場所はホール中央病院。
そこでバウクスから「話がある」と言われたカスカベは、数枚の写真を見た。
その写真は今から、約一年前のリビングデッドデイで撮影されたもの。ちょうどニカイドウとカイマンが掃除屋と遭遇した日でもある。
心によってカイマンの首が斬られた時、ニカイドウは血が噴き出す男の首の中から、“顔”が覗くのを見た。
その時は幻と思ったが、彼女は一つの確信を抱いた。根拠がないにも関わらず、ニカイドウは相棒の首が戻ると信じた。
それを掃除屋から逃げバウクスのところに着いた際に、気絶する間際告げたのである。
俄には信じられないその話が気になった男は、死体のカイマンの側にカメラを設置し、五分ごとにシャッターを切る設定にしてその場を離れた。
その写真を撮っていたこと自体、つい最近までバウクスは忘れていたわけだが。
「そこに映ってたわけですよ、アイツの首が再生する瞬間がね」
写真に記録されたカイマンの首は無数の頭が覗き、ブレているものもある。
数にして首は「九つ」。
その内二つは脊椎の途中から頭蓋骨がない。
ちなみにかつてアイ=コールマンが魔法使いになるため使用した魔法使いの数は、「八つ」。
これにアイ=コールマン自身を含めれば、数は「九つ」となる。
さらに魔法界で降り出した雨など、カスカベの中でこれまで体験した一つ一つの出来事が線と線で結ばれて行き、一つの“何か”へと収束した。
「バウクスくん、私ちょっと行ってくるよ!」
「えっ、ちょ、博士!?」
先ほど部屋に入ってきた煙ファミリーの下っ端曰く、テレビで中央デパートが消えたという。
外はまだ夜でないものの、ジョンソンに抱えられカスカベが外に飛び立った時にはすでに、辺りは暗くなり始めていた。もう直に来るリビングデッドデイの影響である。
「あれは……廃物湖?」
上空からカスカベは、埋め立てられたはずの廃物湖を視認した。
しかし強風に煽られ吹き飛んだ彼は、建物の屋根らしき場所に落下する。黒い、宙に浮かぶ──いや、空を飛ぶ家。てっぺんには十字を逆さにしたオブジェも存在する。
そこが悪魔の家であると知らぬ少年は中へ入り、そこで、嫁と再び遭遇することになった。
「あれ、君って地獄に帰ったんじゃ…」
『なっ、何でアナタがここに…!』
慌てる彼女は旦那の襟首をつかみ、体内に引きずり込む。思いもよらず悪魔の体内に入ることになった少年は、瞳を輝かせた。
「うぅ…お、おい、勝手にベタベタ触るな」
「魔法使いの体が
「異物感がすごい…」
娘を体内に入れた時よりも、気持ちが悪い。遺伝子的に半分はハルでできている小夏に対し、ヘイズは類似点がなく、その上人間。
しかして旦那を体外に出すにも、悪魔全員は現在チダルマから招集をかけられている。悪魔が勢揃いする中で人間を吐き出せば、ジ・エンド。
幸いにも、腹にカスカベを入れていても他の悪魔に気づかれる様子はない。だがいつバレるかわからない。
早いところ、ハルはタイミングを見計らって旦那を出そうと決めた。
「家が廃物湖の中に潜ったみたいだが、ハルたちはいったい何の目的でここに来たんだい?」
「我々はこのドロの中で力を得た“ソイツ”に興味があるのだ」
「“ソイツ”って、アイくんのことかい?」
「いや、奴もまた傀儡に過ぎん。都合のいい、な」
悪魔たちがせっせと遠足の準備をする中、ハルは窓際に立ちその外の光景を眺める。デビルアイを通せば、中にいるカスカベも外の状況を知ることができた。全くもって、悪魔の体内の作りは摩訶不思議である。
「ねぇ、ハル。もしかして小夏もデパートの中にいるのかい?」
「…さてな」
「おや、その反応だといるみたいだね」
「……ねぇ、アナタ」
「何だい?」
方や全裸の見目麗しい女性で、方やまだ声変わりもしていない少年老人。しかも二人がいるのは密室。
状況によれば、きっとロマンチックな光景であったかもしれない。ハルはヘイズに顔を近づけ、至近距離で少年の瞳を見つめる。
「悪魔になるという感覚は人間のアナタには分からないだろうが、一度この感覚を手に入れると手放したくなくなるものなんだ」
「そうなのかい? まぁ、魔法使いだった頃の君と比べれば、確かに変わったところも多いと思うけど」
「悪魔になればプライドが最大まで膨れ上がり、何でもできるようになる。ゆえに「魔法使いに戻される」という行為は、我々にとって最大の罰となる」
だが、と彼女は続ける。
「私は愛しい娘を守るためなら、その罰さえも甘んじて受ける覚悟があるのだ」
「…随分と、不穏な発言をするんだね」
「アナタは知らないが、
しかし、娘のために悪魔を捨てる覚悟があるハルとはいえ、今簡単に動くことができない理由が存在する。それがチダルマ。
“ソイツ”に誰よりも夢中になっている、最強の悪魔。
下手に手出しすれば、チダルマの気分を害し悪魔に戻されるどころか一瞬で殺されかねない。格が、次元が違う。
「ヘイズにはコレ──あの子の発明を託しておく。万が一の時に使え」
白い、三日月型のポケット。以前キノコになったバウクスを取り出した際にカスカベが所持していたが、その後、ハルと出会った時に彼女が回収していた。人間の手には──というか、悪魔にさえ手に余る危険物の宝庫。
「おいコラ、軽率に手を突っ込むな! 確率で異次元に吸い込まれるんだぞ!」
「何か試しに出そうと思って。吸い込まれても、ハルが私を取り出せばいいし」
特に何も考えず手を突っ込んだヘイズの手に、何かが触れる。それを引き出すと、中から出てきたのは半裸の男たちがポージングしている雑誌。
途端にハルは顔を赤くし、雑誌を引ったくる。その「危険物」の宝庫な中に、彼女は私物を入れているようである。
「べ、便利なのだから仕方ないだろう!」
「へー、探せば色々と出てきそうだねぇ」
「やめろ、悪魔のプライバシーを勝手に覗くな! 人間のクセに…」
コレをハルが渡したということは、おそらく小夏を生き返らす道具もあるのだろう。
もしくはすでに何か細工がなされているのか。
「いや、あの子の頭に超回復魔法のケムリ瓶を仕込んでいたはずなんだが、また作動していないみたいでな」
「超回復魔法って、もしかして…」
「フン、ホールで小夏が復活したのも私のおかげなのだぞ。それ以外にも毒キノコだったり、他の危険物質を摂取して死にかけてる度にこの私が助けて……」
ブツブツと、不満を漏らすハル。カスカベが知らないだけで、相当無茶をしていたようである、彼らの娘は。
ハルのその甘さも、小夏の無意識な感情となって、軽率に死にかけるような行動を取る理由になっているのかもしれない。
ということは、ズブズブにハルが甘やかしているように見えて、娘も母にズブズブに甘えている。
「私の知らないうちに消費されていた可能性もあるのかもしれないな。ひとまず、あの子を見つけたら殴ってくれ」
「突然の無茶振りだね」
「頭に衝撃を与えれば瓶が割れて発動するだろう。叩けば直る、テレビと同じだ」
「肝心の遺体はどこにあるんだい?」
「それは探してみなければわからんが、小夏は十字目のボスの側にいたはずだ。ならば“奴”が持っている可能性が高い。悪魔腫瘍が無事なのは気配でわかる」
動けない自分の代わりにヘイズに任せた、ということだろう。
デパート内には心たちや、バウクスからニカイドウたちもいるかもしれないということを、カスカベは聞かされている。
その内の誰かと合流して探せば、見つかる可能性は高い。
「念のためもう一度言っておくが、本当に必要な時しかそのポケットは使うなよ、ヘイズ。私がいなくなった後に異次元に行ったら助け出せんのだからな!」
「あはは、わかったってば」
二人が話しているうちに、家はデパートの内部に着いた。
悪魔たちが外へ出て、歩き出す。目的地は“奴”の場所であるが、遠足気分ということもありゆっくりと進む。この中はデパートのようにも見えるが、実際はすでに“奴”の内部なのだと言う。
「って、夫を捨てるタイミングがないではないか…」
しかして悪魔の一人が家に鍵をかけるのを忘れたことを思い出し、ちょうど良いと、ハルは自分が行くと名乗りを上げた。
『んじゃあ任せたにゃー、ハルちゃん』
『あぁ、すぐに戻る』
悪魔の列を外れ、家に戻ったハル。その後こっそり夫を置き去りにする算段である。
そのまま連れて行けば“奴”の場所にたどり着けるが、その前に悪魔の肉体が遺物に耐えきれず夫を排除しかねない。旦那を殺してしまうなど、真っ平ごめんである。
「へー、家の鍵って悪魔の尻尾なんだね」
「あぁ、閉まっていれば魔法使いや人間では入ることは叶わん」
「………」
「おい、この変態。「解剖したい」と思っただろう、今」
「病院にいた時に君が見せてくれたけどさ、ポケットの中に悪魔を殺せる刃物があったよね…「ストアの包丁」って言う……」
「おい」
いったい
『では捨てて来────』
その時ビクリと揺れた、悪魔の肩。
羽を広げ飛び立とうと振り向いた彼女の先にいたのは、壁によりかかる一匹の悪魔。
長い舌を出し、静かにハルを見つめている。
『チ、チダルマ……』
後ずさった彼女の体は、最強の悪魔の指パッチン一つで、金縛りにかかったように動けなくなる。体に余計な負荷をかけうっかり中の男を殺さないよう、ハルは歯を軋ませた。
どうやらバレていないと思っていたが、彼女の中に人間がいたことなど、すべてお見通しだったようだ。
『オレ様が気づいていないとでも思ったかァ、ハル』
『……あぁ、気づいていないと思っていたさ』
カスカベだけでも逃そうと思えど、なす術がない。
『ハル──否、春日部よ。悪魔としてのお前が始まりは「愛」というわけだが、お前を終わらすのもまた、「愛」というわけか』
『……黙っている気はなかったが、これもただの言い訳になってしまうな。あぁ、潔く受け入れよう』
魔法使いに戻された川尻がニカイドウの存在を隠していたように、何かを隠す行為は悪魔として未熟であることを意味する。
これまでもグレーゾーンを渡ってきたハルは、冷や汗を流す。
『カカッ、やっぱお前は面白いぜ、ハル』
『……急に何だ』
『いやぁ…アスのヤツもそうだが、今のお前の中を占めているのは魔法使いに戻されることへの感情より、その中の人間や娘のことだ。川尻もまた、時の魔法使いの身を案じていたんだぜ』
だからこそ悪魔として未熟なのだがな、とチダルマは言う。
悪魔になりながら、魔法使いであった頃の友人や家族、恋人を大切に想う。それこそ自分の身を捨ててまで。
悪魔は縛られない、悩みや不安に。彼らを縛る者などこの世に存在しない。
『中に入れ、ハル。すでに「ゲスト」がいる』
『………』
『安心しろ、奴に人間を解体するシュミはねーからな。適当なところに飛ばしておいてやる』
チダルマが指を鳴らせば、ハルの中にいたカスカベが消える。
彼女は安堵の息を吐き、それでもそのまま溜飲を下げることはできなかった。
『まぁすぐにお前以外の悪魔もオレとの
『自分が負けない自信があるようだな、チダルマ』
『カッカ! あぁ、オレ様は絶対に負けねェさ』
黒い家の中からは、「ナナナ〜」と、不気味な声が上がった。