ローカル役でしかあがれない   作:エゴイヒト

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ターニングポイント

 

 今、私達は臨海女子高校に僅か1000点差をつけて2位。有珠山高校は35800点。このまま連続和了が続けば、まず間違いなく飛ばせるそうです。それはつまり、私達が2位で決勝に進出するということ。

 

 部長や天江さん達に、チャンピオンの特殊な打ち筋については聞きました。未だに、そんなオカルト信じられませんが。

 

 でも宮永さんや部長は信じている。私が戦う相手でもなし、私の意見だけを通そうとしても和を乱すだけです。だから一先ず、そこに異論を挟むのはやめます。

 

 それによると他人にルールを強制させて、破った者から他3名が直撃を獲るのだとか。去年の個人戦決勝で、宮永さんのお姉さんがそれで役満を第一打に連続で4回も放銃したそうです。

 

 ……意味が分かりません。

 

「咲ちゃん、放心してるじぇ」

「私らから託された情報を活かせんかった、とか考えとるんじゃろ」

 

 何より、今の宮永さんからは楽しんでいるという感じがしません。らしくない、と言い換えればいいでしょうか。

 

 これが強敵との戦い(・・)なら、宮永さんも楽しめたでしょう。でも、もう私達全員が気付いています。

 

 相手にすらされていない、と。

 

 部長達の分析によると、千里山女子は2回戦の時にわざと私達を2位抜けさせようとした可能性があるそうです。恐らくは、決勝戦で白糸台に当てるため。完全に盤上の駒として利用されているんです。

 

 それはお姉さんに会うために麻雀部に入った宮永さんの決意を踏みにじる行為。

 

 本人達はそんなことは知らないでしょう。知っていたとして、どうするも勝手。談合しているわけでもなしルール上問題ありません。向こうも勝つため、優勝するためにやっていることですから。狙ってできる芸当かどうかは別として、千里山女子だけがやっているわけではないごくごく当たり前の戦略。

 

 でも。

 

「宮永さん……」

 

 本当にこれでいいんでしょうか。

 

 

 南2局2本場 親 藍 ドラ{⑨}

 

 

 私達の控室には、妥協・諦観の空気が漂っていました。それは、モニターに映る選手達も同じだろうと。

 

「何にせよ、これで決勝に進出できたんだから」

 

 だから、そう落ち込まないで。まだ決勝で報いるチャンスはある。多分そう続けようとした部長が見た先には。

 

 たった一人、戦意を失っていない者がいました。

 

 

(エルティ)

 

 

 ――モニター越しに映るその瞳に、焔を幻視した。

 

「ロン!」

 

 藍 打{①}

 

 ネリー ロン

{②③④⑤⑥⑥⑥⑦⑦⑧⑧⑨⑨} {①}

 

「24600!!」

 

 チャンピオンの連続和了中の和了、それはつまり。

 

「おおっと、ここで臨海女子のネリー・ヴィルサラーゼがチャンピオンの連続和了を阻止ー!」

 

 ルールを、破った?

 

「どういうことでしょう」

 

 困惑する私達を他所に、モニターから聞こえる実況の声だけが元気に騒いでいます。

 

「臨海女子の点数状況を見て」

 

 放心状態から一早く立ち直ったのは、部長でした。

 

「今の和了で110200点じゃが、それがどうかしたんか?」

「ペナルティによる放銃は役満3回分、96000点。つまり臨海女子はペナルティを喰らっても生き残るのよ」

 

 どのみちこのままだと3位で敗退。それならペナルティを喰らってでも対局を続行できる道を選んだ、ということですか?

 

「で、でもそんなことしたら点数が酷いことになります」

「それでも、だじぇ」

 

 勝利への道は限りなく遠のく。それでもゼロではない。

 

 冷静になって考えてみれば、当たり前と言えば当たり前すぎる選択。それでも覚悟と執念がなければ気付けなかっただろう選択。少なくとも私達は気付けなかった。

 

 敵ながら、素直に称賛せざるを得ない。そう思います。

 

 

 ――だから、次に起きた事には驚きました。

 

 

 南三局 親 ネリー ドラ{9}

 

(オリ)

 

 ネリー ツモ

{222赤5566699} {5} {中中横中}

 

「ツモ! 8000オール!」

 

 臨海女子が和了したのです。ペナルティを受けずに。

 

「どういうことだじぇ、龍門渕の話と違うじょ」

「あの天江衣(ロリっ娘)、嘘ついたんか!?」

 

 控室はまたしても混乱の渦に叩き込まれました。皆さんは衝撃を受けていますが、私はホッとしています。

 

「やっぱり、オカルトなんて有り得ないんですよ」

 

 部の皆さんが信じているからって少しでも信じた私がどうかしてました。

 

「いえ、違うわ」

 

 続く部長の発言は染谷先輩と私、その両方の説を否定するものでした。

 

局数が足りない(・・・・・・・)のよ」

 

 局数が、足りない?

 

「ペナルティってそもそもどういうものだった?」

「破った者から他3名が役満の直撃を獲る、でしたか」

 

 正確には役満である必要は無いらしいです。最大が役満というだけで、チャンピオン本人が自由に決められるのだとか。

 

「そう。そしてペナルティは平等に徴収(・・・・・)される」

 

 あっ。

 

「気付いたようね。全員が点数を得るには最低でも3局は必要になる。でも今は南3局。2局しか残ってないの」

「だからペナルティは起きなかった……?」

 

 ペナルティを発生させるには局数が足りない、そんなこと気付きもしませんでした。

 

 つまりこれは、(ルール)の抜け道。

 

「どうやら賭けに勝ったようだ。小鳥谷、お前の国には時効(・・)はないのか?」

 

 画面の向こうでは見事この攻略法を実践して見せた当人、ネリー・ヴィルサラーゼさんがしてやったりといった表情でチャンピオンを挑発していました。

 

 彼女は決死の覚悟で負けない道を選んだのではなく、勝つための道を選んでいたのです。

 

 その時、つい先ほどまでチャンピオンの左目から放たれていた青白い光がフッと消えたような気がします。目も藍色ですし、光の反射がカメラにそういう風に映ってしまっていただけでしょうけど。

 

 改めて見たチャンピオンの顔は、これまで見たこともない表情をしていました。

 

 それはさながら、砂漠の中でオアシスを見つけたような。あるいは砂粒の中からダイヤモンドを探し当てたような。そんな時にこんな顔をするのだろうという感想を抱きました。

 

他人(辻垣内さん)の入れ知恵で随分得意になるじゃないか」

 

 そう呟いた彼女は、自らの戦略が破られたのに不服ではなさそうでした。

 

「それに私は、これを時効ではなく『無法地帯』と呼んでいる」

 

 

 南三局1本場 親 ネリー ドラ{東}

 

 勢いに乗った臨海女子の猛攻は止まりません。

 

(サミ)

 

 ネリー ツモ 新ドラ{4} 裏ドラ{⑦八}

{三四五六七八八東東東} {五} {裏二二裏}

 

「ツモ! 8100オール!」

 

 3連続目の和了で、遂に順位が入れ替わりました。

 

臨海女子 158500

千里山  151300

清澄    70500

有珠山   19700

 

 モニターに映る点数状況が更新され、臨海女子がトップを取ったのです。

 

 

 


 

 

 

「小鳥谷藍の能力には穴がある」

 

 サトハから小鳥谷とかいう奴の能力の概要を聞いた。曰く、対局にルールを設ける力。それを破れば他家全員への役満放銃という痛いペナルティが待っているらしい。

 

「簡単じゃないですか、連続和了中に3回以上役満を和了ればいいんです。だからネリーを選んだんでしょう?」

「ないない。最初は通ったとしても『8回目以外は役満で和了ってはならない』とか後からルールを付け加えられたらアウトよ」

 

 監督によってミョン*1の発言は即否定された。ネリーでもそれは無理。第一、自分の親番が何時くるか事前に分かってないと運の波をそこに合わせられない。

 

 それにしても、ルールの付け加えか。そういう穴を事前に防がないのは油断か、誘っているのか。

 

「対局の途中でもルールが付け加えられたり変更されることはあるの?」

「分からない」

 

 『ルール』は対局の始めにテレパシーのようなもので宣言されるんだったっけ。それもブラフの可能性があるのか。

 

「ただ重要なのは、適用範囲には奴自身の名前もあったということ」

「つまり本人にルールを破らせることができれば攻略できるってことでスカ?」

 

 メグ*2が問う。確かに真っ向から能力に対抗できない以上、それしかないように思える。

 

「いや、それは難しいだろう。八回目の和了を失敗させることは奴の『八連荘』が天和になることからして不可能だ」

「『八連荘』?」

 

 八連荘はインハイには採用されていなかったはず。ああでも、小鳥谷とかいう奴が連続和了の八回目にほぼ必ず天和を和了るってのは聞いたことある。それの呼称か?

 

「世界ジュニアに一緒に出場した際に、宮永と研究会をしたことがあってな。そこで奴の能力が『ローカル役』に起因しているという推察を聞かされた」

「それって、中国麻将の役も含まれるんでしょうか」

「かもしれない」

 

 落ち込むなハオ、お前にはお前のアイデンティティがある。

 

「何ですかその目は。私が戦いたかったな、と思っただけです」

「今度ラーメンを奢ってあげまスヨ」

 

 メグはこういう時ラーメンしか出てこない。ネリーはお金が欲しいんだけど。

 

「他にもルールを破らせる方法は色々あるのでは」

「鳴きでずらしたり能力で妨害して連続和了を途切れさせるとかはどうでしょう?」

「如何せん奴の手は読みにくいし、それくらいの対抗策は持ってるだろう」

 

 ……流石のネリーも連続和了に入るのを妨害するならともかく、ルールを破らせるのは無理そう。だって一度連続和了が始まれば差し込む相手がいなくなるんだから。

 

「そもそもルール自体が毎回同じとは限らない。公式戦での使用例は一回しか無いんだからな。どんなルールが来ても対応できる策が必要になる」

 

 そんな都合の良い方法があるなら凄いけど、それこそ夢物語に聞こえる。でも言っていることは正論だ。ルールの内容の粗をいくら探しても、塞がれるかルールを変えられたら振り出しだ。能力の方に着目して考えなければならない。

 

「小鳥谷は能力の支配力を高めるためか知らないが、『公平性』という制約を掛けている」

 

 サトハは指を二つ立てて言う。

 

「一つはルールの適用範囲に自分を含める公平性。もう一つは破った者以外全員が点数を得る公平性」

「前者が駄目なら後者を突くってことなのね。はー、よく考えたわ」

 

 監督はネリー達より先に理解したみたい。腕を組みながらしきりに頷いている。一人だけ分かったからってこれ見よがしにされるとなんかウザいんだけど。

 

「勿体振らずに早く教えてよ」

「全員が平等には点数を得られない状況にすれば、ルールを破っても大丈夫ってことだ」

 

 サトハが言うには南3局と南4局、そして南2局でも輪荘すればルールを無視できるようになる。つまり南2~4局でなら小鳥谷が連続和了を始めてしまっても妨害できる。ただし、あくまでも仮説。前半戦でそれをした場合、余ったペナルティ分は後半戦で徴収される可能性もある。

 

 これは賭けだ。運の波を南2~4局に固める。勿論、対局の8分の3の割合で強運を得ることはできない。更に前半か後半のどちらかに絞ることになる。高い波を維持するなら3局ほどが限度。それでも私が起家じゃなかった場合は親番がどこかで重なって点数も稼ぎやすい。

 

 

 

 南3局2本場 親 ネリー ドラ{②}

 

 そう、そうだ。あの時はそう思った。でも今は意地がある。世界ジュニアのことも考えるとヘソクリを見せるわけにはいかない。上等だ。調整した高波に乗っていない時も、与えられた波でやりくりしてきたのはいつもと同じ。

 

 3連続和了、このまま終わらせるつもりなんてない。否、このまま終わらせる。有珠山高校の点数は19700点。大将戦が始まった時を下回っている。運の波はピークは過ぎたがまだ下がり始めたばかり。このまま飛ばすくらい訳ない。

 

 ネリーはお金がいるの。お前なんかに負けるわけにはいかない。

 

 その時フッと力が抜けて、急に何もかも読めなくなった。運の波が感じられない。

 

 今のは獅子原か。こいつ、肝心な時に……!!

 

「カン」

 

 爽 カン{裏一一裏} 新ドラ{三}

 

「リーチ!」

 

 爽 打{横⑤}

 

「ツモ」

 

 爽 ツモ

{二二三四五七八中中中} {九} {裏一一裏}

 

「リーチ一発ツモ混一色中」

 

 裏ドラ{一五}

 

「ドラ6。8200・16200」

 

 数え役満だと。クソ、折角仕留めるチャンスだったのに。

 

 

 南四局 親 咲 ドラ{3}

 

 今ので有珠山は飛びから遠ざかった。役満の親被りで折角取ったトップの座も千里山に移った。まだ波が感じられない。でも恐らくもう波は殆ど引いてしまっただろう。

 

 何もかもが悪い方向へ動き始めている。これは小鳥谷の力ではない。全て獅子原がやったことだ。

 

 ふざけるな。ネリーとこいつの戦いを邪魔するな。

 

 咲 打{南}

 

「ロン」

 

 一巡目 藍 ロン

{12355678南南西西西} 

 

「8000」

 

 前半戦は、小鳥谷の人和によって締めくくられた。すっかり油断していた。運の波が読めないから。いや、読めていたとしても自分の振り込みが避けられるかどうかの話。宮永が振り込む分にはどうしようもない。

 

 もうこれで準決勝が半分も終わってしまったのだという感覚と、まだ半分もあるという感覚。

 

 ネリーは気が付けば放心していた。それは決して、絶望や焦りによってではない。試合である故に発生するインターバルによって水が差された結果、行き場の失った闘志が不完全燃焼を起こしたためである。つまり、闘牌以外のことが頭に入らなくなっていた。

 

 そしてそれは奴も同じで、有珠山と清澄が去った後もネリー達は暫く卓から動かなかった。

 

「……ネリー・ヴィルサラーゼ」

 

 あいつが私の名を呼ぶ。

 

「正直言って、驚いた。私の『ローカルルール』の弱点を突いてきたのは君が初めてだ」

 

 小鳥谷は二本の指を立てる。その仕草にサトハを思い出した。こいつとは何もかも違うのに。

 

「これを使った私と対局した人の行動は大抵二つだ。私の連続和了に気圧されるか、果敢にもルールに歯向かってペナルティを喰らう。いずれも東場の内に起こって、その後の末路も二つに決まっている。私と戦うことに恐怖を覚えるか、勝てないと諦めるか」

 

 何もかも違うからこそ、気の迷いだと思ってサトハとの違いを探そうとしてみた。その時、こいつの顔を初めてしっかりと見た。憑き物が落ちたような、あるいは覚悟を決めたような顔だった。

 

「見抜くこと自体はそう難しくないはずなんだけどね。皆、弱点を突こうだとか考えられなくなるんだ」

 

 困ったような、呆れたような声音で呟く。

 

「さっきは辻垣内さんの入れ知恵だと言ったけど、実行したのは君だ。だから勇気と実力については素直に称賛しよう」

 

 喜んでいるようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。

 

「ネリーはまだお前のことを許してないぞ」

 

 闘志を燃やしているようにも見えるし、怯えているようにも見える。

 

「分かってる、私もだ。だから」

 

 怒っているようにも見えるし、楽しんでいるようにも見える。

 

「後半戦は本気で相手をする」

 

 小鳥谷の右目(・・)が、光っていた。

 

*1
雀明華

*2
メガン・ダヴァン


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