「ボク」っ娘系メカニックちゃん   作:アビ田

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七章です。いつにも増して人権がない話です。


[Ⅶ]
レイニーデビルデイ。


 相変わらず肺に入れるには、抵抗を覚える空気。こちらは幸いにも雨は降っていない。

 

 扉を出た先はホールの川が広がる河川敷。高架下でどうするか皆で話し合った後、捨ててあったゴミや川の水を飲もうとするボスのため、ボクとドクガは残って他四人が食糧を探しに出た。

 

「いやぁ〜汚いねぇ」

 

 魔法界と比べたら水のクリア度が雲泥の差である。

 

 飲料水には絶対にできない。それに、これってホールあるあるだけど、人間の死体が漂着してんだよね。

 魔法で死んだのか、ホールの雨で死んだのか、それとも人間同士のいざこざで死んだのか。

 

 

「…あの、さっきから何をしているんですか?」

 

「ん? 何って…材料集めかな」

 

 ボクが周辺のガラクタを集めている様子を不思議に思ったのだろう、ドクガは。

 HAHAHA、忘れたのかい? ボクの肩書きをさ。作らずにはいられないサガなのだ、この小夏様はね。

 

「そう言えば…記憶を失っているはずなのに、なぜあなたは自身が魔法使いと人間のハーフである事を知っていたのですか?」

 

 一旦冷静になってきたところで、ドクガはボクの発言に違和感を覚えたらしい。

 先程はゴタゴタで考える暇もなかったしな。

 

「知り合いの悪魔がさ、君らが居ない間にボクと接触して来てね。色々と教えてもらったわけよ」

 

「あぁ…なるほど」

 

「記憶は戻ったんだけども」

 

「………えっ!?」

 

 何をそんな驚いた顔をしているのよ。別にボクの記憶が戻ったっていいじゃあないの。

 

 こっちはこれまでロストした三回分が一度に戻ってきてしまったから、かなり精神に来ているが。でもまぁ、発狂はしない。考えるのも疲れたといいますか。考え始めると、ボクの人生って何だったんだろうとか、アイくんを利用する「ホールの闇」ってのを全部ぶち壊してやりたくなる。

 

 しかしアイくんは今の姿になって、もう取り返しのつかない所にまで来てしまった。

 

 

 まず、魔法界に降るはずのない雨でしょ。

 

 それとボクが幻視し、幻聴を体験した一連の出来事。

 アレを見て、聞いてしまったら、ボクが見ていた「壊」という存在が────アイ=コールマンだった存在が、別の“ナニカ”に変わってしまったのだと、感じてしまう。

 

 そんなアイくんが可哀想で、かわいくて、憎くて、悍ましくて。

 

 愛おしくてしょうがない。このボクの破滅的な愛情を、きっと誰も理解してくれやしないだろう。

 ボクでさえ、切り離して、切り離して、切り離して、その先で無理やり結合されたような記憶を持っている状態だから、自分の感情がグッチャなのである。

 

 その中で出た結論が、「アイくんとずっと一緒」。

 

 

 

 だがしかしそれとは別で、ボクの発明欲求はこれまで(時にして六年以上か)本領を発揮できなかった分、モリモリ湧き起こっている。

 

 だから工具などない状態で、己の素手を使い発明品を作り上げていく。

 

 

「できたましたァン!!」

 

 

 辺りはすっかり暗くなり始め、焚き火を集めていたドクガが興味深そうな視線を送る。

 見た目はガラクタの寄せ集めのため、鉛色を基調とした色合いである。

 

「竹で作られたアレに似ている気もするが…」

 

 子どもが飛ばすあのオモチャね。ボクは遊んだ事ないや。

 

 コレを頭に付けるとなんと、空を飛ぶことができる。例えばボスに付けたら簡単に移動させられる。操作方法はリモコン式で、自分に付けて操作することも可だし、他人が操作することもできる。

 

「そしてそして………確率で、頭だけもぎ取って行きます!」

 

 物の運搬は基本できない。熱感知で頭に引っ付くから。これで誰が遠くまで生首を飛ばせるか競い合ったら、絶対に面白いでしょ。死体は時間の経過とともに冷たくなるので、飛ばしていれば時間差で首が落下する。その飛行距離を争うのも楽しそうじゃん。

 

「……っ!!」

 

 ボスの頭に発明品を付けようとしていたドクガは寸前で離し、ボクに返してくる。

 芸術は爆発というように、発明品にリスクは付随するものなんだよ。

 

「ではボクは、発明品を人間で試してくるよ」

 

「勝手な行動は慎んでください、特に今は」

 

「えぇー……」

 

「ボスもこの人に何か言ってやってください!」

 

「あぁもう、わかったよ。じゃあ自分で試すから」

 

 ドクガがまた何か言ってくる前に発明品を頭につけ、リモコンで操作する。ボクの首がそのまま飛んでいくことはなく、ボスの周りを回った。

 

『グチャ!』

 

「ほら、心なしか彼も楽しそうだぜ!」

 

「………頼む、早く帰って来てくれ、みんな…」

 

 胃を押さえるドクガの表情はそれはそれはもう、見ていてニコニコしたくなるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 ホールの夜は魔法界と比べ、より暗く、深淵に包まれる。

 

 靄の立ち込める中、小夏は異形の膝の上で船を漕ぐ。最初は戸惑った様子だった異形も、今は女の体に腕を回している。

 二人と一匹を照らす灯りは、風に揺らめきそれぞれの影をイビツに歪めた。

 

「そーいえば、ドクガくんさぁ」

 

「何ですか?」

 

「ボスの背中に細いチューブみたいなものが生えてるじゃんか」

 

「……ボスは解剖させませんから」

 

「違うって、そのチューブから“黒い粉”が少量だけど出てたの、知ってた?」

 

「黒い…粉?」

 

 発明品を作り毒蛾の胃にダメージを与えていた女は、しっかり異形の状態を確認していた。青年が薪を取りに少し離れた隙に、ベタベタと触れていたのである。

 そして黒い粉らしき成分が、異形の周囲にかすかに付着しているのを発見した。

 

「…なら、俺も一つ。どうも、視線を感じるんです」

 

「栗()トーカーじゃなくて?」

 

「栗鼠じゃないです、奴だったらもっと殺気を垂れ流す。魔法使い狩りをしている時からです」

 

「うーん、ハルちゃんとか…いや、彼女がたかが魔法使いに気配を気取られるはずがないし…」

 

 と、そこで小夏は、掃除屋の二人が壊の魔法を受けた後のことを思い出した。

 

 彼らはキノコにされ、絶体絶命というところで姿を消した。

 

 その時の彼女は、瞬間移動や透明の魔法の可能性を疑ったのである。存外その考えは正鵠を射ているかもしれない。視線を感じるならば、透明になっている可能性が高い。

 

 あくまでその可能性を彼女が話せば、毒蛾はナイフを握りしめ警戒を強める。

 

 

煙ファミリー(やっこさん)も、ただやられっ放しじゃないってことだ。隙を見てボスを殺そうとしているのか、または情報収集か。もしまだ君が視線を感じているなら、相手の目的は達成していないだろう」

 

 毒蛾が視線を感じていた場所に振るわれたナイフ。

 だが得物に手応えはない。

 

「余計な体力を使ってもしょうがないし、こっちも様子を見て置く程度でいいよ」

 

「ですが……!」

 

「考えてもみなさいな、仮に監視者を「A」として、Aにはこれまで君らを殺せる場面がいくつもあったはずだ。普段の状態ならまだしも、魔法使い狩りをやっていた時なんか、特にドクガくんたちの疲労が凄かったでしょ。でも手を出して来ないということは、手を出さないというより……()()()()()()のだと思うよ。それが魔法の性質か、任務の条件なのかは知らないが」

 

「………」

 

「まぁ今は、体力の温存を優先しましょう」

 

 納得のいかない表情の青年に近寄った小夏は、その背を叩き笑う。そして耳元で小さくつぶやく。

 

 

「四人が戻って来てから、ネズミ捕りをしよう」

 

 

 そう囁かれた拍子に、耳に息がかかりこそばゆさを感じた毒蛾は体を震わす。

 小夏は笑って「おやすみぃ」と、再度異形の膝の上に戻る。

 

「俺は眠れないのか……」

 

 毒蛾はここ数日寝ていない。一週間以上ろくな睡眠を取らず最終的に気絶した女よりは寝ているが、それでも眠気が襲う。特にこうして暗闇に包まれ、炎をぼんやり眺めている状態だと。

 

 しかして、発明品を作っている時は生き生きしていた発明家も、それ以外の時はどこか心がここにあらず、ぼんやりと異形を見つめる場面があった。

 不安定なその様子は、記憶が戻ったことにより引き起こされているのだろう。

 

「そーそー……あと一個だけ」

 

「何ですか?」

 

「ナツキちゃんは元気かな……だってあっち、雨降ってる」

 

「アイツなら大丈夫だと思いますよ。それに魔法は栗鼠の呪いさえ跳ね返す「防御系」です」

 

「……あ、そうだった。なら心配はないかな」

 

 今度こそ、女から小さな寝息が聞こえ始める。

 ボスだった異形の上で寝る彼女は、安心しきった表情でその身を預けている。

 

 

「………?」

 

 

 灯りの及ばない暗闇から、複数の気配が忍び寄る。異変を察知した毒蛾はナイフを構える。

 

 だが現れたのは煙ファミリーの者ではなく、ホールの僧侶。

 

 彼が魔法使いである事を話すや否や、彼らは頭隠して尻隠さずとでもいうように、悲鳴を上げてうずくまった。

 毒気の抜かれた毒蛾は、彼らに立ち去るように言い、

 

 

「ぐっ、が……!!」

 

 

 喉に一発、鉛玉を食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 時はニカイドウがケムリの大爆発を引き起こした直後にまで遡る。

 

 

 その際、煙ファミリーの幹部と生き残った下っ端たちは、地下アジトに避難していた。

 

 彼らもまた、ただ黙っているわけではない。幹部の一人である「(しょう)」という小柄な魔法使いが、煙の悪魔腫瘍の奪還に向けて作戦を立てた。

 

 掃除屋二人の窮地を助け出したのも、この男である。ファミリー結成当時から在籍する消は元掃除屋でもあり、何でも透明にできる力を持つ。ブルーナイトの後に休暇を取っていた男は煙の訃報を聞きつけ、急きょ旅中から舞い戻った。

 そして姿を消して掃除屋に同行し、十字目のボスに殺されかけたところを寸前で救出。また、煙の頭部も回収した。

 

 しかし、その頭には穴が空いており、悪魔腫瘍が存在しなかった。

 

 

 これを受け、消は煙の悪魔腫瘍の保管場所や、十字目のボスの弱点を探るための作戦を立案。

 その白羽の矢が立ったのが、藤田である。

 

 彼が選ばれたのにはいくつか理由がある。

 

 まず一つは、彼が“臆病者”である点。

 

 他の面子は能井に心、鳥太など、隙あらば十字目のボスを殺そうとする連中だらけ。この任務では何より情報を得て、帰還するのが重要となる。ゆえに藤田が適任であった。

 

 そしてもう一つが、彼が誰よりもファミリーへの想い──忠義を持っていた点。

 

 この二つを理由に、消は藤田を選んだ。

 

 この任務を消自身が遂行することも可能であったが、掃除屋が十字目のボスに殺されかけた点を踏まえ、いつ煙ファミリーに最大のピンチが起こるかわからない。

 また煙がいない今、残ったファミリーのまとめ役であるのが消である。

 

 以上から、動くことのできない消の代役として、藤田の存在が不可欠だった。

 

 

 

 そして消に魔法をかけられた藤田は、同じく不可視となったホウキに乗り煙の屋敷へと向かった。

 

 この透明になる魔法は対象者も自身の姿を見ることが叶わなくなる。

 例えば食べ物を食べても、消化中の食事は鏡越しで見ると宙に浮いて見えるのだ。

 

 潜伏中、藤田は通りすがる十字目の連中にバレないよう気を配り、まずボスの居場所を探した。

 

 集まった情報によれば、ボスは幹部を引き連れ街を襲っているという。これはニュースにもなっていた。

 

 手っ取り早くボスの場所へ向かうため、彼が取った方法。

 それが、屋敷から出るトラックへの乗車。彼自身、まさか生首の山の下敷きになるとは思いもよらなかったが。

 

 

 ──して、青年が任務を課された中で、ひとつ消から守るよう言われていることがある。

 

 

 それが何かを「動かし、破壊する」ことの禁止。

 食事を摂るのもこの禁止事項に入るのだが、三代欲求に背に腹は代えられないと、これは藤田の中で正当化されている。

 

 実際、この鉄則が破られそうになる場面がいくつか存在した。

 

 例えば元ニカイドウの部屋にあったカイマンの生首(心とカスカベがベリスで回収したものを彼女に渡していた)を発見した時。

 トカゲ男にパートナーを殺された恨みで、手を出そうになった。

 

 さらにトラックで運ばれ十字目の幹部の一人を見つけ、はじめて十字目のボスを見た後にも葛藤があった。

 

 その末、彼はとうとう鉄則を破ってしまった。

 

 

 以前カイマンが魔法界に来た際に、世話になったミートパイ専門のレストラン。従業員の青年がケムリをかけたものを何でもパイにする、強力な魔法を持っていた。

 

 その青年や、これまた従業員の女性が十字目のボスが起こした“ホールの雨の現象”を物ともせず、包丁で男の顔面を切り裂いた活躍により、ボスは死────んだかと思いきや、首がいくつも現れガスマスクをかぶった男が登場するという、誰もが騒然とする事態が起こったのである。

 

 

(………!!)

 

 

 そのとき藤田は、目撃した。

 

 従業員の女によって顔を両断された男。その内側、さながらCTスキャンの途中の映像のように見えた頭の中身。

 その中に無数の悪魔腫瘍が存在した。

 

 そこに、煙の悪魔腫瘍がある。

 

 掃除屋の二人が一度十字目のボスが放った()()()()で殺されかけたことからも、藤田には確かな確信があった。

 

 しかしてこのままではパイにされたボスも、駆けつけた側近たちも全滅する恐れがある。パイにする青年のキャパシティは侮れない。

 

 煙の復活を天秤にかけ、藤田は側近たちに隙を作るよう、現場にあった花瓶を持っていたホウキで割り、彼らを逃げさせることに成功した。

 

 

 それから拷問部屋に監禁された男を監視し、突然押し入ってきた発明家リンリンとの現場を目撃。

「ボクのこと本当に知らないんだよね?」という、意図の不明な質問を女はした。

 

 これはボスの居場所を屋敷内で探っていたときに知った情報だが、下っ端たちの間で十字目にいるにも関わらず刺青のない女は、「ボスの愛人」として知られている。

 

 事前に藤田は能井や心から情報を得ていたため、女が「発明家リンリン」であることを知っている。彼の初期の印象は、野球の時に飛び跳ねていたおっぱいの大きいおねえさんである。

 

 藤田は小夏との接点がほとんどない。

 

 知っているのは掃除屋を相手取れる「強化系」魔法の持ち主で、過去に煙ファミリーと提携していたことや、十字目のボスに殺されたこと。

 それが原因で記憶を無くし、以降ホールで「修理屋」をやっていたことくらいであろうか。

 

 藤田からすれば掃除屋と戦える点は強烈なものの、やはりトカゲ男やニカイドウと比べればその印象は薄い。

 

 

 

 だからこそ、ボスが異形に変わりそれでも寄り添う女の姿を見ても、思うところは少ない。

 

 むしろ化け物になっても──いや、己を殺した相手に添い遂げ続けるその精神が、理解できない。普通なら自分を殺した相手に恐怖し、離れるものではないのか。

 そこまでにこのボスを愛しているというのか。正直言って、イかれている。

 

 “普通”の感性を誰よりも持っている青年だからこそ、より強く感じる。

 

 

(俺は必ず、託された任務を果たすんだ…!!)

 

 

 ホールに来てから藤田の存在が勘づかれ、肝を冷やす場面もあった。

 

 しかし毒蛾と女が彼を放置することに決めたことで、安堵の息をこぼした、その夜。

 

 ホールの僧侶に化けていた十字目の下っ端の強襲を受け、毒蛾が重傷を負い、ボスとその腕に抱えられた女が連れ去られる事態が発生。

 

 下っ端たちの発言を踏まえると、彼らは異形がボスであると知らず、そのボディの管から漏れている黒い粉の存在に気づき、ここまで追ってきたらしい。側近の四名がいない間をねらって襲ったのである。

 

 そして女の方はというと、無事であった。

 

 毒蛾が撃たれて尚、疲労によりドロのように寝ていた小夏。

 銃口の先は彼女をとらえた…が、しかし。

 

 

『グチャ!』

 

「なっ、コイツ……!!」

 

 

 腕の中に隠すように異形は女の身を守った。その代わり異形の胴体に数発の穴が空き、そこから黒い血──まるで藤田も見たホールの川の水のような──が吹き出す。

 

「おいっ、このバケモン女を庇ったぞ!」

 

「どういうことだ…?」

 

「……ッチ、仕方ねぇ。オイお前ら、コイツを移動させるぞ」

 

 数名が騒ぎ、発砲した男──「八坂(やさか)」と呼ばれる人物が、場を鎮める。

 どうやら、この男が首謀者のようである。

 

 異形の行動に強襲者たちも驚いたが、それ以上に藤田も驚いた。

 

 異形は十字目のボスである。姿を変えてからの様子を見る中で、ボスは確実に知性を失っていた。側近たちの言葉に何らかのリアクションは返すが、果たして五人を覚えているのかさえ怪しい様子だった。それにも関わらず、女を救った。

 

 つまり、個体を識別する理性がまだ残っているのか。

 

 残っているなら、なぜ一度殺した女を助けるのか。そもそもなぜ小夏を殺したのかも、理由がわかっていない。

 

 てっきり藤田はボスが女を利用するために側に置いていると思ったが、その根底自体が違ったのか。

 

 

(まさかボスも発明家リンリンを愛していたというのか…?)

 

 

 もしその推測が本当なら────本当ならば。

 

 なんて歪な愛の姿なのかと、思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

「この女はボスの愛人って話だが……どうする、八坂?」

 

「このまま連れて行っても問題はない。コッチには武器がある。それに仮にボスにこの事がバレた場合、いい人質になるぜ」

 

 と、八坂たちの間で話が進み、彼らは異形を協力して近くの地下倉庫へ運んだ。

 

 藤田もその後に続き、中へと侵入する。

 

 

 

(っげ、八坂って野郎、またボスに発砲したぞ)

 

 

 女を守るなど、異形に意思があると判断しての男の発砲。

 

 運搬する際は抵抗しなかったが、逃げられる可能性もあると判断し、八坂は発砲の音が外に聞こえぬこの場所へ移動してから撃ったのである。

 

『グチャァ──!!』

 

 両足を一発ずつ撃たれた異形は悲鳴を上げる。硬い見た目の皮膚をたやすく撃ち抜く弾丸は当然、その威力も強い。胴体の出血も重なり、異形の衰弱は顕著だった。

 

 藤田の脳裏に「今ならもしかしたら…」という、甘い考えが過ぎる。

 この連中を殺せば──否、この八坂を殺しさえすれば、異形から煙の悪魔腫瘍を取り返せる可能性がある。

 

 というのも、銃口の先が、今度は黒い粉を求めて異形の周りに集まる十字目に向けられているのだ。

 

 背を向ける連中の後ろで、冷えた視線を送る八坂。

 仲間さえ殺し、黒い粉を独占しようと考えているのだろう。

 

 

(やはり十字目の連中、お里が知れてるぜ…)

 

 藤田の魔法はケムリを弾丸のように飛ばすことができる。この力はホールで野球をした時にも、恵比寿の助言で役立った。

 丸腰ではあるが、男が仲間を皆殺しにしたのを見計らい殺せば、弱ったボスへ近づける。

 

 もし八坂が仲間に返り討ちに遭っても、その時点で連中の数が大きく減っているだろう。運が良ければさらなる仲間割れへと発展し、殺し合いが起こり得る。

 

 問題は発明家の存在だが、今は疲労ゆえか寝ており、起きる様子はない。

 仮に騒ぎで起きても、殺す隙はある。

 何せ藤田は透明なのだから。見えぬ強みというのを、任務の中で彼は十分に体験した。

 

(消さん、申し訳ありません。でも俺は、煙さんを生き返らせたいんだ……ッ!!)

 

 キノコおじさんは何だかんだで、部下たちに慕われる(一部除き)おじさんである。

 

 

 

 

 

「んんっ…?」

 

 声がした。発声元は、眠り姫だった女の口から。

 

 女は異形に群がる十字目を見て首を傾げ、銃を持っていた八坂と視線がかち合う。

 一瞬怯んだ男は、引き金に軽く手をかける。いつでも撃てるように。それと同時に女は異形のキズに目を留めた。

 

「………血?」

 

『グチャ…』

 

 起きた女を腕の中に引きずり込み、体を丸くする異形。

 女に気づき下っ端たちも数歩後ずさり、辺りが一瞬静寂に包まれる。

 

 ────リ、キリ。

 

 全員が耳にした、微かなその音。

 

 その音は次第に早まって行き、「キリキリ」から「キュルキュル」とその速度を上げる。

 

 音の正体が女の頭に付いた回しのようなものだと誰かが気づいた時、異形の周囲を覆うようにケムリが吐かれた。

 

 

 

「ギャッ、ハァ」

 

 

 

 瞬きをする間に、ケムリの形が崩れ筒のように穴が空き、そこから飛び出た女は父親に似た普段の温和な表情を崩し、口角を吊り上げその拳を振るう。

 

「ぎゃっ」

 

 ブチュン、と一人の頭が潰れたかと思えば、次はもう一人の胴体が拳で貫かれる。投げられたその死体がさらに別の十字目にぶつかり、吹っ飛んだ二つの体が壁に衝突する。すると一つの体にもう一つの体がめり込むようにして、愉快なオブジェが出来上がる。

 

「ヒッ…!」

 

 狂気の姿に、生きている者は銃を構えた。

 

 しかしその弾丸は当たらず一人一人と頭を、腹を、えぐられ殺されていく。

 その間も女の狂った笑い声が、悲鳴や銃声に混じって室内に響き渡った。

 

 

 一瞬にして修羅場と化した現場に、藤田は柱の後ろへ逃げようと動いた。しかし恐慌状態に陥った十字目たちが銃をむやみやたらに発砲したことにより、右腕の肘から吹っ飛ぶ。

 

 血が出ても、その部位は魔法の効果で透明になる。逆に言えば彼自身も、どれだけ血が流れているのか視認できない。

 

(ヤバイヤバイヤバイッ)

 

 ナイスバディなおねえさんなぞ、幻覚に過ぎず。

 本当のおねえさんは、狂った戦闘マシーンだった。

 

(このままじゃ巻き込まれて死ぬ!!)

 

 彼がそう思った直後、身を隠していた柱が派手な音を立てて壊れた。ガレキに巻き込まれ倒れた藤田の頭上には腕が伸びていて、真っ赤に染まったその手は十字目の頭を掴んでいる。

 

 その手に力がこもると、まるで怪力アピールでもするかのように、脳みそやその他もろもろが潰されて藤田の顔に垂れてくる。

 

 

(ウ゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァ!!!)

 

 

 悪魔のイタズラで鳥のクソをかけられたことが可愛く見えるほど、べっちょりと汚れた。何なら口の中に濃厚なソレが入ってしまい、気を失う三秒前である。だが気をやるわけにはいかない。

 

 匍匐前進でなるべく音を立てないよう移動し、藤田は部屋の隅に移動する。

 すでに十字目の連中のほとんどが死体に代わり、残っているのは八坂と女。それと、重傷の藤田に異形のみ。

 

(止血、止血しねぇと…)

 

 服を裂き、藤田は右腕を圧迫するように巻いた。

 

 

「なん、何なんだ、お前ェ…!」

 

 八坂は震える声で銃口を女に向ける。女は全身が真っ赤に染まり、ところどころ臓物や脳みそのカケラをくっ付けている。

 

「ギャハハハハ!! ンなことも分かんねーのかよ、ボクが何かだって? 発明大好き小夏ちゃんだよぉ──!!」

 

 男が引き金を引く前に、その眼前に現れた小夏は蹴り上げ、銃もろとも男の腕を吹き飛ばす。

 痛みに男の絶叫が響く中、彼女は八坂の視線に合わせるように屈み込んだ。

 

「状況から見て、お前が首謀者か? 答えろ」

 

「い、い゛でぇっ…」

 

「えい」

 

 拷問で爪の皮を一枚ずつ剥がす方法があるように、小夏は男の腕をつかみ、指一本を潰す。

 

 血に酔ったかのように彼女の瞳はギラギラと揺れている。

 怒りと憎悪と、純粋な被虐心と、さまざまな感情が混じり合って狂気を生み出す。

 

「ボクのアイくんに手を出したらどうなるかわかってるよね? 死ななきゃいけないんだよ? でも簡単に殺したらダメなんだよ? だからボクがすごく痛い方法でお前を殺していくんだよ? 嬉死(うれし)いねっ!」

 

「あ゛、ぎぃっ…!」

 

「あはっ、汚ねぇ悲鳴」

 

 女の狂気に染まっていた笑みはなりを潜め、真顔に変わる。

 

(ッ……)

 

 ゾクリとしたものが、藤田の背に過ぎった。今目の前で指を潰され悲鳴をあげる男の姿を見ているのも恐ろしいが、女のヒトの命をどうとも思っていない意思が感じ取れてしまい、今にも逃げたくなった。

 

 間違いなく見つかれば、彼も殺されるだろう。女が正気ではないことは明白である。ボスを傷つけられ、狂っている。

 それとも最初から、狂っているのか。

 

 

『グ、チャ……』

 

 

「え?」

 

(……え?)

 

 

 その時聞こえた、異形の声。

 小夏と藤田の視線が向いたその先にいたボスは、頭を押さえていた。

 

 先の流れ弾に当たったのか、頭の一部が吹き飛んでいる。藤田はヒュウと、息を漏らす。

 対し駆け寄った小夏は、その頭の血を押さえるように触れた。黒い血がべっとりと、彼女の手に付着する。

 

「あ、あっ、あ、────アイくん!!」

 

『グゥ、グチャァ…』

 

「ど、どうし、どうしよ、嫌だ嫌だ君が死ん……」

 

 

 パァンと、響いた銃声。

 

 小夏の首に穴が空き、続けて銃声が続く。

 さすれば鮮血の花が咲き、女の首がゴトリと、地面に落ちる。

 

 撃った男は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、立ち上がる。片手は吹き飛んでおり、もう片方の手も人差し指と薬指が潰されて使い物にならない。

 

「クソがックソがックソが!!!」

 

 彼女の肢体に向けられて、何発もの銃弾が浴びせられる。

 

 すでに事きれた女の首に這いずり、頭を抱えた異形は言葉にならない言葉を紡ぐ。その意味を理解できる者はいない。

 

『グチャ……』

 

「ンだよ、テメェも殺されてぇのかァ!? そこの女みてぇによ!!」

 

『………チャ』

 

「お前はおとなしく、俺に利用されてればいいんだよッ!」

 

 八坂は異形に近づき、その銃口を頭に突きつけた。

 

(…ヤベェ、意識……が)

 

 その様子を見ていた藤田の意識が、急速に血を失ったことにより遠のいていく。

 そして、発明家とボスの恋の行方を捉えた彼の瞼は、ゆっくりと降りていった。

 

 

 

『グチャ』

 

「えっ?」

 

 

 女の首を抱えた異形は手を伸ばし、長い爪で八坂の体を切り裂いた。

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