断食月襲来。
目を覚ました。朝日が窓から差し込んでいる。ベッドから体を起こして部屋を見渡した。
知らない部屋。ところどころ壁に穴が開いていて、この分じゃ隙間風がスゴそうだ。この家の持ち主は修繕工事でもしないのか。
服はいささかサイズの合わないシャツとジーンズを身につけている。ベッドから降りて素足で部屋を出ようとしたら、後ろから声がした。
「ふわ〜ぁ、よく寝た。……あっ、起きたんですね!」
右目に赤い十字の刺青を施した少女が、先まで自分が寝ていたベッドから降りて、こちらに近づく。
まるでまだ寝ていると思えるほどの糸目。長く黒い髪が鳥の巣のようにボサボサになっていた。おそらく元からハネ毛なのだろう。
「そうだ、まず自己紹介だ。私は「
「…あなたの名前はナツキって言うんだね、わかった。ボクは小夏って言うんだ」
「はい、そうです! よろしくお願────えっ?」
「?」
お互い、首を傾げる。
そしてナツキに個人情報を尋ねられたボクは、何も答えなかった。というか、答えられなかった。
でも覚えている、「ボク」の始まりは。
ボクの頭を撫でる大きな男の人の手。あと「オマエは私のものだ」っていう、独占欲マシマシな地に響くような声。
それと、ボクの手を握る少し大きな手の体温。
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ナツキは「十字目」って組織の新米らしい。前は“マステマ”という街の地下街で黒い粉の売人をしていて、そこでトカゲ頭の男と徒手格闘の達人な女性の二人組に出会った。
ちなみにトカゲ男はエセ十字目だったそう。けれど最初ナツキはトカゲ男がナイフの達人ということもあって、すっかり仲間だと信じ慕っていたみたいだ。
そして二人に頼まれ、ベリスのアジトまで案内することになった彼女。しかしナツキはアジトがベリスのどこにあるかまでは知らなかったらしい。
ベリスに着いたら着いたで、十字目の敵対組織「煙ファミリー」のボスが強襲。
その時はまだカイマンが仲間だと思っていた彼女は二人を探している最中、十字目の側近五人と、彼らに背負われていたボクに遭遇した。
ボクとその五人は面識があるらしく、ナツキがボクでさえ知らない名前を知っていたのも彼らに教えられたから。
でもそのうち二人は、「栗鼠」という男に負傷させられて、今はベッドの上みたい。栗鼠も十字目のヤツで──って、ちょっと情報量が多いな。
「まぁ、ゆっくり後で聞かせてよ。お腹すいた」
「それもそうですね。アネゴが何で記憶がなくなっているかわからないけど、取り敢えず朝ごはんにしましょう!」
だが、薄々オンボロな家の様子からしてビンボーなんだろうな……と思っていたら、案の定食事は質素もいいところなラインナップ。スープの味が薄い。でも食べられれば同じだろう。
「「記憶喪失ゥ!!?」」
男二人はナツキから事情を聞いて、仲良く驚きの声を上げる。ねぇ、椅子が段ボールっておかしくない? 若干一名みんなから離れて床で食事をしているし。
聞いたら、ドクガという彼は唾液の毒の成分があるから仲間を殺さないために、共同生活でも孤独にいなければならないそう。先ほどもナツキの言葉を聞いて驚いたが、大声を出してツバを飛ばさぬよう我慢した。
一人だけハブられているのは可哀想だね。ここはボクの本能に従って、何か解決策を見出してあげたい。
十字目の彼らが知る「ボク」の情報や、この魔法界の情勢など頭に入れて。自分の魔法の特性を知ったボクは応用法を見出し、実験することにした。
もちろんバイトも手伝うよ。自分で表現するのは変だけれど、生活する中で胸など男たちの視線を受けることが多いから、この肉体はナイスバディなのだと思う。16歳なナツキちゃんと比べたら若さの点で少し劣るものの(多分ボクは20代である)、体の線の緩急の差は勝っている自身がある。
でも彼女もイイ体だ。他人の脂肪の塊に興味があり触ったら、揉みごたえがあった。同様に男たちの固そうな胸筋も根気で揉みしたごうとしたけど、痛みによる絶叫が響くのみであった。
それ以来ボクは、知的好奇心に支配された子どものような扱いを受けている。「やるな! それは絶対にやるな!」と注意されるのは日常茶飯。「やるな」を二回言うということは、やって欲しいに違いない。任せろ。
ちなみにドクガの脱ボッチに向けて、色々と実験した。
まずベリスから離れた廃屋を見つけて、そこで自身の工房をこさえる。それから魔法使いを数名拉致してきて、実験開始。
眠らせたドクガから採集したツバを被験者に使用する。ここでの最終目標は、その毒への血清を作ること。
無論彼が、少量でも死ぬ、と言っていたツバを最初から使用はしない。まず軽度の毒から始めてだんだん慣れさせていく。
ただ徐々に毒に慣れさせる過程は数ヶ月では終わらないので、ボクの魔法で被験者の肉体を強化させて、無理やり強い器を作る。そして毒を注入するスパンを短くする。細胞類も活性化しているから、抗体が作られるのは早い。肉体への負担が大きすぎて、被験者の老化スピードも早まっていくけれどね。
結果、二週間ほどかけてできた抗体。バイトに行っているように思わせ、金については被験者から奪った者やスッたものをバイト代として渡している。
最後に何も強化していない魔法使いに試し、無事死ななかったことで血清の作成に成功した。
でも終わってからこの毒血清を量産できないことに気づき、やめた。それに魔法使いを実験にたくさん使ってたら、ドクガたちに迷惑をかけてしまうからね。知的探究心も程々にしなければならない。ボクとしても実験の“結果”は得られたから、これ以上この実験を続ける理由もなくなった。
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ボクはかつて「発明家リンリン」と呼ばれたこともあって、機械類に強い。
バイトはだから、機械の修理などを請け負うことにしている。自身のツバでシロアリ駆除をしているドクガのように、【機械修繕】の旗を掲げて歩きまわる。実験が終わってからは、真面目にバイトをしているのだ。
マスクは安売りしていたウサギのものを付けている。その下はシャツの上につなぎを着て、靴はスポーツシューズ。
目を覚ましてから一ヶ月ほど経ち、「呪い」による魔法によって覚醒(?)した栗鼠にケガを負ったテツジョーとトンはベッドの上。
栗鼠は誰かを呪っていたみたいだけど、その詳細は知らない。
治療には修復系のケムリが必要みたいだが、その類のケムリって高額なんだそう。ビンボーな彼らでは簡単に手を出せる値段ではない。でも、このままでは怪我人の体力が保たない。
ボクが
特にテツジョーとトンがこの世の終わりみたいな顔をして、必死に首を振っていたんだけど、なぜ?
ボクの腕は確かだよ? ちょうど脳内に人体×機械パーツの着想が湧いてたから、いくらでも直してあげるのに。ツレないね。
ならボクのケムリでも治癒能力にバフをかけることができると思うよ?
──えっ? 何テツジョー、怖いから嫌だって? ボクを何だと思ってんだ?
一方で、金をどうするか否かで、険悪になったドクガとウシシマダ。
彼らはこれまで彼らのボスの物を売り、金に変えていたらしい。そして最後に残ったのがナイフ。
一触即発な二人を尻目に、黒いケースから柄を握りナイフを取り出す。
断面が多少刃こぼれしているそれを見て、それで。
「う、ぷっ」
吐いた。
床に吐瀉物が広がる。酸の味が口の中に広がって、なおも吐き気が止まらない。目を点にした男三人に対し、空気に読めるナツキちゃんはすぐさま動いてボクの背を押し、トイレに導いてくれる。
そのまま一時間以上、吐き気がおさまらなかった。水も飲めないし、死ぬかと思ったね。
おさまった後は泥に沈むようにベッドで眠りについた。
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「ううっ……」
「あ、起きたんですか、アネゴ!」
ボクが起きたのは、その翌日…の、昼。
ずっと魘されていたようで、ナツキちゃんがずっと看病してくれていたらしい。全快じゃないものの起き上がれる。食べ物はまだいらない。
「何で突然吐いちゃったんですかね? アネゴ魘されてた時、うわ言で「何で、何で…」って言ってたんですよ」
「わからないよ。まぁ、いずれ思い出すと思う」
「そうですか……っと、そういえば、テツジョーとトンのアニキの傷が治ったんですよ!」
ナツキ曰く、昨晩ドクガが「デヴァス」って街の店に行って、修復系のケムリを強奪してきたらしい。それも店の用心棒を殺して。
この世界には希少な修復・治療系の魔法使いが集まってできた「シャイターン」という組織がある。
彼らは修復系のケムリを独占し、一般魔法使いに高値で売りはらっている。煙ファミリーが修復系でもトップクラスの力を持つ魔法使いを所有しているので、シャイターンには興味がない。それも追い風となり、連中は好き勝手している。
ボクがはじめて目覚めた時の数日前にドクガが大枚はたいてシャイターンの店で買ったみたいだけど、Cクラスのケムリ一瓶しか売ってもらえなかったようで。
側近たちが恨む理由はあるよね。でも、彼らって煙ファミリーに見つからないよう、目立つのは避けてたんじゃなかったっけ。だってシャイターンの店にいた用心棒、皆殺しでしょ?
「よかったの? キミはそれで」
みなから離れた場所にいたドクガに尋ねる。彼の仲間は困惑していたけど、最終的に復活したテツジョーとトンに喜んでいた。今日の夜はシャイターンの連中からついでに奪った金で、美味しいものを食いに行くようである。ナツキちゃんが嬉しそうによだれを垂らしていた。
「そもそも思ってたんだよね、キミたちがボクをここに置いている理由」
ベリス温泉にいた五人が煙の強襲を受けて逃げ出し、その後ゴキブリが持っていたボクを発見したそうだ。
彼らはその虫がボクの実験で生まれたものーーってことで、今は認識している。ボクがその場にいた理由は不明らしいが。自分でもなぜそこにいたのかは知らない。
そもそも、発明家リンリン自体死んだことになっていたらしいんだから。一通りの事情を聞いた後だから、ボクは
真相は結局不明である。
「その、ボクがボスを好きだったって事実が、本当に君たちがボクを信用する理由になるの?」
「……あぁ。少なくともボスとあなたを見ていた俺たちだ。わかるさ」
ボクとボスは両片思いって風に彼らには見えていたそう。
ボスもボクのこと好きだったの? マジで? だって当時のボクって少女の姿だっだって言うし、つまり────。
「ボスはロリ、コン……?」
「違うと思うぞ」
すぐさま否定された。
いや、ロリコン以外考えられないでしょ。
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人生山あり、谷ありというか。
人生谷だった十字目の側近たちに、山が訪れた。美味い飯を食べて帰る途中、彼らは電化製品のショーウィンドウでたまたまテレビのニュースを見て、唖然としたらしい。
ちなみにボクは胃がまだ固形物を受け付けないから、アジトでお留守番していた。
そのニュースの内容ってのが、煙氏にまつわるもの。
彼が死んだそうである。屋敷に侵入した何者かによって、殺された。
遺体は頭部のみ持ち去られた後だった──と。
彼らが帰って来たと思ったら、突然の会議である。
十字目のボスは魔法使いの頭部を集めるシュミをお持ちだったようで、そのことからもその犯行がボスによるものだとドクガたちは確信したらしい。また煙を殺せるのは、ボスしかいないと。
どう動くかは彼らの判断に任せるとして、ボクは部屋を暗くしベッドに寝転がる。窓から見える月が綺麗だ。
『やぁ、愚かな魔法使い』
その景色を遮るようにして、窓の外に悪魔が現れた。
ボクはその声を、覚えている。
Ⅴ【あわてん坊の魔女】