寝取られエロゲ世界にTS転生したら幼馴染が竿役間男だった件について   作:カラスバ

10 / 22
セイウンスカイ

 ――奇蹟は起きない。

 いつだって世界は予定通りに進行される。

 リンゴが重力に引かれて大地へと落ちるように。

 当たり前の事が当たり前のように起きては過ぎ去っていく。

 

 そしてそれは、その日の夜も同じだった。

 

「歩夢ッッッッ!」

 

 黒男が叫ぶ。

 道路の向こうから走って来る、灯を付けていない車。

 どうやら倒れて起き上がろうとしている歩夢の事に気づいていないらしい。

 スピードを落とさないまま、こちらへとやってこようとしている。

 

 黒男がいくら手を伸ばしたところで、今更歩夢に手は届かない。

 目の前で車が歩夢を弾き飛ばす瞬間を見ているしかない。

 その事を直感に理解した彼は――しかし、それでも歩夢の事を助ける為に身体を動かそうとする。

 しかしあまりにもタイミングが悪すぎた。

 歩夢が倒れた音で振り返り、そしてその時には既に事態は出来上がっていた。

 そこから動き始めたところで、いや、それ以前に身体に上手く力が入らない。

 

 

 だけど、それでも。

 

 

(あゆ、む……!)

 

 彼女の身体が宙を舞う瞬間を見たくなくて思わず目を瞑る。

 どすん、という金属の塊と肉とがぶつかり合う重々しい音が――しかしいつまで経っても聞こえてこなかった。

 一体、何故。

 その理由は、すぐに分かった。

 分かったが、しかし理解が追い付かなかった。

 

 

(……は?)

 

 

 

 すべてが。

 

 固まっていた。

 

 車も。

 起き上がろうとする歩夢も。

 光を求めて飛ぶ夏の虫も。

 すべてが、止まっていた。

 

(これ、は)

 

 混乱しつつ、しかし現実は黒男に一体何が起きているのかを教えてくる。

 

(時間が……止まって、る?)

 

 そうとしか思えない現象。 

 それをすぐに拒絶する事なく受け入れられたのは、彼が既に超常なる力を持っていたからだろう。

 

(なんにし、ても。これ、なら……!)

 

 そうだ。

 これなら、歩夢の事を助けられる。

 彼女との距離は10メートルもない。

 そして時間が止まっているというのならば、ゆっくりと歩いていても彼女の元に辿り着けられる。

 それなら、早く。

 彼女の元に行かないと――ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(動かな、い?)

 

 身体は、石のように動かなかった。

 ぴくぴくと痙攣したり瞬きするほどの動きは出来る、しかし一歩踏み出したりは出来なかった。

 まるで、そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 身体を動かす事は出来なかった。

 

(う、動けよ)

 

 願っても変わらない。

 現実は変わらない。

 すべては予定調和に進行していく。

 

 奇蹟は起きない。

 

 当たり前の事が当たり前のように。

 夢から醒めて現実に戻されるように。

 

 

 ゆっくりと――時間が動き始める。

 

(ま、待て。待ってくれ。お願いします、お願いだから)

 

 

 車。

                      ブレーキ。

   歩夢。

        きょとんとした顔。

 振り返る。

 

 

 ――そして、彼女の身体は、視界の外へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 薬品の匂いが漂ってくる気がした。

 病院の廊下を歩く。

 目指すのは入院患者用の病室の一つ。

 その場所にすぐに辿り着いた黒男は一度深呼吸したあと、ゆっくりと扉を開いた。

 

 

「あ、黒男」

 

 来てくれたんだ。

 歩夢は今までと変わらない、へにゃっとした笑顔で黒男の事を出迎えた。

 いつもと変わらないのは笑顔だけ。

 彼女の体の所々は頑丈そうなギプスや包帯で覆われている。

 

「暇だったから、来てくれて嬉しいな」

「……大丈夫、なのかよ」

 

 大丈夫な訳ない。

 

 結論から言うのならば、彼女は全身の至る所を骨折するだけで済んだ。

 腕や足、そして肋骨など。

 しかし彼女曰く、どれも奇蹟的にぽっきり綺麗に折れたのですぐにくっつくし、何なら2か月もしない内に退院できるらしい。

 

「まったく、みんな大袈裟なんだよ。まあ、動き回れないし手も使えないからゲームも出来ないけど。だけど死んでないんだから、めっけもんだよ」

 

 死んだら人生お終いなんだから。

 何故かちょっと苦笑しながらそう言う歩夢。

 

「後遺症とかは、ないんだよな」

「それはね、ないよ。炎症も起きてないし、絶対完治するって。命賭けても良いよ?」

「……命賭けるとか、言わないでくれ」

「あーその。ごめん、ちょっと不謹慎だったかも」

 

 それから歩夢は、ふーと息を吐く。

 瞳が若干とろんとしているところから察するに、眠いのかもしれない。

 

「ごめん、俺帰るわ」

「えー、来たばかりじゃん。暇だからもっと話しようよ」

「『ゆっくり眠って、それから元気になってくれ』」

「ん、……」

 

 歩夢のまぶたがゆっくりと重たそうに降りていき、それからすーすーという寝息が聞こえ始める。

 黒男は音を立てないように病室を出て――そこで一人の女性と出会う。

 

「こんにちは、黒男君」

「……歩夢のお母さん」

 

 黒男の言葉に「ちょっと良いかしら」と前置きをされる。

 

「その、ね。あまり気を落とさないで――と言っても、きっと無理なんでしょうね。だけど、貴方がいるお陰で、あの子は凄く嬉しそうにしてくれるの。だから、余裕があったらまた来てちょうだい?」

「……はい」

 

 小さく頷き、それから黒男はその場を離れる。

 どこかふわふわとした足取りをしていて、実際彼も今、本当に地面の上に立って歩いているのかどうか分からなかった。

 

 ……気づけば彼は病院の外にいた。

 黒男は空を見上げる。

 青空には真っ白な雲が高い場所に浮かんでいて、風に流されどこかへと向かっていた。

 不思議とセミの鳴き声は聞こえてこない、いや、それどころか耳鳴りがして来るほどに周囲は静かだった。

 まるで世界が終わってしまったかのようで、しかしだというのに空気はとても暑く、太陽は陽気な日差しを降らしていた。

 

 黒男の頬を冷たい雫が伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏休み――終わっちゃったな」




『Summer holiday』is end

Next season『Fall in one』is coming soon……











これにて第一章はお終いです。

……ちなみに本来ここで主人公の歩夢ちゃんは黒男との思い出を失う事になる予定だったのですが、それだとガチのシリアスストーリーになるので、止めました。
この作品はあくまでコメディ作品なんや。

あと、シーズンとか言ってますが四季を律儀にすべて巡るかどうかはまだ未定ですので、念のため。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。