ローカル役でしかあがれない   作:エゴイヒト

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藍染

 

 ――荒川憩、宮永照、辻垣内智葉、小鳥谷藍の4名は次の制約を負う。

 

 ――1.連続和了した者は8連続和了しなければならない。

 

 ――2.誰かが連続和了した場合、その者が7連続和了するまで他家の和了りを禁ずる。

 

 

 どこからともなく聞こえたその声は機械音声のように無機質で、見下すかのように冷たい。

 

 小さく首を振るう。いつも通りのつもりだったけど、幻聴が聞こえるほど緊張していたのかも。前年度チャンピオンとして、個人戦2連覇の重圧は思っていたより大きかったのかな。

 

 ……なんて、そんな訳がない。まだ席決めを終えて自動卓によって山が積まれたばかりで、対局は始まってすらいない。しかし戦いは既に始まっていると考える。対局者を見ると、私と同じように周りを見渡して声の主を探していた。ただ一人、千里山の小鳥谷さんを除いて。

 

 犯人は彼女、ということでいいのかな。あの声は実際に発されたものではないことを、他の2人も分かっているみたい。耳ではなく心の中に響く声を聞くのは初めての感覚だった。こういう能力を持つ人もいるんだ。

 

 ただ声を届けるだけの能力ではないのは明らか。まずは様子見をする。小鳥谷さん、彼女との対局は初めてで『照魔鏡』を使うことに変わりはないのだし。

 

 

 東1局 親 憩

 

「ツモ。1000・2000」

 

 東1局は、私が見に回ることを熟知している智葉がここぞとばかりに攻めっ気を出して和了。

 

 照 河

{五⑤④六67}

{⑦九99①}

 

 藍 河

{五⑤④六67}

{⑦九99}

 

 あからさまに異常な河。これもまた彼女の能力なのだろう。でも同じ事。それも含めて見させてもらう。

 

 彼女達の背後に、地中から『照魔鏡』が現れる。鏡は彼女達を映し出す。智葉と荒川さんは最近対局したばかりなので、その能力と本質が鏡に映ることはない。ただ姿が映るだけ。本命は、小鳥谷さん。

 

 見える、その本質が。彼女の能力は『連続和了』と『真似満』、そして『照魔鏡(・・・)』。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 鏡に映っていたのは私だった。対面に座る私が、私を見つめる。唯一違うのは、その瞳が藍色であること。

 

 何度瞬きをしても、見える光景は変わらない。困惑する私に事態を把握する間も与えず、私の背後に鏡が現れる。

 

 見られている、私の全てを。私がそうしたように、彼女もまた『照魔鏡』で私の能力を、本質を見抜いたのだ。互いの鏡が消え去って漸く、これが彼女の能力『真似満』によって齎されたものなのだと理解した。

 

 彼女の本来持つ能力は見えなかった。その気になれば、化けの皮を剥いで彼女の内に潜む真の能力を暴けたかもしれない。しかしいざ見ようとした瞬間、莫大な情報が流れ込んでくるイメージと、私が気絶する幻覚を見た。『照魔鏡』が私に警告を与えたのだ。鏡に自我があるとは思えないので、融通の利く能力だった、あるいは今しがた覚醒したと考える。こんな事は初めてだ。

 

 ――後から考えれば、見なくて正解だった。仮に警告が杞憂に過ぎなかったとしても、見えていれば戦意を喪失していただろうから。尤も、遅いか早いかの違いでしかないのだが。

 

 

「ツモ。500オール」

 

 東2局、私の親番。ここで勝負を仕掛ける。

 

「ツモ。800オール」

 

 2連続和了。これで妨害はできなくなった。この対局、私と小鳥谷さんのどちらが2連続和了を決めるかで勝負が決まると言っていい。あの文言、他人だけにルールを強制するのではなく対称性のあるルールになっていた。恐らくそこが急所。自分でルールを設定できても、あからさまに有利な文言にはできない。更に一度決めたルールは彼女自身にさえ覆せない制約があると考えられる。つまり私がこうして連続和了に入ってしまえば、彼女自身も止められない。

 

「ツモ。1200オール」

 

 それにしても妙。小鳥谷さんに動揺や焦りが見られない。この程度はリスクの内として織り込み済みということなのかな。確かに私の連続和了より小鳥谷さんの連続和了の方が平均打点は高い。でもそれなら連続和了の成功回数で上回ればいい。

 

「ツモ。1600オール」

 

 能力の詳細は分からないが、このルールにしたのは失策。この卓には私の連続和了の最大の障害になると予想していた荒川さんがいる。その彼女の能力を7連続和了まで封じてしまった。いくら打点上昇に制限がかかるとはいえ、8回目までに役満を出さなければいいだけのこと。その程度で私の連続和了は止められない。荒川さんの能力も、小鳥谷さんが他に能力を持っていたとしても、打点も支配力も乗った8回目なら貫通できる自信がある。

 

「ツモ。2400オール」

 

 しかし これは仕方のないことなのだろう。初出場とはいえ、彼女の連続和了は8回目が天和になることは団体戦での活躍ぶりから広く知られている。7回目までは他家が和了れないようにするこのルールは、彼女自身がそこに至るまでを妨害されないためのものだと容易に見当が付く。この対局には荒川さんがいるので、小鳥谷さん自身の連続和了を確実に決めるためにはこうするしかなかった。8回目がその対象外なのは、同じ連続和了を有する私の8回目を止めるチャンスを残すために態々そうしたのだろう。

 

 ――そこまで思い至った時点で、『~しなければならない』という文言の違和感に気づくべきだったのだ。意志を無視して強制する能力だとするなら、『~する』という風な文言になる方が自然。強制ではないルールに意味などない。つまりこのルールは守られることを前提としていない。1番目のルールも2番目のルールも、全ては罠に掛かった私を逃がさないように構成されていた。

 

「ツモ。3100オール」

 

 しまった。これ、まずい――

 

 その可能性に思い至った時には、全てが遅すぎた。一度連続和了を始めたら、止まれない。止まることが許されない。

 

「ツモ。4500オール」

 

 死刑台への最後の一歩を、自ら踏み出してしまう。

 

 

 東2局 7本場 親 照 ドラ{二}

 

 照 配牌

{111999①①①⑨⑨⑨一北}

 

 配牌清老頭四暗刻単騎。普通の人なら、ひっくり返る程の豪運。しかし、今の私には不吉な手にしか見えない。確かに私にとっては8連続和了目ともなれば打点上昇で役満手が来ることはある。それにしてもこの配牌は、打点上昇の幅が飛躍し過ぎている。次は跳満がくると思っていたけど、これでは役満確定になってしまう。

 

 北に伸びた手を、一萬に変える。

 

 いや、どちらも罠だ。ここは手を崩す。

 

 一索を切ろうとした手が、再び止まる。一瞬の逡巡の後、やはり北を切った。誓って欲を掻いたわけではない。そこまでの思考全てを読まれている可能性が頭をよぎったからだ。あくまでもこの選択は攻めの一手ではなく、守りの一手。

 

「ロン」

 

 藍 ロン

{19①⑨一九東南西北白発中} {北}

 

「34100」

 

 8連続和了目を、失敗した。いや、失敗というのは適切ではない。何を切ろうと当たっていた。初めからこうなる事は決まっていたのだから、失敗も何もない。今の状況を表すなら、嵌められた、が正しい。

 

 ところで、初めから(・・・・)というのは一体どこからなのか?

 

 その答えはすぐに、嫌でも思い知らされる。

 

 

――ルールを破ったな?

 

 

 相変わらずの機械染みた冷徹な声。それでいて、今度は責め立てるかのように怒気を孕んでいる。

 

 

「「「罪人に刑罰を」」」

 

 

 一つの意志に統率されたかのように、声が重なった。

 

 思わず喉を鳴らす。

 

 様子がおかしい。小鳥谷さんだけでなく、荒川さんや智葉までも。何かに取り憑かれたかのように雰囲気がガラリと変わった。声音が、脳裏に響いたあの声にどこか似ている。

 

 

 東3局 親 智葉 ドラ{④}

 

 照 配牌

{12234445667889}

 

 照 打{9}

 

「ロン」

 

 憩 ロン

{1112345678999} {9}

 

「32000」

 

 

 東4局 親 藍 ドラ{南}

 

 照 配牌

{①②②④④④⑤赤⑤赤⑤⑥⑥⑧⑧⑨}

 

 照 打{⑨}

 

「ロン」

 

 智葉 ロン

{①①①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨} {⑨}

 

「32000」

 

 

 南1局 親 憩 ドラ{8}

 

 照 配牌

{一二二三三三赤五五七七七八八九}

 

 照 打{九}

 

「ロン」

 

 藍 ロン

{一一一二三四五六七八九九九} {九}

 

「32000」

 

 

 南1局終了時点

小鳥谷藍   75900

辻垣内智葉  46900

荒川憩    40900

宮永照   -63800

 

 

 4連続で第一打役満放銃。一瞬にしてトップから最下位へと転落した。

 

 身を持って彼女の能力を知った。ルールを破った者は他の者から報復を受ける。二度と這い上がれないように、失格の烙印を押されるのだ。

 

 

 私はふと、この能力の真の恐ろしさに気付いてしまった。この能力はもしかしたら、どんな能力を以てしても止めることが事実上不可能かもしれない。

 

 まず、この能力は支配力を発揮するタイミングが巧妙すぎる。だって、ルールはただ宣言しているだけ。ルール自体に強制力がないということは、ルール自体には一切の支配力が無いということ。如何なる手段を持ってしても、無いものを無効化することはできない。

 

 では、どこで支配力を発揮するのか?

 

 当然、ルールが破られた瞬間。ペナルティを与えるという形で、支配力が働く。それまでは手出しができない。

 

 この能力には支配力を高める3つのトリックが存在する。1つは、条件発動型の能力であるということ。もう1つは、本人さえもルールの適用範囲に含めるというリスクを背負っていること。

 

 これだけなら、より強い支配力で押し込めば無効化できる。条件とリスクで2段重ねにバフされた支配力には、並大抵の能力では打ち勝つ事はできないだろうけど。普通ならこの手段が取れるから、どんな能力にだって理論上は攻略法が存在する。しかしこの能力は最後のトリックのせいで、それができない可能性がある。

 

 ルールを破った時の異常な配牌からして、一見ペナルティは配牌を操作しているように思える。つまり配牌操作能力と考えられる。だがもし、この能力が本当にルールに干渉しているとしたら?

 

 同卓して対局を開始した時点で、ルールが改変されることに同意したことになる。嫌なら対局を拒否すればいいのだから。でも普通の遊びならともかく、公式戦でそんなことはできる訳がない。つまり回避不能。

 

 この仮説が正しければ、同卓者4人分の支配力を間借りしている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ことになる。だって皆同意しているのだから。つまりこの能力の支配力は同卓者の誰にとっても、自分の支配力+α。その卓にいる者には絶対に覆せないことになる。

 

 

 震えた。腕を抑えれば、鳥肌が立っていた。

 

 あくまでも仮説、あくまでも仮説。そんなわけがない、そんなわけがない。

 

 それでも私は、どこかで確信していたのだろう。言い聞かせても震えは止まらず、寧ろ悪化した。腕だけでなく全身が震え始める。

 

 戦わないことだけが唯一の弱点なんて、こんな能力があっていいのか。神を降ろすとか、イタコとか、そんなのが児戯に思えてくる。世界だとかプロだとか、そんなの足元にも及ばない。彼女は最強とか、そういう次元で語ること自体が滑稽で烏滸がましい。人間の背比べに天体を持ち出すようなもの。一番背が高いのは太陽、なんて言うのは幼稚園児くらいだ。

 

 そっか。今まで私が倒してきた人達は、こういう気持ちだったんだ。

 

 

 敗北への恐怖は無かった。ただ、彼女への畏怖だけがあった。何のために対局しているのかすら忘れさせる程に。避けようのない世界の終焉が訪れたかのように、ただ怯えて時を過ごした。

 

 

 そこからは彼女の独擅場だった。連続和了を封じられた私も、ルールを破ればどうなるかを見せつけられた二人もそれ以来攻めっ気を失い、小鳥谷さんがこの場を支配し続けた。最初から何もかも掌の上だったのだ。

 

 その伽藍堂の瞳には、最早私など映っていなかった。

 


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