ローカル役でしかあがれない   作:エゴイヒト

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ローカル役でしかあがれない

 

「なあ、藍。あんたの『ローカル役』、ホンマにローカル役以外で和了ろうとすると上手くいかへんのか?」

 

 今年のスタメンが私、清水谷さん、怜、セーラ、フナQの5人に決まって1か月経ったか経ってないか。いつもの部室で監督とスタメンで軽く意見交換をしていると、不意にそんな質問が飛んできた。

 

「そういえば説明してませんでしたね、そういうところは」

 

 もう1年以上の付き合いなのに、肝心な事を教えていなかった。基本的に私は、差し込みでもされない限りローカル役無しでは和了れないようになっている。

 

「例えば、私がこんな感じの手牌だとします」

 

 藍 手牌 

{23488④⑤二二二六七八}

 

「ここで、{①③③⑥}を山とします」

 

 適当に手積みでシャッフルする。下家の監督から引いていって、私が最後に引く。

 

 藍 自摸{①}

 

 これで流局。私は四分の一の和了れない牌を引き当てた。

 

「偶々やないのか?」

「今のは余興ですよ、手積みでしたしね。今度はこうします」

 

 藍 手牌

{一九①⑨19東南西北白発中}

 

「山は13枚の中張牌と么九牌39枚」

 

 国士無双十三面待ち。私の能力の判定ではローカル役ではない。つまりこれでは自摸和了りはできない。

 

 ボタンを押して自動卓を開き、52枚の牌を穴に流し込む。再度ボタンを押すと自動卓が音を立てて唸り、山を積んだ。これで今度はシャッフルに疑いの掛けようはない。

 

 また下家の監督から順番に引いていく。見事に私が引いた牌は13枚中13枚が中張牌となった。

 

「何回やっても同じです。他の人がそれで和了る場合を除いて、中張牌は私の元に来ます」

 

 単純に52牌の中から指定の13牌を引き当てると考えても、確率は52C13分の1。計算すると6350億1355万9600分の1。

 

 流石に監督も清水谷さん達も啞然としている。

 

「今度はもっと面白いことをします。と言っても監督は体験できませんけど」

「……どういうことや?」

 

 まずは手牌を作る。

 

 藍 手牌

{①②③④⑦⑧⑨一二三七八九東}

 

「ここから{④}か{東}を捨てれば『鏡同和(キャンドンホー)』となってローカル役ありの聴牌です」

 

 『鏡同和』。

 

 2種類の数牌で同じ順子を2組作れば成立する2飜役。門前限定だったり食い下がり1飜があったり定義には揺れがある。

 

「{東}を捨てた場合は{①④}待ちのノベタンになるけど、さっきの通りローカル役が付かない{①}は引けません。{①}を捨てた場合も{東}は引けない」

 

 山を{東東①①}の4枚として自動卓でシャッフルする。

 

「これで私が{東}を捨てたら{①}自摸は不可、{東}を引くはず。しかし{①}を捨てたら{東}自摸は不可、{①}を引くはず」

 

 つまり捨てた牌と同じ牌を引き直すことになる。実際に何度かやってみた所、確かにその通りになったことを全員で確認した。

 

「さて、ここからが本題。怜、私が打牌する前に{東}と{①}のそれぞれを捨てた場合の一巡先を視てみて」

 

 早速、怜が未来視をする。片目が仄かに緑色に光ったかと思うと、素っ頓狂な叫び声を上げた。その反応だと予想通りか。

 

「うひゃあ何なんこれ、気持ち悪い!」

「怜、大丈夫?」

 

 怜は尻餅をついたかと思うと、床を転がってうつ伏せに倒れ伏した。爆速で怜の介抱をする清水谷さん。

 

「他の部員もおるんやから、部室であんまはしゃがんようにな」

「何を大袈裟なリアクションしとんねん怜、麻雀でそんな恐ろしいもの見るわけないやろ」

「何が見えたんです?」

 

 監督もセーラもフナQも、怜に怪訝な目を向けている。唯一清水谷さんはガチで心配しているけど。

 

「ええか、よく聞いてな。{東}を捨てたら{東}を、{①}を捨てたら{①}を引いてたんや」

 

 恐ろしいものを見たかのように片手を持ちあげて清水谷さんを掴む。その姿はまるで死に際に遺言を託すかのようだ。

 

「……はい?」

「何も変わったこと起きとらんやないか」

 

 フナQは首を傾げる。セーラの怜を見る目は、可哀想なモノを見る目に変わった。

 

「……いや、それはおかしいんちゃうか」

 

 唯一その異常さに気付いた監督は、4枚だけの牌を指して言う。

 

「シャッフルされて見えへんとはいえ、山の状態は一つに決まっとるはず。それじゃあまるで」

「まるで捨て牌次第で自模る牌が変わった(・・・・・・・・・・・・・・・)みたい、ですか?」

 

 つまりは、見られていないのをいいことに山の配置を勝手に変えているということになる。

 

「牌を瞬間移動で入れ替えたってことなんか?」

 

 あるいは物体そのものが変形した可能性もある。

 

「ではそれを確かめるためにもう一つ実験をしてみましょう」

 

 もう一度同じ手牌、山にして自動卓でシャッフルする。ここでスマートフォンでカメラを起動し、ビデオモードにして撮影を開始する。4枚の山牌の裏を見ず触らずに、それぞれの位置に何の牌があるのかを全てカメラに記録させた。

 

「怜はさっきと同じで未来を視てくれる?」

「う、また見るんか」

 

 嫌々ながら怜が未来を視た。

 

「……同じやわ」

「それじゃあ、今卓に座ってない清水谷さんがカメラを確認して。ただし内容は言わないでね」

 

 私が{①}を捨てる。下家の監督が引く。対面のフナQが引く。上家のセーラが引く。

 

 藍 自摸{①}

 

「どう、カメラと齟齬はない?」

「皆が引いた牌はちゃんと映像と一致してるで」

 

 これを何度か繰り返した。しかし結果は変わらなかった。

 

「なあ、これ何か違いあるんか藍?」

「さっきのカメラなしとどう違うんでしょう」

 

 いいや、既に異常な事態が起きている。

 

「カメラが記録しているのに和了れなかった。それがおかしいんだよ」

 

 私達は先程、捨て牌によって引く牌が変わることを確認した。その仮説として瞬間移動や物体変形の仮説を立てた。しかしカメラにはそのような瞬間は捉えられなかった。私達が引く前に清水谷さんがカメラを先に確認しなかった場合でも、結果は同じだった。

 

「つまり瞬間移動でも物体変形でもない、か。ほなもう藍が引く牌は運命づけられてるっちゅうことか?」

「だから、それは最初に否定されたでしょ。運命なら怜の未来視で確認出来るはずだよ」

 

 一般的に殆どの能力は、確率的に0%の現象は起こせない。必ず和了れる能力を持っていたとしても、和了り牌が枯れていたら和了れない。つまり自分に都合の良い運命になるように牌山の初期配置に干渉する能力。

 

 だから支配力が弱いと鳴きでずらされただけで崩れる。しかし鳴きによるずらしは経験や理論によりある程度補えるとはいえ、結局のところ勘。暗闇の中に撃った弾が偶々当たるようなものである。それを当てずっぽうではなく確実に行えるのが怜の未来視。

 

 しかしそんな怜でも捨て牌によって引く牌が変わるという予知が出てしまった。つまりこれは偶然ではなく物理的になにか起きている。

 

「じゃあ、何が起きてるんや?」

 

 監督の疑問もごもっとも、でも完全には絞り込めない。確認する術がない。

 

「まずは仮説1、現実改変。これは牌を捨てた瞬間に山の配置だけでなくカメラの記録や清水谷さんの記憶・認識ごと改竄された可能性」

「ちょっと、怖いこと言わんといてや」

「仮説2、過去改変。牌を捨てた瞬間に最初からそれに応じた山の配置だったという風に過去が変わった」

 

 当然、カメラの記録や清水谷さんの認識も変わった後の世界でのもの。この場合は私達の認識も、というか宇宙全体が書き換わっている。これなら齟齬が生まれない。

 

「過去って、壮大やなあ」

「怜だって未来視えとるのに何言うとんねん」

 

 現実改変か過去改変か、原理は分からない。

 

 だがどちらにせよ、この力は他の一般的な能力の影響を受けない。

 

 先に述べたように、普通の能力はただ運が良いだとか偶然を操って異常な引きを発生させる。だから鳴きでずらせたり、怜の未来視で結果を見てから行動を変えることで対応ができる。

 

 一方、私の能力――というよりは『ローカル役でしかあがれない』という制約においては必然。現実を書き換えているので運とは違って不確定な要素がなく、確率操作を原理とする能力や鳴きなどの行動の干渉を受けない。

 

 と、そこまでの私の見解を話した。

 

「あくまでも『ローカル役でしかあがれない』というデメリット効果に対してだけやろう。現に『ローカル役』の能力自体は他の能力の干渉を受けとるしな」

「怜ちゃんの未来視が通用せんくなったと思うたで」

 

 怜が安堵する。目を離していた間に、自分の脳が書き換えられた可能性を示唆されて怯える清水谷さんを介抱していた。さっきと立場が逆転してる……。

 

「ええ、監督の言う通りです。ですが『オープンリーチ』のテレパシーが『ローカルルール』の宣言でも使えたように、『ローカル役』と『ローカルルール』には密接な関係があります」

 

 この意味が分かりますか、と監督に振ってみる。私の能力ではなく実際の概念の話として、元々ローカル役はローカルルールの一種であるのだから当然とも言える。

 

「『ローカル役でしかあがれない』という制約は『ローカルルール』によって掛けられた制約ということか?」

「まあ、それもありますが」

 

 恐らくは生まれつきあったもので私が掛けたわけではなく、自分でさえ解除できないルールとなっている。仮に解除できたとしても、私の能力の根幹にも関わっているので迂闊に触れない。最初から掛かっているということは意味があるのだろうから。

 

 私が麻雀以外で掛けるルールにはペナルティなんて存在しない。人に掛ける場合は大抵の場合は強制か誘導だ。一方、この制約は破らせないために現実の方を捻じ曲げてきている。つまり――

 

「『ローカル役でしかあがれない』という制約が現実を捻じ曲げて牌に干渉したなら、『ローカルルール』でも同じことができるとは思いませんか?」

「小鳥谷、お前……」

 

 監督と視線が合う。

 

右目(・・)が光ってるぞ」

 

 

 


 

 

 

 ――2年生の頃は自分が藍と二人でエース張るどころかレギュラーになることすら思ってもみいひんかった。まして、自分が藍を支えなきゃなんて。

 

 放課後。竜華やセーラ、藍のレギュラー陣がインハイに向けて忙しそうにしていた。一方、今年も2軍の私。だからってわけじゃないけど、部活に顔を出さずに病院に定期健診に行った。大きな病院の待合室で横に長い緑のソファに腰掛けながら、モニターに映るテレビを見上げて待つ。そろそろ首が痛くなってきた頃合いで名前を呼ばれる。診察室に向かった時、ふとそれが耳に入ってしもうた。

 

「小鳥谷さん、また来ますね」

 

 そう言って看護婦さんが病室から出てきた。小鳥谷、という名前に私が反応しないわけがなかった。歩みを止めて病室の方を見る。何を探しているのかと言えば、名前や。扉の周囲に一通り目を遣ったけど見つからんかった。そういえば、最近の病院は病室の前に入院患者のネームプレートは掲げへんっちゅう話を聞いたことがある。プライバシーの保護のためやとか。

 

 呼ばれているので、その場は諦めて診察室へと向かった。いつも通り問題なし――ちょっと疲労溜まり気味やから気を付けてと言われたのもいつも通り――で、待合室に帰る時にその病室の前で止まった。

 

 友達と同じ苗字ってだけで、親族かもしれへんって決めつけるのは早計や。あんまり聞かん珍しい苗字であるのは確かやけど、そんなこと言うたら私や竜華だってそう。確証もないのに病室に立ち入っていいものか。

 

「お入り」

 

 年の行った、おばあちゃんの声。えっ、と思わず声が出た。扉は開いてないのに私が立ち尽くしているのを見抜いたんか。こちらからは向こうの様子が見えへんから、扉に磨りガラスがあって人影が見えたとかそういう訳やない。誘われるままに、私は扉を開け病室へと入った。

 

 病室には4台のベッドがあって、そのうち3つはカーテンが完全に開いていて無人だった。でも誰かがここで寝ていた形跡はあるから、今は居ないというだけなんやろう。

 

「あら、可愛い子」

 

 残りの一つ、側面だけ開けたカーテンにはおばあちゃんが一人居た。やっぱりということは、当てずっぽうやったんかな。第六感が冴えてるっちゅうことやろか。

 

「あの、小鳥谷さんで間違いないでしょうか」

 

 親子ならともかく祖母と孫娘ほど年が離れていると顔だけでは血縁関係か判別できひん。私の頭はこの状況でも冷静さを保っていて、診察している間に小鳥谷さんは病室を出ていてこの人が別人であるという可能性に気づいた。

 

 私の問いに小鳥谷菊子と名乗った女性は、藍の祖母やった。それから私は自分のこと、藍のことについて話した。そのうちふと、そういえばと思って私が扉の前に居たことに何故気づいたのかと聞くと。

 

「何にもない病室に長いこと居ると、音に敏感になってねえ。足音がそこで止まったら人が居るってわかるのよ」

 

 種を聞けば、何故思いつかなかったのか不思議なくらい単純やった。

 

「藍もよくそこに立ったまま入ってこない時があるの」

 

 扉の方を見た彼女の視線の先を辿ると、そこに藍が立っている姿が目に浮かんできた。

 

「あの子は小さい頃から賢くて我儘も言わない子だったんだけど、大人び過ぎててねえ。学校では友達も作らないし両親とも距離を測りかねてたの」

 

 意外やった。最初の頃は人見知りしてたけど、今では藍は部員の皆と仲が良いし。麻雀が仲を繋いだってことなら、自分のことのように嬉しいな。

 

「でも私とはよく話してくれるのよ」

 

 藍も月に一度はここにくるらしい。竜華と同じでおばあちゃん子なんやなあ。

 

 ――なんて、呑気な事を考えていた。この時の私はまだ、藍の脆さを理解してなかった。この時の藍はまだ、毎日が楽しそうで希望に満ちあふれていた。この時の藍のおばあちゃんはまだ元気そうやった。

 

 この日がおばあちゃんに初めて会った日。定期健診の度に顔を出して、藍のことを話した。部活で振るわない私の相談にも乗ってくれた。

 

「藍をお願いね」

 

 それが最後に聞いた言葉。

 

 藍は、祖母の危篤を理由に去年の世界ジュニア出場を辞退した。

 


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