそれなりに親しくしてたからな、煙も万が一を考えて俺たちにも監禁されている場所を教えてない」
「君たちが小夏くんを助ける、ってことかい?」
「いや、見つけたら能井が勝手に治して再戦を挑むから、隠してんだろ」
────【NOI】。カスカベはその名前の書かれたケムリ瓶を、かつて小夏に使った。
心のパートナーの大漢に見せる女も同じ名前で、修復系の力を持っている。ケムリの主は能井で間違いないだろう。
そして心から聞けば、小夏は発明家として煙ファミリーと提携していたと聞く。さらに“6年前”に行方を眩ませた彼女と、リビングデッドデイで遭遇したことも。
「あの女は記憶を無くしていたみたいだが、アンタと発明家の関係は何なんだ?」
「関係…か。言うなれば、彼女の死体の第一発見者かな」
「「………第一発見者ァ!?」」
能井と心の声がハモる。サーティーンも小夏が死んでいた事実をはじめて知り、部屋の隅で防護服を着ながら固まった。
「それでさらに記憶がなかったものだから、私やバウクスくんの手伝いをしながら過ごしてたんだ。一年ぐらいしたら旅に出てしまったけどね」
「…アンタが発見したってことは、ホールで──ってことだよな?」
「うん、そうだよ。生き返ったのは、小夏くんが持っていたケムリ瓶で遺体を治してね。それを病院に運んだ後に、遺体に起こった衝撃によって中にあったケムリ瓶が割れたか何かしたみたいで、復活したからだ」
小夏の遺体が上半身と下半身がちぎれるほど、ナイフのようなもので
考え込んだ心とは反対に、能井は目を丸くして、その瞳を獰猛なものに変える。
「ナイフ……つったら、“ヤツら”しかいねーだろ」
「ヤツらって?」
「俺たち煙ファミリーと敵対組織にある、「十字目」の連中だよ。リンリンは俺たちと提携してたにも関わらず、ヤツらと関わりがあったんだ」
カスカベによれば、彼が小夏の遺体を発見したのも6年前。
つまり小夏が殺されたのは裏切りが発覚した直後か、それから然程時間が経っていなかった頃になる。
彼女を殺したのはいったい誰なのか。
「……十字目のボスか」
心がポツリと呟いたとき、その隣でガンッと、大きな音が鳴った。能井がテーブルをブン殴った音だ。そのマスクの下では青筋が浮かんでいる。
「そうかよ、そうかよ……。お互いに想い合ってた相手を殺したってのか、十字目のボスはよォ!!」
「落ちつけ能井。何だかんだで、まだ発明家への情は捨て切れてないんだな」
「ん、ンなわけねぇっスよ! 何なら今も殺したくてしょうがないですし!」
「ハイハイ」
「ハイは一回!」
「ふわぁーい…」
マスクを取りあくびを溢す心の隣で、今にも食ってかかりそうな能井。
彼らが座るソファーの前でクッションを椅子がわりにしていた博士は、表情が固まったままだ。
「…………想い、合ってた?」
尋ねるカスカベに、心は十字目のボスを殺した時その場に小夏が現れたことを話す。十字目に倒され気絶したあとのことはわからないが、心から見てボスと小夏は恋仲にしか見えなかった。
特に全身を煙の部下の血で汚していたような男が、小夏に名前を呼ばれた時に生気を取り戻したような、そんな変貌ぶりが鮮烈に記憶に残っている。
ボスも、一人のヒトなのだと。
バウクスは予定どおり回収するとして、小夏については「発明家リンリン」として悪魔と交流が深かったことから、そのツテを辿れないか能井が知り合いの悪魔に聞くことになった。
すると後日、『アイツは俺の友だちのお気に入りだから、心配することはないにゃー』と、返答があった。むしろ、拷問を受けていたカスカベたちより呑気に過ごしているらしい。
よって、小夏は大丈夫だろう、という流れになった。
カスカベも以前から小夏が話していた悪魔の存在、それも特定の悪魔が彼女を贔屓にしていることは知っていたため、とりあえず自分たちのことを優先することにした。
そしてやはりと言うべきか、トカゲ男と関わりを断つことに「NO」を示したカスカベ。
心も10年前助けられたことを棚に上げられ、余計なことに首を突っ込んだおかげで互いの命がある────と言われてしまえば、それ以上否定することもできなかった。というか、相変わらず善意はなく、研究心のみで動くカスカベに呆れてものを言う気力も無くした。
しかし日数が経ち、煙に黙り部屋に彼らを匿っている心の立場もあり、結局カスカベたちは翌日強制的にホールに帰されることになった。
ちなみにバウクスは無事異次元のポケットから取り出され、能井のケムリで復活している。
「うーん…わかったよ」
と、カスカベは言いつつ、二人が煙の呼び出しを食らっていなくなった隙に、一つの手を講じた。
バウクス、小夏はいいとして、残るはニカイドウ。
彼女を助けるには、魔法の効かないカイマンの力が必要になる。この世界のどこかにいる彼にニカイドウのことを伝えるため、“ある人物”に伝言を任せられないかと、考えた。
「……もしかして、そのある人物って…」
「バウクスくんの想像どおりだよ。年月にしたら…もう四半世紀近く会っていないかな」
カスカベが普段から付けている左手の薬指の指輪を見せる。
「会いに行こう、我が妻の元へ」