需要はないと思うけど、チマチマ書いていきたいです。
ある日アイくんが宝物を見せたいということで、彼だけの秘密の場所に案内してくれた。廃屋のその場所に通される。
これってつまり、秘密基地ってことだろ? 無愛想なガキンチョだと思ってたけど、彼にも年相応な子どもっぽいところがあったというわけだ。最近身長が抜かされて大変遺憾だったボクとしては、からかうポイントができて嬉しい。
男の子って、こういうものに憧れちゃう時期があるんだよね。
「…何ニヤニヤしてんだよ」
「えー、別にぃ? アイくんにも男の子な趣味があって、お姉さん安心してるだけだよぉ」
「抜かせ、俺よりチビのくせに」
「殺すぞこの野郎」
廃屋には、かつて住んでいたであろう人間の私物が転がっている。
アイくんはその一つの破れたマットレスに手を突っ込むと、中から何かを取り出した。瓶が複数ある。
「これは……骨? それにこっちは…髪か」
「魔法使いの骨と、髪だ。これが俺の宝物」
「へー、ホールの人間って、こういうの集めたくなんだね。ボクのもあげるよ」
自分の髪を引っ張り抜こうとしたら、止められた。アイくんが目を丸くしてボクの腕を掴んでいる。なに、欲しいんじゃないの? それともボクの髪だから要らないっての? 何その一人だけ仲間外れ感。
「ば、バカじゃねぇのかお前!」
「ハァ? ボクはバカと天才を兼ね備えた、ハイブリット生物なんだけど」
「お、女の子が平然と髪とか抜くなよ……」
ボクが髪を抜くことと、女という生き物であることに、何の関わりがあるっていうの? 別に女の子だからって髪を抜いていいじゃん。本当はカスカベ博士みたいにベリーショートにしたいけど、ハルちゃんに止められているから切れないんだ。別に坊主でもいいくらい。髪洗うの大変だし。
「いいか、抜くなよ。あと診療所で客がいないからって、平然と下着姿で出歩くなよ。その上に先生の白衣着てると……なんか、まずい」
「まずい?」
「何つーか……仮にその現場を他人が目撃したら、先生が捕まるかもしれない」
「は、博士が捕まっちゃう……!?」
それはダメだ、ボクのせいで博士に迷惑をかけることは避けたい。今度から白衣を貸りるのはやめよう。借りたままの奴はまぁ、返さなくてもいいか。じゃあ下着でいいよね。
「だから服を着ろ、服を!」
「しょうがねぇじゃん。ボクの魔法が身体強化なせいか、体が熱くなりやすいんだよ」
「じゃあ体を冷やす服でも作ればいいだろ!」
「アイディアが出ればね」
探せば多分売っている。でも買いに行くのも探しに行くのも面倒だ。ハルちゃんも博士も何も言わないのに、アイくんだけどうしてこんな反応をするのか。バウクス先生は入院している時、注意してきた気がするけど。せめて他の人間がいる前では服を着ろ、って。
「アイくんは、どうしてボクが下着だとダメなの?」
気になって尋ねたら、彼は口を震わせて、キャップを目深にかぶり後ろを向いてしまった。
耳が真っ赤なのが見えたから、熱かも。人間は脆弱だから風邪を拗らせて死んでしまう可能性もある。診療所の働き手の早い回復もかねて、その日はそのまま博士のところに向かった。
手を引っ張っている間の道中もアイくんは何も言わなくて、診療所に着いた後、ボクと彼を目にした博士はどうしてか、微笑ましげに笑っていた。助手が風邪かもしれないというのに、その反応はないだろ。
「うん。アイくんに熱はないから大丈夫だよ、リンリンくん」
そんなわけはなかった。だってボクと目が合っている彼の顔はまだ、赤かったのだから。
この不可思議な件をハルちゃんに話したら、ちょうど作曲していた彼女はものすごい速度で曲を作り上げ、悪魔語で歌い始めた。
そしてまさかの悪魔がホールに行く──と言い出すという、さらに奇妙な状況へと発展した。
『私がこの目で見極めないとな』
「……?」
⚪︎⚪︎⚪︎
次にホールに向かおうことになった日。ハルちゃんは黒いTシャツになってボクに着られた。
言っている意味がわからないと思うが、本当にTシャツなのである。表にプリントされた絵として彼女がいて、作曲セットの後ろでマイクを持ち、陽気に歌う──という構図。
この姿になっても悪魔パワーを使えるし、もちろん話すこともできる。だって全知全能の悪魔だから。シャツの中を動くことも可能だ。でもTシャツにこのままなり切るらしい。
カスカベ博士に会うのはNGであると察しがつくので、今回は博士を避けてアイくんに会う。結局彼女の目的は不明のままだ。まぁ、いつもの悪魔の気まぐれなのだろう。
そして午前中、診療所の手伝いをしていたアイくんをこっそり捕まえて、昼メシにきた。金は前に博士から
場所はいつもの定食屋。そこでラーメンを頼む。店長の男は最近魔法使いの被害に遭ったらしく、肘から裂けるようにして腕がもう一本増えていた。手が増えて便利そうでいいね。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー─」
店の隅っこで彼の前に座って、しつこいくらいに息を吹きかける。ボクの舌は熱いのが苦手なのだ。
「体温高いのに、熱いの食ってどうすんだよ」
「暑いから熱いのを食べるんだよ。わかってないね、キミ」
──と、その時、ラーメンと格闘しているボクの頭に、ハルちゃんの声が聞こえた。実際に耳から聞こえるわけではなく、直接脳に声が響いているような、奇妙な感覚である。
彼女はラーメンから視線を前に移すよう言った。言うとおりにすれば、アイくんと目が合う。
「っ、な、何だよ」
「? 別に何でもないよ」
人が格闘している様を観察して、愉しんでいたのだろうか。人間のくせに悪魔的な思考を持ちやがって。
【小夏、お前……………】
呆れたような声が脳内に響く。どうしてボクが呆れられなくちゃならないんですか…?
【クソ鈍いヤツめ】
みんな揃ってボクにイジワルをする、そんな悲しい一日だった。
⚪︎⚪︎⚪︎
時間の流れって早くて、アイくんと出会ってから、あと一月もしないうちに一年になる。
結局ハルちゃんが気まぐれにホールに行ったのは一度きりで、それ以降はない。ただ偶に、「
「ン」
そう言って、診療所の手伝いが終わった夕方、空き地に誘拐されたボクにアイくんが手渡したのは、金色の小さい棒状の金属だった。模様などもなく、本当にシンプルな作り。何なのか手に取って観察して、ピン留めであることに気づいた。
「このピン留めに何かあるの?」
「………貸せ」
奪い取られたそれを持った彼は、ボクに距離を詰めて前髪を触る。アイくんも前髪が無法地帯だが、ボクも伸ばしっぱなしで目元を覆い隠すくらいには長い。
「……あぁ! ボクにくれるってこと?」
「そうだよ、バカ」
「アイくんの方がピン留め必要だと思うけど」
「俺はいいんだよ、似合わねぇ」
左側がゴソゴソといじられて、少し視界がよくなった。彼が付け慣れていないからだろう、スッキリ視界が晴れた、というわけではない。
「これどこで盗んだの?」
「盗んでねぇよ!? お前じゃないんだから!」
曰く、買ったらしい。ボクは断ってるからもらってないけど、アイくんは手伝った駄賃として博士からいくらかお金をもらっている。そのお金で買ったようだ。
「ボクなんかのために使ってよかったの? 自分とか、おじいちゃんに使った方がいいと思うよ」
「…いいよ、別に。俺の金なんだから、どう使おうと俺の勝手だ」
「なら、いいけど……」
なんだか…なんだか胸の奥の方がゴワゴワ? モゾモゾ? ──して、妙に落ち着かない。
夕日に当てられたアイくんの顔は赤くて、斜め下を見つめている。
もらったままはどうも腑に落ちない。ボクからも何か返さなければならない気がする。友人とかほとんどいないから、付き合い方がわからない。そもそも魔法使いの友って、ボクいたっけ…? ハルちゃんや「にゃー」使いの悪魔は、一応友人カウントだ。
「触る?」
「………………?」
「ほら」
美女の胸を触るのが男のロマンだって、昔工場の男の子たちが言っていた。ボク、顔の造りは悪くないからね。こと顔に関しては父親の遺伝は薄めだから、必然と母親の血を濃く継いだんだと思う。実際、母親の顔を見たことないからわからないんだけど。悪魔の方だったら毎日のように見ている。
それで、アイくんの腕を掴んで触らせたら、固まってしまった。いくら呼びかけども動かない。流石にボクに腕を握られたくらいで死ぬほど、人間は弱くないはずだろ。
「生きてるかい、アイ=コールマン?」
「………」
「もしもーし?」
反応がない。脈を確認しようと腕を離した瞬間、アイくんが動いた。厳密には、彼の手が、動いた。
音としてはわしっ、っていう感じだ。そのまま、開いたり閉じたりを繰り返す。今度は逆にボクが呆然とする側になって、自分の胸の形が自分より少し大きい手に崩されるのを見た。
だんだん、いや、最初に手が動いた時にゾワッとした感覚はあったんだけど、感じていた電流が強くなってきて、体が熱くなっていった。それに合わせて頭がうまく働かなくなって、膝が震えてくる。手の動きに驚いて離れた手も、わずかに震えていた。
「やっ………」
ボクの漏れた声に、はっとした様子で、吸い込まれるように胸を見ていたアイくんの顔が上がる。
男の子のロマンってここまで壮大だったのか。甘く見ていたぜ。多分、もしかしたら人生ではじめて、ボクに明確な一つの感情を自覚させたのだから。まさか、死にかけても抱いたことはないのに。
「…ご、ごめ」
「ごれがっ……ロ゛マン、な゛のかぁ…!!」
目からボロボロと水分が流れ落ちてくる。あまり自分の性別を意識していないけど、ボクってちゃんと女の子だったんだな。
男の子に胸を揉まれて、怖くなっちゃうくらいには。
「……ごめん、小夏」
ボクが泣き止んでも、アイくんはずっと謝り続けていた。
この件をハルちゃんに────言うのは何だか躊躇われたので、言わなかった。アイ=コールマンの存在がこの世から無かったものにされてしまう気がしたから。
それから、アイくんとの距離はちょっと、遠くなった。
⚪︎⚪︎⚪︎
アイ=コールマンの目的が何なのか、ボクは本人から聞いたことがあるから知っている。
魔法使いになること。それが、彼の目的。
それはホールの人間が人生で一度は思う“夢”。ボクは魔法使い──いや、正確に言うと半分魔法使いで、半分人間か。そんなボクからすると、イマイチ「魔法使いになりたい」という気持ちがわからない。
だって半分でも、魔法使いだから。人間には無い器官を持っているだけで、生物として大きなライン引きができてしまう。
だからといってボクが純粋な魔法使いだったとして、人間に今より偏見を持つかと言えば、持たないだろう。
魔法使いだろうが人間だろうが、ボクはボク。小夏であり、発明家「リンリン」。大きく変わることなんてない。
それでね、アイくんの面白いところは、普通の人間が夢で終わるところを、“目的”にしているところなんだ。
彼は魔法使いになることを目的とし、その上で本当に魔法使いになろうとしている。
どうすれば魔法使いになれるか研究して、その方法を自分で探している。頭のイかれた奴だと思うのが一般的な考えだ。魔法使いでも思う。けど彼の周りにいるのは良くも悪くも一般から外れているボクと、カスカベ博士。絶対ボクの自分でも自覚しているヤバい部分って、博士から受け継いでいるよね。
ボクがホールにいない時は、アイくんは手伝いが終わったあと、博士の研究室を借りて何かしているらしい。博士は止めずに許容している。
だが魔法使い研究の第一人者であるカスカベ博士は、人間が魔法使いになることは不可能であると理解しているはずだ。ボクも不可能だと考えている。
だって人間にはケムリを作る器官がない、管もない。それをアイ=コールマンは魔法使いの死体で補おうとしている。こっそりと、魔法使いの死体を運んでいるのを見たことがある。
でもたとえ足りない部分を魔法使いから取り出して自分に付けたとして、絶対に拒否反応が起こる。そもそも体がケムリに耐えられない。人間は脆弱である。だから魔法をかけられたら、その急激な変化に耐えられず容易く死ぬ。
愚かな人間。ハルちゃん風に言えば。
でも夢を見るのは悪くない。そしてそれを、目的にするのも。
仮に博士が協力して手術をして、その結果アイくんが死んだら悲しいが、それでもボクは止めない。
──────止められるわけねェだろ、こんな、
人間が魔法使いになる。絶対に無理なことが本当にできたら、偉業ってもんじゃない。世界がひっくり返る。人間が成すからこそ、そこに意味ができる。
過去の人間が試したこともあるのかもしれないが、今まで誰も成し得なかったことをしようとするその探究心。あるいは、欲。
夢の亡霊に取り憑かれているアイくんが、ボクは面白くて仕方ない。もはや好きだ。いや、面白くなくても好きだ。大事な友として。
ボクは砂漠の中にある一粒の砂金を──もしくはその砂金さえない中、探し続ける彼を楽しみにしている。
不可能を可能にしてくれることを、切に願って。
そして、そんなトチ狂ったことを胸の奥に秘めていたせいか。
アイくんが魔法使いの死体を取ろうとして、廃物湖──魔法使いの死体が捨てられる、ホールの雨が溜まる危険な場所──に落ちてしまったことを、博士から聞かされた。博士は土砂降りの中、アイくんの後を追いかけて、廃物湖から引き上げたらしい。
今はちょうど、カスカベ博士が手術をする前だった。
あまりにもピッタリなタイミング。あまりにも、聞きたくなかったその内容。
「手術をしても死ぬが、しなくとも、直にアイくんは死ぬ。残念だが“治す”方法はない。何せホールのドロだ。修復系のケムリでも難しいだろう。私の選択は間違っているのかもしれないが、それでも彼に頼まれたんだ。だから私は彼を魔法使いにする……手術を、するよ」
「死ぬ……?」
「…あぁ。意識はないけど、まだ息は辛うじてある。顔を見ておくかい?」
「……いい」
「…そうか、わかったよ」
廃物湖の水のせいで、アイくんの体はところどころグズグズに溶けているらしい。それは見たい。
でも、見たくない。この気持ちはどこから来るのだろう。ボクの心の中から生じているはずなのに、その発生場所がわからない。
博士が手術室に入っていく。
ボクはただ、突っ立ったままだった。
「──────悪魔!」
そうだ、悪魔。悪魔なら、ハルちゃんなら、どうにかできる。どうにかできてしまう。
手にある金色のピン留めを強く握りしめて、すぐに魔法界に向かった。扉を繋いだ場所はボクの屋敷。
薄暗いその中を駆け回って、探し回って、彼女の名を呼んで。
他に用があるのか、彼女はいなかった。他の悪魔も。いつもだったら必ず一体はいるはずなのに。どうして今日に限っていないのか。なら作るしか、何か、治せるもの。ホールの雨をどうにかできるもの。アイくんを、助けるためのもの。
でもボクのアイディアは目的があるとまったく閃かない。上手くいかない。ヘッポコだ。ダメだ、ダメだダメだ、ダメだ──────。
「やだ、やだ………」
いやだよ、アイくんが死んじゃ。
嫌だ。