「苦しめよ少年」
突然、声をかけられた。
日が紅く染まる夕方。ぼんやりと窓の外の景色を部活の合間に見る僕の至福の時間が遮られる。
七月の終わり、夏休みに入る少し前のこの時期は何だか皆浮足立っているように見える。この先輩も、その内の一人なのだろうか。
「人生とは苦しみの連続だ。そして、生きる意義はその苦しみにしかない」
「難しいことを言いますね、先輩」
僕たち中学生は、所謂思春期というやつの真っ最中だ。生きる意味とか理由とかを模索して、出た結論を意味ありげにひけらかしたくなる時期なのだ。
後輩の辛い所は、耳を塞ぎたくなるような恥ずかしいセリフを最後まで真面目に聞いている風にしなければいけないところだ。
まったく、めんどくさい先輩を持った。
「そんな小難しい話の前に、先輩は高校の進路のこと考えたらどうですか。まだ決めてないんでしょう?」
「些事だ」
「自分の一生を左右する事っすよ」
話を流そうとする僕の言葉をバッサリと切り捨てる。
どうやら今日はよっぽど話を聞いてもらいたいようだ。
観念して、クラリネットを机の上に置き、体を先輩の方へ向ける。
「そこ」
「はい?」
「日光、当たってるぞ」
木管楽器は日に当てるとダメになる。具体的に何がどうなるかはよくわかっていないが、見られたら先生にこっぴどく叱られることだけは確かだ。
慌てて楽器を日の当たらない場所に移動させる。
「ありがとうございます」
「私まで時間を失うのはごめんだからな」
「私は考えたのだ。生まれることに意味は無いと」
「それは、どうしてでしょうか」
神妙な面持ちを取り繕い、話を合わせる構えを取る。
「私の答えの前に、お前はどう思うかを知りたい。生まれることに、意味はあるか無いか。お前はどう考える」
「無いですね」
断言する。
恥ずかしながら、僕も一年ほど前、散々考えた。
生きる理由、意味、意義。
まったく、今思えば僕はなんてくだらないことに時間を使ったのだろう。
自分で自分が恥ずかしい。
「行動には、理由が伴います。勉強するのは、大学に進学するため。大学に進学する理由は、自分の就きたい仕事に近づくため。仕事をするのは、生きるため」
「模範的だな」
「でも、現実的ですよ」
「続けます。あらゆる行動には目的があります。そしてその目的とは、自分の意思で決定して初めて目的となり得ます。「親にあの職につけと言われたから」「教師があの高校を勧めるから」、などと言った、他者の意見をそのまま自分の意見と錯覚する行為は、「目的を定める」という事にはなりません」
「総括すると、理由と目的はワンセットである、という事です。どちらかが欠けるだけで両方がその形を保てずに失われます」
「我々人間は、生まれる前は意思がありません。それを持つのは生まれてからさらに数年後です」
「僕たちは、意思を持って、理由を持って、生まれてくるわけではありません。他者の営みから創造されるのです。自分の意思が介在しない行為に、理由はありません。ですので、生まれる事に意味はありません」
一呼吸置く。
なんだか、途中から自分でも何を言っているかよくわからなくなってきたけれど、言い切ることはできた。正解だろうが不正解だろうが、言い切れたのだから、それ以上何かを言われるいわれはない。
「はい、僕は言いましたよ。そろそろ先輩の答えとやらを教えてくださいよ」
「………………」
「先輩?」
いつの間にか腕を組みながら項垂れていた先輩は、一定のリズムで深い呼吸を行っていた。
「……寝やがった……」