ネリー・ヴィルサラーゼ、臨海女子の大将。彼女はサカルトヴェロの留学生で、世界ジュニアでも活躍している実力者。
欠点は口の悪さ。対戦相手を煽る悪癖がある。その過激さといったら、姫松の愛宕洋榎の比ではない。
臨海女子はオーダーに各国からの留学生を起用している。世界ジュニアでは敵同士になるために、仲間同士でも手の内を全部は見せないそうだ。そんな臨海女子の中でもネリーは個人主義すぎるというのは、辻垣内さんの評。
「廊下ですれ違った時に滅茶苦茶言われたわ。『2位抜けお疲れ様、千里山でマイナスなのは清水谷だけだよ。足手纏いがいて助かった』って」
「何やそいつしばき倒したろか」
「セーラ、ステイステイ」
まさか清水谷さんが被害に遭うとは思わなかった。
「言わせておけばいいんですよ、こちらの作戦通りなんですから」
「うーんこのロリヒール」
「何いうてんの」
辻垣内さんによると、身長は140cmしかないらしい。何故その情報を私に伝えた。それでも肝心の麻雀に関する情報は与えないあたりはしっかりしている。
「藍! 遠慮はいらん、ボコボコにしてこい」
「いずみんは目には目を、バッドマナーにはバッドマナーをって言ってたわ」
「それはFPSかなんかの話ですよね」
時計を見ると、もう試合開始まで10分を切っている。最後まで騒ぐセーラの声を背に、控室を後にした。
対局室で、私は獅子原爽、宮永咲、ネリー・ヴィルサラーゼの3名の少女と顔を合わせた。
ネリーはニヤニヤとこちらを見ている。
「……?」
宮永咲が靴を脱いで、靴下まで脱いだ。願掛けか何かかだろうか。席順は既に決まっている。さて、約束通り最初から使わせて貰おう。
――獅子原爽、宮永咲、ネリー・ヴィルサラーゼ、小鳥谷藍の4名は次の制約を負う。
――1.連続和了した者は8連続和了しなければならない。
――2.誰かが連続和了した場合、その者が7連続和了するまで他家の和了りを禁ずる。
挨拶代わりのテレパシー。ルールは敢えて去年と同じ。存在を知らない獅子原さんは忙しなく視線が泳ぐ。知っていたとはいえここで使ってくるとは思わなかったのか、あるいは実際に体験するのは初めてだからかネリーと宮永咲の両名も肩が跳ねた。
「そんなルール、まともに取り合うと思う? 拒否するに決まってるよ」
しかしネリーはルールに対して拒絶の意志を見せる。ルールである以上同意しなければ何とかなると踏んだわけか。悪知恵は働くみたいだ。
「で、
まさか考えてなかったとは言うまい。これによって『ローカルルール』が無力化されたかどうかを知るには、実際にルールを破ってペナルティが発動するか試すしかない。
一回のペナルティがいくらになるかは辻垣内さんから聞いているはずだ。いや、去年の映像を見ればすぐに分かる。他家全員への役満放銃、すなわち96000点。一気にラスへ転落する。
誰かがファーストペンギンになる必要がある。
それができなければ、有るか分からないペナルティの影に怯えて結局ルールを守らざるを得ない。
「くっ」
どうやらそこまで考えていなかったらしい。辻垣内さんはこんな少し考えれば分かるような短絡的で浅い手は打たない。彼女の入れ知恵ではなく、本人が突発的に思いついたアイデアなのだろう。
「がっかりだよ、ネリー・ヴィルサラーゼ。口は達者だけど頭が足りてないんじゃないかな」
こめかみに指を当てるサインをすると、彼女は頬を引き攣らせながら青筋を立てる。
煽られた分以上に、100倍に返して煽ってやる。
「哀れみ序でに教えると、その方法では『ローカルルール』は破れない。考えてもみるといい。入国しておいてお前の国の法律には従いません、なんて通ると思うか?」
ルールを拒否する能力なんてものがあれば話は別だが、口で何を言ったところで対局を始めた以上同意したも同じ。第一、そんな簡単に破れるようなら能力とは呼べない。
ギリ、と更に歯軋りをするネリー。
「それとも君の国は治外法権が当たり前の未開国家なのか?」
決定的な言葉で、場の空気が凍る。
何の話か分からず聞いていた獅子原さんも、不味い事態だと気付いたらしい。
「ちょっと、流石にそれは――」
「
俯いたネリーが、耳を劈くような怒声で獅子原さんの非難を遮った。
すまないがジョージア語はさっぱりなんだ。でも、何を言いたいのかは分かる。
「
顔を上げた彼女は、怒りから全身を震えさせて般若の形相でこちらを睨んでいた。
頭に血が上っていても母国語がこちらに通じる訳がないことは本人も分かり切っているのか、言語を直してきた。相手に合わせる事を嫌ったのか、それともよりネイティブに話せる方を選んだのかは分からないが、英語ではあったが。
馬鹿にするだなんて、とんでもない。私はただ質問しただけだ。私にそう思わせたのは、他ならぬ彼女自身の言動が原因。彼女だって世界ジュニアに出場する身。一度でも国を代表しているのだから、己の品性でお里を測られるのは当然だろう。自らの行いが招いた自業自得であり、私に怒るのは筋違いというものだ。
「
そこまで言って、初めて気が付いた。思考が攻撃的になっている。どうやら私は怒っているらしい。
「
「
対局開始のブザーが、闘いのゴングとして鳴り響いた。
東1局 親 爽 ドラ{北}
臨海女子のヴィルサラーゼさんと千里山女子の小鳥谷さんが喧嘩をして険悪な中で始まった準決勝大将戦。憤怒の表情を隠しもしないヴィルサラーゼさんと、無表情だが冷徹な瞳で静かに睨み返す小鳥谷さん。前者はその両目に炎を灯し、後者は左目から青白い光を淡く放つ。
卓上は一触即発の空気を醸し出している。
ううっ、こんなに居心地が悪いのは家族麻雀以来だよ。
けど、しっかりしなきゃ。部長と染谷先輩、それに風越の福路さんまで協力してチャンピオンの秘密を暴いてくれたんだから。
それと衣ちゃん。脳裏に響く声に取り乱さなかったのは、衣ちゃんのおかげ。どうやら2回戦の後に小鳥谷さんと戦ったらしく、その時に見たというチャンピオンが持つもう一つの能力について教えてくれた。それはルールを課し、破った者からペナルティとして点数を徴収するというもの。
一度連続和了したら8連続和了するまで続けなければならず、他人の連続和了は妨害できない。
この状況下で、私が勝つにはどうしたらいいのか。できれば2位の千里山から直撃を獲りたいところだけど、1位と2位の差は小さい。拘らずにどちらか一校に絞って直撃を狙っていくか、自身の得点を重視してツモ和了――嶺上開花を狙っていくのが良いと思う。
その時、獅子原さんから白い雲のような何かが霧散した。
この場の何かが変わった気配を感じて、思わず体が反応した。何か仕掛けてくる。
「リーチ」
爽 打{横①}
6巡目リーチ。間違いなく何かしてる。ここは流石にオリていくべきだろうけど、如何せん手が読みにくい。
「ツモ」
爽 ツモ 裏{八}
{1233334567888} {9}
リーチ一発ツモ清一色一気通貫。{12456789}待ちの……8面張。しかもこの宣言牌、明らかに不要な牌。清一色でここまで引っ張るのは不自然。振り込みも期待して索子出しを誘うために敢えて残したんだ。それは不要な牌を抱えても和了れる自信があるからこその芸当。
「12000オール」
これで有珠山高校は持ち点を一気に65100点まで戻す。
「続けて1本場!」
「!?」
親が和了ったら本場を積んで親を継続。それが麻雀のルール。何もおかしくない、当たり前の事。でも、この状況下では喜ばしいことではない。何故なら親にとっては1本場での和了はすなわち連続和了になってしまうから。自分は和了りを放棄して他家が本場分を横から搔っ攫っていくのを黙って見ているしかない。
でも、獅子原さんの様子は違う。
――次も和了る気だ!!
東1局1本場 親 爽 ドラ{3}
まずい。獅子原さんはルールを無視して突っ込んでくる。
獅子原さんはルールを破ると何が起きるのか知らないんだ。いや、それどころか最初の小鳥谷さんのテレパシーによる宣言すら幻聴か何かだと思っているのかも。その後のヴィルサラーゼさんとのゴタゴタの印象が大きかったから、覚えていないとまではいかないが気を取られて警戒心が薄れてしまったというのは十分考えられる。
どうする。獅子原さんが連続和了を始めてしまったら、ほぼ間違いなく飛ぶと確信できる。そうなったら、そこで対局終了。私達は3位で敗退してしまう。
連続和了を始めたら、考えられるケースは二つ。
一つは、獅子原さんが7連続和了を達成する前に途中で失敗するケース。流局になった時どういう扱いになるのか分からない。それで連続和了未達と見なされるかもしれない。普通の麻雀なら他家が全員和了り放棄したとしても、和了れないことはざらにある。でも有珠山高校を準決勝まで引っ張ってきたエース、獅子原さんほどの実力者ならこれは心配ないかもしれない。
もう一つが、8連続和了目を小鳥谷さんに潰されるケース。敢えて8連荘目に他家が介入する余地を残している以上、何らかの方法で必ず潰されると言っていいだろう。恐らくは、『八連荘』と対を成すもう一つの代名詞『人和』で。小鳥谷さんにはその自信があったからこそ、去年の個人戦決勝でお姉ちゃんの連続和了を敢えて許したんだ。
このルール下で連続和了をするのは自殺行為に等しい。
去年のお姉ちゃんを見るに、役満4回分の128000点を稼ぐことができればペナルティを生き残れるだろうけど。仮に耐えられたとして、その場合最も得をするのはやはり小鳥谷さん。他家に32000点分の差を付けられる。
もしペナルティを喰らってなお収支で小鳥谷さんに勝つつもりなら、6倍役満分の192000点差を連続和了中に埋めなければならない。当然連続和了中は他家全員が和了を放棄するので、直撃で差を詰めることはまず不可能。自分の和了点に換算すると、ツモ和了り縛りかつ全本場で親だとして四分の三の点数で済むので144000点。積み棒分を抜くと137700点を稼ぐ必要がある。一回あたり平均約19671点の和了が必要で、跳満でさえ和了る度に損をする計算になる。
このルール下では、実質的に小鳥谷さんだけが連続和了を許されていると言っていい。
止めなければ。獅子原さんが和了る前に、私が和了る!
「カン」
咲 カン{裏88裏} 新ドラ{七}
打点は度外視で、とにかく早く和了る。
「ツモ」
咲 北家 ツモ
{二三四①②③⑥⑦22} {⑧} {裏88裏}
「嶺上開花のみ。500・800」
東2局 親 藍 ドラ{四}
何とか危機は脱した。今度は、私が和了を放棄すればいい。
「ツモ」
藍 ツモ
{②②②④④⑥⑥⑥赤567西西} {④}
「門前自摸三暗刻赤1、4000オール」
この局は小鳥谷さんが親。どのみち私に妨害する手段はなかったけど、ここで和了られたのは痛い。
「これでトップ逆転。どうしたネリー・ヴィルサラーゼ、お得意の差し込みはしないのか」
「リーチも掛けなかった奴がよく言う」
やりにくいよぉ。
東2局1本場 親 藍 ドラ{③}
何とかして連続和了を阻止しないと。自分達が連続和了をしないように気を付けていても、小鳥谷さんに和了られたら元も子もない。そしてその場合は有珠山高校が飛んで私達が敗退する可能性がある。
13巡目 咲 西家 手牌
{三三四五①③⑤⑧⑨⑨222}
なのに、中々聴牌できない。
このままじゃ間に合わない。
「リーチ」
藍 打{横④}
遂に余命宣告がなされる。もう一刻の猶予もない。一度連続和了が確定してしまえば終わる。少なくとも、あれだけ意気込んでいた打倒チャンピオンの目は限りなく薄くなる。こんなに呆気なく終わっていいの? 皆が繋いでくれたバトンが、私のせいで――
ネリー 打{③}
「ロン」
爽 ロン
{四五六六七八④⑤23455} {③}
「3900は4200!」
和了ったのは、獅子原さんだった。首の皮一枚繋がった。ヴィルサラーゼさんが、獅子原さんに差し込んだんだ。
でも、これでまた獅子原さんが連続和了をしかねない状況になった。このままではいつまで経ってもこの状況の繰り返し。打破するためにも、早目に何とか2位に浮上しないと。
準決勝大将戦前半戦 東2局1本場終了時点
千里山 128900
臨海女子 115300
清澄 91300
有珠山 64500
“臨海女子”は所詮……先の時代の“敗北者”じゃけェ……!!!
ぽっと出の高校白糸台に阻まれ「王」になれず終いの永遠の敗北者が“臨海女子”じゃァ どこに間違いがある……!!
世界中から留学生を集めてスポンサーの金で日本の麻雀大会にのさばり……16年もの間全国出場するも「王」にはなれず、何も得ず……!!
終いにゃあ先鋒は日本人しか選出できないというルールを創られ狙い撃ちされる!!
実に空虚じゃあありゃあせんか?