今年で70回の開催となる高校生達の夏の祭典、インターハイ。私にとってはこれが初出場。団体戦は私達千里山も決勝まで駒を進めたものの、白糸台が優勝。敗北を喫した他校は涙を呑んだ。しかし個人戦がまだ残っている。強豪校千里山は、もちろん個人戦も全国出場している。といっても私だけなのだが。
全国大会の予選は都道府県大会の予選と同じく総合得点による順位で本戦への出場が決まる。私は1位と僅差で予選2位抜け。トビが無ければもっと稼げたんだけどな。毎回均等に削るのは面倒臭くてやってられない。幸い、本戦はトビなし半荘1回のトーナメント方式で行われる。
このレギュレーションは去年の宮永さんの暴れっぷりを考慮してのものではないかと思っている。25000点スタートの1回きりの勝負では、1位が圧倒的に暴れた場合に2位~4位が実力を反映しているか疑わしい。実際そういう意見がプロや関係団体から出たという噂もある。団体戦のように半荘2回に増やすなどの処置は、対局時間が延びるので嫌厭したのだろう。それに結局25000点スタートだと
明日は決勝を含めた本戦があるので、最後の調整をする。宿泊室で一人黙々とタブレットを見ていると、清水谷さんが肩越しに覗き込んできた。
「それは何を見とるん?」
「宮永照のデータだよ」
決勝に上がってくるだろう選手にいくらか目星はつく。その中でも対策すべき選手となると、更に絞り込まれる。三箇牧高校の荒川憩さんとは北大阪予選で格付け済み。臨海女子の辻垣内さんは随分と
私が今一番ライバル視している選手は宮永照。僅差とはいえ予選総合得点では負けているし、前年度チャンピオンということもあってその強さは評判だ。現役の高校生最強。そして恐らくはプロに交じっても遜色ないであろう実力。そんな彼女とは是非とも万全を期した状態で、全力で戦いたい。
「珍しいなぁ、一人の選手にそこまで入れ込むなんて」
「できる対策は全部して、使えるものは全て使わないと個人戦に出た意味がないからね」
使えるものは全て使うという言葉に何か引っかかったのか、清水谷さんがジト目になる。
「そういや、団体戦ではいつものアレ使ってなかったやん。……手抜いてたんやったらマジで怒るで?」
勝てたのならともかく、団体戦は優勝を逃したのだからチームとしては見逃せないことだろう。
「いやいや、『ローカルルール』はルールだけあって宣言する必要があるし。公式戦じゃ使えないよ」
法律然り、知らなかったでは済まされないのがルール。それでも明記・明言する必要はある。したがって能力の発動には対局前または各局の前にルールを伝える必要がある。前例がないのでどういう扱いになるのか分からないが、ルールの強要を仄めかすような発言を大会でしたら失格になるに違いない。
そういえば、欧州選手権には対局中に歌う選手がいると聞いたことがある。日本のインターハイだとどうなるんだろうか。三味線もある程度見逃される緩さだから問題ないのか、あるいは局と局の間のインターバルなら見逃されるかも。しかし恐喝とも捉えられかねない発言は、これからする対局に対して影響を及ぼす可能性があるのでやはり駄目だろう。
「宮永照なら、鏡みたいなのに気つけろよ」
スマホを弄っていたセーラが、会話に首を突っ込んできた。
宮永照は東1局は"見"に回り、それ以降相手の能力を見透かしたかのような動きをする。対局したプロによると、打ち筋やクセまでは分からないようだが。その人はなんと呼んでいたか。
「確か、『照魔鏡』だったかな。話聞く限り知覚系の能力だと思うんだけど」
「それの対策は出来てるん?」
私の能力も十中八九見破られるだろうが、無効化ではなく単に能力を看破されるだけならば問題はない。なにせ本人ですら使いこなせている自信がないほどに、私の能力は多すぎる。手の内が分かったところで全ての能力を同時に対策することは不可能だ。私と何百局と打って手の内も明かしている清水谷さんですら、未だに翻弄されている。とはいえ、自分の能力を一方的に見透かされるというのは気分が悪い。
「うーん」
「なんや、藍にしては珍しく自信ないやん」
「私には知覚系能力がないからさ。実感のまったくない能力は対策がなかなか思いつかないんだよね」
私は2つある親能力の1つ『ローカル役』から派生して多種多様な子能力を持っており、その範囲は和了系、支配系、配牌系、聴牌加速系と多岐にわたる。したがって、能力者と対局した時も大抵は自分でも似たモノを持っているため性質や弱点を見抜きやすい。しかし、宮永照の『照魔鏡』や清水谷さんの『無極点』のような知覚系能力だけは持っていない。
「何言うてるん。あるやんアレが」
「え?」
「どういうこと?セーラ」
「ほら、藍がリーチした時にビビッと来るヤツ」
リーチした時にビビッと……?
「もしかして、『オープンリーチ』のこと?」
「そう、それや。藍がリーチかけた時、たまーに手牌のイメージが浮かんでくるやん」
オープンリーチは手牌を公開することで成立する。しかし通常のルールでそれをしたらチョンボになるだけである。『十三不塔』だって役としては成立しないがメリットは存在して、能力としての体裁を保っていた。しかし『オープンリーチ』は前述の通り通常ルールでは聴牌したところで手牌を公開できないので、これ単体だとローカル役判定を得られない。公開というデメリットを背負えないと、何の効果も得られない。門前で聴牌しやすいとかはあるかもしれない。あったとしても実感できないほど微々たるものすぎて、フナQに調べてもらう気も起きない。このように、能力と呼ぶには致命的なまでの欠陥がある。
そこで色々調べた結果、『リーチ時に相手の脳内に直接手牌のイメージを送り込む』能力があることが判明した。これをすることでオープンリーチが成立し『高め自摸和了り』や『振り込んできた相手から役満確定』といった諸々の恩恵を得ることができる。
これは相手に対して情報を送るものだが、見方によっては知覚系能力とも捉えられる。冷静に考えたら、私はテレパス能力を持っているということになる?
「ちょっと試してみよっか」
むむむむむ。
はぁっ~~~!!
「どないしたんや、そんな眉間に皺寄せて」
「いや、念を送ろうとしたんだけど。駄目か」
麻雀外だと能力が発動しないとかもあるけど、基本的にこの世に存在する殆どの能力は麻雀外でも発動すると私は考えている。その最たる例が、私の『ローカルルール』。この能力は定義が非常に曖昧で、こういう能力だ、という説明は困難だ。私の持つ能力の中で最も未解明な事が多い。特に麻雀外でとなると能力の性質上不用意に使うわけにもいかないので、研究は進んでいない。
今の所分かっているのは、『他人への行動の誘導』ぐらいだ。~しなくてはならない、~してはいけないという風な言葉を伝えることで発動し、一時的に義務感を植え付け行動を誘導する。そのため強い意志を持って抗おうとすれば逃れられる程度のものであり、強制というほど強力なものではない。勿論そういう使い方もできる可能性はあるが、やはり怖くて試せない。
能力を使うということを意識していなければ発動することはないのだが、厄介な事に、感情が高ぶっていると暴発することがある。そんな時にうっかり命令口調で喋ろうものなら、それなんてギアス?な超能力と化す可能性もあるので、普段から言葉遣いには気を付けている。
他にも清水谷さんの『無極点』は、麻雀と関係なくても頭を使う場面で発動することがある。定期試験で突然足を組みだして試験官にやんわりと注意されたことは、暫く部内で弄られていた。
だから『オープンリーチ』も麻雀外でテレパス能力が生えてくると思ったのだが。
……そういえば『オープンリーチ』の時はそんなに力まずに、牌のイメージが頭にあった。というか、テレパシーなのだから伝えたい何かが必要になる。何でもいいから何か伝われ~が駄目なのは当然。今度は具体的な言葉を思い浮かべてみる。
(聞こえますか……セーラよ……今……あなたの……心に……直接……呼びかけています……)
「うわあ、何や何や!?」
「セーラ!? 急にどうしたん」
セーラが突然辺りを見回して騒ぎ立てる。
お、これはいけてるのかな? 清水谷さんにも試そう。
(ファ〇チキください)
「きゃあああああああ!?」
――数分後。
「もう二度とせんといてな」
「はい」
酷い目に遭った。具体的にどういう目に遭ったのかは、互いの名誉のために伏せさせていただく。ともかく、こちらから相手への一方通行のテレパシーができるようだ。
「せや。テレパシー使えば、公式戦でもさっき竜華が言うてたアレ使えるんやないんか?」
「それ、私も思った。後で試していい?」
「ええんやけど、ちょっとは加減してな」
「ちょっとセーラ、藍に手加減なんてさせたあかんで」
『ローカルルール』は紙に書いたルールを見せても効果を発揮する。内容を相手に宣告したという事実が重要なのだ。だからテレパシーでもいける可能性は高い。
ちなみに言語形態は主要な自然言語であれば構わない。但し相手が理解できないと多少効力が減衰してしまう。エスペラント語のような人工言語、ASCIIコードやシーザー暗号のような極端な情報変換では効力はほぼゼロになる。よって基本は日本語を使う。いざという時のためにヒンドゥー語でも覚えようかと思ったが、面倒臭くて止めた。
ともあれこれで私の最大の切り札が決勝で使える。団体戦の前に気付けていればと思わざるを得ないが、後の祭りだ。
「まあそっちはそっちとして。後は『鏡』の対策を考えたいね。清水谷さんも知覚系だし、何か思いつかない?」
うーん、と思案する清水谷さん。知覚系の能力は他の能力と比べて特に直感的で、理論的な説明が難しい。正直この分野は専門外なので、頼りになるのは怜や清水谷さんだ。
「そういえば合宿の時に一回だけ、普段の藍と生体反応が違いすぎて行動がまったく読めん時があったわ」
「竜華が集中モードやったのに調子悪い時あったな。あの時は藍がなんか怖い顔してたからよう覚えとるで」
「怖い顔」
「多分それ。顔や息遣いもそうやけど、なんか捨て牌に違和感があんねんな」
そんなに顔に出るような能力あったっけ? 自覚してないけど変な顔してたってちょっとショックなんだけど。
「あ」
相手の能力をコピーする『真似満』があった。捨て牌に違和感といえば間違いなくこれだろう。大抵の場合、コピーのために5巡や一局を捨てたりするよりも普通に攻めた方が強い。そのため支配系に対する万能解ぐらいでしか使わない。そして支配系は滅多に遭遇することがないので、能力の存在そのものを忘れかけていた。
清水谷さんが理由を持って捨てた以上、それを真似た私の捨て牌からも同じ理由が読み取れる。しかし『無極点』発動中は鼓動や息遣いという情報に頼るので、それらと卓上の状況が一致していないと推理を誤る。それで調子が狂ったのだろう。
だが、清水谷さんは生体反応が違うとも言っていた。これだけは説明がつかない。
「これはどういうことだ?」
「え、何。なんかついてる?」
じっと見過ぎたせいか、体中を探る清水谷さん。
……辻褄を合わせられる解釈を1つ閃いた。
思えば、そもそも能力のコピーからして原義の『真似満』とは関係がない。能力の存在を前提とした麻雀の役の定義なんて存在するわけないのだから当たり前だが。『能力のコピー』は捨て牌を真似る、つまり『
捨て牌や能力だけではなく
『無極点』中の清水谷さんは目も雰囲気も違う。コピーした能力を行使していた自覚はないが、自動的に似たようになるのかもしれない。捨て牌、能力、体温、息遣い、鼓動や代謝まで何もかもをコピーしたとするなら、どうだ。
「宮永照に通用するかは分からないけど、試してみるのはありかも」
宮永照が何を基に能力を見抜いているのかは分からないが、同じ知覚系である以上、清水谷さんのようにコピーした何かによって攪乱できるかもしれない。
加えて、『真似満』の一時コピー中は他の能力を放棄する。都合よくいくとは限らないが、能力が不活性化した状態なら看破されない可能性だってある。
何より、宮永照自身に『照魔鏡』をかけられるのが大きい。こちらも相手の隠し札を把握できるのだから、情報戦の上では五分に持ち込める。
うん、考えれば考えるほどやり得な気がしてきた。保険にしては十分ではないか。
「そういや肝心の連続和了は?」
「そっちは既に対策してきてる。今さっき手札が増えたから、今日中に作戦練り直すけど」
大幅に方針変更することになる。『ローカルルール』は我ながら卑怯極まりない能力と自覚しているが、私の全力で戦うからこそ今回の個人戦に出た意味がある。公式戦では使えず、部員相手でさえ手加減して使っていた能力。自分でさえどこまでできるのか限界を知らない能力。それを今日、一切の遠慮を捨て完全解放する。正真正銘の全力。私がどこまで通じるのか、これではっきりする。
「優勝は、千里山女子高校2年小鳥谷藍選手! 前年度チャンピオンを打ち破り王座を手にしました!」
私の個人戦は呆気なく終わった。呆気なく、優勝した。全てが作戦通りだった。全てが既定路線だった。
あれでは勝負にならない。喩えるなら。私は異能力バトルをしているのに、彼女らはまだ異能力麻雀をしている。住む世界が違ったのだ。全ては戦う前から決まっていた。それのなんてつまらないことか。
――勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む
孫子の兵法である。現代ではよく『事前に準備している奴が勝つ』という意味合いで用いられる。しかし今の私には、これが運命論染みた言葉に聞こえてならない。遺伝子や才能といった段階から既に準備は始まっており、勝者は生まれついた時から勝者で、敗者は生まれついた時から敗者とも言えるのではないか。
「すごいです、藍先輩!」
後輩からの憧憬。
「藍ならでぎるっで信じでだで~」
同期の涙交じりの歓喜。
「おめでとう」
先輩からの祝いの言葉。
「ほんま、ようやったな」
監督、コーチからの称賛。
全ての声が遠のいて聞こえる。各々の反応を、どこか他人事のように見ていた。山のようにいたであろう記者のインタビューも気づけば終わっていた程に、私は放心していた。
胸の奥にぽっかりと開いた孔。私の心に歓喜は無かった。
――周りの人間と、決定的な何かがズレている。
この世に生まれ落ちた時から、それは運命付けられていた。家庭でもどこか浮き気味で、本心で語り合えるような親友とは縁がなく。
それもそのはず。私は転生者で、元々あるべきではない後から付け加えられた存在。正道ではない。友達を失ったのも、自己満足の報いを受けただけ。考えてみれば、どれもこれも私の力を象徴するかのようだ。
ああ、そうか。漸く理解した。
私は、この世界で独りなのだ――――