ローカル役でしかあがれない   作:エゴイヒト

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もはや定番と化した主人公戦以外すっ飛ばしスタイル



有珠山高校ェ……

 

「ほしいわ、この子」

 

 監督がまたしても浮気性を発揮する。モニターには去年の個人戦決勝の映像。監督が欲しいと言ったのは小鳥谷藍のことだ。

 

「うちの先鋒はサトハでスヨ」

 

 学校の方針で留学生を取る臨海女子は、日本人しかオーダーできなくなった先鋒が唯一の日本人枠。その席は既に私が座っている以上、他の日本人を取るということは私を外すという意味でもある。ダヴァンは私を庇うつもりなのか、ムッとした表情で抗議した。心配せずとも、監督はそういうつもりで言ったのではないと思うが。

 

「そうじゃなくて。私が日本代表を組織するなら、彼女は外せないという意味。それもエースでね」

「そんなに強いの?」

 

 ネリーが小鳥谷の強さに疑問を呈する。映像を見るだけでも、圧倒的な強さであることは分かるだろうに。意地を張っているのか、自信があるのか。

 

「強いなんてレベルじゃない。あれはもう無敵だ」

 

 映像だけでは何が起きているのか分かりづらい。傍から見ていると、いつも通り宮永照が連続和了を決めたが、4連続で初打役満放銃という天変地異級の不運に見舞われたようにしか見えない。ネリーも、それが間違いなく能力による物だとは確信できているだろう。が、点数のインパクトが強すぎるが故に威力だけが全てだと思い込んでしまっている。そちらは寧ろおまけに過ぎない。

 

 対局した私は知っている。映像で見る以上に、実際は遥かに恐ろしい事が起きているのだと。これが最初から最後まで緻密に練られた罠であるということには、あの卓に座った者しか分からないのだ。

 

「確かに、サトハや宮永照に勝った実力なら世界ジュニアでも通用するでしょうネ」

「勘違いしてるみたいだけど、私の言う日本代表は世界ジュニアじゃなくて世界選手権(・・・・・)よ」

 

 だからこそ、小鳥谷の強さを正しく認識できている監督に驚いた。

 

「サトハ、そろそろ聞かせて。大将にネリーを推薦した理由を」

「どういうことでスカ?」

 

 私が進言せずとも、監督は大将をネリーに据えるつもりだった。それでも私は、ネリーを大将にするよう念押しした。

 

「あるんでしょ、この子の対抗策」

 

 宮永曰く、他人の支配力を間借りしているが故に何者にも打ち破れないという。そしてルールを破れば即集団リンチ。一見無敵の力だが、その強力すぎる支配力を担保するために生じる隙がある。

 

 

 


 

 

 

 

準決勝 中堅戦終了

 

千里山  147100

臨海女子 131300

清澄   111400

有珠山   10200

 

 シード校2校がぶつかる準決勝は激しい戦いになることが予想されたが、副将戦まで存外呆気なく進んだ。

 

 というのもまあ、対局者を見れば分かる。

 

 まずは先鋒戦。

 

 有珠山高校の本内成香。こっちは警戒する必要はない。寧ろここが削られ過ぎると後々の状況によっては飛んでしまわないか気を配らなければならないため大変だ。

 

 清澄高校は片岡優希。2回戦で戦っているのでやる事は同じ。東場をさっさと流せばいい。私はここを決勝に持って行きたいが、他の皆が無理して意識する必要はない。

 

 そして、最も警戒すべき臨海女子の辻垣内智葉。というか、先鋒に限らずシード校の臨海女子はどこも要注意だ。しかし一巡先を視ることができる怜にとって、間合いを見計らう彼女は恐るるに足らない。

 

 この対戦カードから起きた試合展開は、実に単純明快。東場は臨海と千里山が協力して速攻で流し、清澄を封殺。南場で臨海女子と千里山女子の一騎打ちが行われ、相性差で怜が勝利しリードを得る。流石エースキラー怜、頼りになる。有珠山は何かとばっちり喰らってた。

 

 そして次鋒戦。

 

 有珠山高校は桧森誓子。何というか、この高校は副将と大将以外特筆すべきことが無いんだよね。普通に麻雀打つ分には悪くないんだけど、正直準決勝どころか2回戦に出てこれるレベルかというと……。

 

 清澄は染谷まこ。やはり2回戦で戦っているので省略。

 

 臨海女子は郝慧宇。彼女は中国麻将の役に則った打ち方をする。ハッキリ言って、私との対局に慣れた千里山レギュラーにとってはそこまで脅威ではない。相手の未知の法則に従った打ち筋に惑わされず自分の打ち方を貫き通す心、そしてその法則を見抜く力が身についている。私も中国麻将の役由来の能力を持っているので、実戦形式で練習もできる。そして何よりそれらを最大限活かせるフナQが次鋒というのが、対戦カードとしてこれ以上ない最適だった。

 

 結果、点数の移動こそ少なかったものの臨海女子からの直撃を喰らうことなく、堅実に和了を重ねてプラス収支で一位をキープ。

 

 最後に中堅戦。

 

 有珠山は(ry

 

 清澄の竹井久はラスの有珠山を背負って3位という苦しい立ち位置だが、んなこと知るかとばかりに果敢に攻めたてた。何だかんだここが中堅戦一番のネック。悪い待ちを敢えて選択すると分かっていれば危険牌を絞れるのだが、相手はそれを逆手に取ることもできる。能力が曖昧で応用性が高く、こちらが能力無しだとスピードで押しきるか多少の攻撃は喰らいつつも高打点による期待値差で勝つしか応手が見えない。

 

 臨海女子は雀明華(チェーミョンファ)。彼女は自風牌や場風牌を集めるという分かりやすい能力を持っており、シンプルゆえに風牌を抱えて防御にも使える優秀な能力だ。

 

 同じ風牌が4つ集まることはなく、自風牌は毎回暗刻で持っているのがほぼ確実。歌うと場風牌も集め出して対子になりやすい。

 

 専門家には劣るが、私も字牌を狙って集めることはある程度可能だ。次鋒の郝慧宇と同じく実戦形式で対策を練られたのは大きかった。幸いなことに風牌を集められるからといって字一色や小四喜を狙うのは現実的ではないようで、打点も混一色絡みくらいか。役牌がデフォなのでドラ重ねて役牌のみダマのケースが怖いが、それさえ警戒していれば不意を打たれるリスクは軽減される。となれば後は高打点で勝負するセーラが、最高打点に伸び悩む臨海女子とのダメージレースで最悪でも互角に持って行ってくれる。

 

 攻撃面でまだ何か隠している可能性もあるが、幸い状況が味方した。臨海女子の気持ちとしては、有珠山高校がトビそうな状況下で無理に一位のうちを捲るより3位の清澄に捲られる方が今は怖い。

 

 結果、清澄に場を荒らされたがそれでも千里山はプラス収支を維持して1位をキープ。堅実に守りに徹した臨海女子が2位。全体的に上位3校の差が圧縮される形になった。

 

 

 ここまで順調だったが、副将戦となって雲行きが変わる。

 

「臨海女子の副将……メガン・ダヴァンやったか」

 

 フナQの分析によると、メガン・ダヴァンは自分が聴牌している時に他家の聴牌を悟る能力がある。更に自分と相手が聴牌した時、3順目に当たり牌を掴ませて直撃を取る。

 

 姉帯豊音の先負を彷彿とさせるが、これはそれより尚厄介だ。まず相手がリーチしなくても聴牌さえすればいいというのがデカい。更にこちらが鳴いて聴牌しても発動するようで、スピードで逃げることができない。自分が聴牌している時限定とはいえ、聴牌気配察知能力でこちらの攻撃タイミングを読まれるのも痛い。それでいてカラ切りによる聴牌隠しもしてくるので、こちらはメガン・ダヴァンの聴牌気配が読みにくい。運よく先に聴牌していたとしても向こうが聴牌していたら直撃を喰らうので、突っ走るには勇気がいる。

 

「清水谷先輩も『無極点』状態なら聴牌気配を読めるんですけど」

「私とおんなしでりゅーかも頻繁には使えんからなぁ」

 

 寝そべった怜が枕に顔を押し付けながら、若干くぐもった声を上げる。怜は先鋒戦で消耗しすぎた。東場は片岡優希の早和了り潰し、南場は間合いを読んでくる辻垣内さんと未来視続き。特に辻垣内さんは消耗もなく常時こちらの隙を窺ってくるので、息をつく暇がない。副将戦までになんとか試合観戦ができる程度には回復したが、清水谷さんも心休まらなかっただろう。

 

「「「「テンパイ」」」」

「流局です。4人全員の聴牌で臨海女子の親が続行されます」

 

 点数状況的にはうちがまだ勝っているものの試合展開は完全にダヴァンが支配し、刺すか刺されるかのスリリングな戦いが繰り広げられている。

 

「4人全員聴牌で流局なんて見ててハラハラするわ」

「いや……セーラ、これは」

「どうかしはったんですか、小鳥谷先輩?」

 

 そうか。その手があったか。

 

 

「メガン・ダヴァンは多軒聴牌には対応できない」

 

 前半戦終了後インターバル。私はそれを清水谷さんに話した。

 

 ダヴァンの能力の最大の救いは、両者聴牌となって発動しても必ず負けるとは限らないところだろう。3巡目が来るまでにこちらが和了ってしまえばいい。狙ってそんなことができればの話だが。聴牌後2巡目までに和了れなかったら聴牌を崩して再聴牌。この『和了抽選』を和了れるまで行うのが一番安全な策。しかしダヴァンが聴牌していなかった場合は無駄足になるし、無理に聴牌を崩すことで打点が減少するのが痛い。あとフリテンになりやすいと、良いことが無い。

 

 だが聴牌者が増えるとそれだけこの『和了抽選』の回数が増え、ダヴァンにとっては他家に和了されるリスクが高まる。

 

「うちらは1位で無理する必要が無いから、その『和了抽選』だけ狙っていけばいいってことやんな?」

「うん。それで2位で私に回すことになっても構わない」

「2位かぁ。それはちょっと悔しいから、もっと積極的攻めにも行きたいところやけど。藍がそう言うなら、分かったわ」

 

 でも、と清水谷さんは続ける。

 

「代わりに約束して。次の大将戦、アレを使うって」

 

 ……。

 

「いいよ」

 

 私が卓に着くのは、この夏が最後。清水谷さんには、私の心なんてお見通しみたいだ。

 

 そろそろ、すっぱり諦める覚悟をするべきかもしれない。

 

「大盤振る舞いしちゃおうかな」

 

 そのための布石は打った。信念を曲げてまで龍門渕を通して清澄に情報を流した。臨海女子の大将選びには私を意識した筈。辻垣内さんは情報をどう活かすのだろうか。白糸台の大将も、最も多くの情報を持ち帰った宮永さんが何をしてくるかは読めない。全ては、この夏で決する。

 

 

 

 後半戦。

 

 約束通り、清水谷さんは防御に徹した。しかしここでついに有珠山が動く。

 

「左手や!」

 

 8000オールの倍満ツモ。

 

 有珠山は一日に一局だけ左手を使う。そしてその時には必ず大きな手を和了る。メガン・ダヴァンの3巡目直撃を凌ぐ支配力。いや、単純に3巡目がくるより先に和了ったからともとれるが、そこまで強力な使用制限があるなら真正面からでも勝てたであろうことは想像に難くない。

 

 だがこれで有珠山は打ち止め。花火のような一発を和了ったが、それだけ。未だ点差は大きく開いており、副将戦で3位を捲れるかどうかも怪しい。後半戦開始早々に使ってくれたのは寧ろ有難い。原村和はデジタル派のため動きが読みやすい。これで警戒すべきはメガン・ダヴァンのみとなった。

 

 あとは計画通り守る――

 

「手牌を伏せた?」

 

 メガン・ダヴァンの突然の奇行。明らかに何か仕掛けているのだとは思うが。

 

「データには無い行動です」

 

 ここ最近で獲得した能力か、それとも隠してきたのか。

 

「これじゃ手牌分からんやんか」

「私はさっきまでテレビ見てなかったからなんも分からへんわ」

「覚えていれば何とかなるけど、観客は面白くないね」

 

 フナQが局を変えると、モニターには理牌された手牌が表示される。

 

「手牌を伏せたどころか、河も見てませんね」

 

 顔を伏せたダヴァン。確かにあの角度では自分の前の山までしか視界に入らないだろう。

 

「妙に引きが良いね」

 

 引いてきた牌が有効牌である確率が高い。しかも9巡目で聴牌した。勿論運がいい時はもっと早い手なんてざらだが、明らかに異常な行動にこの強運が重なったことに意味がある。

 

 ダヴァン 手牌 ドラ{6}

{三四五②③④23466白白}

 

 依然俯いたまま。その局中は河を見られない制限でもあるのか。だとするとロン和了が封じられる。いや、自摸運の良さが聴牌後も続くならツモればいいだけだが。

 

「あれ、リーチしませんね」

 

 リーチをかけなければ役無し。このままではロン和了りできない。いや、顔を伏せているからそれを考慮する必要はないのか。だとしてもリーチを掛けない意味は何だろう。

 

 そのまま一巡自摸切りして、ダヴァンの手に役が付く。

 

 ダヴァン 自摸{二} 打{五}

 

「これで三色付いたなぁ」

 

 ここで、ダヴァンが顔を上げ手牌を立てた。

 

「お、見えるようなったで」

「単に打点が欲しかったのか、手役制限か」

「はい?」

 

 私自身、『ローカル役でしかあがれない』という制約が常日頃かかっている関係上、こういう何かに縛られたような手組みには敏感だ。

 

 顔を上げた以上、その局中河を見れないという仮説は消えた。恐らくロン和了もできるだろう。それができるなら、和了るという一点にだけ限って言えば最初に聴牌した段階で顔を上げてリーチすれば良かったはず。問題は、それをしなかったのか、できなかったのかのどちらかという事。

 

 1.手牌と顔を伏せている間は引きが良くなるから、三色を狙いたがった。

 

 2.リーチ以外の手役がなければ能力を解除することはできない。

 

 どちらにせよこのタイミングで解除した以上、聴牌後も自摸運上昇は働くが和了牌は引いてこれないということは確定した。

 

「そして打点に固執するわりには解除してもリーチはかけない」

 

 解除後にリーチをかけない理由があるのか、それともやはり手役制限があったのか。

 

「あい、一人で納得しとらんと説明してぇな」

「未完成の推理だから、今の段階だと説明しても納得できないかも。全部分かったら言うよ」

 

 これ以上推理するには情報が足りない。実際に戦っている清水谷さんになら不完全でも伝えるべきだが、生憎もうインターバルはない。

 

「その前にすぐ終わりそうだけど」

 

 

 

準決勝 副将戦終了

 

臨海女子 136000

千里山  129400

清澄   105500

有珠山   29100

 


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