NEXT TIME 仮面ライダーツクヨミ、トゥルース 作:祝井
「この本によれば。優秀な美少女高校生、月読有日菜。かつての世界で彼女はレジスタンスの一員、ツクヨミであった」
いつものように真逢魔降臨暦を開くウォズ。しかし、いつもとは違って彼はランニングマシンの上で走りながら語っていた。息を切らしてはいないものの、ちょっときつそうに顔を歪めている。それでもなお、その口を止めようとはしない。
「最高最善の未来を目指す戦いの末、我が魔王──あなた達の言う"世界のソウゴ"が行った世界の破壊と創造により、彼女は普通の高校生となって学園生活を送ることとなり──」
ピポピポーン、と軽快な電子音が鳴り響いてウォズの声を遮る。するとランニングマシンのスピードが緩くなった。走る速度を緩めながらウォズは語りを再開する。
「ましたが。彼女もまたアナザーワールドの白ウォズが起こした事件の中でライダーの力を取り戻してしまう──」
ブーッ、と不快な電子音が鳴り響いてまたウォズの語りを遮る。するとランニングマシンのスピードが速まる。
「さて、彼女がかつての記憶を取り戻したとしたら。レジスタンスの一員、ツクヨミ。時を司る一族の次期女王、アルピナ。優秀な美少女高校生、月読有日菜。どれが本当の彼女なのか、どれが主人格となるのか──」
ブーッ、と不快な電子音が鳴り響いてまたまたウォズの語りを遮る。またランニングマシンのスピードが速まると同時に、アナウンスが聞こえてくる。先程までは意図的に無視していたのだが、内容的にそうも言っていられない。
『ウォズさんへの問題です』
「失礼、私の番が来てしまったようです……」
げんなりとした表情でウォズは本を閉じ、目の前に広がる巨大なウィンドウを睨みつけた。そのウィンドウには、『Q.ジオウに忠誠を誓う、3人目のライダーは?』と表示されている。
サービス問題のつもりかな。ウォズは内心イラつきながら、ためらうことなく「ウォズだ」と答えた。電子音が鳴り響き、ランニングマシンのスピードが緩くなる。
この異世界に閉じ込められて数時間。まだまだ、ランニングマシンは止まらない。
○○○
2019年1月某日の昼。光ヶ森高校の進路指導室。窓の外では凍える風が吹いているが、室内ではストーブが焚かれており外の寒さが嘘のようだ。
進路指導室の主である月読織次──自称スウォルツは、学校に持ち込んでいる炊飯器からよそった白米の上に、今朝タッパーに入れて持ってきたチンジャオロースをかけて食べていた。毎年恒例の窓に叩きつけられる強風や千切りのピーマンを見ると、どこか感慨深くなる。
ピーマンが嫌いで、食卓に出ると毎度両親や俺に「いらない!」と押し付けていた有日菜がもう高校卒業か。大きくなったものだ。
その本人は既に聖都大学への推薦入学は決まっており、今日は生徒会の引継ぎに参加している。数日の間昼休みに行われていて、今日が最終日だったはずだ。
で、有日菜といつも一緒にいる常磐ソウゴ、明光院景都──通称ゲイツ、大森愛良──通称オーラ、宇都宮澄春──通称ウールはこの進路指導室にいた。しかもここ数日連続で、その期間は生徒会の引継ぎと被っている。それだけならばまぁいい。だが、昼食を摂った後の行動がスウォルツには気にかかるのだ。
ウールは基本的にスウォルツと向かい合った席に座って小テストの勉強をしている。読んでいるのは英単語帳だったり、数学の教科書だったり、日によって様々だ。今日は古典の単語帳を読んでいる。
オーラも同じく単語帳を読んだり赤本を解いたりしていることが多いが、たまにソウゴとゲイツの方に行っては何やらアドバイスをすることもあった。今日は英語の文法書を読みながらも、ちらちらとソウゴとゲイツを見ていて目線が昨日までよりも忙しない。
そして、ソウゴとゲイツはスウォルツから若干遠い位置で何やら顔を突き合わせてやっている。スウォルツの定位置からは何をしているのかはわかりそうにない。恐らくこの奇妙な行動も今日が最後だろう、とスウォルツは何となく勘づいていた。
「いや、なんでもないですよなんでも」
怪訝な目を向けたつもりはないのだが、ソウゴが勝手に慌てて首を振ってくる。
いやそれはなんでもあるやつだろう。流石に聞くべきかと思っていると、オーラが不機嫌そうな目を向けてくる。
「てゆーかさ、受験も近いんだしこんなゆっくり食べてて大丈夫なの?」
「自分で言うのもなんだが、私は優秀な教師だ。やるべきことは早めに片付けている。
そもそもお前達が来ているのに、受験がらみのことをできるわけないだろう」
「あ、言われてみれば」
「前任がマニュアルを残してくれたおかげで早め早めに動けているが、問題は二年後だな。受験制度が大幅に変わってくるから対策や大学への手続きなんかで前例が通じなくなる」
「うげ」
ウールが思わず顔をしかめる。当事者なのだから当然の反応だ。
最初に口を出したオーラはというと、その被害を受けることが無いためか途中から聞いていなかった。それどころか文法書を閉じて、ソウゴとゲイツの間を覗き込んでいる。
「やっぱゲイツさぁ、私が渡したの全ッ然読んだことないでしょ」
「……最初くらいは読んだよ」
「いつのよ何年前よ絶対覚えてないわよーッ!!」
「落ち着きなよオーラ!?」
「うっさいわね! あんたは暗記してなさい、成績下がってるんでしょ!」
「別にそんなことないんだけど!?」
「それに常磐はこれをどうして通したのよ、あんた恋したことあるでしょうが!」
「えぇ理不尽…………」
いつも通り理不尽に抵抗しようとするウールと、ヘナヘナと上半身を倒すソウゴ。ゲイツもゲイツで難しそうな顔をしている。
「何の話をしているのかは聞かないでおくが、これ以上騒ぐなら追い出すぞ」
意見は求めん。最近はご無沙汰な言葉に、全員黙り込んで作業を再開した。スウォルツもチンジャオロース丼を再び食べ始める。
「そういえばピナの弁当にピーマン入ってるの見たことないわね」
「ああ、アイツはピーマン苦手だからな」
「……シスコン」
○○○
夜。高校教師であるスウォルツは受験期になると毎年帰りが遅くなる。今年も例外ではないどころか更に遅くなることが増えた。
去年までは残った生徒の質問に答えたり鍵当番を任されることが主な理由だったが、今年は進路指導部長に任命されたため更にやらねばならないことが増えたのだ。
そのためこの時期になると、有日菜はクジゴジ堂でソウゴや順一郎と夕食を共にすることが大半になる。
だから今日もコンビニで牛カルビ弁当を買ってからマンションに帰ってきたのだが。有日菜は手つかずの親子丼と共にスウォルツを出迎えていた。
「おかえり」
「ただいま。まだ食べてなかったのか?」
「……今日は一緒に食べようと思って」
珍しいこともあるものだ。そう思いながら自室に向かい、上着をハンガーにかける。すぐにリビングに戻ってきて席に着く。
二人で手を合わせて、いただきます。お互いに違う店のコンビニ弁当に箸を入れていく。
心地良いとは言えない無言。いつもならどちらかから話題を振るところだが、最近はあまり話ができていないのでどの話題がいいかスウォルツは決めかねた。
とりあえずオーソドックスなのでいくか。そう内心意気込んだスウォルツの出鼻はくじかれた。
「最近、どう?」
「俺か。若年で進路指導部長に任命されたのは嬉しいが、やはり大変だな。
お前こそどうだ。生徒会の引継ぎとか、特にトラブル無く終われたか?」
「……いや、何も無いけど」
不自然な溜め方だ。言葉とは裏腹に何かあるやつだとスウォルツは確信する。本人に訊くつもりはないが。
「ごちそうさま」
箸を速めた有日菜はさっさと容器を空にして自室に戻ってしまった。
教師として同じくらいの女生徒と関わることは何年間もやってきたことではあるが。兄としてというのはまた別の意味で難しい。
溜息を吐いた後、スウォルツはスマートフォンからある人物に電話をかける。時間も微妙だし最悪明日でも良かったが、早めに確認したいのは確かだった。コール音が二回鳴った後、不機嫌そうな声が聴こえてくる。
『……なによこんな時間に』
「悪いな、そんなに時間は取らせん。今日、有日菜に何かあったかだけ聞きたくてな」
『スウォルツなら気付いてると思ってたんだけど。まぁいいわ、良い知らせかどうかはわからないけど教えてあげる』
そんなことを言われると、流石のスウォルツも不安になってしまう。ごくりと喉が鳴るのが自分の耳にも届いた。
『ゲイツに告白されたのよ』
「……ほう、遂にか」
『驚かないのね』
「いつかはその日が来ると思っていた」
しかも、今は高校生活の終盤も終盤だ。関係性を変えるには丁度いい時期と言える。
そんなことを考えていると、スウォルツの中で一つ合点がいった。昼休みの違和感。
「進路指導室に来てたのはそのためだな」
『ええ。ラブレターを添削してあげる、ってね。他人の目があるところではやりたくなかったし』
スウォルツは「そうか」と返すと、少し黙り込んで口の中で次の言葉を転がした。言っていいものか、悩ましい。
『何黙ってんのよ。もう切っていい?』
「オーラ」
『何よ』
「お前は良かったのか」
『別に。……って言える程軽い気持ちじゃ無かったわよ。でも、前の記憶を取り戻してから考えちゃうんだ』
なんとなく、この後に続く言葉がスウォルツには分かった気がした。オーラはこのことを誰かに吐き出したくて、でも誰に言えばいいのかわからなくて、俺の電話に出たのかもしれない。
「言ってみろ」
『普通の令嬢の大森愛良と、タイムジャッカーのオーラ。本当の私はどっちなのかって』
やはりそうか。このような状況に陥る人間こそが稀有だが、その彼らが必ずぶち当たる悩み。
『スウォルツはさ、そういうこと考えたことないわけ?』
無論、あった。有日菜の部屋の扉をちらりと見てから話し始める。
「2007年の3月、お前やウールと出会う一年前だな。その時に俺と有日菜、そして俺達の親は事故に遭ったのは知ってるな」
『ええ』
「あの時だ。あの時、俺は記憶と力を再び手にしたんだ」
ほんの僅かに残された王家の力とオーマジオウの力の一片。その力は自分と有日菜を守ってくれた。しかし、両親までは助けられなくて。
両親の事故死に対するショック。かつての記憶の再来。助けを請える者も思いつかない。その二つが重なった結果、当時のスウォルツはある暴挙に出た。
「俺は病院で有日菜を絞め殺そうとした。が、できなかった。今の記憶が俺の手を緩ませたんだ」
『その後、私みたいに考えることがあった、ってわけね。結局どっちだと答えを出したの?』
スウォルツは「まぁ急くな」と言いつつ、過去の愚行を罵らないオーラに内心感謝していた。彼女は有日菜の"ズッ友"なのだ。
「まぁそこに辿り着くまでには色々あったがご要望通り省こう。俺の答えを言葉にするならば──両方だな」
『両方』
「せっかくもう一つの人生を知っているんだ、ドンドン良いところを取っていけばいいと思ってな」
『……なんていうか、あんたらしいわね』
「そうか? まぁ思う存分悩め。今と前のギャップとて、俺とお前では違う。俺とお前の出す答えも違ってくるはずだ」
スウォルツにはオーラの答えがある程度わかっていたが、それをそのまま教えてはならないと思っている。これはオーラ自身が見出すべき問題だ。だが記憶を取り戻したのは昨年の10月頃。三ヶ月は悩んでいるはずだから、ヒントをもう一つくらいは与えてもいいのかもしれない。
「なぁ、オーラ」
『何よ』
「お前は有日菜のズッ友か?」
一瞬の沈黙の後、オーラが吹き出す音が聞こえた。笑い声も聞こえる。心外だ。
「何かおかしいかオーラ」
『いやっ、そのね、フフ。ワードセンスが、ね、フフ』
「お前が言ったんだろう」
『いやそーなんだけどさぁ、あーウケる』
笑いが収まったところで、オーラはうなり始める。
『そうね、私はピナとズッ友でいたい、かな』
スウォルツはまた「そうか」と返すと微笑んだ。これがヒントになればいいのだが。
『……えっ何、意味分からないんだけど』
「今はそれでいい。ありがとう」
『なんか釈然としない……』
オーラは最後まで不満をぼやいていたが、スウォルツはそれに構わず通話を終えた。
ふと、カーテンを開けてみる。半分輝いているはずの月は雲に隠れて見えなかった。
○○○
「おはよう!」
「おッ! おはよう!!」
「おはようツクヨミ!」
翌日の朝の登校中。ソウゴとゲイツに合流した有日菜は至って普段通りに見えた。中々露骨にがっくりと顔を落とすゲイツを、ソウゴはフォローしようと有日菜に喋りかける。
「ねぇツクヨミ? 昨日の件なんだけどさ……」
「ああ、昨日ゲイツから貰ったラブレターね」
有日菜はさらりと応えると、隣を歩くゲイツの方を向く。「えっ」と顔を上げたゲイツの頬に手を添え──
くちゅ。
「えっ」
有日菜は、ゲイツに軽く口付けた。ゲイツは今さっきの出来事が信じられなくて、自分の唇に触れる。そして確信した。あの感覚は、本当だったと。
「ええええええええええっ!?!?」
その光景を近くにいたソウゴも、三人に合流しようとしていたオーラとウールも、周囲の生徒も目撃した。
そして一人の少年も、どこからか見ていた。