カズマ「なに当たり前なことでドヤ顔決めてんだ、おい」
レナの肩の傷は浅いが、火傷と切り傷を同時に負った痛ましいものだった。傷口周辺の皮膚も熱を持ったのか赤く腫れている。
「冷やす方が先だな。アクア」
「任せて。んゲェ」
アクアが自分の右耳を軽く捻ると、口から滝のようなヨダレ……ではなく、清潔な水が放出された。とてもそうは見えないが、塩素がない分だけ現代日本の水道よりも清らかだ。めぐみんの顔が引きつるのは仕方がない。
レナはレナで、たった今テッド・ブロイラーに向けていた殺気が嘘のように失せて、なぜかうっとり
傷口が冷えたところで回復ドリンクをぶっ掛けて(飲んでもいいけど掛けた方が効果が高かった)包帯を巻き、処置が終わった頃にはテッド・ブロイラーのタンカーも川の上流に消えていた。
「まったく。いきなり飛び出したりするから驚いたぞ」
「ごめん。手当てありがとカズマ、アクアも。ちゅるっ」
「ひぃ!? な、なに舐めてるんですか、この人!?」
肩に残った僅かな水分に躊躇なく舌を伸ばすレナには、三者とも程度は異なれドン引きだった。
「よっし!」
「もう平気か?」
「凹んでなんていられないでしょ?」
立ち上がったレナは、破壊されたライフルをその場で廃棄して何事もなかったかのように振る舞った。
「テッド・ブロイラーは逃しちゃったけど、予定通りベイ・ブリッジは占拠できたわ! 作戦成功ってことで、いざハトバへ!」
「逃したっていうか見逃してもらった雰囲気でしたけどね」
「ちょっと、めぐみん? せっかく人がカラ元気出してるのに、水吐かないでよ」
「水を吐くのはあっちの犬だけですから」
すっかり平常運転に戻った様子のレナだが、傍目からはどうにも危うい部分が見られる。明るく振る舞っていても、彼女の心のうちはカズマには読めない。
「ねえ、カズマ。私、めぐみんにまでナチュラルに犬扱いされたんだけど」
どんより濁った水色女神は置いておいて。
復讐心を隠そうともしないレナだが、それ以上に大きな傷を隠しているのかもしれないと、カズマには思えてならなかった。
「わっふ〜ぃ! なにこれ速い! すっごく速〜い!!」
それから数時間もしないうちに、ただの取り越し苦労だったような気がしてきた。
「風が気持ちいい! これが海ってヤツなの?」
「違いますよ、レナ。これは巨大な湖なんですよ」
「よく知ってるわね、めぐみん」
「実は何度か乗ったことがあるのです!」
湖を高速で疾走する遊覧船の甲板で風を受けてはしゃぐレナ(と、ついでにめぐみん)を見ていると、悲惨な過去を持つようには思えない。タフなのか、頭の中に復讐心の切り替えスイッチでもあるのだろう。
カズマ達がいるのは、ハトバからデルタ・リオへ向かう高速定期船の船上だ。
ハトバの町はその名の通り港町だ。定期的に発着する巡回艇は、巨大な湖を囲うように点在する町同士を繋ぐ海路といえる。しかも利用料金はタダ。世紀末なのに良心的すぎる。
ハトバに到達してすぐ、探していたモリニウというトレーダーがデルタ・リオに行ってしまったことが判明した。ちょうど同じタイミングで定期船が出ることになったので、急いで乗り込む運びとなった。
「なあアクア。この湖ってやっぱり琵琶湖なのか?」
「へ? ええ、そのはずよ。大破壊の影響で地形は変わっちゃってるけど」
風に長い髪をたなびかせるアクアの姿はやたら画になっていた。他の乗客達がこぞって見惚れているが、カズマは構わず彼女に尋ねた。
「他の地域がどうなってるか、分からないのか?」
「無茶言わないでよ。この世界観じゃ教会も神社もほとんど残ってないし、祈ってくれる人間もいないの。下界の情報なんてロクに入ってこなかったし」
「お前、そんな状況でよく人を転生させやがったな……」
恨みがましく睨みつけると、アクアも気まずそうに視線を逸した。
カズマは琵琶湖に来たことはないが、少し進めば修学旅行の鉄板とも言える奈良県や京都府だ。国内でも有名な観光地ということもあって、改めてここが荒廃した日本だと突きつけられた気分だ。
「なあアクア。大破壊って何があったんだ?」
「だから詳しくは知らないんだってば。人間に造られた人工知能……確か『ノア』って名前のそいつが人類に反逆したの。世界中のコンピューターを乗っ取って、世界規模の戦争を仕掛けたんだって」
「それが大破壊?」
「うん。で、ネットワークとかモロモロが寸断されたお陰で逆にノアの攻撃手段が無くなった。それであのふざけた殺人モンスターや暴走機械が野に放たれて今日にいたる、って具合よ」
他人事のように話すアクアだが、実は本当に他人(他神)から聞いた話らしい。後輩の女神や天使やらからが、混迷する地上からどうにかこうにか情報を持ち帰ったのだそうだ。
その間アクアは何をしていたかについては……どうせグータラしていたのだろうと、カズマは深くツッコまなかった。聞いたらぶん殴りたくなる気もする。
「カズマ、アクア、もうすぐ到着するようですよ! クルマに戻りましょう!」
めぐみんに呼ばれて、カズマ達はカーゴルームへ降りていった。
「ほうほう。オレを追いかけてわざわざデルタ・リオまで? 嬉しいねえ」
目的の人物はすぐにみつかった。理由は不明だが港がグラップラーの大部隊に閉鎖されているせいで遠出できなかったのが幸いした。
むしろグラップラーの姿を見た瞬間に射殺しようとするレナを止める方が一苦労だった。入り口でゲラゲラ談笑する二人の兵士に向けてグレネードを撃とうとしたところを、アクアと二人で羽交い締めにしなけれないけなかった。
「いいか、レナ! 今最優先する目的はマドの町の復興だ! 戦うのは後でも出来るんだからな!! 順番を間違えるなよ?」
と言い聞かせて、渋々ながら言うことを聞いてくれた。
モリニウとの話に戻るが、彼はデヤークの話を伝えると快く引き受けてくれた。早速マドの町に戻ろうということになったのだが、世の中なかなか上手くいかないものだ。
「へっ? 3日後!?」
「ああ。次の定期船が出るのは3日後だって。それまで足止めだ」
「おかしいですね。定期船はほとんど一日中運行してるイメージでしたけど」
利用経験のあるめぐみんは、カズマの話に首を傾げた。
「なんか賞金首モンスターが増えて、危険だから一番航海速度の速い船以外は運休なんだってさ」
帰りの定期船の時間を確認してきたカズマは、聞いてきた話をまとめて淡々とめぐみんに伝える。待っているよう伝えたレナとアクアの姿が無いが、聞くのが怖いのでスルーした。そういえば、モリニウもいない。
「賞金首って、ひょっとして例のサメですか?」
「サメと、亀と、トビウオだって」
「節操のない構成ですね。……となると、3日もこの港に閉じ込められるってことですか? レナのストレスがマッハで暴走しかねませんね」
「そのセリフ、鏡に向かってもう一度吐いておけ」
「ふみゅ?」
めぐみんもめぐみんで、休憩しながら例の爆裂弾を鋭意制作中だ。3日どころか今日中には完成するだろうが、そうしたら撃ちたくなるのが人間――いやアーチストのサガ。町中の
「……………………シマセンヨ?」
「そのセリフ、俺の目を見て言えるか?」
鏡の前のガマガエル並に冷や汗を垂らすめぐみんにとって、どこぞの走る爆弾級の笑顔で戻ってきたレナは救世主のように輝いてミエタことだろう。
めぐみん「ところでカズマ。グラップラーに襲いかかろうとしたレナを止めるとき、どさくさ紛れでおっぱい掴んでましたよね?」
カズマ「……………………ソンナコトナイヨ?」
めぐみん「そのセリフ、レナの目を見て言えますか?」