第1話 魔天郎、再び。
法律、常識が通用しない地上と隔絶された地下世界ヨミハラ。そんな場所でも絶対的にタブーとされていることがある。それは火事である。ヨミハラの一部分でも炎に包まれれば、地下世界である故に下手をすれば一区画に留まらず、地下全域に被害が及ぶからである。
しかし、今現在ヨミハラのビルのが建っている一区画が、黒い煙と炎に包まれていた。
この緊急事態にヨミハラの住人達は、普段のいがみ合いを控え協力して水を撒いている。バケツリレーはもちろんのこと、ヨミハラ消火隊の炎王が大声をあげて水をまき、水の魔法を使えるものは、ビルに向かって水流を放っている。
その中には、抜け忍ということになっている対魔忍『ふうま亜希』もいた。
「畜生! またアスタロトの奴が火を付けたのかっ!?」
そう言って前のアサギに似た女性にバケツを渡す。
彼女は『クローンアサギ』。元々は、中華連合がアサギの細胞から開発したクローンである。しかし、中華連合から脱走し、米連の特務機関“G”に拾われたが、またそこを脱走。現在は追手から逃れつつ、ここヨミハラで仲間達と探偵業を営んでいる。ふうま亜希の忍務は、このクローンアサギの監視でもあるのだ。
「いいえ、今回はアスタロトではないらしい」
「じゃあ、一体『フハハハハハハ!!』!?」
敵味方関係なく消火に勤しむ者達の頭上から、愉快でたまらないといった乾いた男の笑い声が響いた。
住人達が手を安めずに炎に包まれたビルの屋上の一角を見ると煙にたなびく黒い影があった。
「な、何だあいつは?」
亜希が煙の向こうを指差し、驚愕の声を上げる。
そこには、黒一色のマント、シルクハットにタキシード、純白のストールと黄金に輝くネックレス、胸には深紅に咲く薔薇を一輪挿した怪人がいた。怪人と皆が見なすのは、服装よりもさら目立つ黄金色の仮面を被っているからだろう。仮面の表情は三日月のように笑う赤い口、切れ長の黒一色の目という不気味な造形をしていた。
「フハハハ!!悪徳にまみれた都市よ。この魔天郎が浄化してやるから光栄に思え!」
クローンアサギは、魔天郎と名乗る怪人に向けて叫ぶ。
「貴方がこの火事の犯人なのっ!?」
「フハハハハハハハハハハ……もう一度、言おう! 私の名は怪人魔天郎! この街は生かす価値の無いもの達のゴミ捨て場だ! 故にこの私が処理をしている!」
「野郎、わたしが直にぶっ殺してやる。」
亜希がバケツを置いて、刀を構えたその時、ビルの側面に一際大きい爆発が起こった。さらなる炎と煙が巻き上がり、ヨミハラの住人は魔天郎から目を離し身を伏せた。
「ヨミハラの諸君! さらばだ! ハーハッハッハ!!!」
ヨミハラの住人を散々嘲笑った魔天郎は、その瞬間を狙っていたかのようにマントを翻し煙に紛れて消えていった。だが、謎の人物より消火の方が優先である。住人達は、全力で火を消すことに集中した。
その後、火はすべて消えたが、ヨミハラの住人に取って大変なのはここからであった。まず、火事にあったビルにあるギャングの財産が、すべて炭も残らずに無くなっていたこと。何人かのストリートチルドレンが火事に巻き込まれ行方不明になってしまったこと。そして、魔天郎と言う謎の怪人が現れ住人達は、心に不安を抱えてしまったことである。
特に子供好きな亜希は、いなくなってしまったストリートチルドレン達を探したが、遺体でさえも見つけることが出来なかった。
◇
住民総出で火を消した翌日、亜希とクローンアサギと探偵団の面々は、対魔忍の『高坂静流』が経営しているBarに集まっていた。
皆が席に着いた時、店主である静流は、彼女達を励ますように労いの言葉をかける。
「お疲れ様! みんな、今日は一杯だけだったら私の奢りよ!」
「イェーイ!! みんなお疲れ様〜カンパ~イ!!」
金髪で虎柄のビキニのような服を着た鬼族の女性が音頭を取る。彼女の名はフランシス。魔界の鬼族で強力な力を持つが、酒の問題で鬼族の街から追い出され人間界にやって来た。マフィアの親玉でもあるがクローンアサギの家に勝手に居候している。
酒好きのフランシスは、一杯だけと言われながらも高い酒を瓶ごとラッパ飲みし出した。それを皮切りに探偵達の面々は、ジョッキを傾き始める。
静流は、そんな楽しそうな面々(亜希を除く)を見ながらもゆっくりとため息をつく。
「はぁ~………こんなにも被害が出るなんて。火付けの上に火事場泥棒は、ヨミハラにいる組織全体を敵に回す行為ってわかってるはずなのに。魔天郎も変わったわね」
魔天郎という単語に魔法少女のような格好の少女がピクリと反応した。彼女の名はミリアム。元は魔界に住む魔女の1人だったが、数十年前に対魔忍達によって力を封印され、幼い身体のままで生活を送っている。彼女もクローンアサギの家に居候している者の一人だ。
「そういえば、昨日の『摩天楼』という者、おぬしは知っておるのか? あやつは一体どんな奴なんだ? 調べてもビル群や夜景の綺麗なお勧めレストランしか出てこなかったぞ?」
「ナーサラもあの変な仮面、興味がある……」
小麦色のの肌をして白いワンピースを着た少女もミリアムに同調する。彼女の名は、ナーサラ。魔界で偶然生み出された生命体で魔界を当てもなく徘徊していたが、偶然にもヨミハラに現れて、現在彼女もクローンアサギの家に居候している。
ミリアムとナーサラが興味深げに静流へ問う。
「そっか、貴方達はまだ人間界にいなかったから知らないわよね。まぁ若い世代の対魔忍は、私を含めて完全に説明出来る者は少ないと思うけど」
「自分で若いって『ギロリ』ハッ!?」
自分で『若い』と言う静流にチャチャを入れようとしたフランシスを亜希はギロリと睨んで黙らした。
「私も昔テレビのニュースでやってたのを朧気に覚えているくらいだ。良かったら私達に詳しく教えて欲しい」
亜希の言葉に、静流は頷いて話を続ける。
「二十年前くらいかしら? まだ私が任務に出ていなかった頃、東京で突如出現した魔天郎という怪人が、一年くらい大暴れしていたの。ちなみに『まてんろう』はビル群の『摩天楼』じゃなくてこう書くわ」
静流は、ミリアムの前のバーカウンターに白魚のような指先でゆっくりと『魔』『天』『郎』と書いた。
「大暴れって何をしていたの? 何処かの組織みたいに人体実験? 人殺し?」
クローンアサギが興味深そうに問うが、静流は首を横に振った。
「違うわ。犯罪者には違いはないけれど、主な犯罪は窃盗よ」
「なんだぁただの泥棒かよ……」
フランシスが拍子抜けしたように呟く。
静流は、そんなフランシスを見ても真剣な表情を崩さない。
「そう、貴方の言う通り、一般人からすればどれだけ見繕っても、魔天郎はただの泥棒でしかない。だけど……ここから先の情報は、私が人づてに聞いた話だから理解してね」
Barにいる面々が頷くのを確認すると静流はさらに話を続けた。
「魔天郎の標的は、有名な美術館に展示されてる絵画、宝石といった美術品だった。主な罪状は窃盗の他、器物破損や住居侵入。しかし、決して傷害の事件だけは起さなかった。この意味は解るかしら?」
「「?」」
ミリアムとナーサラは、首を傾げながらお互いの顔を見合わせる。しかし、クローンアサギだけは、静流の言う意味を理解した。
「障害がないって…警備員や警察官を傷付けずに美術品だけを盗んでいたの?」
軽く驚くクローンアサギを見て静流は正解と言うように軽く微笑んだ。
「その通り。魔天郎は、人を傷付けず鮮やかに標的だけを盗む『怪人』……だったはずなんだけど……」
亜希の納得出来ないという顔と今日の惨状を考慮して静流は言い直した。
「そんな芸当、対魔忍か魔界の住人じゃないとおかしいのではないか? というか、魔天郎に対して当時の対魔忍は何もしなかったのか?」
ミリアムが不思議そうに問う。
「あの時代、対魔忍の実権を握っていた井河の長老衆は、最初は魔天郎をただの劇場型の犯罪者だと判断して手をあえて出さなかったのよ。こそ泥程度など警察の仕事だと言ってね。まだ政府と手を組んでいなかった時代だったからって言うのもあるけど。しかし、段々と魔天郎が人の範疇を超えた存在ということが、対魔忍や裏の世界にも知れ渡り始めた」
「裏の世界にも?」
「魔天郎の標的が、表の宝石店や美術店だけではなく、裏の世界に住む犯罪者達の財産にまで及んでいったからよ。それは殺人も厭わない凶悪な犯罪組織でさえも標的になったわ。その証拠に当時、ノマドとともに東京に進出しようとした龍門も魔天郎に資金を根こそぎ奪われちゃって、直接の東京進出を諦め、東京キングダムに拠点を移したくらいだし。」
魔天郎をわずかに褒めたような静流の口ぶりに、亜希はやや苛ついた。
「何でそんな奴が二十年後にいきなりヨミハラに現れて、放火魔や火事場泥棒まがいのことをするんだ? あのせいでで子供がまだ何人も行方不明なんだ!」
「それは私にも解らない。けれど、敢えて理由を付けるとしたら、彼が言っていた通り、ここが犯罪都市であるヨミハラだからかも知れないわ」
「それってどういうことだよ……」
亜希の額に青筋がうっすらと浮かび始める。
「魔天郎は、盗む際に警察や従業員といった表の一般人を確かに傷付けなかったわ。けれど、犯罪組織の連中には、例外と言わんばかりに容赦なく武器を使って制圧をしていたらしい。ということは……」
「ここヨミハラの住人は、子供さえも全員が犯罪者だから容赦しないってか!? そんなの正義感気取りのただのクソ野郎じゃねぇかっ!?」
そう叫ぶと亜希は、机を思い切り叩いた。
「ちょっと亜希っ! 落ち着いて! 話の続きだけどよくそんな全方面に喧嘩売ることが出来たわね。やっぱり、魔天郎って特殊な能力を持っていたんじゃ?」
「いいえ、やっていたことは人の範疇を確かに超えていたけど、間違いなく魔天郎はただの人間よ」
静流の揺らぎない言葉にクローンアサギが少し不思議そうな顔をする。
「やけに強く断言するわね?」
「当時、魔天郎と唯一対峙した信頼出来る対魔忍からの情報だからよ」
「「「「!?」」」」
静流とナーサラ以外の目が驚きで大きくなる。
「長老衆は、かなり後でやっと魔天郎の実力に気付き、本格的に捕まえようとした。しかし、時すでに遅し。彼はその直前に何故か活動を急に止めてしまって、事件は未解決で幕を閉じた。けれどね、捕縛の命令が下る前に別件の任務に務めていた対魔忍が一人、魔天郎と何度か戦っていたの。」
「誰なんだ、それは」
「貴方もよく知っている人物よ。それは……」
数時間後、亜希とクローンアサギ以外はアジトへと帰ったが二人は酔い覚ましを兼ねて、事件現場近くを歩いていた。
「魔天郎のことを聞きに五車に行かなくて本当に良かったの? 亜希?」
「ああ、いつ魔天郎がまたヨミハラに現れるかも解らないし、情報収集は小太郎に任せるよ。」
そう会話をしながら二人が事件現場を一周し終えたその時――
「…………!?」
「…………っ!」
「ん?」
突如、彼女達の耳に男性二人の言い争う声が聞こえてきた。亜希が声の出所である路地裏へ顔を覗かすとヨミハラでよく見られる光景が見えた。
丸い帽子を被って白い鞄を肩にかけた初老の男性が、一人のオークと揉めている。
「ち、ちょっとそれは話が違うじゃありませんかぁ!?」
「うるせぇっ! これくらいじゃ慰謝料には足りねぇんだよっ!」
地上にはないあらゆる快楽を提供するヨミハラ。そんな街に惹かれて、街の現状など何も知らない観光客がたまに入ってくる。そして、案内人もいない彼らのほとんどは、騙されたり脅されたりして手痛い勉強料を支払わされるのが常であった。しかし、流石に殺しにまで至ると、逆に悪い噂が広がり、ヨミハラを訪れる者がいなくなる。
そんなヨミハラの常識は亜希達も理解している。
「行きましょう。流石に殺されたりはしないでしょ。」
「ああ……」
それ故に二人は、のまま通り過ぎようした。
しかし……
「この子の盗んだ品物代の三十倍のお金を支払えば、許してくれる約束だったじゃあないですか?」
「たった今値上がりしたんだよ! 手持ちがもうねぇなら、足りねぇ分はそのガキの体で払ってもらうぜ!」
よく見ると男性の後ろにはブルブルと震えている煤だらけの少女がいた。角が生えており、人間ではなく鬼族の少女だ。対するオークの右手には一万札が何枚も握られている。どうやら、その少女はオークの営む店で万引きし、連れ拐われるところを男性が間に入り、穏便にお金で解決しようとしているらしい。
「………………」
亜希は、男性が少女を庇っていることに気が付くと何も言わずに二人に近づいていく。
「いやいや、パン一つで大人気ないですよ! 体で支払うなら私が代わりに、こう見えてですね。ダンスなら得意なんです。最近の中年太りで自信がないてすが……一つ出たホイの♫ヨサホイノホイ♫」
「馬鹿野郎っ! いくらヨミハラでも、てめえみたいな中年オヤジのダンスを売り出すマニアックな店があるかっ!? どうやら、力付くで……ヒッ!?」
「足りない分は、私がこれで支払ってあげるよ」
亜希が、いつのまにか刀を抜いて、刀身をオークの首筋に当てている。刀から伝わる冷たい感触に今度は、オークが先程の少女以上に震え出した。
「ヒィッ〜〜〜〜!?」
遅れてクローンアサギが亜希に追いつき、情けない声を上げているオークに冷静に話しかける。
「もう良いでしょ? 今この子は、虫の居所が悪いの。昨日の火事のこともあるし、穏便に済ませましょ」
「す、スイマセンでした~!?」
オークは、男性と少女に目もくれず、勢い良く路地裏の奥へと走って行った。
オークが視界から消えたのを確認すると男性は緊張の糸が切れたらしく、べたりと地面に尻もちをついた。
「はぁ~死ぬかと思いましたっ……」
「ちょっと大丈夫かい、あんた。」
亜希は少し驚きながら、男性に手を差し出した。男性は、会釈しながら亜希の手を取りゆっくりと立ち上がる。
「有り難うございます。助かりましたよ、お姉さん方」
「いいってことだよ。しかし、よくあんたオーク相手にあんな啖呵を切れたね。ていうか、その子はあんたの知り合いかい。」
未だ男性のそばから離れない鬼族の少女を見ながら、亜希は男性に問う。
「いえいえ、わたしゃあね、先ほどこちらの街についたばかりなんです。お上りさんみたく良いお姉さんに目移りしてる時、偶然この子があの人と揉めているのを見て、間に入ったまでですよ。」
「へぇ~おじさん良い人なんだね。見ず知らずの子供を助けるためにあんなにお金を払ってさ。」
火事の事件の後からずっとピリついていた亜希の顔が、少し和らいだ顔になる。
「それにしても貴方。何であの店のパンなんか盗んだの? ここいらのストリートチルドレンは、誰もあそこのパン屋なんかに盗みに入らないわよ」
クローンアサギが少女に問う。
先程のオークは、高級パンを売るパン屋の主人である。しかし、パンは美味いと評判だが、盗みに対しては大人であろうとも容赦なく制裁をすることも知られている。それゆえに盗みで生計を立てているヨミハラのストリートチルドレン達は、絶対にあそこへ盗みには入らない。
クローンアサギの問いに、少女は俯きながらもポツリポツリと話し始めた。
「私元々、お母さんと二人暮らしだったんどけど、昨日の火事で、お母さんはヒック……焼け死んでお家もお金も全部燃えちゃってヒック……」
おおまかな事情を察した亜希は、少女の嗚咽を抱きしめて止めた。
「もう良いんだよ。事情は解った」
亜希は、少女の涙をハンカチを出してぬぐいながらクローンアサギに問う。
「しかし、どうしようか? この子」
「やっぱりビルヴァさんの孤児院に連れて行くのが一番じゃないかしら」
「やっぱりそれしかないよね……」
亜希は、少女の手を繋いで貧民街にある孤児院に向かおうとするが、その前に男性に声をかけた。
「おじさんは、もうここを出ていったほうが良いよ? もう可愛いお姉さんを買うお金はないんでしょ?」
「はい、確かに……っていえいえ、一回助けてはいさようならじゃあ、逆に冷た過ぎるってもんですよ。お金は無くとも、私にはこの子を最後まで見届ける義務があります。私もその孤児院に連れて行ってください」
ペコリと男性は、二人に頭を下げる。
「別に良いけど……本当に優しい……いや珍しいおじさんだね」
「ついでと言って何ですが、道中この新参者の私にヨミハラのことを教えてくださいな」
「……まぁ私達と居たほうが安全かもね、解ったわ」
亜希とクローンアサギは、少女と男性を連れてビルヴァが守る孤児院へ歩き出した。二人は道中で男性に 自分達がヨミハラ唯一の探偵であることを明かし、ヨミハラのルールを説明する。
「なるほど〜治外法権と言われているヨミハラでも意外と最低限のルールや秩序があるんですね」
「そうだよ、それに町内会とかあって、お祭りやハロウィンみたいな企画もあったりするんだ!」
「そりゃ楽しそうですね~」
「まぁ、それ以上に血生臭い厄介事も多いんだけど……昨日みたいに……」
クローンアサギの言葉に亜希の表情が再び陰る。二人のいきなりの雰囲気の変化に男性が不思議そうな顔をした。
「何かあったんですか?」
「あったというかまだ最中というかね……」
二人は昨日の魔天郎による火事と子供が行方不明になっていることを伝えた。すると男性は、怒りを露わにする。
「こんな所で子供を巻き込む火事を起こすなんてなんてやつだ! けしからん! しかし……」
男性は怒ってる途中で、何かを考え込むような顔になる。
「しかし、どうしたの?」
「いえね。魔天郎って二十年前に引退……じゃなかった、え~と姿を消したんでは? 何故、こんな地下の世界に? 一体何が目的何だ?」
「?」
男性の目が段々と真剣さを増し始めたのを見て、亜希が不思議に思う。
「おじさんって……」
「着いたわよ。亜希。」
亜希は、さらに質問しようとするが、一行はスラム街にある小さな建物に到着した。この小さな建物こそヨミハラ唯一の孤児院なのだ。
「起きてるかな、ビルヴァさん? 子供らが寝た後、たまに鍛錬してるって言ってたけど?」
地下世界故に解りにくいが、時間的にはもう夜である。故に亜希は、やや声を落としながらドアを叩いた。
「はぁ~い♪」
すると甘ったるい声とともに扉から出てきたのは、母性溢れる優しそうな顔に豊満な身体を保育士が着るようなエプロンに包んだ鬼族の女性だった。
彼女の名は、『ビルヴァ』。ヨミハラで孤児を保護する施設を経営している鬼族の女性である。鬼族にしては温厚で穏やかな性格で、子ども達はもちろん、近隣の荒くれ者達にもまるで家族の様に優しく接するのでヨミハラの住人から『聖母』と呼ばれている。
「あら? 貴方達は確か……探偵さんでしたよね?」
「夜分遅くにすいません。ビルヴァさん。実はお願いしたいことが有りまして……」
ビルヴァは、男性の隣にいる鬼族の少女をチラリと見ると事情を察したように優しい笑みを浮かべた。
「構いませんよ。大変でしたね。こちらへどうぞ。子供達はもう寝てますので大丈夫ですよ。」
四人は、ビルヴァに案内されて孤児院の中に入り、子供達と食事を取っているであろう大きなテーブルの前に座った。
そして、亜希は今までの出来事をビルヴァに話す。
「そうですか、先日の火事でお母さんが……」
少女は顔を伏せながらも、わずかに頷いた。
「それで一方的なお願いで恐縮なんだけど……ここにこの子を預けられないかな?」
亜希が申し訳無さそうに聞くが、ビルヴァは優しい笑顔で自らの豊満な胸を叩いた。
「任せて下さい。この孤児院は、こういった子供達の為に存在しているんです!」
ビルヴァの力強い言葉を聞いて、亜希だけでなく男性も嬉しそうな笑顔になる。そして、嬉しさのあまり少女の髪を無でようとするが……
「良かったねぇ、君! あらら……」
しかし、少女はもう眠気が限界のようでコックリと船を漕ぎ始めていた。
「あらあら…眠いのね。さ、こちらにいらっしゃい、」
ビルヴァは、眠たさで目を擦る少女の手を繋ぎ、寝室へ案内するため、一旦部屋から出た。
二人を見送る亜希達は、ホッと胸を撫でおろした。
「良かったわね、亜希。」
「ああ、本当に良かった。」
「良かったです。しかし…」
男性が不思議そうな顔で亜希とクローンアサギの方へと顔を向ける。
「彼女、え~とビルヴァさんと言いましたっけ? 彼女は、お一人でここを経営しているのですか?」
「そうですよ。」
すると、その質問に答えるかのようにビルヴァが扉から出てきた。
「あの子、ベットへ横になったらすぐに寝ちゃいました。」
また三人の前に座るビルヴァに、男性はそのまま質問を続ける。
「ビルヴァさん。お疲れでなければ、私に孤児院のことを教えて下さりませんか?」
ビルヴァは、聖母のような微笑みを崩さすに了承する。
「構いませんよ。何でも聞いてください。」
男性は、その笑顔を見てやや鼻を伸ばした顔になる。
「何でも!? でしたらスリーサイズ……では無かった。ビルヴァさんお一人でここを営んでいると仰られましたが、子供たちをお世話する人もビルヴァさんだけなんですか?」
「そうですよ。お食事もお洗濯もすべて私がやっています。」
「それは大変ではないですか?」
「ここは、ノマドの幹部さんがご厚意で出資してくださっていますが、資金をすべて子供達に使っていますので、私以外に職員は雇えないのです。ボランティアでたまに町内の皆様が手伝って下さることはありますが、常時子供達と一緒に居るのは私一人だけなんです。」
ビルヴァの説明に、惚ていた男性の雰囲気が徐々に消え、逆に真剣味が増してくる。
「失礼ですがお勉強の方は…」
「それも必要最低限のことだけですが、私が一人で教えています」
すると、ビルヴァの言葉に男性は決意を決めたように勢い良く立ち上がって叫んだ。
「解りました! 私が人肌脱ぎましょう!」
「おじさん、だからヨミハラでマニアックなお店はないよ?」
「やっぱりそうですか……って違います。私もここの孤児院に勤め、お勉強を子供達に教えます!」
男性の宣言にビルヴァは、一瞬嬉しそうな顔になるがすぐに表情が曇る。
「それは嬉しいのですが、先程も言った通りお給金を払える余裕が……」
「そんなものわたしゃいりません。何年も独身貴族で、お金だけは充分にあるので心配無用です。そもそも私がこの街に来たのは、この前までストリートチルドレンを見廻る知り合いが、年齢の都合でヨミハラに住めなくなり、元教師の私が後を託されたんです。」
「だから、あの子を気にかけていたのね」
「私はてっきり、女の人を買いに来たのかと?」
クローンアサギと亜希は、やや驚いた顔で男性を見る。
「最初はまぁ、この街に面食らいましたが……しかし、大人達の悪意に傷付けられた子供達に地上も地下も、魔界も人間界も関係ありませんよ。それに私は、普段はその老人の家に住まわせて頂くので、お部屋も圧迫することもないです!」
「本当によろしいのですか?」
「むしろこちらがお願い致します!」
◇
孤児院での話し合いの十数分後、亜希とクローンアサギの二人は、男性の住まいへと歩いていた。
「良かったねぇ。おじさん! 孤児院に勤めることが出来て」
「ビルヴァさんも喜んでいたし、久し振りに明るいニュースだわ」
「いえいえ、これもお二人方のおかげですよ。本当に有り難う御座います」
男性は、早速明日から孤児院で働けることが決まっり、笑顔で二人と話していた。やがて、小さな一軒家の前に着く。 すると男性は、その家の玄関の前で再び二人に頭を下げた。
「本日は、有り難うございましたご案内までして頂い て」
「いいよ。帰り道だったんだから気にしないで」
「明日から頑張ってね、おじさん。お休みなさ……ああそう言えば!?」
「どうしたの、亜希?」
男性が頭を上げた時、亜希が何かを思い出したかな声を上げた。
「おじさんの名前は、何ていうの? ずっとおじさんって言ってたから気付かなかったよ!」
「あ、そう言えば……ごめんなさい…」
男性は、やや失礼な亜希の質問だったが笑顔で答える。
「私の名前は、落合敏彦と言います。落合先生と気軽に言って下さいな」
◇
一方、同時刻、対魔忍本部である五車学園。
亜希から魔天郎の情報収集をして欲しいと頼まれたふうま小太郎は、学園の廊下を歩いていた。本来の学生の身分なら、ほぼ寝ている時間ではあるが、普段から全く連絡を取らないはずの亜希の特別な頼みでは断れない。故に小太郎は、急遽魔天郎と対決した唯一の対魔忍に話を聞く約束を取り付けたのだ。
やがて小太郎は、ある人物がいる部屋の扉の前に着き、やや緊張した面持ちでその扉をノックした。
「どうぞ、小太郎くん」
部屋の主の許可を得て小太郎は、部屋の中に入る。
「失礼します。」
部屋は、応接室のような間取りでその中央のソファに一人の人物が座っていた。長い黒髪、豊満な肉体、整った容姿を持った妙齢の美女。
「夜分、遅くに応対して頂いて感謝致します。『アサギ先生』」
まだ、ターちゃんの話が終わっていないのに、新しい話を始めて申し訳ありません。
数年前にYouTubeで見た覇悪怒組を久し振りに数話だけ見たらハマってしまい、全話を見た後で創作意欲が湧き上がって書いてしまいました。
覇悪怒組を知っている方がいたら、感想を頂けたら嬉しいです。
ターちゃんも少しずつですが書き始めています。
後、誤字脱字報告は喜んで受け付けております。