「ボク」っ娘系メカニックちゃん   作:アビ田

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××は泥棒の始まり。

 歩いても端にたどり着かない、病院の廊下。

 そこに光が差す。

 薄暗い病院を抜けた先に広がる赤い空。地面は道と水路が交互に存在し、彼らはその道を跨ぎながら進む。

 空には転々と、巨大なベッドが浮かんでいた。

 

 ガスマスクの男が指し示す場所。天に続く長い階段。

 

 周囲は配管が壁に無数に張り巡らされ、階段傍の黒い小川が斜面に沿って勢いよく流れる。

 

 

『面倒だ、俺が運んでやる』

 

 呪い男はガスマスクの男を背後から抱え、階段の上を飛ぶ。まるでマトリョーシカのように、ガスマスクの男は女を抱え、その女が少年を抱える。

 

 急勾配な階段はやがて垂直に。

 

 ようやく見えた頂上に広がるのは、一軒の病院。

 

 10年以上前に取り壊されたはずの「カスカベ診療所」が、そこにあった。一つ違うのは、外観が黒いペンキで塗られでもしたように真っ黒なことである。

 

「小夏」

 

「………」

 

 ガスマスクの男が声をかけるが、女は俯いたまま動かない。男が無理やり手を引っ張って、ようやくノロノロと歩き出す。

 生気のないその表情に、会川は目を伏せた。

 

 少年の容体も急変し、チューブの残骸が残っている首から黒い血が噴き出す。目や鼻からも同じ色の液体が溢れた。

 

 カスカベは自身の現状を記録しようと、懐からテープレコーダーを取り出す。男二人の呆れたような視線が突き刺さった。

 だが少年は気にした様子もない。否、気にする余力もない。

 

 病院の扉を開ければ、また外に出る。逆さまの街。

 天上は本来ならば地面で、建物が彼らの歩く足元にめり込み、窓の奥から無数の人影が覗く。

 

『会川?』

 

 ピタリと止まった男の足。栗鼠が訝しげに会川を見つめる。

 するとガスマスクの隙間から、白いモヤのようなものが抜け出した。

 

「あ…!」

 

 その時カスカベの目に入ったのは、天上に倒れている少年の姿。

 側溝に顔を浸し、顔の大部分がグズグズのドロドロに溶けている少年の遺体。その側には汚れたキャップが落ちていた。

 

「アイ、くん…」

 

 スゥーと、透明の少年が彼らの元に降り立つ。

 遺体の少年のボロボロだった容姿が変化し、元の状態へと戻る。

 

 

 案内人の交代。

 

 

 “奴”の場所に向かい、歩き出した一行。

 少年、アイ=コールマンは語る。

 

 13年前、彼にいったい何があったのか。そして、彼が何者になったのか。

 

 

「一緒に行こう、小夏」

 

 

 少年は女に手を差し伸ばす。

 

 小夏はその手を握ろうとしたが、空を切るのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 かつてアイ=コールマンは、カスカベが背を向けた瞬間を狙い魔法使いを回収するため廃物湖へと落ちた。

 黒いドロの中で、「死」を味わい、“奴”が体の中に入ってくるのを感じながら。

 

 ここには一つの打算も存在した。

 死にかけた状態ならば、カスカベも自分の頼みを聞いてくれるだろうと、少年は考えていた。

 

 その結果、アイ=コールマンの手術は成功する。

 

 少年自身も自分が魔法使いになれたと信じていた。だが、違った。

 

 “奴”はアイ=コールマンの願いをドロの中で感じ取り、それを利用しようとしたのである。

 

「そして俺は、魔法使いに殺された」

 

 彼の「魔法使いだ」という発言は信じてもらえず、殺された。道端のアリを潰すように、または飛び回る羽虫を手で追い払うように。

 

 死ぬ間際、少年に駆け寄る少女の姿。

 幼き頃の発明家リンリンとすれ違った栗鼠は、ジッと、幻影の二人の姿を見つめた。

 

「…ここにいたくない」

 

 青白い顔をした女がフラつき、それを見た少年は小さく謝り次の場所へと移動する。

 

 

 

 アイ=コールマンが魔法使いに殺されることは、“奴”にとって計算済みだった。

 

 魔法使いに殺された人間の死体は土に還ることはない。例えば遥か昔から存在するチダルマならば、太古に魔法使いに殺され積み上げられた、数万、数十万では足りない人間の死体の山が、やがて黒い穴を作り上げたことを知っている。これが後の廃物湖である。

 

 そして死体はリビングデッドデイにゾンビとして蘇る。

 

 ホールの雨とはそもそも、“奴”の力の根源である。

 殺された人間にかけられた魔法使いのケムリのカスが、殺された人間たちの恨み辛みを混じえ蓄積された結果、より悍ましいものへと姿を変えた。

 

 魔法使いの屍肉で出来上がった少年は、“奴”にとっての都合のいい道具。

 言い換えれば、イケニエ。

 

 

「“奴”は人間の憎悪と死の果てに生まれた、一つの生命体。だからこそ“奴”は求める。魔法使いどもの死を────俺の肉体を使って」

 

 カスカベも栗鼠も、目を見開き固まった。

 小夏だけは壊から聞かされた「ホールの狂気」という思い当たる節があったため、己が手を強く握りしめるに留まる。

 

「お前も側溝に顔を突っ込んだ時、見たんだろ」

 

「え……?」

 

「黒いドロの中にいた亡者の顔だ。もう肉体は存在せず、その怨念だけが残っている存在。お前もまた見たんだ、“奴”の一部を」

 

「……何で、知ってるの」

 

「俺もまた、“奴”の一部だから」

 

 じゃあ、と小夏は言う。

 

 アイ=コールマンの運命が“奴”によって利用されているのなら、これまでの出来事が「魔法使いどもを殺す」という目的を前にして、繋がっているのなら。

 

 彼女がアイと出会ったのも、もしかしたら仕組まれたものだったのだろうか。

 

 

「俺がお前と出会って、一緒に時間を過ごして──それから、色々あって。確かに俺が殺された時にお前が現れたことや、再び魔法の世界で出会ったこと。お前を殺したこと。(ヤツ)がそして、さらに壊れたこと。すべて繋がっているのかもしれない。…でもよ」

 

「………」

 

「俺のこの気持ちはホンモノだ。仮に利用された上で俺が抱いたのだとしても、間違いなく俺の感情だ」

 

「…ボクは、君が好きだった」

 

「今は」

 

「………今も」

 

「あぁ……何つーか、(ヤツ)もまた俺だが、切り離された存在でもある。限りなくあの()は“奴”だ。でも、ヤツの記憶も俺にはある。だから結局全部…俺、なんだろうな」

 

「……………ええ?」

 

 困惑の表情を浮かべる小夏。

 少年は頬をかきながら、キャップで顔を隠す。しかしその耳が真っ赤なのは、誰が見ても明らか。

 

 それで壊との出来事もすべて筒抜けになっていることを確信した女は、発狂する。そのまま逃げようとしたが、栗鼠に取り押さえられた。

 

「やだぁ…やだぁ……もうしぬ…」

 

『死ぬなら俺にポケットの首を渡してからにしろ』

 

「ふぇぇん……」

 

『精神がグダグダだな、この女』

 

 

 

 

 

 そして、また場所が変わる。

 

 四角い棺の中。巨大なアイ=コールマンの遺体が眠る場所。

 

 少年の死体は手術の影響で、大きく変化していた。使った魔法使いの肢体の比率により、物質を増加させる魔法使いの性質が、彼の体に影響を及ぼした。

 この「物質の増加」さえも“奴”の計画の内だったのかまでは、アイにもわからない。

 

 棺はやがて腐り、その中にあった死体はホールの地に呑み込まれる。

 

 “奴”はこの時、アイ=コールマンの願いを叶えた。同時に彼を蘇らせたのである。

 一つの肉体に九つの命が宿るという、奇異な性質を残して。

 この命にそれぞれ人格が備わっているわけではない。一つの魂に宿る、九つの残機──といったところか。

 

 息を吹き返した少年──否、青年は自身の墓で目覚め、雨降るホールの地を彷徨う。

 すでにカスカベ診療所もなくなり、家にも偶然祖父がおらず、彼は墓を偽装するため空の棺を店から盗み出し、自身の墓に埋めた。

 

 あるいはその時、脳裏に過った少女と出会えていれば、アイ=コールマンの在り方は違ったのかもしれない。

 

 だが仮に出会ったとして、“奴”により魔法使いの死へ向けて彼の運命は進んでいただろう。

 

 三つのサイコロがあったとして、その目がすべて「6」になるように仕組まれるのだ。

 

 

 雨の中、アイ=コールマンとの訣別を終えた青年は、魔法界へ行くことを決める。

 そんな中、起こった頭痛。頭が不自然と伸び、自分と同じ顔の──その瞳に十字があるのを見た彼は、意識を失う。

 

 長い長い悪夢の中で目覚めた彼は、見知らぬ部屋にあったガスマスクを手に取る。

 

 アイ=コールマンはもういない。だから「会川」と名乗り、魔法の世界で時を過ごした。

 

「美しい世界で、毎日が楽しかった。だが悪夢は変わらず続いた。魔法使いを殺す、血に濡れた()の夢だ」

 

 少しずつアイ=コールマンの記憶を失っていった会川は、悪夢が悪夢でないことを知りつつ、見て見ぬフリをし。

 

「お前と出会ったんだ、栗鼠」

 

 カイマンのはじめての友だちがニカイドウなら、会川のはじめてで、たった一人の友人が栗鼠。

 しかしその友人を殺したのだ。たとえ殺したのが壊だったとしても、壊はアイで、アイは会川。

 

 

『会川……』

 

 友情で二人は確かに、繋がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 博士を背負った状態で意識のなかった会川の体に入ったアイくんが、泣きながら栗鼠の体を抱きしめる。栗鼠も呪いの姿が解けた。

 

 邪魔者であろうボクは二人から距離を置く。

 でもすぐこちらに振り返った彼が近づいて来たので、逃げた。

 

「何で逃げんだよ!」

 

「むしろどうしてボクが逃げないと思うんだ」

 

 ボクの気持ちも最初からわかってたってことだろ。それも恐らく、チューブに繋がれた時から。その前後でカイマンの様子が変わったって、博士が言っていたし。

 

 ボクが着替えてる時に言っていた胸を触りたいってジョーダン、どんな気持ちで言ってたんだ。

 壊くんもよくボクの胸に顔を埋めてたけど、元を辿ればアイ=コールマンが胸好きなのが起因してるんじゃないの。

 

「近寄るな、おっぱい星人」

 

「ヤメロそれは俺の古傷に効く」

 

「どういう……ゲホッ、ことかな…?」

 

「会川はアンタの娘を食い物にしようとしたんだ」

 

 目や鼻から血を流している博士がニッコリ…と笑うと、ホラーで面白い。なんて、言っている場合じゃないんだけどさ。

 

 本当に博士を助けるにはどうしたらいいんだろう。一旦ポケットに入れておいてもいいけど、救う目処がないとどうしようもない。ボクの発明品で役に立ちそうな物も思い当たらないし。

 

 

「……!」

 

 その時、アイくんの表情が変わった。

 

 どうやらまた一つ、“奴”が死んだらしい。

 いや──彼曰く、“ホール”が、死んだ。

 

 あと、アイ=コールマンの肉体に残った命は、一つ。

 

「“奴”を殺せば、すべてが終わる」

 

「えっ……じゃあ、アイくんは…」

 

「安心しろ。この切り離された(カイマン)は俺にも“奴”にもイレギュラーな存在だ。“奴”が死んでも死ぬことはない。“ホール”とは無関係で生き返ったのが謎なんだけどな」

 

「カイマンくんっていったい…」

 

「まぁ、“奴”の存在がこの肉体にないのは確かだ」

 

 

 と、そんなことを話していたら、博士が豹変した。見たことがある、ゾンビの状態だ。

 

 ゾンビは噛みつかれなければいいので、ボクに駆け寄ってきた博士のアゴを手で挟むようにして押さえ、暴れる彼の四肢を折る。

 これで無闇に襲ってくることはない。仕方ないのでしばらくポケットに入っていてもらおう。

 

「お、お前……」

 

『父親なんだろ…?』

 

「…? 後で四肢は治せばいいだけの話でしょ?」

 

 何だよ、二人仲良くボクから距離を置いて。一応なるべく痛くないように折ったさ。いつもとは違って。

 

「あれ、黒い家だ………ハ、ハルちゃん!!!」

 

 ボクらの頭上を通過する黒い家。走り出すボクの後に続き、男二人も走り出した。すでに魔法で強化してあるボクと違って鈍い二人。アイくんの肉体にかけるとどうなるかわからないから、栗鼠の方にだけかけてアイくんを運んでもらう。

 

『…! これがお前の魔法か! 力が漲ってくる…』

 

「早くしろ、このノロマァ!!」

 

『………やはりこの女精神不安定だぞ、会川』

 

「昔っからこんな感じだけどな」

 

 失礼なことを言う野郎ども。

 

 先の発言で気になったが、もし“ホール”を倒したら栗鼠の魔法は解除されるんだろうか。だってカイマンの肉体はアイくん曰く、残るわけだし。

 

 ボクの持っている首は殺された上で生じた物だから、これが残っていても問題はないだろう。

 

 すべてが終わったら、アイくんはどうするんだろ。壊くんはボクを好きだったろうけど、それがイコールでアイくんの感情じゃないだろうし、ボクの気持ちを分かってても、ニカイドウくんのこともあるだろうし…そもそもボクが知らない間に煙からニカイドウくんをカイマンが助けたりして──お互いの距離が縮まっているかもしれない。

 

 だったらホールで二人、店をやったりするのかな…。だってもう謎の男が栗鼠ってこともわかったし、頭はまぁ、悪魔にでも頼めば治るだろうし。

 

 ならボクは、ハルちゃんと悪魔試験を受けて、ストアさんに解体されに行こう。

 

 

「…? どうしたの、アイくん」

 

「いや、何でもねぇよ」

 

 

 一瞬合ったアイくんの目には、優しげな色が浮かんでいた。

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