加えて、この世界には超能力が存在する。馬鹿げたことに、それは麻雀で使われている。テレビに映る異常な対局と、それを不正を疑うどころか当然のものとして扱う実況と解説。なのに超能力の実在を明示的に認めてはいない者が多数派である。かくいう私も、転生という非科学的現象の当事者のくせに、
確率を無視した超次元麻雀。猫も杓子も麻雀しようぜ。牌と運気だけが友達さ。雀士に生まれたからには、誰でも一生のうち一度は夢見る『地上最強の雀士』。
なんてのは冗談にしても、周りの熱にあてられて麻雀をしてみようと思った。たいして上手くはなかったが、前世でも麻雀は嗜んでいた。仲間内でやっていたのでルールはかなり適当で、ローカル役が入っていたが。
ともかく、小学生もすなる麻雀といふものを私もしてみむとてするなり。
結果、見事に友達を無くした。
春。全国の高校で新入生が入学してくるシーズンである。全国屈指の麻雀強豪校である千里山女子高校では、入部希望の新入生が部室の前に詰めかけていた。高校2年生にして帰宅部の私には縁のない話である。そのはずなのだが、今は部室に用があった。正確には、同じクラスの清水谷竜華さんに。
体験入部の対応で部員が駆り出されているのだろう。彼女を含めて、部活動に所属している面々(麻雀部に限らず)が放課後になるなりそそくさと教室を出て行った。
――あれ、清水谷さん携帯忘れてない?
初めに気づいた誰かがそう言った。机の上には携帯がポツンと取り残されていた。
まさかわざわざ置いていったわけでもないだろうし、すぐに取りに帰ってくるだろう。いや、あの様子だと下校するまで気づかないかも。気づいたとして、忙しくて戻ってこれないのでは。放っておくべきか、届けに行くべきか。
言葉に出さずとも、皆考えている事は同じ。どうする?と互いの顔を伺って、十数秒無言で凍り付く謎の空間が発生していた。
清水谷さんは誰にでも優しい性格と綺麗な容姿からクラスの人気者であるが、特別親交が深い者は限られている。まして新学年ということもあり、教室に残っているのはおそらくクラスメイトの域をでない者だけ。
やがて痺れを切らした私が立候補して、部室まで携帯を届けにきたのだ。決して友達が少ないからこういう些細なことをきっかけに新学年こそは友達を作ろうと涙ぐましい努力をしているわけではない(ぼっち特有の早口)。
部室は部員と入部希望者含めた数十名でごった返しており、パーティ会場もかくやという感じだ。人混みは部活動の説明をしているグループと卓に座って麻雀を打っているグループに分かれていた。清水谷さんを呼ぼうと声をあげても、この喧噪に飲まれて消えるだろう。部室の前に立ってきょろきょろと探してみるが、この中から人を探すのというのは難しい。
「入部希望者やろ?ちょうどよかった、今一人足りひんかってん」
「え、ちょ」
「一名様ご案内~」
学ランに短パン姿の少女がこちらへやってきて腕を掴み、何故か部室の中へと引っ張る。もしかしなくとも入部希望者と勘違いされてる?
「オレは江口セーラ、よろしくな」
「こ、小鳥谷藍です」
俺っ娘に連れてこられた卓には入部希望者らしき2名が座っている。よろしくお願いしますと挨拶をされたので、思わずこちらもそれに応じる。
「半荘一回な~」
そうこうしている内に卓に座らされていた。勘違いを正す頃合いを見失い、周りに流されるように山から配牌を取ってきてしまった。
人数合わせに一半荘ぐらい付き合ってあげてもいいか。諦めがつくと頭がスッキリしてくる。あわよくばなどと考えていたが、元より麻雀部で忙しい清水谷さんと友達になるなど望み薄。直接返すことにこだわる必要はない。これが終わったら正直に話して、部員に預かってもらえばいい。
こうして牌を触るのは1年ぶりだろうか。麻雀で友達を失くした小学生以来、ネット麻雀以外では自発的に麻雀をすることはない。それでも友人間で遊ぶとなれば『とりあえず麻雀』となることもざらで、誘われて渋々打つことはあった。高校生になってからはそも一緒に遊ぶというほど仲の良い友達がいないので、それすらめっきりなくなった。これが高校生活唯一の卓に座っての麻雀になるのでは……。いやいや、今年こそは新しいクラスで友達を作るのだ。贅沢は言えないが、麻雀以外の趣味を持つ友達だとなお嬉しい。
「ツモ。2000・4000」
最初の和了はセーラだった。点棒を払って、次の山が積まれる。なりゆきで麻雀を打っているが、そもそもなぜこんなことをしているのだろうと疑問がわいてくる。現役の麻雀部員と新入生の力量差はどれくらいか、体験入部では手を抜くのか。とりわけ気になるのは、体験入部でいきなり部員と打たせている事だ。
前世も今世も部活動に所属したことが無いので、部活動の普通というものはわからない。しかし前世で卓球部の体験入部に訪れた時は、最初にルールを教わり入部希望者同士で実際にやってみるという段取りだった。いきなり経験者とさせてもお互いに気まずいだけだろう。麻雀の場合は4人でやるものだから、一人ぐらい実力が突出していても構わないということなのかな。いや、そもそも千里山ほどの強豪ともなれば麻雀部を目的として入学するものが多い。こうして体験入部に来る人達に未経験者はまずいないだろうから、ルールや実力差の問題はないのかもしれない。
推測するに、この対局は見込みのある者を大雑把に探すことを目的としているのではないか。他の卓を見渡してみると、部員か入部希望者かは分からないが対局を後ろから覗いている者がちらほらいる。この卓の入部希望者の二人には緊張も見えないので、おそらく当人たちには伏せられているのだろう。とすれば、この麻雀部での将来が関わるかもしれない彼女らを邪魔するのも悪い。波風立てないようにしよう。
和了は控え、さりとて露骨な振込やオリは避ける。それを繰り返して南2局がちょうど終わった時である。
「あれ、小鳥谷さんやん」
振り返ると、尋ね人たる清水谷さんがいた。
「なんでここにいはるん?」
入部希望者はみな新入生である。部員でもないのにここで麻雀を打っている2年生は私以外にいない。クラスメイトである清水谷さんからその疑問が出るのは当然だ。というか接点ないはずだけどクラスメイトの名前全員覚えてるの……?
「あの、携帯忘れてたから届けようと思って」
携帯を取り出して清水谷さんに返す。
「あれ?ほんまやそれうちの携帯。持ってきてくれてありがとう」
眩しい笑顔と共に感謝された。さすがクラスのアイドル。これを拝めただけでも価値があったと考えよう。
「ええっ、じゃあ入部希望者やなかったんか」
「セーラおっちょこちょいやなあ」
「携帯忘れた竜華に言われたないで」
用は果たした。入部希望者でないとわかった以上、ここにいる意味もない。
「それはそうと、小鳥谷さんが麻雀するとこ初めてみたかも。ちょっと見せてもろてもいい?」
「えっ」
あとは清水谷さんに代わってもらおうかな、と思っていたのだが。途中退席は感じが悪いのも確かなので、希望とあればやるしかない。でも見られるのはちょっとまずいかもしれない。
「いいけど。……つまらないよ?」
結局うまく断る理由は思いつかなかった。あと2局。すぐ終わるし、何とかなるはず。
南3局 親 セーラ ドラ{①}
藍 北家 配牌
{①②③4赤56三四赤五七七北北}
うっ、よりによってこんな時に配牌聴牌。いやいや、まだ単なるダブリーの可能性だってある。ダブリーの確率が0.2%ぐらいだった気がするので、単なる幸運で出ることもないわけではない。
「っ」
後ろに立つ清水谷さんの熱い視線を背に感じる。
セーラ 1巡目 打牌 {北}
まあ、出るよね。
「すみません、それロンです……」
「うそん!?」
「
『人和』。
鳴きのない第一巡で子が自身の自摸の前にロン和了をすることで成立する、一般に役満とされる役である。必然的に子の役満直撃となるので32000点の放銃。25000点スタートの標準的な四麻だと大抵一撃で飛ぶことになる。じゃあ、役満放銃なんて無くすべき?
否、役満放銃は大抵の場合で過失である。例えば、九連宝燈なら染め手になるし国士無双や清老頭なら么九牌を集めるので、河から察知できる。大三元や小四喜なら役牌が生牌あるいは鳴いていることから気付ける。もちろん配牌が良すぎれば読めないことは稀にあるが。
しかし、こと『人和』に限っては過失は0である。
配牌からとりあえず不要牌を捨てようとしてロン。持ち点が32000点以上ない場合は飛び終了のラス確定。天和を喰らうほうがマシと思わされるくらいの理不尽だ。第一打ゆえ避けようもないこれは、もはや天災といっていい。そのためこの役は倍満や満貫として扱われることもある。だがそれ以前に――
「人和はなしですよね? 8000です」
人和はローカル役でありそもそも採用されていないのが普通だ。これは前世でも今世でも変わらない。お手軽すぎる役、人和を筆頭とした理不尽な役、採用するとキリがない役満。ローカル役がローカルたる最大の理由は、採用するには
「いやあ、珍しいですね」
少し喜ぶフリもして、誤魔化してみる。もちろん今回の和了はただの偶然ではない。狙ったわけでもない。
『ローカル役が成立する手でしか和了れないが、ローカル役の手になりやすい』
これが私の能力の一つにして、小学生時代に友達を失くした原因である。当時は自分の能力に気づかず、テレビで見た麻雀は高くて速い手をぽこじゃか和了っていたのでこれが普通だと思いこんでいた。調子に乗って和了り続け、周りとの温度差に気づいた時にはもう遅かった。
南4局 親 入部希望者A ドラ{北}
藍 西家 一巡目
{①⑤⑧269一四八東西北白 白}
よし、うまく作用してる。二連続でさっきのようなことになる可能性は低いが、どうせオーラスだし念には念を入れておいた。
『
親の配牌か子の最初のツモ時に手牌に刻子、順子、搭子がなく対子がひとつだけある状態で成立するローカル役満。
しかし例によって採用されていないので、面子手七向聴、七対子五向聴と悲惨なことになる。メリットが皆無だからか、私はこれを100%狙って出すことができる。
江口セーラ 33000
小鳥谷藍 28000
入部希望者B 27000
入部希望者A 12000
後ろの清水谷さんがどういう顔をしているのか分からないが、能力に気づかなければ確率の収束とでも思ってくれるだろう。
「ツモ、1300オール」
「ロン、2000は2300」
「ツモ、700オール」
しかし、ラス目の親の和了が続いてしまう。次で終わるだろうという甘い見通しで、連続で『十三不塔』を使ってしまった。メリットが皆無というのは正確には嘘だ。原理は不明だが、運を溜めこむように次の手牌が良くなるというリターンがある。連続で使うと一回で満貫、二回で跳満、三回で倍満以上を狙える手という風にどんどん良くなる。あくまでも打点の最低保証が吊り上がるというもので、それ以上になることもかなりある。が、和了が保証される能力ではない。そして重要なのは、打点が速度に勝手に変換されることがあるということ。
既に三回溜めこんでいるため、今能力を解除すれば倍満相当の手が入るだろう。それが速度として出れば、また人和が出ることもありえる。かといってこのまま続けるのもまずい。十三不塔であることに気づかなくても、先ほどから手が異常に悪いことには気づかれているはず。
十三不塔の確率はおよそ1万分の1と言われている。次も使えば四連続となり1京分の1。天和すら霞む確率である。
江口セーラ 31000
小鳥谷藍 26000
入部希望者B 22700
入部希望者A 20300
悩んだ末また『十三不塔』を使ってしまった。早く終わってくれという祈りが通じたのかそれ以上続くことはなく流局で終了した。
「それじゃあ、私はこれで……」
対局後の礼を終え、さっさと帰ろうとすると肩を掴まれる。
「ちょっと待ちぃな」
額を汗が伝う。振り返ると、ニコニコと微笑む清水谷さんが立っている。しかしその笑顔から感じたのは眩しさではなく恐怖だった。
「小鳥谷さん、何か隠してるやろ?」
――これが私の千里山女子高校麻雀部との出会いである。