二十年の時を越えて超強化された、あの男との戦いです。
第三十五話 暗躍と休息
ミツルギと別れ、装甲車に積んでおいた予備のドッグシステムでデルタ・リオへ帰還を果たしたその日の夕方。
損傷の激しいウルフの修理をカズマ達に託したレナは、ネメシス号のメンテナンスを依頼しようとしたのだが。
「一ヶ月ぅ!?」
ドッグ中を震撼させるに充分な、レナの奇声が響き渡った。
何が一ヶ月も掛かるのかというと、ネメシス号の修理にである。さすがにあんな化け物三匹+αと戦えば損傷も……と思いきや、むしろこれまでミツルギから酷使されまくっていたのが一番の原因であった。
譲り受けたのはいいけどボロボロで、浸水でもされたら堪らないから修理は必須だ。だが被害は予想より遥かに大きかったのだった。
修繕費については問題ないどころか、金に糸目をつけなくて良いいぐらい儲かった。賞金もそうだが、戦利品が美味しかったのだ。率直に言って、新しい武装を買い足す必要が無い。大破したウルフもカズマが自力で修理してしまえるので装甲タイルや弾薬といった微々たる出費に押さえられた。
特にサメから引っ剥がしたUシャーク砲とUバースト砲は重量、威力、装弾数のどれを取っても一流で、こんな武器が使える自分達はきっと特別な存在だと思うほどだった。
それだけ儲かってるチーム・メタルマックスから大金を積まれての返答が、どんなに急いでも修復に一ヶ月は必要、という返答だった。
「本当なら三ヶ月は欲しいぐらいだ。だがこれだけは安心してくれ。あの船の傷みは表面的なものだけだ。時間さえ掛ければ確実に直る」
「はあ……分かりました。お願いします……」
金があってもどうしようもない問題は往々にして存在する。今回もその一例だ。
もうしばらくデルタ・リオの近辺か、定期船で東側にあるイスラポルトまで足を伸ばそうか。立ち止まってる暇はないと、レナは次のプランを組み立てながら仲間の元へ急いだ。
「次はサルベージ屋ね。沈んだバギーの回収を頼まないと」
みんなに休暇を与えるつもりで単独行動を取ったものの、次はカズマに押し付けようかしら。などと考えつつ、レナは鼻歌交じりに目的の店へ足を向けた。
同じ頃。カズマ、めぐみん、アクアの二人と一匹*1は、キールのオーバーホールを行えるというエバ・グレイ博士を探していた。
ミツルギによればエバは老齢の女性で、港に浮かぶ船舶のいずれかを住居に隠れ住んでいるそうだ。
「すみません、みなさん。見ず知らずの私の為に」
「良いってことよ! 一緒にサメの腹から生還した仲じゃない!」
「あれ、普段とかなりキャラが違ってますよ、この駄犬!? こんな江戸っ子でしたっけ?」
めぐみんのツッコミに、むしろめぐみんは江戸が何か知ってるのか、と聞いてみたくなったが、別に知っててもおかしくないかと黙っているカズマだった。
キールについてはやはり、カズマでは直せない部分が多々あった。主に戦闘システム回りはブラックボックスの塊で、クルマとは完全に別種の技術だった。ナイル老人でも手出し出来ないレベルだ。
となれば、開発者の元へ赴く他はあるまい。
「私としてはこの、歩くガイコツみたいな外見だけでもどうにかしたいんですけどね」
「気にしなくてもいいんじゃないか? さっきから町の人も一瞬だけギョッとするけどそれだけだし」
「夜中に鏡見て悲鳴上げるんですよ。自分で」
それは悲しい。めぐみんとアクアが視線を逸らせたあたり、こいつらも何かの拍子に「ギャー」とやっているのだろう。確かなのは「きゃー」なんて可愛い悲鳴ではないことだけだ。
「ちょっと君達! さっき『グレイ博士』と言ったかな!? 彼女の知り合いかね!?」
水夫風の男に声を掛けられたのは、居住用のボートが並ぶ桟橋に差し掛かった頃だった。
カズマ達の雑談を小耳に挟んだという男は、酷く慌ただしい様子で話を続けた。
「グレイ博士を知っているなら伝えてほしい! 急がないと彼女の身が危ないんだ!」
「お、落ち着けよおっさん!」
「身が危ないとは、穏やかではありませんね」
カズマとキールで男を宥めつつ話を聞き出していく。
アクアがこういう時に口を挟まないのはいつものことだが、めぐみんもあんまり興味がない様子でアクアと雑談を初める。
「グレイ博士は、以前グラップラーに所属していた科学者だったんだが、逃げ出したんだ。けど今、四天王の一人が彼女の居場所を探して近くに来ている!」
「四天王だって!? ……ままままままさかテッド――」
「いいや、カリョストロというカッコいいけど恐ろしい男だ。諜報部門を統括しているらしく、潜入工作のエキスパートなんだとか」
「っ! カリョストロ!」
声を上げためぐみんは、iゴーグルを操作して空中に画像を投影する。ハンターオフィスが発行する賞金首のポスターだ。あの眼帯にこんな機能があったのか、と驚くカズマを余所に、めぐみんは水夫に詰め寄った。
「カリョストロ、こいつで間違いありませんね! こいつが近くにいるんですねッ!!」
「……あ、ああ。お嬢ちゃん、この男を知っているのかね?」
「知ってるなんてもんじゃありません! この男は紅魔館の裏切り者!! 紅魔族の面汚しなのですから!!」
固く拳を握っためぐみんは、先日のミツルギにも負けないぐらいの怒気を滲ませつつ、凄味のある笑みを虚空へ向けていた。
紅魔族というのは特定の人種や民族を指しての言葉ではない。紅魔館(旧世界で言えば東京のどっか)に存在する『紅魔館』に所属するアーチスト集団の総称だ。暴走族や窓際族と本質的には大差ない。
だが思想面ではだいたい似たり寄ったりで、彼らはいずれも自らが求める芸術性を突き詰めることを美徳とし、美学に殉じる職人達だった。
だがカリョストロは違った。
「あの男のゲージツはアートではありません! ヤツは他人の痛みや苦しみを突き詰める外道!! ヤツのせいで父は……お父さんは……全身粘液まみれで三角木馬に座らされ、アヘ顔ダブルピースをキメさせられたのです……くぅぅぅっ!!」
なお、命に別状は無かったので今は元気に職場に復帰し、ネタに走っているようで世紀末の需要にピッタリな武器開発に励んでいるそうだ。
「そんな状態からよく復活したな!?」
「運が良かったんです。運良くメンタルが強かったから。ですが! ……父のあられもない姿を見てしまったこめっこ(5歳)は心に深い疵を負って……うああああっ!!」
「落ち着けめぐみん!! 辛いなら話さなくていいから!!」
むしろ父親のアヘ顔ダブルピースを見てしまった5歳児の心境など、どう想像しろというのだろう。不憫すぎて無理だ。というか血涙流しそうなめぐみんの表情を見るだけで悲惨さが伝わってくる。
「近くにいるなら話は早いです!! カズマ、ヤツを見つけてケツの穴に爆裂弾をブチ込んでやりますよ!!」
「どうしよう、めぐみんにまで復讐鬼属性が……あれ? さっきの水夫さんは?」
「ん? めぐみんの話が長そうだし、グレイ博士を探さなきゃって走っていったわよ」
アクアが今来た道の先を指差した。あの慌てようから、よほどせっぱ詰まっていたのだろう。あの人に伝えるかはともかく、グレイ博士探しは急いだ方がよさそうだ。
「ミツルギも具体的な居場所を教えてくれれば良かったものを」
「言っても仕方ないよ。行きましょう、カズマ君」
一番の当事者であるキースが、何故か一番落ち着いていた。年の功というやつだろう、とカズマは勝手に納得しつつ、カリョストロを探してどこかへ行こうとするめぐみんを取り押さえるのだった。
サルベージ屋を後にしたレナは、への字に曲げた口から隠しきれない苛立ちを滲ませていた。
「期待させといていないってどういうことよ。楽しみにしてたのに、美人すぎるハイテク海女!」
近郊のサルベージ屋に流れる噂の美女が、ただの噂でしかなかった。肩透かしもいいところだ。受付は個人営業の海女がそれだとかなんとか言っていたが、いずれにしろデルタ・リオにいないのは確実だ。
「こういう時は、あれよね。噂のハーレムテントってのに……って、あれは!!」
何気なく視線を向けた先にあった光景に、レナの瞳がハートマークに変わる。
停泊している何隻かの小型クルーザーで、甲板にデッキチェアなどを置いて水着の美女達が日光浴をしているのだ。
「うふふふっ♡ 目の保養、目の保養♪」
誘われるようにフラフラと、レナの足が桟橋の方へ向かっていく。
レナ自身も相当にメリハリの付いたスタイルをしているし、今なお成長中だが、何をどうトチ狂ったのかおっさんの感性を持って生まれている。美女の胸の谷間に鼻の下を伸ばす美少女とは、やはり世紀末には神も仏もいない。
「およっ?」
ふと目が合った金髪碧眼でダクネス並みの巨乳美女が、ちょいちょいとレナに手招きしていた。周りに誰もいないので、間違いなくレナに用があるようだ。
当然、ノータイムで足取りを弾ませ、美女の元へと駆け寄った。
周囲より二回りは大きいクルーザーでは、パラソルの下に設置したベンチチェアで寝そべった大男が、トロピカルジュースを片手に寛いでいた。
その瞬間、レナは全身の血液が逆流したかのような激情に襲われた。
服装が違うからと間違えるはずはない。
3メートルもの巨体をそのまま、モヒカンをスキンヘッドに、青いピッチリスーツをアロハシャツとビキニパンツに換装し、星型のグラサンを掛け、トレードマークの火炎放射器も外していたが、だからってこんな特徴的な人相を見紛うハズがなかった。
「テッド・ブロイラー!!」
「フフフフフ。知っていてもらえて光栄だよ。チーム・メタルマックスのリーダー、サウザンドキラーのレナお嬢さん」
両脇に水着の美女を侍らせたまま、テッド・ブロイラーはレナを一瞥して分厚い口唇をニヤリと釣り上げた。
テッド様のオフの姿を想像したらこんなんになりました。