「オペレーションフェニクスインザコフィン発令!総員配置を確認してください!」
「こちらポイント4問題なし」
急ピッチで行われた重力偏向板の設置は日本の建設業者の驚異的技術力によって恙無く終了しており、その起動装置は高さを揃えた周囲の残存ビルの屋上やベランダなどに設けられていた。
「……日暮れに合わせて作戦開始、自分の仕事はタイミングあわせてデカいスイッチレバーを下ろすだけ、簡単だな」
(それで済むなら良いんだがな
忘れるなよ、今はエネルギーも枯渇して体力も限界、まともには戦えないんだからな)
「そりゃあもちろんわかってるよ」
パンドンの背部にあたる側面、ポイント4に単独で配置された雄介はコーヒーの
今は16:45、作戦開始時刻17:00に合わせた配置が完了したその頃だ
突如として、地響きが鳴り始める。
「な、なんだ!?」
予測よりもはるかに早く、パンドンの復活が始まった
そしてその衝撃のせいで、小柄な少女の足音を聞き逃した。
「ぐ……ぁ……」
灼熱の塊を押し付けられるように、熱を感じた雄介の体側に突き立ったのは、つい先日まで調理台に載って俎と菜箸を相棒としていたはずの肉切包丁
もっとも、自分の横腹に突き刺さったものなどよりも、なによりもまず雄介に衝撃を与えたのは
それを握り、なおも笑う少女の姿。
「そん、なッ……! どうして、こんなッ……!」
その瞬間、氷を内から砕いたパンドンが復活し、先ほどまで纏っていた冷気を上書きするように高熱を纏い始める
こうなってはもはや手遅れ
今になって重力偏向板を起動してもやつは自力で復活してしまうに違いない。
「ひ、ひどい怪我だよね、雄介先生。そんなにひどい怪我なら、もう戦えるわけない、よね? 私だけの雄介先生で、居てくれるよね……!?」
泣きながら笑う彼女は金色に霞んだ狂った目をして
もはや物質化するほどの負のエネルギーを全身から放出していながらも
乱れた髪も黒く美しく、指を通せば滑らかな
幼げな顔に似合わぬ豊かな体を持った少女
そう、毒ヶ丘有彩だった。
(有彩のマイナスエネルギーがあの怪獣を……!? ここまで濃くならないと、ウルトラマンの俺すら気付けないなんてッ……!)
(雄介、無理をするな!
致命傷ではないが重傷だぞ、すぐに処置を行わねば危険だ!)
(いやだめだ、すぐに仕留めなくては
有紗のマイナスエネルギーがパンドンに流れ込んでいる、このままでは有彩も精神力を吸われて死んでしまう)
そう、本来なら怪獣を呼び寄せ、アキレスの残した『盾』のいまだに残るバリアを突破させるための呼水に過ぎないエネルギーを既に顕現した怪獣へと繋いだ結果
イレギュラーとして発生したこの状況
彼女のマイナスエネルギーを際限なく吸収してパンドンは常に強くなっていく
そして、エネルギーを奪われる彼女は……。
「えっ……雄介先生、まさか、まだ戦うつもりなの……!?」
死んでしまうのだから、その前に。
「そんなの、そんなこと出来るわけないじゃん! だって先生、私にお腹刺されて……ひどい怪我してるんだよ!?」
そう、その前に、奴を屠らねばならない
だから、今は。
「そんなことは関係ない……!」
「そんな身体で戦うなんて無理だよっ! だって私、そのために先生をっ!」
狂った目をした女の声は、もう雄介に届いていない、今まさに溢れゆく血の一滴すらも
奴を倒すために捧げんとする
恐れを知らぬ戦士に、乙女の声は届かない。
「ダメだよ……ダメだよダメだよそんなのッ! 雄介先生はもう、ウルトラマンなんてやらなくていいのッ! これからもずっと、私だけの雄介先生でいてよッ! あんなところになんか、もう行かないでよッ! なんでBURKが居るのに、雄介先生まで戦わなくちゃいけないのッ!」
(征くぞ)(無理だ雄介!これ以上体に負担が掛かれば死んでしまうっ!)
(たとえ我が身が朽ちるとも……守るべきもの背に立たば)
命を捨ててでも戦う覚悟を決めた鋼の闘士、そんな彼が、震える足に力を込めて立ち上がろうとする姿に、有彩は胸を打たれ――再び包丁を握り直していた。
「……あ、あはは、そうか、そうなんだ。雄介先生は、お腹刺されたくらいじゃ諦めてくれないんだ……! そりゃあそうだよね、今までずっと私達を守ってくれていたウルトラマンなんだもん……! これくらいで止まってくれるわけなんてないッ……!」
「有彩……!?」
「ごめんね先生、気付かなくて
先生を止めるなら……足の腱を切ればいいんだって!」
血塗れの包丁を握った彼女は華のような笑顔を作って、確実に雄介を止める策を実行に移す
その瞬間。
「そこまでだッ! 大人しくしろ、毒ヶ丘有彩ッ!」
「あうッ!?」
背後から突如として奇襲を受け、策は潰えた
その奇襲を仕掛けたのは―小森ユウタロウ巡査だ
一撃で手元の包丁を叩き落とし、そのまま彼女を投げると素早く手錠をかけて、足元に転がった包丁を片足で圧し折った。
「小森巡査……!? いや、あなたは……!」
尋常ならざる怪力を以ってでなくばあり得ぬほどの一撃、そして全く異なる気配
その気配には覚えがある。
「全く……詰めが甘いぞザイン。灯台下暗し、とはよく言ったものだが……注意深くこの娘を見ていれば気付けていたはずだ。女心に鈍いからこういうことになるのだと知れ」
「クライム教官……なのですか!?」
人が聞けばお前が言うなと返されるだろうが、事ここに絞れば正論極まりない
少女を締めながらでさえなければ正座で説教でもしているといった風情だが
そんな余裕はここにはない。
「ぅうっ! 離せこのっ、このおぉッ!」
運動不足気味な少女としてみれば異様なほどの出力でユウタロウを弾き飛ばそうとする有彩
相手がプロレスラーやウルトラマンでさえなればそれも叶うほどの力であった。
「待ってくださいクライム教官、その子は……!」
「あうぅうッ! 離せ、離してよおッ! 私は、私は……雄介先生を止めなきゃいけないのにぃいッ!」
「……辛い思いをして来たという過去は、今の悪事を正当化出来る免罪符ではないッ! そこを履き違えるなッ!」
マイナスエネルギーによる力は世界のエントロピーが増大すればするほど強まる
負の感情が強まれば強まるほど、彼女自身の肉体の出力も増していく
だが、それは一時的なものに過ぎず
力を出せばそれだけ強い負荷が体を傷つけていく
無理にユウタロウを退かそうと力を込めることは、彼女自身の肉体損傷に繋がる
だからこそ、雄介は状況を即座に終わらせなければならない。
「ぐ、うッ……おぉッ!」
避難指示の出ていた範囲を超えるほどのエネルギーを発揮したパンドンの火炎が街を焼き、ビルを倒壊させてゆく
状況は有彩や雄介だけの話ではない
奴を止めなくてはならないのだ。
雄介はビルを離れて走り、パンドンの元へと急ぐ
彼我の距離は200メートル、短い距離だが、傷を負った体で走るにはあまりに長い。
「……!? おい、待てザインッ! 間も無く救急車と応援の警察官が到着する、お前は安静にしていろッ!無理に動けば傷が広がるぞッ!」
「先生、雄介先生ッ!お願い行かないでぇッ!」
二人を置き去りにして、戦士の剣が光に満ちる
街を焼く炎を映す鏡のように
どこまでも赤く、赤く、赤く。
(すみません教官、ごめんな有彩……! 俺が、俺がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったのにッ……!)
燃え盛る街の中を駆け抜け、パンドンの巨体を仰ぐ彼は。誰も責めることなく、ただ己の責任を完遂することにのみ心血を注ごうとしている。
(だからせめて……奴だけは、奴だけは俺がッ!)
「ザイン――
今後の作品展開の方針は?
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ニュージェネ系統
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昭和兄弟系統
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ンネェクサァス(ねっとり)