性癖に新しくワズキャンが入ったよ。
「さすがに飽きた」
自堕落生活もつまらなくなってきた。高機能な義肢を作ろうと思っていたけど、別に自分で試さなくともいい。都合のよい被験体を用意すれば済む話だから。
ハルちゃんに頼んで体を治し、博士の救出に向かおうかな。ニカイドウたちもね。最低博士だけでもゲットしたいところ。
だがある日、やたらニコニコしているハルちゃんから、「懐かしい知り合いに会ってなーー」と話を聞いた。近頃現れないと思ったら、博士のことを覗き見していたらしい。
何つーか、ありゃ少女だった。恋する乙女。いや、恋する悪魔?
ともかく、博士たちは脱走に成功したらしい。今は掃除屋の一人、シンという魔法使いに匿ってもらっているようだ。
シンが心臓マスクの男で、その相棒がノイ。
ノイは一見大漢にしか見えないけど、女だそう。一瞬ノイで『NOI』と書かれたケムリ瓶の件を思い出したが、彼女がそのケムリの持ち主のようだ。
ボクとノイは友だちだったらしい。覚えとらんが。それで、ボクは彼女の組み手に付き合う対価に、希少なケムリをもらっていた。
でもそんな彼女を裏切ったわけだろ、ボク? 絶対会ったら即☆殺じゃん。
──いや、待って。なぜ博士たちがそんな二人に匿ってもらえてるの?
『心とヘイ……カスカベ博士は面識がある。心は人間と魔法使いのハーフで、元々ホールで育ち、紆余曲折を経て煙ファミリーの掃除屋になった。奴にとってヘイ…カスカベは恩人だ』
「ふーん。ところでさっきから口を滑らせている「ヘイ…」って?」
『………カスカベの本名だ。「ヘイズ」と言う』
「へぇー、そうなんだ。取り敢えず、今後の予定に掃除屋シンを解剖する予定が入ったよ」
人間と魔法使いのハーフ。ボクの同類。自分を解剖すると死ぬから、今まで気になりつつ手を出せずにいた。それがちょうどいい素材を見つけたんだ。じっくり中身を見たい。
ハルちゃんのことも解剖させてくれてもいいんだけどね? 体をパーツごとに分けても悪魔って死なないでしょ?
「じゃあ後はニカイドウくんの奪還か。でも悪魔の“誓約書”をどうにかできるとは思えないし、確か煙と彼女のパートナー契約に携わったのがチダルマなんでしょ? 無理ゲーだね」
最強の悪魔じゃ、ハルちゃんやその他の悪魔でも契約破棄は無理。それ以外に破棄させる方法といったら、ニカイドウの中にある煙の“契約書”──それを、煙を殺して消す必要がある。
煙を殺すのも無理ゲーです。おつかれさまでした。
『あ……』
「何、ハルちゃん。その「あ……」って。ボク気になるよ?」
『いや、何でもない。ニカイドウがもうすでに居ないだけだ、煙の屋敷に』
「…………え?」
聞いたらこの間煙の屋敷でパイのワゴンの出店があった時に、カイマンが店の人の協力を得て、中に侵入したらしい。
ニカイドウが煙のパートナーになった情報は新聞でも連日騒がれていたし、何なら有志が写真提供をしてニカイドウの顔が載せられていた記事もあった。それを見ればニカイドウが魔法界にいて、しかも煙のパートナーになったことがわかる。
いやぁ、
「で、二人は幸せに暮らしましたとさ。どすこいどすこい」
『そしてアスの協力を得て、二人は栗鼠を探すためマステマという街へ逃げた。その前に、洗脳ニカイドウとトカゲ男が戦闘に陥ったが。アレは中々、白熱していたよ。教会が見事にぶっ壊れたからな』
「何だか見ていたような言い方だね、ハルちゃん」
『実際アスに隠れて見ていたからな。面白そうだったから』
「………は、ハルちゃんはチダルマに処罰とかされないよね?」
『安心しろ。ニカイドウの件には関わっていないからな。ただ見ていただけだ、何も言われんさ』
ハルちゃんはボクの頭を鼻歌まじりに撫でて、膝の上に座らす。とんだ羞恥プレイだ。ボク20代ぞ?
「でもでも、ニカイドウが消えたら煙が騒いでいるはずじゃん。新聞では取り沙汰されていなかったよ? 煙のパートナーが突然消えた──って」
『アスが「死ねッ、ニカイドウ死ねッ!」と、悪魔頼みしていた男をニカイドウに変えたのだ。現在ソイツがニカイドウの代わりになっている』
「ニカイドウくんやカイマンに関係者を殺された魔法使いってことか…」
『いや、あの魔法使いは煙を慕っている。ゆえに「ニカイドウ死ねッ!」と祈った』
「なるほど。モテるボスは辛いんだね」
あのキノおじの強大な力に惹かれる者も多いのだろう。残念ながらボクのストライクゾーンではない。
ボクのストライクゾーンはキクラゲちゃんだったり、後は、あと…………。
「……何で一瞬カイマンの顔が出てきたんだ?」
モヤモヤするな、何だか。
ひとまずニカイドウとカイマンが無事、栗鼠と接触できることを祈ろう。
⚪︎⚪︎⚪︎
脱走した後博士と合流するか、それともニカイドウくんたちの元へお邪魔するか。
一晩考えることにしたら、また煙が来た。体が元通りになり、寝巻きで寝転がりながら義肢の設計図を書いているボクを見るなり固まる。ついでに拘束も解けている。監視カメラの方は改造してあり、ボクが延々転がったり、ハルちゃんソングを歌っている映像が流れている。
「キクラゲちゃんいない…」
「なぜッ………いや、気にしたら負けか」
疲れた顔をしている煙。ボスの職業も大変なのだね。彼の手には皿と、その上にある握り寿司にしては子どもの拳ほどのサイズな食事がある。握り飯の上にはキノコの形の肉が。美味そうな匂いに口の中でよだれがジュワジュワ滲み出る。
飯って言っても、質素なものしかもらえなかったからな。ハルちゃんがお菓子とか、美容の大敵になりそうな差し入れを持ってきたけど。
ボスがわざわざ持ってきた食事。絶対に怪しい。けれど流れるように、相手の言葉を待たずに手に取る。
そうしたら怪訝な顔をされた。
「万が一毒が入っているとは思わんのか、貴様」
「久しぶりのお肉なので…」
耐性のある毒だったら問題ない。
旅の中で身についた能力の使い方だけど、ボクの魔法は“強化系”。通常なら身体能力の強化に使うけど、思いついたんだよね。その他の強化にも使えるんじゃないか、って。
現に思っていたが、この6年ボクは病気になったことがない。風邪一つ、だ。
それで色々と試し、自己再生能力──自然治癒能力の強化が可能なことを知った。これが働いているから免疫力が異常に高く、病気になりくい体になっている。
だから多少のキズなら魔法を使って治癒を早めることができる。だがみるみる内に、な速度で治るわけではない。それこそ修復系のケムリには足元にも及ばない。
それをさらに応用し、摂取した毒物への耐性の獲得も可能になった。
これを試すために絶対
でも、未知への探究心は誰にも止められないよね。ねっ、博士!(責任転嫁)
「ちなみにコレは誰が作ったんですか?」
「俺だ」
「えっ……?」
家事力でこの男に負けたっていうの、ボク………?
使用人にすべて任せていそうなこの男に……?
ちなみに、コレは「ドリームマシン」というキノコで、来月煙のブランドから発売するものらしく、ボクはそのモニターとして食わされたようだ。
普通に売れるのではなかろうか。美味しいし。でも夢を自由に作れるってだけじゃつまらない。複数人で同時に食べたら同じ夢の中に入れるってのはいいけどさ。
一定の確率で悪夢を見させるとか、何なら夢の世界から戻れなくなるとか、あるいは他人がその夢の中に干渉できて楽しい夢をぶち壊しにできるとか。ノーリスクはつまらない。
「相変わらず悪魔的思考のようだな、“奇代”の発明家」
「うーん……眠くなってきた…。感想は言うけど、眠ってるボクを襲ったりしないでよね……」
「誰が襲うかッ、俺にはニカイドウがいるのだ」
「おやすみなさーい」
ボクは夢を見る。
隣には煙もいた。
「アンタも食ったんかい!!」
***
ドリームマシン。それは一見すれば、便利な力を持つキノコである。
だがそれには一つ、大きなデメリットも存在する。
ドリームマシンを食した者は、夢を自由に操れる。しかし同時にその者が一番おそれる悪夢を見せる効果も持つ。
これをニカイドウ(鳥太)や藤田、恵比寿と共に試食し体験することになった煙は、小夏に利用しようと考えた。
彼女が十字目のボスに殺され、それ以降記憶を失ったことは想像に容易い。
心が当時「二人は恋仲だったのかもしれない」という予想も、多かれ少なかれ当たっているのだろう。
もし仮にそうならば、なぜ十字目のボスは発明家リンリンを殺したのか。
彼女はボスに利用されていただけだったのか。悪魔に気に入られていた少女だ。利用価値は十分にある。
どの道小夏が何らかのショックを受け、記憶を失ったのは確か。
その受けたショックが十字目のボスに繋がるのではないか、と煙は睨んでいる。そこにボスを探るヒントがあるかもしれないのだ。
ゆえに煙も彼女の悪夢を見るため、またドリームマシンを食べたのである。
「別にいいけどさ…」
嫌そうな顔をしながら、小夏は煙の同行を許した。
「まぁ、貴様が何を想像するか気になったのはある」
「うーん、他人に見られるのはやだなぁ…」
と言いつつ、小夏の側でポンポンと、一人と一匹が現れる。カスカベと悪魔ハルだ。
彼女はついでありきたりな家を想像し、家族団欒をし出す。
父と母に囲まれ、ソファーに座っていた小夏は暫くそのままでいたが、唸ると手でその妄想たちをかき消した。
「やっぱり違う、ホンモノじゃないと」
ニセモノの妄想では意味がない。なぜならすでに、小夏は本当の両親の温かさに触れているのだから。ついと一般家族ごっこを試してみたが、彼女には合わなかったようである。
「煙サンは何か考えたりしないの?」
「俺は欲しいと思ったのは、すでに一通り手に入れている。ドリームマシンに頼る必要もない」
「左様ですかぁ…」
他に何か願うものはあるか、小夏が考えた時。
彼女の前に白いケムリとともに現れる大きな男。トカゲ頭の男は笑うと小夏の名を呼ぶ。
「えっ?」
彼女は目を白黒させる。対し、側にいた男は興味深げな視線を送る。
「ホォー……」
「な、ななっ、何でカイマンくんが!!」
『へへっ、小夏!』
「あ、あば、あばばばばb……」
小夏が手でかき消そうとするが、カイマンは避けて何度も彼女の名前を呼ぶ。目をグルグルと回す彼女は一歩下がり、逃げ出した。それをカイマンが追い、唐突に現れた花畑の中を走り出す二人。
あまりの少女っぽい妄想に、煙が半目になる。これが魔法界を震撼させた“キリキリ”の中身だというのか。
「正直言って付き合ってられんが…悪夢が始まるのはもうすぐだ」
その先で、煙が見たものは。
花畑が途ぎれ、白い空間の中に黒い水溜まりが一つ存在する。波打つその中を覗き込んだ煙は、眉を寄せつつその中に入った。
所詮は夢。水の中でも息をしようと思えばできる。
無数の泡が立ち、真っ暗な世界で何か蠢く存在がいた。
遠くでゆらゆらと揺れる存在。ソレが何か視認した彼はゴボボと、息を乱す。
顔がある。無数のおどろおどろしい顔が、笑いながら揺れている。何かを喋っているようにも見えるが、その内容は聞こえない。
ある者は脳みそが溢れ、ある者は目玉が取れ、ある者は顔面がスッパリ切られ、ある者は黒焦げで舌が垂れている。
その中を通り過ぎると、地面に着いた。
先ほどまで水の中にいたはずが、今度は激しい雨が降っている。
「これはリンリンが体験した記憶なのか…?」
雨が降っている以上、場所はホールに違いない。魔法界に雨は降らないのだから。
辺りを見回していた煙はそこで、一つの場所に目を留める。
小夏が立っている。その姿は発明家リンリンだった時の姿、少女に変わっていた。佇むその場所へ近づいた彼は途中で足を止める。
バタンと、突如倒れた小夏。
彼女の腹が次々に刺殺されたような傷ができ、血を吐く。刺される衝撃と痛みで小さな体は痙攣し、白目を剥いた。
悲鳴にならない声を漏らす小夏は、真っ赤な口から紡ぐ。言葉を。
「かい、く………?」
次の瞬間、彼女は絶叫した。
同時に煙の目に、ナイフを持ち少女の上に馬乗りになる男の幻影が一瞬見えた。
見覚えのあるその男は白目を剥いたまま、笑っている。顔には黒い雨によって、まるで泣いているようにも見える。
そこで夢は、唐突に終わりを迎えた。
「アレ…が、発明家リンリンの……」
起き上がった煙はフラフラしながら立ち上がる。
彼の前に立っていたのは、眠ったままの小夏を抱いたハルー走馬灯を見た煙だが、ハルは怒っていない。その表情は怒りよりも、悲しみに満ちている。
『退け、邪魔だ』
悪魔の蹴りを食らい、魔法界のビッグドンは壁にめり込んだ。