東3局 親 ネリー ドラ{⑧}
私の状況を確認する。雲は大将戦開始時点で3つ、カムイは3体残していた。そのうち白いのは使ってしまった。カムイや雲を積極的に使わなかったのには理由がある。決勝進出のためには2位以内に入る必要があるわけだけど、そうなると2位から直撃を獲るのが効率的。しかし1位と2位の差は小さく、展開次第で覆るような状況。取り敢えずトビを回避するために白いのを使って堅実に稼いで、後は1位と2位の差が開き始めるまで狙い撃ちはせず様子見を決め込む算段だった。
今、1位と2位の点差は当初の6600点から13600点に開き、2位と私との差は100300点から50800点にまで迫った。2位の臨海女子の親番だし、攻めるならここしかない。
――はずなのに。
何かが引っかかる。
さっきのヴィルサラーゼの差し込み。あれは本当に小鳥谷さんの連続和了を阻止したかったからなのか?
2回戦では小鳥谷さんの連続和了はツモ和了だけで5万点~6万点を各家から削った。もしあそこで連続和了が始まっていたら、うちが飛んでいた可能性は十分にあった。仮に生き残ってもそのまま自分の手で私を飛ばせばいい。
そうすれば、臨海女子は2位で決勝に上がれる。それはヴィルサラーゼも分かってたはず。なのに阻止した。十中八九、プライドが2位抜けを許さなかったから連続和了を阻止したんだろうけど。元来の性格やチームの方針とは別に、あれだけ小鳥谷さんとバチバチになってたし尚更そんなことは認められないってのも分かる。
けど、それにしたって差し込みまでするか?
過去の牌譜では、小鳥谷さんの連続和了は3連続和了達成までは普通に他家に妨害されて連続和了を失敗しているケースが見られる。そう考えるとまだあと2回妨害のチャンスは残っているのだから、差し込まずとも自力で和了るか他家が和了るのにかけてもいいはず。
確かに差し込みは堅実なプレイング。しかしそれを言うなら2位抜けで妥協しないのは堅実とはいえない。加えて、そこまで高いプライドを持っていながら自力で和了らず差し込みなんて……なんというかちぐはぐだ。
自力で和了ることが難しい何かがあるのか、あるいはこの局で阻止しなければならない理由があった?
――その時、私の中で忘れかけていたソレと繋がった。
そうだ、さっきの訳の分からないルール!
頭の中に響いたアレ。何なんだろうと思ってたけど、あれが他の人にも聞こえてたとしたら。
確か、『連続和了をしたら8回目まで和了し続けろ』ってのと、『連続和了を許すと他家は和了してはならない』とかそんなんだっけか。
ヴィルサラーゼの戦い方は、思えば攻めっ気に欠けていた。元々ここぞというところで一気に攻めるタイプではあるけど。思えば宮永さんもそんな感じだった気がする。というか、宮永さんに関しては明らかに普段より動きがぎこちない。とにかく他人の連続和了を阻止しようと動いていた印象だった。自分が和了った後も仕事は終わったって感じで、やる気あんのかってくらい全然攻めっ気が見えなかったし。
多分だけど、ルールを破ると何かがある。そしてそれを皆恐れている。そんな中、小鳥谷さんだけが意にも介さず攻めっ気があった。彼女の能力だとすると辻褄が合う。
これが何かしら意味のある能力なら、小鳥谷さんに連続和了を許すと止められなくなる。つまり猶予はあの局にしかなかった。でもあの局では自力では間に合わないとヴィルサラーゼは判断して、差し込んだんだ。
小鳥谷さんの和了は早いが、それは親番の時だけ。やられる前にやる、自分が連続和了をするという選択もあった筈。その方が簡単なのに、二人はそうしなかった。
だとしたら、今私がするべき選択は。
「ツモ」
咲 南家 ツモ
{456④赤⑤⑥⑧⑧四五六南南} {南}
「3000・6000です」
和了を見送ること。
連続和了。二人はそこに何らかの罠があると察して、いや知っているんだろう。それが分かるまでは慎重にいこう。
要は連続和了をしなければいい。単発で一気に点数を稼ぐには親番で和了りたい。そう考えると次に親番が控える東4局も和了らずに見送るべきだ。この局は宮永さんも前局で和了ったので和了らないだろう。とすると小鳥谷さんかヴィルサラーゼがこの局の和了者だが、できれば2位の臨海女子には和了って欲しくない。
南1局 親 爽 ドラ{三}
狙い通り、東4局は小鳥谷さんが跳満ツモして南入。ここで仕掛ける。
――赤いの!
6巡目 爽 手牌
{東東東南南南北北北白白②③}
うん、いい感じに字牌が集まってきてる。字牌がこなくなる雲を他家に向けたからといって、自分に字牌が上手く集まってくるとは限らない。山の奥や王牌に埋まっちゃったりしてね。今日はかなりついてる。
できれば2位3位から直撃を取りたいところ。一番直撃を獲りたいのはヴィルサラーゼだけど、2回戦や過去の牌譜を見る限りのらりくらりと躱されそうなんだよなぁ。小鳥谷さんには……うん。
――『
よって消去法で宮永さんに向ける。点数も2位と近いしこっちを狙ってもそんな変わらないし。
これで当たり牌を宮永さんが掴む。
「カン」
咲 カン{裏①①裏}
あれ。
「もいっこ、カン」
咲 カン{裏④④裏}
んんん~?
「ツモ。2000・4000!」
咲 ツモ
{234五五七八} {九} {裏④④裏} {裏①①裏}
当たり牌をカン材として飲まれちゃった。……向ける相手間違えたかな?
千里山女子高校控室。藍が大将戦に向かった後、怜はまだ完全に回復しきったとは言えへんから竜華と一緒に仮眠室に戻っていった。明日は大事な決勝が控えとるしな。藍を応援したい気持ちもあるやろうけど、ここは万全を期したい。
てなわけで、今は俺とフナQの二人だけや。
「今どない感じや」
「あ、監督」
ドアを開けて入ってきたのはうちの監督、愛宕雅枝。フナQの伯母でもある。
「さっきまでコーチ陣と一緒に見てたけど、折角やからあんたらと一緒に見ようと思ってな」
「南1局で清澄が和了ったところです」
ちょうど、実況解説のアナウンスが現在の状況を説明しようとしているところだった。
「前半戦南2局、またもチャンピオンの親番。ここで現在の点数状況を確認しておきましょう!」
やたらテンションの高い実況は、アナウンサーの福与恒子。
準決勝大将戦前半戦 南1局1本場終了時点
千里山 135900
清澄 105300
臨海女子 104300
有珠山 54500
モニターに点数が表示される。現在、藍が2位以下と3万点以上離してトップを独走中。竜華に喧嘩売ったっちゅういけ好かない奴は3位に転落した。ここまでええとこ無しやったし、このままやと口だけの奴になるで。2位と僅差とはいえ、いい気味やわ。
「このまま何事もなければええんやけどな」
「どうしたんですか監督。藍なら大丈夫ですよ」
そうや、藍が負けるはずあらへん。それは俺らが一番よう分かっとる。
「せやけど、相手が相手だけにな。有珠山高校の獅子原は藍みたいに変幻自在で、結局最後まで正体掴ませへんかった。ほんで臨海女子には個人戦決勝で藍のアレを直に体験した辻垣内智葉がおる。まず間違いなく対策してきとるはずや」
確かに有珠山高校の手は読めんけど、それは向こうも同じ。臨海女子に知られているっちゅうても、対策なんてできるはずがない。
南2局 親 藍 ドラ{⑦}
「ツモ」
藍 ツモ
{白白白北北①②} {③} {一二横三} {1横23}
「2600オール」
『五門斉』での速攻。これは藍が親の連続和了、つまり『八連荘』を仕掛ける時の初動の定石。ここで終わらせる気か、藍。
南2局1本場 親 藍 ドラ{発}
ルールの保護があるから、この本場で和了って一度連続和了コースに入ってしまえばもう誰も止められへん。有珠山高校が5万点ちょっとやから、連荘すれば間違いなく飛ばしに行く。そうなればゲームエンド。狙い通り清澄を2位で引き連れて、うちらは決勝に進出する。別に宮永照に辻垣内智葉を当てても構わんのやけどな。その方が東場も南場もカバーできるし。
ともかく、ここで終わらせるつもりやから次も早い手を狙っていく。そう思ってた。
「嘘やろ」
藍 手牌
{一一一二三四五六七八九九九南}
「チャンピオン小鳥谷藍、ここでなんと純正九蓮宝燈聴牌!」
圧倒的強運。昔の俺なら鼻で笑ってたかもしれんけど、オカルトを目にしてきた身として流れというものがないとは否定できひん。そしてもしあるなら、それは今間違いなく藍にあると確信できる。でもこれやと――
「ローカル役が付かんな」
「ここにきて能力が裏目に出るんか……!」
純正九蓮宝燈はダブル役満としては採用されていないところもある。現にインハイではダブルはないしな。そういう意味ではローカル役と言えなくもない。けど、これ単体ではペナルティの清算時とかの特殊な状況下でないとローカル役判定を得られることはない。つまりツモ和了りはない。
「捨て牌から染め手が濃厚なので、萬子は全部止められるでしょう」
解説の小鍛治健夜プロの言う通り、見え見えの清一色手。出和了りはまずない。
そして何より、仮に出たとしても藍は恐らく和了らない。
『ローカル役でしかあがれない』というルールを破ってしまった時、
「
「「えっ」」
藍 打{横南}
「……小鍛治プロ、これは?」
「わ、分かりません。今さらリーチを掛けなくても皆オリるでしょうし」
役満聴牌でも、リーチを掛ける場面というのは存在する。四暗刻みたいな高めで役満の時とか、早い巡目で国士無双張ったらリーチ掛けて么九牌を誘い出すとかな。でもこの状況でリーチを掛けるのは、ただ自らがオリるチャンスを捨てるだけ。
実況と解説は混乱している。対局を見ている観客も皆同じ心境やろう。チャンピオンはついに狂ったかと。
でも、俺達は違った。
「これは……」
「『オープンリーチ』を掛けたんか」
役満の場合、役満以外の他の役は数えず不成立とするのが一般的ルールや。でも藍のローカル役の場合は、役満であってもローカル役の形があればローカル役として和了った判定になる。ただし例外もある。それは役満がローカル役を完全に内包している場合。つまり字一色で和了ったからといって、『四字刻』としてローカル役で和了った判定は得られない。
今回の『オープンリーチ』は、その例には当てはまらない。
「確かにこれなら、オープンのデメリットは皆無やな」
「元々萬子の清一色と分かり切ってますからね」
藍の『オープンリーチ』は監督に披露した時より進化しとる。というより仕様を理解して使いこなせるようになったってのが正しいか。
リーチ宣言時に手牌情報を相手にテレパシーで公開。ツモ和了りなら高めが出やすく、出和了りならその後の局に役満の直撃を獲る。しかも和了り牌を取り込んだ数が多い奴ほど、そいつは振り込まざるを得ない状況に追い込まれやすくなる。
それはつまり、和了り牌を取り込んだ奴は更に和了り牌を引いてきやすくなるっちゅうことや。そうしてどんどん追い込まれていく。
ネリー 手牌
{二三四七八67⑤⑥南南白白}
今最もその毒牙にかかっているのは――ネリー・ヴィルサラーゼ。抱えた萬子の数は5枚と他家の中で一番多い。
「ヴィルサラーゼちゃん言うたか。流石に世界ジュニアで結果残してるってだけはあるわ」
監督が感心の声を上げる。
ネリーは運の良し悪し、つまり流れとでもいうべきものを局の最初っから把握しているような打ち方をする。何が当たり牌かまで完全に知ってるのかは分からんけど、自分が和了れへんと分かってる局は最初からすっぱり諦めてオリか差し込みに回る。
今回は藍が和了ると知ってたんやろ。でもそれを止めようとしても、そもそも他家が聴牌してなきゃ差し込むもんも差し込めへん。恐らくは鳴いてずらしても藍が聴牌ってた、あるいは鳴くと自分が振り込んでまう運命になってるんやろう。手が狭くなるからな。
やからネリーは、こうなる事を見越して『オープンリーチ』より先に和了り牌になり得る牌を処理していった。
最初の内は手牌に偏りがないように均等に捨て、藍が萬子の染め手に寄せたことを確認してからは萬子を優先的に処理。それでもなお5枚も残ってしまったあたり、運がない。
最も多くの当たり牌を抱えたネリーに、次々と萬子が集まってくる。
ネリー 手牌
{一二三三四六七八八九12⑤} {五}
こうなるともう、安牌が無くなるのが先か流局するのが先かの勝負。ネリーは恐らく祈らない。たとえ振り込んでしまったとしても、それもまた運命として割り切ってしまうだろうから。
だがどれだけ躱して時間稼ぎしようが――
「ツモ」
ツモれば終わりや。
藍 ツモ
{一一一二三四五六七八九九九} {六}
「16100オール」
藍の連続和了が開始した。それはつまり。
「終わったな」
準決勝の終了を意味する。