「あーあ、また面白いのいないかなぁ〜……流石にポンポンゼットン級のはいないよねぇ
もっと遊びたいなー」
握った拳は空を薙ぎ、風切り音と共に軽い感触を伝えてくる
パスパスと気の抜けた音が鳴るそれは、クマを模るぬいぐるみ。
「待ってるよ、ゆーくん」
記憶、残影
エコーの掛かった昔日の声
掠れる夕陽が彼女の姿を覆い隠して
そのロングコートが日暮れ時の風に揺れる
河原の草原に、コンクリートの路外に、そして安らぎある家に。
膝より低い位置に揺れる裾を翻らせて
フードを被った彼女が笑う
黒い色に滲んだ姿が微細なディテールを潰してしまう。
「私に苗字をあげますって、そう言ってはくれないのかな」
もはや不定形な影となった彼女が
滲んだままの姿で近寄ってくる。
黒い影は俺自身の頬に手を当てて
ぬるりと紅い、手形を残した。
「愛してる」
(雄介!雄介起きろ!)
「はっ!何っ?どうした!?」
(単純に時間だ!火曜とはいえ午前は講義がある!)
「やっべ」
ザインに起こされて目を覚まし、そのまま上着を被ってベッド下に放置してあったジーンズを穿いて走り出す
大学の講義開始時間と相談することにはなるが、コンビニで昼を買えば十分だろう。
「間に合えぇっ!」
時刻は8:17
家からのタイム上ではやや遅いが、講義開始には少しだけ余裕がある
しかし悠長に買い物をしているほどではない。
「飯は1限2限の間で確保するか!」
カーブを体重移動で躱し切り、大型トラックの横につけて少し離れる
トラックの側からはほとんど見えない死角位置に居るのはどちらにとっても非常に危険な行為だからな。
「よし間に合った!」
「あ、来た……」
同じ材料工学を受講している大学生の一人だ。
「ほら、こっち座って」
栗色のサイドテールを提げた女に手招きされて、その隣の席へ座る雄介。
「髪、解いてあげる」
「え?いやいいよ手間だし」
「寝癖つきっぱなしだから」
明は慣れた手つきで櫛を取り、そのまま雄介の髪を梳き始める
周囲からは視線が突き刺さっているが、そんな事を気にした様子は微塵もなかった。
「滅茶苦茶見られてるんだけど?」
「いいの、別に私は彼氏いたりしないから」
言葉少なく返した彼女は飽きることもなく髪を梳き終えて櫛をカバンに戻し
時計へと視線を向ける。
「そろそろ時間よ」
ちょうどその時、教授が鞄を抱えながら駆け込んできた。
「そ、それでは本日の講義を始めます!
……まずは材料工学1の52ページ、単元の12を見てください、ここに載っているのはセルロースの構造式です
セルロースはご存知の通り植物の持つ生体由来の構造材であり、高い強度と軽さ、更に保存性を兼ね備える強力な天然材料です
硬い繊維は高度に密集し、特殊な方法で破壊するかか同じく高硬度の物体を衝突させて掘削するなどの方法を取らねば破壊は困難です
しかし材料は炭素・水素・酸素の重合体で、基本的な炭水化物と同じ材料からなるため、金属材料などに対しては比較的軽量です
アルミなどに比べると重いですが、それにしても工夫次第ですね」
人造セルロースの生成実験はいまだに研究室の気密扉を出ず、
ちゃっと表面を加工してそれらしく見せかける程度の偽マホガニーや漆塗で誤魔化した産地偽装オーク材が出回る現状の話や安いそれらは今後も駆逐することは不可能であろうという悲観的観測が教授から語られる。
「植物の特性として、それ自体が非常に堅牢な細胞壁を持っていることが挙げられます
ではこの細胞壁ですが、物理的性質以外にも特筆するべき性質がいくつかあります、
……山本さん、2つ挙げてください」
「…………」
「ぉぃ、玲子!れーいーこー!」
こんこんと机を叩きながら声を掛けると、居眠りしていた女性がパッと姿勢を正す
が、もう遅い。
「えっと……」
(細胞壁の性質だって)
「え!?」(だから細胞壁の性質っ!)
小声で隣の友人が囁いているが、さっきまで寝ていたような輩には理解が及ばなかったようで
「では野守さん、代わりにどうぞ」
無情にも、その名は出席者名簿から消されてしまうのだった。
「さて皆さん……教科書を
閉じてください」
ここからだ、教授の授業は前半は座学
そして後半は実技を行うことが多い。
「さぁ技術棟の方にセルロース材と木工用の機材を用意しています、
今日のテーマ通りに木工細工を作ります、板は選別されていないものなので、木目や節には気をつけてください
特に節を読み違えると、その部分だけが腐って抜けてしまいますからね
合板は許可しますが相応に評価が下がりますので覚悟して使っててください」
全員で荷物をまとめて移動する
そこはノコギリやバンド、釘などが置かれる技術棟の細工室、材質としてセルロース材の性質や構造を理解し、その上で木材としての木の扱いを学ぶ
実技が役に立つことは珍しいが、全くないわけではない
それに状況や理論、構造や性質、その全てに於いて、理解するには実際に体験することが一番良いのだ。
(なかなかアクティブな先生なんだな)
(そうだね、俺もフィールドワークで電気炉を使って実際に七宝焼きを作ったときは驚いた
最初の授業では紙飛行機と竹蜻蛉をマジで作るくらいの人だから、気にしたら負けだろ)
ヘリコプターと航空機の飛行理論のためには非常に実践的な方法なのだが
やり方がやり方だけに受け入れがたいものではあった。
「はぁ……」
ため息をついて
公園のベンチから立ち上がる。
「きてくれないなー」
退屈を殺すために
影は一歩踏み出した。
今後の作品展開の方針は?
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ニュージェネ系統
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昭和兄弟系統
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ンネェクサァス(ねっとり)