『今から“黒い家”(悪魔たちの共同ハウスのようなもの)に集合な! 来ねェと強制的に魔法使いに戻すから、覚えとけよ!』──と、チダルマから招集がかかったハル。
最強の悪魔は今回、地獄の亡者をボーリングのピンにして遊ぶゲームを思いついたようで、ハルはダストンとペアを組み、上位にランクインした。戦いは亡者の悲鳴と共に白熱し、朝帰りとなった。
こういったチダルマの突然の呼び出しはこれまでにも何度かあったことで、その度に思いついたばかりのゲームやら、イタズラやら、様々なことを行ってきた。
ただ、魔法使いに戻す、という脅しは彼女の場合はじめてだ。
悪魔になると元魔法使いはプライドが最大限まで上がり、ありとあらゆる不安や心配事から解放され、毎日楽しい健康ライフを送れる。さらに集中力も高まる。
(※そういった薬物を使用しているわけではない)
一度悪魔になれば、その感覚を手放したくなくなる。だからこそ、悪魔に「魔法使いに戻す」という言葉はかなりキくのだ。
『小夏が呼んでいた気もするが、悪いことをしてしまったな…』
何でもできるからこそ、“便利”というものに興味がない悪魔。万能のクセして、その万能を乱用したがらないという、本末転倒な性質。
そんな彼らにとって重要なのが、笑えるか否か。つまり、面白いか否か。
ハルもまた悪魔ゆえ、その例に漏れない。
しかし何者にも縛りつけられない彼らの中で、彼女は少し違う。
愛する魔法使いがいるのだ。かつて奪われ、必死になって取り戻そうとした存在が。
その存在に、悪魔になっても彼女は縛られている。無論手放す気はない。もう二度と、その手を離さない。
元々彼女の、
だが一人の人間と出会い、結ばれて。子が産まれた。魔法使いと人間の子ども。
悪魔になり楽しい毎日を送っている今でも、人生の中で一番幸せだった場面は何かと聞かれれば、彼女は自分の赤ん坊を抱き、旦那と二人で笑った瞬間を挙げるだろう。
幸せを手に入れると、夢というのは少しずつ遠い場所へと消えていく。不思議なものである。
ホールでは魔法使いであるとバレた場合のリスクが高過ぎるため、彼女は魔法界で娘と暮らし、時折夫の元に顔を見せに行った。研究欲がもはや変態レベルの旦那は、妻と娘がいなくとも普通に機能していた。これはハルも割り切っている。彼女へ愛があるのは理解していたから。そもそも旦那──ヘイズが魔法使いを研究するきっかけとなったのが、ハルがホールの雨で体調を崩しており、それを治そうとしたことからだ。
それから娘がさらわれ、旦那への罪悪感もありホールへは行かぬまま娘を探し続け月日が経ち、夫と出会う前に一度「悪魔にならないか」と、誘ってきた悪魔から提案を受けた。
できることをすでにし尽くした時にもらったその言葉は、彼女に悪魔になることを決めさせる。
内心、悪魔になればさまざまなしがらみから解放される──つまり、娘や夫への愛情も手放すことになる、という不安もあった。それでも娘とまた会えるなら、現実でも、それが地獄でも、どちらでもよかった。ただ一目、娘に会いたかった。
そして、「チビ」と言われていた娘と、春日部から「ハル」になった彼女は再び相見える。
悪魔になってから娘やヘイズへの気持ちがどうなったのか、彼女は分からなかった。だが恐れる必要はない。その愛情は薄れることなどなかったのだから。
はじめは影から見守っていこうとして、しかし娘のピンチに思わず手を出してしまい、以降吹っ切れてガッツリと関わっている。
自分の足で歩けるところまで育てた。あとは子というのは勝手に成長していく。それを毎日ハッピー悪魔ライフの中で、見守っていくつもりでいる。
旦那にも会いたいという気持ちはあるが、今のところはいいかな、という状態である。
『私が帰った!』
と、屋敷の壁からニュルンと現れるハル。
まだ小夏が寝ている時間なため、彼女はそのまま自室に赴く。そして部屋に入り電気を点けると、フカフカのマイベッドが膨らんでいることに気づいた。
『呼んでいたとは思ったが、まさか私が恋しくて呼んでいたのか…?』
そんな愛おしい生き物がこの世にいただろうか。否、いる。
パジャマに着替えた彼女は膨らみを潰さぬ位置に移動し、布団をめくる。例えるなら邪魔な位置に陣取る猫のように丸まって、小夏はいた。
泣き腫らした顔で、今も眠りながら、泣いて。
『……小夏?』
ハルがその小さな体を揺する。ぼんやりと開いた瞳は焦点を合わさず、また閉じる。前も一時期様子のおかしい時期があったが、今回はその比ではない。
「ハルちゃ、ハルちゃん………おかあさん…」
意識は浮上しているようで、ハルの気配を感じている少女は彼女の手を探り、掴む。縋るように伸ばされた手はそのままに、モゾモゾと動き小夏はその頭を悪魔の膝に乗せた。
一瞬呼吸をするのを忘れたハルは、空いている手を彷徨わす。
娘はボロボロだった。体がボロボロになっているわけではない。心の方がボロボロになって、過去最悪に弱っている。
『………』
──きっとそこまで、心の強くない少女が。
頭を負傷し、母が血まみれになる光景を見て、他人によってバラバラに引き離されて。それで、それまでの記憶のほとんどを失ってしまった小夏は──。
その過去が原因だろう。さまざまな感情を自分と切り離して考えがちの、相手からの好意も、自分の感情にも中々気づかない彼女は、今──。
今、どうしようもなくなり、ハルを求めている。母親を求めている。
その手を取らなければこのまま少女がどうなるか、ハルは察した。また何もかもを自分から切り離し、捨て、自己を防衛するだろう。そうしなければどうしようもなさのまま、生きていくのが辛くなってしまうから。
その姿が実に弱い人間らしくて、愚かな魔法使いらしくて。
「────小夏ちゃん」
愛しいハルの、娘だ。
悪魔の背中から出てくる若々しい女性。それは悪魔の
娘とよく似た顔の彼女は悪魔ボディから這い出て、小夏を抱き上げる。
「トクベツだぞ、今回だけだ。お前が落ち着くまでこの姿の私が一緒にいてやろう」
『長時間コアが外に出ると死ぬから、たまに戻るけどな』
コアが離れていても、悪魔ボディは話せる。ハルと春日部に挟まれる奇妙な構図で、小夏はまた眠りについた。
⚪︎⚪︎⚪︎
約二週間、幼児退行していたらしいボク。
ハルちゃんにグズグズに甘えて、甘やかされて、それはもう今のボクからしたら目も当てられない状況だったらしい。
というか、その間の記憶がない。気づいたら体内回帰していた。…いや、ちょっとこの言い方は語弊があるか。
ハルちゃんの体内に入っていた。いや、これもそんなに変わってないな。
ボクの体が悪魔ハルちゃんの中に収まっていて、悪魔にしかない色々な器官や臓器の中心、コアが存在する場所にいた。そしてボクは素っ裸のお母……魔法使いハルちゃんを垣間見ることになった。
いったいぜんたい、どうやってボクが収まっていたのかわからない。コアの周辺は、ボクが入ってもまだスペースに余裕があった。まぁ、考えても仕方ない。悪魔の体だ。やっぱり元のハルちゃんは美人で、胸もあった。
彼女曰く、ボクが一番落ち着くのがそこだったようで。その状態で悪魔が来て、彼女が『フフ、妊娠しているのだ』と言った時は、悪魔ジョークとして盛り上がっていた。悪魔こわい。
『また甘えたい時は、いくらでも甘えていいぞ』
と、まんざらでもなさそうなハルちゃん。
この年で母親に甘えるのは遠慮願いたい。とても恥ずかしい。
彼女はボクがグデグデになっていた理由を聞いてきた。悪魔パワーで記憶を読めばそれで済むが、私の口から事情を聞きたかったのだろう。便利な力があるのにもったいない。
それで、アイくんが死んじゃった件を話した。思い出すと頭がぐらついてくるけど、もう大丈夫。我を失ったりはしない。ハルちゃんに甘やかしてもらったから。
『そうか。ヘイ……そのカスカベ博士という男が、魔法使いになる手術を行ったのだな』
今頃アイくんはもう、いないのか。お葬式は終わってるはずだから、お墓に献花しに行こう。彼は魔法使いになりたかったのだし、お供えするのは魔法使いの死体でいいかな。何体か殺して持って行こう。
頭も体も重いけど、思考がいつものように回ってきた。うん、またボクはボクとして稼働していける。故障部分はある程度直った。
「フフフ、ヘンだよね。人間にどうしてこんなにボクの心がグチャグチャになってるんだろう」
『…知りたいか?』
「え?」
『どうせお前は教えられなければ、一生そのまま気づかんだろう』
まったく愚かな魔法(ry──と、お決まりの言葉を言って、ハルちゃんは両手でハートマークを作る。それを胸に当てた。心臓が何か関係しているんだろうか。
『「愛」です』
………愛?
つまり、それは……ラブってこと?
「あはは、
『つまらん。地獄に送るぞ』
「ご、ごめんなさい…」
自覚したら、また少し涙が出てきた。
人間に初恋しちゃうなんて、ボクもとんだチョロインだね。
⚪︎⚪︎⚪︎
そして、アイくんが死んでから一ヶ月後、ボクはホールに降り立った。
袋に詰めておいた魔法使いの死体を診療所の中にポイポイ投げ捨てる。その騒ぎを聞きつけ、休憩室から博士が出てきた。中を確認すると嬉しそうにしている。あんたへの土産じゃないんだよ。
「一体ぐらいダメかな?」
「ダメ!」
今度は何をする気なのか聞かれて、簡潔にアイ=コールマンの墓参りに来たことを告げる。供え物に魔法使いは供えない、とか言われたが、それはホールの常識でしょ。魔法界の常識もボクは知らないけど。
「そもそもアイくん死んでないけど」
「…………は?」
死んで……ない? 死んで…………?
言っている意味がわからないままボクは博士に連れられて、患者が入院する小部屋に案内された。
そこにはベッドに横になっている、全身ミイラな人間がいた。頭を動かすのも大変なようで、ボクを見ると目を丸くする。その目は、包帯の隙間から覗くその黒い目は、見覚えしかない。
「こ、な、ぅ」
声も出しにくそうだ。声帯も傷ついているのだろうか。
でもボクの名前を紡いだのはわかったぜ。
なんだよ、何だよお前。何だよ人間、脆弱脆弱言いながら、結構頑張っちゃうじゃないか。結構根性見せるじゃないか。
「フ……フフ、ハハハハハ!!」
高笑いするボクに二人は唖然とする。そのままカーテンを開ける動作も邪魔で引きちぎり、死体袋の場所に行く。ソレを運んで、虫が沸いているソイツを取り出して、アイくんのベッドの周りに並べる。死臭に鼻がもげそうだが、これくらい我慢。彼にはいいお土産だ。
「………なに、してんぁ、おま、え」
「え? 何って、キミの供物にするはずだったお土産を飾ってるの」
「「………」」
アイくんだけじゃなくて、博士からも「それってどうなの…?」という視線が突き刺さる。
結局死体は受け取ってもらえず、代わりに博士が車で自宅へ持って帰ることになった。家に持って帰る博士の方もズレてるってこと、アイくん気づいてるのかな。
「早くよくなってね、アイ=コールマン」
「…お、ぅ」
手術は一応、成功したらしい。本当に魔法使いになったかどうかは、カスカベ博士もまだわからないようだ。
でも死ぬ運命から逃れて生き残ったのだ。それはつまり、不可能から可能を見つけ出したに他ならない。きっとアイくんは魔法使いになっている。本当に、尊敬しちゃうよ。
死体はダメだとわかったから、ボクの知り合いで一番常識のあるバウクス先生に相談して、ホールで売っている花を買って毎日アイくんの病室を埋めるように飾る。
それはそれで葬式の献花のようだと言われつつ、アイくんも嬉しそうだからいいんだ。
良くなったら、言ってみようと思う、ボクの気持ち。
それまでは彼が回復するまで、ゆっくり待っている。
でも早く、良くなってね。ボクの気持ちが開発欲に移らないうちに。女心と秋の空、って言うんだから。