「それで、失踪事件の方はどうなったんですか」
「はい、八木さんは先日無事保護しました
精神的・肉体的損傷も確認できず、現在は完全に復帰しています」
雄介と話しているのは近くの交番勤めの
彼は以前からBURKと警察組織の仲立ち役であるが、最近は頻繁に顔を出している
そのため研究課に転属する以前の予備陸戦隊員だった雄介とも面識があり
その縁を引き継いで転属以後もそれなりの頻度で話をしている人物である。
「まぁ冷蔵庫の中身は犠牲になりましたが」
「……あぁ……」
なかなか家に帰れない警察官であるゆえに幾度かはあるのだろう
日持ちしない食材が悲しい存在へ生まれ変わってしまった経験が。
「まぁそんなくらいですかね
大事にはならなくてよかったですよ」
「捜索願いも取り消しですかね」
「そうですね、また明日あたりに事務さんがそちらに伺うと思います
一応事件の記録はあるんですが、こちらもただ寝ている彼女を拾っただけ、というものなので……結論としては夢遊病みたいな扱いになると思います」
本日、日本は平穏無事。
先に上がらせてもらえた雄介は家庭教師としてのアルバイトを来月で切り上げることを伝えに毒ヶ丘邸を訪れていた。
「それで、大変申し訳ありませんが、一身上の都合により、退職させていただきたい」
「……娘はどうするつもりだね?」
「学習内容については高校2から3年に準じるものまで進んでおります
各教科の習熟度及び内容に於いては支障ないと思われます」
有彩の父親である屋敷の当主が重々しく問う内容を完全に聞き違えている雄介はしゃあしゃあと答えるが、巌雄は一喝して繰り返す。
「そういう話ではない!娘の将来はどうすると聞いているんだ!」
「ですから、英才教育としての内容には間違いありません、就職に於いて障害になることは無いと考えております」
「……わかった、では良い
今月末をもって有彩の教師役を解任する」
「ありがとうございます」
深く長い溜め息をついた親父さんの一言に頭を下げた雄介は、最後の授業に向けての準備を始めるべく有彩の部屋へと向かった。
「あのパンドンなかなかだったのに、すぐやられちゃったよ
ざぁんねん」
喫茶店でコーヒーを飲みながら笑う
溶岩を操る能力は炎系の中でも上位の種族が持つ力、代表的にはキリエロイドやEX化したレッドキングだが、小規模ながら噴火まで起こしてみせるあのパンドンもかなりの強個体だったということだろう。
「でも、面白そうなのも見つけた」
女の目に映るのは遥か彼方の毒ヶ丘邸
その一室に、強烈な色を見た。
「炎、花、水、それに風なんてのまで
なんでも持ってるなんてずるいなぁ」
くすくすと笑いながら、女は牙を剥いた
……支払いは580円なり。
「それじゃあ今日の授業を始めよう
今日の一限は音楽なので何も無いんだけど、個人的に若干目立ってるから公民にします」
「えぇ?なんでですかぁ!」
「残念なことに一番成績が低いからです」
雄介の無慈悲な一言にうなだれる有彩
こんなやりとりもあと3週間程度と考えると気が重くなってくる。
「はいまずは教科書の48ページ、日本の経済状況についてなんだけど
このグラフから見ると何が一番目立つかな」
「……国債?」
「正解、日本って収入より支出が多い赤字経営が常な上に毎年経済規模を拡大しようと躍起だから毎年国債を作るんだ
債権ってつまり借金なんだけど、これを毎年作ってるってことは……?」
「借金の雪達磨ってこと、だよね」
上目遣い気味にこちらを見遣る彼女を正面から見返して正解と告げ、説明を続ける。
「国債は額面と利子と償却期間の要素で構成され、この紙切れが信用によってウン万円の価値を保証される……つまり、何年後かに増えて帰ってくるよっていう約束と何も変わらないものなんだ
でもそれを毎年作って、しかも増えていく
これがどうなるかと言うと……まぁ当然借金地獄さ」
しかし、と雄介は指を一本立てる。
「日本の国債は基本的に円建て、つまりは『日本円での価値』なんだ、で日本円に対して通貨発行権を持つ造幣局を持っている日本政府は
『円を作りまくる』ことで自分達の懐を無理矢理潤わせて返済することができる
まぁ実際はデータ上の預金額を上げるだけなんだけど」
円が社会に出回る量が急増すれば猛烈なインフレを起こして物価が急騰し経済的没落の第一歩になりえるという一種の禁じ手ではあるが、借金地獄自体は解決できるのである。
「そんで日本は通貨スワップって言う経済的条約を結んでいる国があったり外貨準備高も結構な額でさ、色々安定している国際的信用の高い通貨だから、外国に対しての債権も割と円建てだったりする
あと日本人ってのは衆愚教育されてて無能豚ばっかりだから、自分達が崖っぷちどころか落ちてる最中でも気づかない
だから経済的な意味での衝撃によるバブル崩壊のような不況は発生しづらかったりもね」
気づく人は逃げ出すのだが、泥舟が沈みかけていても気づかない奴は気づかない
そして社会の大半が『一万円札には一万円分の価値がある』と考えていれば信用に担保された価値を維持することはできる
「話が脱線したけど、その債権をどう処理するかってのが毎年議員が話し合ってるけど何の結論も出ていないアホらしい問題なんだ
さて、ここからは考える時間
有紗ならこの膨れ上がる債権をどうやって削る?」
「税収を増やす、かな」
「良い方法だ、では税収を増やすためには?」
「税率を上げる?」
「それもまた一つのやり方だ」
理想的なやり方では無いが、明確な失敗でも無いであろう方法
もちろん衆愚からのブーイングは避けられないが。
「自分でやるなら、経済を加速する
例えば企業優遇の政策を打ち出し、製造系の企業を活発化させることで競争を誘発し、広告とかから購買欲を煽って消費者に大量購入を迫るんだ」
単価を上げるのではなく、薄利多売による収入増加を目指す方法
一気に多量に回収するのではなく、徴税の機会を増やした上で少しずつ僅かに回収することで収入を嵩増しするのだ。
だがそれもまた、インフレの危険を孕む
方法としては一長一短ではあるが、少なくとも好景気という名目に隠し安くはある。
「あぁ……嘘だろ」
突然端末から鳴った警告音に目を向ければ怪獣出現のアラーム
やや遅れてスマホからは怪獣警報発令の警告が点灯する。
「なに?」「行かないといけなくなった」
そこに大きく書かれた名は
タイプバーディア パンドン。
「待って先生!なんで行くの!?」
席を立った雄介へ有紗が問うが、雄介は一言だけを置いて走り出した。
「これが俺の選んだ道だから」
その言葉に不安を覚えた有彩も慌てて雄介を追うが、そもそも人を抱えて走れるくらいには鍛えている雄介と貧弱引きこもりである有彩では絶対的に速度差があり、追いかけられていることにすら気づかないまま雄介は屋敷を離れていく。
そして正門の裏、敷地内の監視カメラの視界から外れ、門の外からは見えないギリギリの位置に立ち、呼吸を整える雄介。
(行くぞ雄介!)
「ああ!ザイン・イグニッション!」
己の首に掛けられた光の鍵を胸に
堅く閉ざされた扉を開き、心の光を解き放つ
全身から雷の入り混じる光が迸り、電子回路を体に備える銀と赤の巨人が拳を掲げて現れた。
「先生…!」
どれだけ息が苦しかろうと諦めずに、背を追ってきた少女に目撃されながら。
今後の作品展開の方針は?
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ニュージェネ系統
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昭和兄弟系統
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ンネェクサァス(ねっとり)