上々友情?
一人の魔法使い「小夏」、そして発明家「リンリン」として、新たな門出を迎えてから一年も経たない頃。
たまにカスカベ診療所の手伝いに行っているボク。助手をしていたバウクス先生は別の病院からお声がかかって、そっちに移った。必然と診療所はカスカベ博士だけになるんだけど、いつの間にかそこに一人の人間が入り浸るようになっていた。
「アイくんって言うんだ。本名は「アイ=コールマン」。訳あって私の診療所で手伝いをしていてね。まぁ、仲良くしてあげてよ」
そう言い、少年を紹介する博士。
ボクよりもいくらか年下の子どもはキャップをかぶっていて、男にしては長い髪が帽子の間から垂れている。前髪も長いし顔も俯きがちで、鼻や口元しか見えない。ボクの方がお姉さんなのに、身長がさほど変わらないのがちょっとムカつく。
「ボクは“発明家リンリン”。気軽にリンリン、って呼んでよ」
「………」
アイくんは口を開けて、呆けた面を晒している。その視線の先は、ボクの後ろにある扉に注がれていた。ちなみに場所は診療所の中。うっかり患者と出会してしまった時は、『記憶ナクナールくん』を投げている。当たると破裂してケムリが舞う小型爆弾だ。威力はない。そのケムリを吸うと、対象者は前後の記憶がなくなる。
「ほらアイくん、前に言ってただろ? 知り合いの魔法使いの子どもがいるって。それがこの子だよ」
「……本当に、魔法使いなのか…?」
「疑問ならケムリを使ってあげようか? 君、理性無くしちゃうけど」
「あはは、それはやめてね」
笑いながら博士が止めてくる。ボクだって必要がないなら他人に魔法は使わないよ。
「…よ、よろしく、リンリン」
「うん、よろしくだぞ」
おずおずと差し出された手を握る。その手はボクより少し大きくてムッとしたので、強めに握っておいた。
⚪︎⚪︎⚪︎
「なぁ、あんたはどうして先生の手伝いをしてるんだ?」
アイくんと知り合ってから二ヶ月。月に数回顔を合わせるボクらは、少しずつだけど話すようになっていた。
彼は無愛想な顔で、口数も少ないけど、話しかければ受け答えはしてくれる。向こうが何か質問がある時は、割と遠慮なく尋ねてくる。それで魔法使いの世界について、色々と聞かれた。
どんな場所なのか──とか、何があるのか──とか。
ホールに目移りするボクとは逆に、アイくんは魔法界へ憧憬に似た感情を抱いているらしい。
そういった若者は博士曰く多いそうで、魔法使いに憧れて、どうしても成れない現実を突きつけられるのだ、と話していた。
ボクは叶わないものに手を伸ばすのは、決して悪いことじゃないと思う。
「一年ぐらい前にボク、ホールに魔法の練習に来てさ。ついでにホールの雨について調べたくて、色々やってた時に町内会に見つかって、気絶しちゃったことがあるんだ。その後現場に来た博士に助けられて、それで知り合ったってわけ」
「……何でホールの雨を調べてたんだ?」
「ほらボク、一応発明家だから。気になるものは調べたくなっちゃう性分なのよ」
「…なんか、先生みたいだな」
「そーね。類は友を呼ぶ、っていうの? 似た価値観を持つ者の元には、人間だろうが魔法使いだろうが関係なく集まるのよ」
多分、カスカベ博士の名前が本名じゃないことには気づいている。前にこっそりと、他の悪魔にハルちゃんの名前を聞いたことがあるから。その名前が「春日部」だった。つまり博士はハルちゃんの名前を使っていることになる。だからって、本名を彼に尋ねはしない。ボクらの距離感はこれでいい。彼もボクが博士との関係に気づいたことに、気づいている。その上で、ボクが診療所の手伝いに来ることを許している。
アイくんの方も、博士の名前が魔法使いっぽい事には気づいているらしい。
「それで言うと、あんたはホールっぽい名前だ」
「まぁ、本名ではないからね」
「……そうだったのか?」
「あくまで「リンリン」は、発明家としての異名みたいなもんだから。格好イイから使ってるだけ」
魔法使いの名前は、基本「太郎」とか、「五右衛門」────というように表記して、ホールの人間は「ジェームズ」とか「オリバー」というように表記する。文字の並びを見れば、魔法使いか否か分かりやすい。
「本当の名前は何だ?」
「ボク? ボクは「小夏」って言うんだ。でも本名だと魔法使いってバレやすいから、リンリンで通してね」
「…わかった」
二人並んで、診療所の屋根の上でカップラーメンを食べる。空は重たく、どんよりしていた。晴れが少ないのがこの世界の欠点だよね。洗濯物乾かねぇじゃん。
「……あの、俺さ」
「え?」
唐突に、神妙な顔で空を見上げるアイくん。人生相談でも始まりそうな雰囲気だ。人生の数年のセンパイとして、ここはボクの顔を立たせないと。
「魔法使いに、なりたいんだ」
「……薄々、モノ好きな博士の手伝いしてるから何かあるのかとは思ってたけど、なるほどね」
「…笑ったりとか、貶したりとかはしねぇんだな」
「しないよ、するもんか。叶うかどうかはともかく、憧れを抱くのは若いボクらの特権じゃん。カスカベ博士みたいにオッサンになったらキツイけど」
「直々、先生を貶してないか?」
「反抗期なんで」
「反抗期…?」
実際は、“お父さんに反抗期になる娘”を演じているに過ぎない。犬になりきっている悪魔がいたから、面白そうで試している。ついでに、あの研究一筋の博士の余裕を少しでも崩せたらと、頑張っている。今のところ効果はない。どうして取り乱してくれないんだ…。
「…俺、今まで魔法使いってもっと高尚な存在かと思ってたけど、あんた見てると俺らとそんなに変わんないんじゃねぇか、って思っちまうよ」
「ボクを例にしない方がいいぜ。こんな人間にフレンドリーで、しかもホールに興味がある魔法使いなんて、滅多なことじゃいないからな」
「そうか?」
「うん、モルモット程度にしか思ってないよ、基本。……だから、魔法使い見かけたら絶対に近寄るなよ。もしもの時助けてやれないから。ボクって町内会に特徴が知れてるし、魔法使ったらバレる」
「それって………つまり、俺を心配してるのか?」
「ハァ? ボクが人間ごときを心配するわけないじゃん。お前が死んだら博士の手伝いがいなくなっちゃうから、渋々心配してあげてるんだよ」
「あ、ありがとう…?」
別にコイツが死んでも、ボクは何とも思わないだろう。だって人間だ。まぁ、カスカベ博士が死んじゃったら、泣いちゃうと思う。ハルちゃんが死んでも。悪魔だから死ぬわけがないんだが。むしろ彼女が死ぬ前に、ボクが寿命で死ぬと思う。その前に悪魔試験を受けて、ハルちゃんと魔法使いにイタズラするライフを送ってもいいかもしれない。
「そういや前から言ってる町内会と揉めたって、何したんだ? あんたの魔法も知らない」
「あぁ、それは「オニ」って言えばわか………」
ザザザ、とボクから距離を取った、アイ=コールマン。
縮まったと感じていた友情みたいなもんが、一瞬にして遠ざかった瞬間だった。
ボクらの距離が戻るまでに、二ヶ月かかった。
⚪︎⚪︎⚪︎
最近新しいものを開発した。
まず専用の台座に座って、腕や足などに神経とリンクさせるケーブルを繋げる。装着面はリストバンドのように、体に巻きつけるタイプだ。
頭の方はゴーグル状の機器を接続して、ようやく準備完了。電源を起動すると自分の意識が、遠隔の人型の模型に移る。姿形は機械的で物々しいが、すぐに魔法使いの情報を読み取って姿形が変わる。動く燃料は当然ケムリ。左手首のバッテリーで残りの残量がわかる。無くなると強制的に終了する。
先に言っておくが、ボクは利便性のために開発しているわけではない。魔法界を発展させようという大層な志はないのだ。
ならボクの発明品の前提は何か。それは、面白いか否か。例えば多少のリスクがあった方が、ハラハラするでしょ?
ここらが一般の魔法使いには理解されないらしい。死ぬリスクがあったら胸がドキドキしちゃうじゃん。これをわかってくれるのは悪魔だけだ。ボク魔法使いより、悪魔の方が向いてるのかな…。
で、当然新作にもリスクはある。人型の模型がダメージを受けると、元の体にもそのダメージがフィードバックされる。つまり、死ぬレベルのケガを負えば死ぬ。
また、強制的にケムリが切れてシャットダウンすれば、二度と本体は目を覚さない。さらにさらに、魔法使いの体より人型の模型は耐久性がないので、人間のように壊れやすい。
コレ名づけて、『人間を体験できるくん』。
ネーミングセンスがないのはわかっている。ダサいと、皆まで言ってくれるな。
作った直後に、チダルマという悪魔に持っていかれそうになったが、先にボクが実験体になりますから、ということでお願いした。悪魔の場合は全知全能だから、仮に傷を負っても、途中で接続が切れても問題ない。ただ人間はきちんと体験できる。
ホールへはハルちゃんの扉を借りて降り立った。帰る時は「ハルちゃーん!」と叫べば、迎えに来てくれるらしい。ママ…。
「というわけで、今ボクの体は脆弱ボディなんだ」
「もう凄すぎて、何て言えばいいかわかんねぇよ」
博士は褒めてくれたのに、アイくんはこのような、むしろドン引きした反応を見せる。もう彼と出会ってから半年か。あっという間だね、時間って。
今日は診療所が休診日で、二人でホールをブラブラすることになった。お金は博士の財布からもらってきた。
「人間の一般家庭がどうなっているか知りたいから、アイくんの家連れてってよ」
「ダメだ。爺ちゃんが魔法使い嫌いなんだ」
「おいおい、何だいそれは。初耳だぞ」
接続状態は良好。ただケムリの消費量は満タンに入れても半日しか保たないので、夕方ごろには帰らなければならない。
「リンリンって実際、向こうでどのくらい名前が知れてるんだ?」
「ん? んー…名声とかあんま興味ないから知らないけど、それなりに知られてるんじゃないの?」
材料を買うついでに街に繰り出せば、名前を呼ばれる程度には知れている。人里離れたところに住んでいるのは、ハルちゃんがゴチャゴチャとした場所を嫌うからだ。長閑な方が彼女は好きらしい。
時折盗人が来るようだけど、何かしら盗る前に、死体になる。ソイツらの首を集めて、エントランスの傍に飾っておくのがシュミだ。悪魔がウロウロしているハウスだからね、何が仕掛けられているかわからない。ボクも何十回か死にかけたことがある。
…………ボクの屋敷って、いったい何なんだ?
「もしかして、魔法使いの世界に行ってみたい?」
「……あぁ」
「行く?」
「………」
アイくんは下を向いてしまった。ボクが連れて行けば、行けないことはない。
でも返ってきた返答は、魔法使いじゃないから行けない、だった。
「フクザツな男心だね。仕方ない、そんな君にこのボクが昼メシを奢ってあげよう」
「先生の金だろ」
「…しょうがないでしょ! ボクこっちのお金持ってないの!!」
あくまで無賃金で働いているから、お金はもらっていない。もらえるわけないでしょ、人間から。
「────ふ、ははっ」
声が、して。しかも笑い声。
見ればアイくんは顔をゆるめて、腹を抱えている。ボクの何がそんなにおかしいのか。
「俺より年上のくせに、ガキっぽいよな」
「な……っ、なぁ……!!」
殴ってやったけどこの体だとケムリが出せないから、相手の腕めがけて振るった拳は、大した威力にならなかった。
ちなみにその日、帰って『人間になれるくん』を欲しがった悪魔に渡したら、代わりに庭に噴水と、その中心に口から水を吐くその悪魔の像が建てられた。
チョー、カッコいいんだけど。