「ボク」っ娘系メカニックちゃん   作:アビ田

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6話です。もし塵塵爆弾のTシャツもあったら買いたい…。


愛情は混沌を担う。

 魔法使いの世界。鬱蒼とした森の中にある、ポツンと一軒家。屋敷と呼べるその場所が、『発明家リンリン』もとい、小夏の工房兼、家である。

 

 家の中は発明の材料やら、開発する道具やら、悪魔からもらった品々やら、溢れかえる売れない発明品やら。それぞれの物が部屋によって保管されている。そんな家を掃除するのがハルの日課だ。

 

『魔法使いごときが悪魔に掃除をさせるとは、いい度胸だ』

 

 布で口を覆いエプロンをつけ、ハタキや箒で家の隅から隅を掃除する悪魔。実際、悪魔パワーを使えば一瞬で掃除が終わるのだが、この労力を使う“ムダな過程”を彼女は楽しんでいる。万能な生き物であるからこそ、真逆を味わいたがる。悪魔とは斯様な生き物なのである。

 

『おっ、ハルちゃん、また掃除してるのかにゃー?』

 

『ム…? 何だ、ダストンか』

 

 白い壁の中からムリュッ、とはみ出してきたのは、一本角の悪魔。語尾に「にゃー」を付けるハルの友人、「ダストン」。

 

 ちなみに家主の小夏は知らないが、この屋敷は悪魔の住む地獄とつながる通路が存在し、屋敷の大きなエントランスの隅に飾ってあるハルの悪魔像の横から出入りできる。もちろん、像を設置したのはハルだ。一見すればただの壁にしか見えず、その裏に悪魔が出入りできる巨大な空間が存在するとは思えない。しかし、一歩足を踏み入れれば異空間だ。

 

『アレ、ハルちゃんのお気に入りの魔法使い(ちびっこ)はいないのかにゃ?』

 

『小夏は今ホールで特訓中だ。手出しはするなよ』

 

『わかったにゃー。それより魔法使いどもにイタズラしに行こうぜー』

 

『フフフ、イイだろう。だが、掃除が終わってからにしてくれ』

 

『だったら俺も手伝うにゃー』

 

 掃除するついでに、ダストンは壁やら床やら、彼好みに改造していく。悪魔ウケ商品を作る小夏の家は、ハルが仮住居にしている事もあり、悪魔たちの待ち合わせ場所、あるいは溜まり場になっている。広い屋敷にはハル以外の悪魔個人個人の部屋があったりする。これもまた、家主が知らない情報だ。

 というより、自室兼工房で風呂以外は過ごしているので、部屋がいくつあり、どこに何があるかもよく把握していない。そもそも屋敷を建てる際、工房の中以外は面倒なため、ハルに造りを丸投げしている。そのため家の中で迷子になったのは、一度や二度ではない。それでいいのか、家主よ。

 

『よし、綺麗になったな。では行こう、ダストン』

 

『レッツラゴーだにゃー!』

 

 

 そうして、今日もまた魔法使いどもを恐怖のどん底に突き落としたり、少しハッピーにしてやったり、ただただ迷惑をかけたり────。

 

 悪魔の活動時間である夜が過ぎ、朝になった。

 

 ハルはダストンと別れ、お次は趣味の作曲タイムに入る。悪魔でも入れるように作った風呂に入りながら、悠々自適の時間。イラズラの後でインスピレーションが溢れるように湧く。浴室には悪魔の歌声が響くが、簡単に壊れるヤワな造りはしていない。浴室はすでに彼女の改造済みである。

 

『我ながら素晴らしい曲ができた。小夏にも聴かせてやりたいが、今はいないからな。明日悪魔たちに披露してやろう』

 

 風呂場から出た彼女は布団に入り、眠りにつく。悪魔は寝る必要はないにも関わらず、寝る。これもまた悪魔的には面白い。

 

 “自称シンガーソングライター”ハルの一日は、このようにして過ぎていく。

 

『………』

 

 だが今日は、目が冴えている。

 

 

 少女がホールに行ってから、一ヶ月。

 

 その間、彼女は悪魔パワーで小夏の様子を見ることも可能だが、あえて見ずにいた。これは少女が一人前の──いや、ひとりの魔法使いとして巣立つための試験だ。

 

 これで彼女がホールで死んでしまえば、それまでの魔法使いだったということ。ハルが自ら指導・教育をしたのだから、死ぬことは早々にないと思うが。人間如きが小夏に勝てるわけがない。不運さえ重ならなければ。

 

『アイツのことだ。絶対にホールの雨を研究しようとするだろうな』

 

 彼女がダメと言えば言うほど、未知に貪欲な少女は雨を調べようとする。

 

 愚かな魔法使いだ、とハルは呟いた。

 

 だが彼女はそれらをわかった上で、口にした。意図的に小夏がホールに残ろうとするように。

 彼女もまた魔法使いであった頃、ホールに魔法を練習しに行ったことがある。そこで黒い雨に見舞われた。雨に打たれて感じる頭の痛みは、できれば二度と体感したくないものだろう。

 

『しかしアイツは魔法使いより、ホールの雨の影響が少ないはずだ。そう、()()()()()にできている』

 

 未来など見ずとも、ハルは一つの確信を持って言える。

 

 きっとあの憎たらしい雨はしかし、小夏を一人の人間に導くだろう──と。

 

 

『そうだ! アイツが帰ってきたら、私のライブに誘ってやろう…………グー』

 

 

 ハルは目を開いたまま、眠りの世界に旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 それは、夢だった。ハルがまだ魔法使いだった頃に毎日見ていた、夢。

 

 

 真っ暗な空間の中。彼女は胸元まで水に浸かっていて、手探りで前に進んでいる。

 

 

 声を荒らげ、彼女は必死に前へ進む。

 

 

 必死に叫んで、叫び続けて。いつの間にか体はボロボロになっていた。手足の一部が無くなっても、彼女は溺れるように泳ぎ続けた。

 

 

 がむしゃらに伸ばした手は、でも、何も掴むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 それから、数日も経たないうちに帰ってきた小夏。

 

 ハルに大量の土産を渡し、右目の視力を治すことも忘れて少女は工房に入った。その後一週間は、昼も夜も工房からひっきりなしに音が響き続けたのである。原因は、部屋に入る前に小夏が抱えていた大量のノートに違いない。

 

 止める選択肢はあったが、ハルは止めなかった。というより、止めるより次はどんな愉快なものを作るのか、という欲の方が勝った。

 

『前にリンリンが作った、目につけるレンズも面白かったにゃー。視力が良くなる代わりに、一日取り忘れると、体中の水分を奪ってしなしなにさせる。わざと付け忘れたままにするのが楽しかったにゃー』

 

『動くマネキンも面白かったぜ。服を飾ってもビリビリにしちまうんだ! こっそり魔法使いどもの衣類店に忍ばせて、店員の悲鳴を聞くのがサイコーに楽しかったぜ』

 

『たまにつまらんものを作るけどな』

 

『チョーわかる。それにゃー』

 

 お菓子やらを持ち込んで、工房の前でソファーやテレビを用意し、くつろぐ悪魔たち。2メートルを優に越える面子がそろうと、中々圧倒されるものがある。

 

 

『よォ、オメーら』

 

 

 その時、彼らの前に現れた、一匹の悪魔。グータラとしていた悪魔たちは驚きの声を上げる。彼らがここに居るのはその悪魔に伝えていないはずだった。

 

『オレ様に隠れてコソコソとここに来てるのは、お見通しだったぜ』

 

『チ、チダルマ…』

 

 一匹の悪魔が苦い表情を浮かべる。

 

「チダルマ」と呼ばれた、ガイコツの頭に二本の角、そして蹄を持ったパーカー姿の悪魔。

 

 この悪魔は、()()()悪魔である。それも純粋にして、唯一無二の悪魔。

 

 他の悪魔が魔法使いから厳しい試験に合格して悪魔になった中で、チダルマは最初から悪魔だった。

 魔法使いを作り、生意気になったソイツらをしばき倒す地獄を作り、別世界にいた下等生物(ニンゲン)を見つけたり──。ついでに同類(あくま)も作ってみたりした。

 

 すべては彼の暇つぶし。チダルマの一人ごっこ遊びである。

 

 そんな万物の頂点に君臨する存在は、持ってきたお菓子を皆に配り、ソファーに座る。

 

 

『オレ様に黙っているなんて、ヒデェじゃねぇか……グスン』

 

『だってチダルマに教えたら、いつも俺たちが欲しい物が先に取られちまうんだにゃー!』

 

『そうだそうだ! 不公平だ!』

 

『こういうのはエラい奴から先に取るんだぜ。悔しかったらオレ様を越えてみな、無理だけど』

 

 ワイワイとさらに騒ぎ出す悪魔たち。サークルの飲み会であろうか。

 

 これまたチダルマが持ち出した、自作の映画を彼らが見出してから数時間。連日響き続けていた工房の音が止んだ。悪魔たちはまるでアイドルを出待ちするファンのように、ワクワクで扉の前に立つ。その光景は地獄さながらの圧だ。

 

『……? 出てこないにゃー』

 

 しかし数分待てども、小夏は出てこない。痺れを切らした一人の悪魔が扉を開けると、そこには切断用の工具を手に持ったまま直立している小夏の姿が。

 

 ツン、と突けば、その体が倒れる。

 

『……寝ているな』

 

 食事も睡眠も、すべてまる無視してただひたすら己の発明欲求に突き動かされ、行動し続けた小夏。

 限界がきた彼女は、ついに立ったまま寝るという偉業を成し遂げた。これには悪魔たちも爆笑である。

 

 ひとしきり腹を抱えて笑い、みな部屋中に転がる発明品を漁り始めた中、ハルは顔面から倒れた少女を抱きかかえて、工房の隅にあるベッドに乗せる。白目を剥きよだれを垂らしていたその顔や、いささか臭う体を悪魔パワーで綺麗にして、服も寝巻きに替えた。

 

『右目はついでだ』

 

 弱視になっていた右目も、悪魔パワーによって治される。何でもアリの便利すぎる力だ。

 

「ムニャ……」

 

 悪魔たちが騒ぐ中、小夏はぐっすりと眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 不健康ライフも早々にハルによって止められてから、暫く。

 

 粗方アイディアを形にし終えた小夏は、ようやくホールの雨の成分を調べていた。といっても、収穫はなし。黒い水には魔法使いのケムリのカスが確かに混じっているが、それがなぜ魔法使いに悪影響を及ぼすのかわからない。むしろ魔法使いはケムリを体内に保有している。人間より耐性を持っていてもおかしくはないはずだ。

 

 どのように魔法使いに害を成すのか、実験を試みようとも思った。しかし、側溝に顔を突っ込んだ際に見た無数の顔を思い出し、彼女はこの件に深入りしないほうが良いと判断し、その試験管を屋敷の奥にしまった。

 

 

 

 そして、とある日の夕方。悪魔が活動的になる時間帯、小夏はホールのお土産であるカップラーメンを口にしながら、人間の世界の思い出についてハルに語った。

 

 自身の能力が人間に及ぼした影響や、その結果「オニ」なるものが生まれたこと。

 ホールの雨を採取しようとして、町内会にあわや殺されかけたこと。

 そのあと気絶して、ホールのカスカベという男や、バウクスという人間にお世話になったこと──などなど。

 

 

『ホールはお前にとって、どんな場所だった?』

 

「何かジメジメしててホコリ臭くて、陰気な場所だな、って思ってた。でもボクの知らないものばかりで、すごく面白かったよ」

 

『フフフ、そうか』

 

「また行くんだ、カスカベ博士のとこに。あの人ボクとは毛色が違うけど、チョー研究熱心なんだ。それも魔法使いに」

 

 世話になった例に、小夏は自身の発明品を持ち込む気のようだ。ホールで「オニ」に続く、新たな被害が生まれる予感だ。

 

 

「ボクは“()()()()()()”なんだぜ、ハルちゃん」

 

 

 確かに、小夏は小さい。巨躯のハルからすれば殊更に。ただ、でもその体は、五年前と比べれば少しずつ大きくなっている。

 ズッシリと重くなる分だけ、彼女にその命の重みを教えてくれる。

 

『ッフ……そう言えば、約束のマスクがまだだったな。今からこのハルちゃんが作ってやろう』

 

「本当!? これでボクも正式に、一人前の魔法使いだね!」

 

『元々魔法使いに一人前も何もないがな』

 

「えっ?」

 

『言っただろう、最初に。お前を鍛えるのも一興だと。コレはあくまで私の遊びだ。魔法使いを一人前に育て上げるという、な』

 

「んー…確かに言ってた気がする。じゃあここまでボクを立派にしてくれてありがと!」

 

『例などいらぬ。私の気まぐれにお前を付き合わせたのに過ぎないのだから』

 

「えへへー、そっか」

 

 小夏は後ろ手に腕を伸ばすようにして、ハルの周りを回る。ニコニコと嬉しそうだ。

 

 

 それから悪魔の作ったマスクを受け取り、少女はシュメール人の遺物を想起させる瞳のデカいマスクから、クチバシ型のマスクを被る。その先には呼吸用の穴が複数空いている。頭にはシルクハットも付いており、瞳の部分はスコープのようにレンズが吐出して、左半分が羽の形状をしていた。全体的にシックな黒色で統一されている。

 

『レンズは暗闇だと光る機能がついている』

 

「チョーカッコいいじゃん!!」

 

『そうだろう、そうだろう。私のセンスはイカしているだろう』

 

 下着の上に白衣を身に纏っているような小夏に、重厚な作りのマスクは少々アンバランス。だが不思議とそれが似合っている。

 

「なーなー、ハルちゃん。ボクもちょっと昔のこと思い出したんだけどさ」

 

『何だ?』

 

「ハルちゃんはボクが工場に居た時は、新米悪魔だったじゃん?」

 

『…あぁ、そうだな』

 

「それで、新米のハルちゃんはその時たまたま、「()()散歩コースにしていた」わけだ、あの工場付近を」

 

 まだ悪魔になりたての彼女が、「最近」という言葉を使った。これまで様々な場所を散歩した上で「最近」という言葉を使うなら自然だが、そこまでの経験がないのなら、もう少し違う言葉を使うだろう。

 

 単なる言葉の綾と言われればそれまでだが、その些細な違和感が小夏の中にはあった。言葉にしないだけで、ずっと胸の奥底に疑問として存在した。

 

 

 ハルは当時、底辺もいいところな魔法使いである小夏を助け出して、そして、ここまで目をかけてきた。

 

 そしてホールでのカスカベの出会いや、これまでとは違い不干渉を貫いたハルの態度に、少女は引っかかりを覚え、気づいた。

 

 その“気づき”は気のせいかもしれない。

 だがその“気づき”はこれまでのハルの行動や言葉を踏まえれば、小夏の考えを「正解」にする。

 

 

「きっとハルちゃんは、ボクからこの言葉を言われるのは嫌かもしれない。ボクも()()()()の記憶がないから、こうして口にするのは人生で一度きりにしようと思う。それはボクやハルちゃんだけじゃなくて、カスカベ博士も似たような──付かず離れずの距離を望んでいるんだろうね。だからこそ一回だけ言わせて、ハルちゃん」

 

 

 

 ──────ボクを見つけてくれてありがとう、おかあさん。

 

 

 

 ニッと、笑う小夏。

 

 その笑みはハルにとって、ひどく既視感を感じさせるもので。そして、懐かしい男を思い出させた。

 

 彼女は手を伸ばし、その小さな体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 そこは地獄。

 

 

 一匹の悪魔と、少女の様子をポップコーンを頬張りながら見ていた純粋にして最強の悪魔は、ハンカチで鼻を啜る。

 

『うぅ…泣ける話だぜ』

 

 その悪魔の隣では、ダストンが同じように涙を拭いている。その他にも座席が並ぶ場所で、大画面越しにその様子を見つめる悪魔たち。映画館でいったい彼らは何をしているというのか。

 

 悪魔が手に持つパンフレットには、このように書かれている。

 

 

【────重傷を負わされた上、狩人(ハンター)に娘を連れ去られた魔法使い、春日部(かすかべ)こと、「ハル」。彼女は人間の夫とも会わず、数年娘を探し続けたが、ついに見つからなかった。そんなハルは悪魔の提案を受け、一つの決意をする。「全知全能の悪魔ならば、確実に娘を探し出せる」という言葉に従って、彼女は悪魔試験を受ける………】

 

 

『そしてようやく娘と再会できたけど、娘は魔法使いに連れ去られた時のケガとそのショックで、お母さんの記憶を失ってたんだにゃー……』

 

『だがこれでようやく、ハルの子育てが一段落したんだぜ…』

 

 会場からは泣き声が止まらない。

 “人間と魔法使いと、悪魔の愛の物語”。キャッチフレーズはこれで決まりだ。

 

『でもハルにバレたら流石に怒られるから、売れねぇな』

 

『それが一番悲しいにゃー』

 

 結局この映画はお蔵入りとなったが、名作として時折悪魔内で鑑賞会を行ったとか、いないとか。

 

 すべては悪魔のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

【むかしむかし】

 

 

 一人の赤ん坊を抱えた女が笑う。

 ふわりとしたその笑みに、男は頬をかいた。その瞬間は驚くほど、劇的に、人生最大の幸福の一幕である事を二人に知らしめる。

 

「名前は決めてあるのか、ヘイズ?」

 

 ヘイズ、それが男の名前。対し男は女を、ハル、と呼んだ。

 

「ブナンに君の名前を取って、「(ナツ)」にしようと思ったんだけど」

 

「夏か。もう一捻りほしいな」

 

「じゃあどうしようか」

 

「フフ、そうだな………そうだ、「()」をつけよう、「小夏」だ」

 

 

 ──────私たちの()()だから、「小夏」。

 

 

 赤ん坊は母の髪を遠慮なく掴んで、泣いた。

 くしゃくしゃのその顔に、二人は顔を見合わせて、笑った。

 

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