ローカル役でしかあがれない   作:エゴイヒト

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小鳥谷藍という存在

 

「藍は、高校卒業したらどうするつもりなん?」

 

 パチン、と小気味いい打牌音が響く部室。私は気になっていた事を訊いた。インターハイに向けて部員は皆、練習に夢中。だが三年生は、進路を気に掛ける必要もある。

 

「うーん。まあ、大学行こうかなって思ってるよ」

「プロとか目指さへんの?」

 

 切り出そうとした牌を掴んだまま、藍の手が止まる。

 

「……別にいいかな」

 

 彼女の実力なら成れるはずなのに。否。彼女を知るものなら、成るべきと口を揃えるだろう。

 

「元々、麻雀をやってるのは清水谷さんに麻雀部に入れられたからだし。皆と遊ぶためにやってるだけだよ」

 

 噓だ。切っ掛けはそうであったとしても、今は違う。個人戦に出場したのがその証拠。紛れもなく自分のためだ。

 

 指摘を口に出すことは、この関係性に罅を入れるだけだと知っている。

 

 

 藍は小学生の頃、そのあまりの強さに友達を失ったのだという。勿論それも彼女が全力を秘す理由なのだろう。誰だって、そんなことは二度と繰り返したくない。

 

 でも、理由はそれだけではないはず。私には藍の気持ちが分かる。彼女は私と同じだから。

 

 藍の麻雀を見ていると、昔の私を思い出す。全力を出すことを恐れていた小学生の頃を。

 

 怜にわざと差し込んでいたことを知られた時、友情を失ったと思った。後日怜に挑まれた麻雀で、本気で相手をさせられた。初めて自分のために和了った役満も、つまらなく感じた。全力で麻雀を打って楽しむなど不可能だと思っていた。そんなことをしたら皆すぐ死んでしまうやんか、と。

 

 でも怜が私の目を覚ましてくれた。怜を助けているつもりが、実は私が助けられていたのだと知った。私は危うく本当の友達を失うところだったのだ。藍にはそんな目に遭って欲しくない。全力で麻雀を打つ楽しみを知ってほしい。全力でぶつかり合うからこそ得られる、本当の友達が彼女には必要だ。

 

 私には怜がいた。でも、藍には私にとっての怜はいない。本気の彼女の相手になるような存在がいない。私にはその役は不可能だった。

 

 

 去年に藍が優勝した時、私達は心の底から喜んだし、盛大に祝った。彼女と周囲の温度差には、後になってから気づいた。藍は、単に優勝したかったのではない。自分がどこまでできるか、挑戦するつもりだったのだ。でも、優勝した時には挑戦どころか対等に渡り合える相手すらいないことに気づいてしまった。

 

 それでも尚、藍は今年も個人戦に出場する。その理由は一つしかないことを、彼女は自覚しているのだろうか。

 

 藍はまだ、自分と戦いになる存在が現れることを諦めきれていない。

 

 相手が自身に敵わずとも、全力で向き合うことが友情の鍵となる。そうした怜は今や、私と対等に渡り合える実力を得た。いつか現れるかもしれない藍にとっての怜に対して、私と同じ過ちを犯させないため。私は藍に無理を強いる。

 

 願わくば、どうか早く。彼女が完全に諦めてしまう前に。

 

 私にはただ待つことしかできない。

 

 

 


 

 

 

「駄目ね、まったく分からない」

 

 手にした紙を放り投げて、仰向けに倒れる。和と優希、咲がAブロックの準決勝を見るため出払った清澄の宿泊室で、私達は明日の準決勝のために牌譜分析をしていた。その牌譜というのが、千里山の大将にして個人戦チャンピオンの小鳥谷藍のもの。その注力は、他の選手の比ではない。彼女を攻略しない限り、私達に優勝はないのだから。彼女の対策だけに残り一日を丸々かけるつもりだが、それでも尚時間が足りないというのが本音。

 

「これでは私、あまり役に立たないわね」

 

 美穂子が、申し訳なさそうに目尻を落とす。風越のメンバーである彼女は、本来私達に手を貸す必要はない。それでも個人戦があるからと、この研究会に参加してくれた。彼女はその能力を活かして、対戦の映像からチャンピオンの癖を分析してくれている。

 

「大丈夫よ。普通に牌譜検討してくれるだけでもありがたいから」

 

 美穂子が自分のことを役に立たないと卑下したのは、決して力不足だからではない。ただ、もはや癖を見抜いたところでどうにかなるレベルを超えているだけ。それでも根気強く付き合ってくれる彼女には頭が上がらない。

 

「咲なら何か分かるかもって、思ったんだけどねぇ」

 

 実際に卓に座った者にしか分からない事があるかもと、昨日の試合の後に問い詰めたのだけど。

 

 一つは、槓材が思うように集まらない局が一度だけあったということ。もしこれが彼女の能力によるもので、対局中常に発揮されるのであれば、咲にとっての天敵に他ならない。

 

 もう一つは、後半戦をプラマイゼロで終わらせたのは余裕があったからではなく、プラマイゼロに持っていく方法でしか2位浮上できる気がしなかったということ。ツモやロンで他2校から削ろうとすれば、逆にこちらが千里山に狙われるという危険を感じたのだとか。かといってロンによる千里山からの出和了りは聴牌気配から気取られる。天江衣のような聴牌気配を読む力があるのか、持ち前の技量からか。あるいは咲固有の癖を見抜かれているのか。大明槓による連続責任払いは傍から見ているとこちらがペースを握っているように見えたが、実際は寧ろその方が簡単だと感じたからに過ぎない。

 

 それ以外は、概ね私達が得た情報と同じだ。総合すると、チャンピオンが想定以上にこちらの対策をしているということになる。対策を練るどころか、状況は更に悪化したと言っていい。

 

 

「連続和了と人和、ねぇ」

 

 連続和了は徐々に和了する巡目が早くなる傾向がある。親の時しか連続和了しないと思っていたのだけど、過去の牌譜を漁ると僅かだが子の時から連続和了を始めているパターンも見つけた。でもその時は8回目が天和になっていなかった。このことは当然、本人も理解しているでしょうね。だからこそ、親番以外では滅多に連続和了しない。彼女の親番に狙いを絞って最初の和了をさせず早和了で流す、というのが結論。このへんはやはり、咲のお姉さん――白糸台の先鋒と似たようなもの。

 

 人和は咲との試合では見せなかったけど、狙って回避することは不可能。通常の麻雀の理屈では太刀打ちできない。癖や当たり牌の傾向など何かがあればと思って美穂子に頼んだけど、見つからなかった。

 

 既に十分脅威的なのだけど、これだけでは不自然な打ち筋を説明できない。私達が気づいていないオカルトが。まだ何かあるはず。そう思って牌譜と格闘していたのだけど、状況は芳しくない。完全に手詰まりに陥っていた。

 

 

「例の連続和了の親の2本場での和了り。これが一番不自然なんじゃ」

 

 

 2本場 藍 東家 ツモ ドラ{八}

{三三南南白白白} {南} {横西西西} {発発横発}

 

 藍 河

{1九九27七}

{3北北二}

 

 

 その時の和了形と、河がこう。

 

 {三三南南北北白 白}の形から、北を対子落とし。そこから{二}、{白}と自摸ってきて聴牌という流れになる。

 

 あり得ない選択。普通この形なら誰だって字一色を夢見て{三}切りしたくなる。この巡目ではまだ誰も聴牌していないし、それは河からも十分推察できる。残る{南北白}は河に出ていない。

 

 字一色は断念して堅実に和了りに行く。{北}切りはそういう性格だと説明できても、その後の{二}切りの選択もおかしい。{三}は残る2枚とも河に出ている。つまりシャボ待ちの所を{三}は雀頭で固定して、{南}のみの待ち。{二}切りではなく{三}を切って、{一四}の両面待ちでも良かったはず。確かに対々和と南は付くが、端から字一色を捨てておいて今更この程度の打点を求めるのでは一貫性が無い。

 

「私の『悪待ち』と似ている……?」

 

 この選択によって発揮される何らかの能力による補正を信じた。そう捉えることもできる。

 

「確かに、{一四}待ちを{南}待ちにしたのは『悪待ち』みたいなものと説明できる。でもそうすると今度は{北}切りのほうが説明つかんくなる。あそこで{北}を残して{三}を切っていたら字一色で和了れとおからのう」

「それって結果論じゃないかしら?」

結果論だからこそ(・・・・・・・・)意味があるんじゃ」

 

 通常であれば公開情報から得られる確率こそ重要で、見えない情報――結果論に踊らされているようでは勝てない。だが、奇妙(オカルト)な打ち方をする手合いにおいてはそれが逆転する。確率に縋り、事実から目を背ける者が負ける。そういう世界なのは、私も痛感している。

 

 『悪待ち』は、待ちの数を減らす代わりに待ち牌が変わる。流石の私も、{一四}待ちを{一}待ちにするようなことはしない。待ちを変えたことで本来和了れなかったものが和了れるようになるからこそ、意味がある。

 

 この理論に照らし合わせるなら、{北}を残しても字一色で和了れていたのに態々{北}を捨てたのでは意味がない。

 

「ただ打点を落としただけっちゅうことになるのう」

「通常の麻雀でも、結果論の世界でも不自然な打ち方。そう言いたいのね?」

 

 通常の麻雀ではありえない選択をしたということは、この捨て牌選択には間違いなくオカルトが絡んでいる。しかし結果論で考えると裏目になっている。オカルトを持つ者は、オカルトを見越して行動する。とすると、オカルトが絡んでいるのに結果論で裏目というのは矛盾している。この違和感は、まこに言われないと気付かなかったかも。

 

 山の状況が分かるようなオカルトならこんなことは起きない。かといって、{北}を捨てたからこそ後の{南白}を引いてこられたというのは些か受け入れ難い。永水女子の薄墨初美という、『北家で北と東を鳴くことで南と西が集まる』という例があるが、あれは鳴くことによって自摸順がずれている。鳴きなどの各家の行動もある程度込みで、全ては山が積まれた時点で決まっていたと考えればそう不自然ではない。しかし牌を切るだけではどちらにせよ自摸順はずれない。捨て牌の違いによって他家の行動選択に影響を及ぼした可能性もあるが、今回はどう動いても他家が鳴きを入れられる場面は無かった。つまり――

 

「打牌によって山の状態が変わったことになってしまうわね」

「まさにシュレディンガーの猫、遅延選択実験じゃ!」

「それ、使い方合ってるの?」

 

 聞きかじりの量子力学ネタほど信用ならないものはない。

 

 とはいえ、まこの言うようにどう解釈すればいいか分からないのは事実。今まで私達が見てきたオカルトは、運命付けられているかのように奇跡的な現象が起こっていた。一方、このケースはそれに当てはまらない。山の初期配置に干渉する過去改変、または牌自体が一瞬にして置き換わる瞬間移動や現実改変と解釈せざるを得ない。

 

 ああでもないこうでもないと、私とまこの間で議論が白熱する。一歩進んでは、また新たな謎にぶつかるの繰り返し。

 

 この方向性で攻めるのは間違っているのではないか、と他の牌譜を漁っていると。

 

「こりゃ、どっかで見た覚えがあるんじゃがのう」

「本当!?」

 

 食い気味に問い詰めると、つい最近見た、と頭を掻きながら答える。まこは卓上を顔として記憶する。もしまこに見覚えがあるというなら、それは過去に似た打ち手を見たということ。それが能力者であるなら、能力もまた似た者同士である可能性が高い。つまり、チャンピオンの謎を解き明かす最大の鍵となるはず。

 

「染谷さんが最近見た打ち手というと、臨海女子の(ハオ)慧宇(ホェイユー)かしら」

「そう、それじゃ」

 

 美穂子の助け舟に、まこが反応を示す。

 

 臨海女子。そちらの研究は他所の2回戦を観戦しながら済ませていた。ハオは、まこの準決勝での対戦相手。香港から来た特待生で、昨年のU-15アジア大会では銀メダルを獲得している。彼女の特徴は、中国麻将のルールを前提としたような打ち筋にある。

 

「チャンピオンの打ち筋にも、中国麻将が入ってるってこと?」

「いんや、わしゃ中国麻将のルールなんて詳しくは知らん。似た雰囲気を感じただけじゃ」

 

 チャンピオンの打ち筋には、牌効率や打点を考慮した攻撃、危険牌を考慮した防御といった観点から見ても、不自然な点が多い。しかしその選択が、結果的には良い方向に働いている。その点が、ハオの特徴と酷似している。

 

「ああでも、この連続和了の4本場は日本でも有名な『三連刻』じゃな」

 

 4本場 藍 ツモ ドラ{②}

 

{四四四五五五六六東東} {六} {①横①①}

 

 『三連刻』。同色で連続した3つの刻子を揃える不採用役であることは、私も辛うじて知っている。喰いタン後付け、赤やウマオカ、責任払いの取り扱いといった細かいルールが違いこそすれ、役は画一化されて久しい。役の有り無しで揉めていたらキリがないからだ。初めは大規模な公式大会や団体が協議してルールを固定化し、それが個人大会、雀荘、仲間内でも浸透していき、いつしかそれに倣うことが暗黙の了解となっていったという。何しろ、私が生まれるより前の話だ。不採用役なんて、今時知っている人の方が少ない。

 

 気になってスマホで検索を掛けてみると、『三連刻』のことを中国麻将では『一色三節高(イーソーサンヂェガオ)』と呼ぶらしい。

 

「『三連刻』、『人和』。どちらも今では採用されていない役ね」

「例の連続和了も、8回で終わることが殆ど。『八連荘』ととることもできるのう」

 

 3つの偶然が重なれば、それはもはや必然(オカルト)。自然、私達は結論へと至る。

 

「『ローカル役』。それがチャンピオンの能力」

 

 私達にはローカル役の知識なんてない。でも文明の利器(ネット)の力を借りれば、後は一つ一つ検証していくだけ。どのような場面で、どのようなローカル役になるのか。それが分かれば対策の糸口が掴める。視界がついに開けた。

 

 

 牌譜を再度洗い出して一時間後。結果的に、チャンピオンの和了からは同じようにローカル役に該当するケースが幾らか見つかった。

 

 しかし分かることが増えれば増えるほど、喉元に棘のように刺さって取れない不可解さをより浮き彫りにした。

 

「やっぱりさっきの字一色取らずが引っかかるわね」

「あの形が何らかのローカル役で、自分の能力の方を信じたってことじゃないかしら?」

 

 美穂子はそう言うが、あの違和感が私の思考から離れない。どうしてもその反論を否定したくなる。

 

「私だって毎回『悪待ち』をするわけじゃないわ。仮に和了れなくても十分狙うに値する手だと思わない?」

 

 点数状況的に無理をする必要が無いとはいえ、それを言うならそもそもこの連続和了自体必要ない。事実チャンピオンは意図的に和了をした以上、点数を稼ごうという意志はあることになる。であれば、この役満手を逃す理由はどこにあるのか?

 

「あくまで8連続和了達成の方を重視して、ローカル役を目指すことでの和了補正を信じたと考えればどう?」

「……それなら、まあ」

 

 それも考えられるけど、そうせざるを得ない理由があるとしたら。もしそうなら最大の弱点となり得る。そうあって欲しいという願望にすぎないのかもしれない。でも私の中では既に、理屈を超えた結論が出ていた。

 

 

 『ローカル役でしかあがれない』、と。

 

 

 

 

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