「うぅ……うぅ…」
部屋から呻き声が響く。その扉を開けた先にいるのは、二人の男女。
唸っていた女は目覚まし時計の音で目を覚まし、起きあがろうとする。しかし体にのしかかる約150キロの重みにそれを阻まれる。
「………おい、ちょっと」
150キロに潰されて死ぬほど柔な作りはしていない。していないが、
「てっきり目覚めたら、地獄もあり得ると思ったんだけどな…」
時間は次の日に変わっている。小夏は昨日の出来事を思い出し、頭を押さえた。
自分の知り合いらしいニカイドウと、元悪魔な川尻。それにボスのストーカーである栗鼠と、そのパートナーの会川。
その中でも厄介な、会川=壊という事実。双子というわけではない。何せ彼女は会川の首からもう一つの頭が出てきて、会川だった頭が首の中に戻るのを目撃している。
そして出てきた頭には、十字目のあざがあった。
「ボクの頭のケガも治ってるしなぁ…」
例の如く、彼女の胸に顔を突っ込んで寝ている男の頭を持ち上げれば、変わらずあざがある。少なくとも、今の状態の男が会川ということはない。
壊なのは確かで。
であれば、彼女の脳裏に過ぎったアイ=コールマンとは誰なのか。
「………」
小夏はベッドを探り、男の手を掴む。
大人と子どもに感じられるほど差のあるサイズ。その手の体温に彼女はフゥーと、小さく息を吐いた。
「やっぱ知ってるわ、この感じ……」
失った彼女に残っていた、記憶の残骸。
褐色の男の手とはまだ巡り合えていない。独占欲マシマシな悪魔とはすでに出会った。
そして自分の手を握る少し大きな手の温度。手のサイズが合わないが、体温は同じ。
いや、体温というより心の温もりと言うべきかもしれない。
「複数あった頭は魔法被害によるものなのか、それとももっと別の何かなのか。まぁ確実に言えることは、君が隠してたものがわかった、ってことか…」
二重人格。
壊と会川は、おそらくそんな関係性なのだろう。
⚪︎⚪︎⚪︎
ベッドに壊を置き去りにしたボクは、昨日自分に何があったか知るべく側近を探した。
壊を引っ叩いて起こそうとも思ったが、昨日の今日で上手く話せるかわからないため、別の人物に当たることにしたのだ。
そして最初にテツジョーを見つけ、話を聞くことができた。
「アンタ、キノコになってたんだよ」
「え?」
文字どおり、キノコになっていたようである。
昨日、ボクこと小夏は栗鼠の騒ぎを聞きつけ駆けつけた矢先、侵入していた
その二人組は特徴を聞く限りニカイドウと川尻だと思われるが、その性別が合わない。そこで川尻が女装していたのを思い出した。
てっきりそういう趣味なのかと思ったが、変装用の格好だった。二人は最初、性別を変えていたのだろう。
「それで、アンタが血まみれで倒れていたのを、ボスが発見したらしい」
「何でキノコになったかの真相が、まだ見えてないんだけど」
「血を止めないと死ぬから、魔法を使ったみたいだ。キノコにすれば血も止まるだろ」
キノコを治すには、屋敷に保管されている能井の魔法を使えば治せる。彼女って便利な力を持っているよね。どこまでの負傷に彼女の体が耐え切れるか試してみたい。
常人なら即死するケガでも、能井なら耐えられるだろう。彼女も解剖リスト入りだ。
ちなみに夏木ちゃんは特別任務をドクガから受け、遠方にエリート魔法使い探しに向かったそうである。
単純に彼女の力が認められた結果の任務だと考えられればいいんだけど、そうも行かない。
彼女は防御に特化した魔法。使うなら、それこそボスの護衛だろう。適材適所だ。
しかし遠方への任務が出された。それもドクガくんから。
彼女本人は特別任務に喜んでいそうだけど、裏ではドクガの思惑が絡んでいるに違いない。
壊が他人の魔法を奪えるのは、ドクガも見ていたから知っているはず。その正確な方法はしかし、知らないだろう。
夏木ちゃんの魔法が栗
そも栗鼠を殺したのも、何らかの形で彼の魔法の正体を知り、手に入れようとしたからではなかろうか。
やっぱり、ボクの作ったあのチョーカーが絶対必要だよ。
「そう、夏木ちゃんは当分帰ってこないのか…」
「アイツ、突然の任務でアンタに会えないまま行かなくちゃいけないからって、寂しそうだったぜ」
「そっか…」
ボクの可愛い子分一号。これで命を奪われずに済むなら、それに越したことはない。
「…なぁ、小夏さん」
「何かな?」
「アンタはボスが俺たちのこと、どう思っていると思う? 毒蛾はもう一度ボスを信じる、って言っていたんだ。でも俺は……」
「もしかして、ドクガくんから色々聞いたの?」
「…あぁ、ボスがアンタを──のところも、聞いた。いずれ俺たちもボスに殺される可能性だってあると思うと……簡単に「信じる」とは、言えない」
ボクに対してはかなり人間味を見せる壊は、それ以外の前だと魔法使い絶対殺すマンに豹変しているもんな。
無口というか、無愛想というか。必要最低限の言葉しか話さない。独断で煙を殺したり、こう見ると世話の焼ける子どもに見えなくもない。
でも、側近たちのことは特別に思っているんじゃないかな。
「そもそも君たちがいらないんだったら、最初から殺してるよ。そういう男さ」
「…俺はボスを信じられるだろうか」
「どっちでもいいよ。君が信じなくとも、ボクが信じる。それにドクガくんもかな? 彼が君たちを捨てる前に君がボスを見限るのも全然いいと思うさ」
「………難しいな」
「そうだね。生きているだけで、難題だらけだ」
それをボクらは一つ一つ、解決していかなくちゃならない。
大変だね。でもそれが、自分が生きていることの証左になる。
⚪︎⚪︎⚪︎
「さて…」
何があったかは知れた。後は壊から話を聞く。
用意した拡声器を持って、自分の部屋に向かう。袋に大量のバーガーも入れてきた。遅めの朝食と行こうじゃないか。
部屋にはまだボスがいたので、深く息を吸う。自分の鼓膜が破れぬようしっかり耳栓はしてきた。
では、おはようございます。
「ご飯ですよーーー!!」
キィィンと、機械の音が響く。その衝撃でベッドから落ちた壊は目を丸くした。
テーブルに山のように詰まれたバーガー。それをモシャモシャと食べる男。汚い食い方を眺めながら、ボクは優雅にコーヒーを飲む。
ふふ、こうして見ているとハムスターみたいで可愛いな。
「…食うか?」
ボスがボクにバーガーを渡してきた。その姿も可愛らしくてニコニコしてしまう。何でこんなに可愛らしい生き物に見えてしょうがないのだろう。帽子をかぶった少年を思い出してから、やたらとこの生き物が愛おしく思えてしまう。顔は極悪なのに。
「で、昨日のことなんだけどさ」
ピタッと、バーガーを掴もうとした男の手が止まる。戸惑いの色が一瞬確認できた。
ボクが踏み入らないとでも思ったのだろうか。ボクを殺したのが彼と知った時も、必要以上に探らなかったものねぇ。
でも帽子の少年まで思い出してしまったこちらとしては、疑問がわんさかあるんだ。その中でも「君は誰なのか?」っていうのが一番大きい。
だから、それを投げかける。
沈黙の後に返ってきたのはやはり、「壊だ」という答え。
そうだよね、今のあなたは「壊」だ。
「会川は、君なんでしょ?」
「…違う」
「いや、別人格ってのは想像がついてるよ。でも同じ枠組みに当てはめるとしたら、君と会川は同一人物で、多分アイ=コールマンってのも同じ人物なんでしょ? ってことを言いたいの」
「違う」
「……強情だなぁ」
首が生えてきた件を聞いたが、こちらはノーコメント。教えられないわけじゃなく、教えたくないみたいだ。
彼の裏に何か隠されているのは確かなのに。それも相当深い闇が。
「…俺はアイ=コールマンには
「なれない?」
「お前は俺がアイ=コールマンであるから愛情を持っている。アイ=コールマンでなければ俺を愛してない」
「ハ?」
「会川はアイ=コールマンだが、俺は違う。だから会川じゃない。アイ=コールマンにもなれない」
「………いや、なっ、君ソレ本気?」
「何がだ」
ボクは感情のまま机を叩き、立ち上がる。その拍子に皿に積んでいたバーガーが宙に舞った。
それらを素早い身のこなしで全て回収した壊は、腕の中に抱えて食い出す。
ボクが彼のことが好きじゃないだって? それも本人の言っていることを踏まえれば、アイ=コールマンをボクは愛していて、アイ=コールマンではない壊のことは好きじゃないだろ、って?
ハァ? ぶっ殺しますわよ?
「君がアイ=コールマンだろうが、会川だろうが壊だろうが関係ない。君のことが好きだからこうしてメロメロなってんだよ。何急に童貞みたいに怖気づいちゃってんだよ。そんなご大層なエクスカリバー持ってるクセにさぁ!!」
「ゴフッ」
机を殴ったら、今度は真っ二つに壊れてしまった。ついでに壊が咽せた。
女々しく悩んでいるみたいだけど、それってボクの愛への侮辱だからね。ボクが誰でも好きになるような尻軽なわけないじゃん。好きになったらそりゃ一途だからね。いやもう本当、壊くんしか見えないくらい。壊くんのお尻しか眼中にないくらい。むしろずっとボクの顔が彼のお尻にくっ付いているねっ!
何言ってんだボク。
「俺が俺でいられるのは、お前と出会ったからだ。お前と過ごせた日々があったからだ」
「ごめん、過去のことは覚えてないから知らない」
「…俺はだから、まだ完全に呑まれずにいられる。俺の狂気に……いや、俺たちの狂気」
「キョウキ?」
彼の股ぐらに視線を向けたら、手が伸びてきて、上に向かされた。壊の顔が若干赤い。
でも「キョウキ」って言われたら、狂気じゃなくてボクを殺した方の凶器だと思うじゃん。
「アイ=コールマンの狂気。もっと言えば、ホールの狂気」
「…どうしてそこでホールが出てくるんだい?」
聞いたが、そこは教えてくれなかった。その“ホールの狂気”とやらが壊の中にあって、彼を狂わせているーーらしい。
話を聞いて、もう一つ分かったこともある。
やはり彼がボクを好きで殺すはずがないということ。
その狂気に呑まれたのだとしたら、あるいは。
ボクが殺された理由がそこにある。
「なぁ壊くん、ボクは君を救えないだろうか」
「無理だ。お前を殺した時点で、俺は止まれなくなった。十分すぎるほど狂気に浸った」
「……そっか」
まぁ、自分の答えはこれまでと同じ。
明日か明後日か、それとも一分、一秒後か。ボクの目の前にいる男が狂気に呑まれたとして、その側から逃げることはできないな。
一緒にいたいよ、君と。それこそ一生。
「君が壊れきるまで、離れてやらないんだからねっ!」
腕を相手の手に絡めて、わざとらしく胸を顔に押し付ける。ちょっと加減を間違えて、彼の頭にかなりの衝撃が起こってしまった。
そのまま大人しくバーガーを食べている壊くんに母性を抱いたボクは、恋の末期患者かもしれない。