ローカル役でしかあがれない   作:エゴイヒト

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無限人和編

「アレを使った藍が押されてるのなんて初めて見たわ」

「大丈夫なん?」

 

 控室に戻ると、やはり皆から心配された。終盤はネリーが逆転劇を見せたが、その後の獅子原の和了と私の人和で1位で前半戦を終了できたし、3位以下とは大きな開きがある。万が一私がネリーに負けても、決勝進出が叶わないということはまずない。

 

「問題ないよ。ちょっとびっくりしたけどね」

 

 『無法地帯』を知られようと、対局の8分の5はこちらが支配していることに変わりはない。圧倒的に有利なのはこっちだ。

 

「それより今は、どこまでついてこられるか試してみたいんだ」

「藍、まさか見つかったん?」

「かもしれない」

 

 探し求めていた、私と戦える相手。試さずにはいられないだろう。

 

 それでも望みは薄い。『八連荘』と左目のコンボは対策できても、『人和』と右目のコンボを攻略できるとは限らない。彼女らはまだその凶悪さすら知らない。

 

「あんた、私達にもまだ隠してるなんかがあるんか?」

 

 監督が睨みつけながら言う。隠しているのは気分を害したかな。

 

「藍、俺らのこと信用してなかったんか?」

「違う違う。言う必要もなかっただけ」

 

 信用してないってわけじゃない。『ローカル役でしかあがれない』という制約について考察を語った時に、それとなく仄めかした。

 それでも全てを言わなかったのは、これを使う機会なんて無いだろうと思っていたからだ。実際、右目を実戦で使ったのは小学生が最後。

 

 今更右目について解説する時間も気力もない。だから、今回も仄めかすだけ。

 

「……ルールってのはね、表面上は平等ならそれで構わないんだよ」

 

 法律がその典型だ。資本主義だろうが共産主義だろうが、専制君主制だろうが民主主義だろうが、法はいつだって平等っぽい。関係ないのだ、社会の仕組みがどう変わろうと。成立という段階を踏む時点でそこに作為が混じる。天衣無縫でない以上、人が人を支配する構造が出来上がる。

 

 独裁ならその気になれば平等さを演出する必要もないが、余計な反発を買わないで済むのはメリットだ。

 『ローカルルール』も似たようなモノ。自分だけ有利になるようにすれば、非対称性が支配力に歪みを生み、どこかに付け入る隙ができる。不均衡な状態を維持するのは抵抗されずとも消耗する。

 できないわけじゃない。諸々の損得を考えた結果、平等にしてやっているだけ。

 

「平等性を放棄すれば左目だけでもまだ戦える」

 

 でも、それでは味気ない。それでは接戦になってしまうかもしれない。求めているのは、圧倒的に勝つつもりでやってその上で負けるかもしれない戦い。

 

 ネリー・ヴィルサラーゼはそれを満たすかもしれない資格を見せた。ならば応えるのが敬意だ。

 

 

 


 

 

 

 破った者がペナルティを受ける『ローカルルール』を『人の理』と呼ぶなら。

 

 

 ――この対局は以下のルールを適用する。

 

 ――1.全員が配牌聴牌する。

 

 ――2.海底牌以外で自身の和了り牌を自摸らない。

 

 

 卓上の牌に規則性を与える『ローカルルール』を『地の理』と、私は呼んでいる。

 

 ネット麻雀では特殊ルールを採用したイベントが開催されたりする。プログラムによって牌山を管理するからこそ、実際の卓では再現不可能なルールも実現できる。

 これは、それを実卓で可能にする力だ。

 

 『人の理』は法律だ。

 破ればペナルティが待つ。

 それは法律を破れば刑罰が待つように。

 

 『地の理』は自然法則だ。

 抵抗することはできても、破ることはできない。

 飛行機で空を飛ぶことはできても、物が下に落ちる法則自体を変えることはできないように。

 

 ルールに則って私に勝つことはできても、ルールから逃れることはできない。

 

 ネリー・ヴィルサラーゼ。

 運命とは人間には抗えないモノ。私ですら逃れることはできない。だが、運命にも抗えないモノが存在する。

 それは現実だ。運命は、取り得る現実しか取り得ない。

 どんなに運命を捻じ曲げようと、重力に逆らって生身で宙を舞うことはできない。

 どんなに運命を捻じ曲げようと、無い牌を掴むことはできない。

 それはこの世の理に反する。

 

 宮永咲。

 このルールの下では得意の嶺上開花は封じられている。

 嶺上牌に和了牌があることを察知してカンをした瞬間、その牌は別の牌に書き換わる。

 森林限界を超えてどんな高い山の上でも咲き誇る強い花も、種が無ければ花は咲かない。

 どんなに強い支配力を以てしても、無い牌を掴むことはできない。

 それはこの世の理に反する。

 

 獅子原爽。

 カムイは立ち去り、雲は散った。最早彼女にできることはない。

 後は彼女自身が立ち去り、散るのみ。

 それが私が決めた理。

 

 

 全員が配牌聴牌する。それは実力を排した運任せの対局を齎す。とりわけ、天和や地和といった上振れを掴んだ者が、勝利への切符を手にする。だがその目はルール2が封じている。

 手牌を崩さない限り、自分の和了に技術は要らない。捨て牌は自摸切りが続くのだから、読みも要らない。

 ただ、オリずに突っ張り続ける度胸と、当たり牌を掴んだ時にオリられる勘が求められる。

 まさに運試し。

 

 そういう風に見えるなら、いつまでたっても搾取される側だ。

 そう間もない内に気づく。いや、既に察していることだろう。

 

 東1局 親 爽 ドラ{北}

 

「リーチ!」

 

 爽 打{横⑦}

 

「ロン」

 

 藍 一巡目 ロン

{①②③④⑤⑥⑧⑨西西西発発} {⑦}

 

「8000」

 

 『人和』。

 

 配牌聴牌というルールが、このローカル役の成功率を引き上げる。

 平時なら能力を使っても狙って聴牌するのがそもそも難しく、対局中に1回が精々、だが、聴牌さえしてしまえば当たり牌を掴ませて吐き出させるくらいわけない。

 まして、どうせ和了るのも放銃するのも運次第なこの状況では、どうしてもダブル立直したくなる。そうすれば、宣言牌でロン和了する『燕返し』によって私の『人和』成功率は格段に上昇する。

 いや、立直宣言せずとも聴牌を維持する牌――リーチ可能な捨て牌であれば『燕返し』の恩恵は受けられる。ローカル役は『人和』で補えるのだから。

 

 カラクリとこれから起こる地獄に気付いたのか、清澄の顔が青ざめる。

 

 東2局 親 咲 ドラ{2}

 

 咲 打{三}

 

 故に、何もせずとも自分から網に掛かってくれる。

 

「ロン」

 

 藍 一巡目 ロン

{四五④④赤⑤⑤⑥⑥23477} {三}

 

「8000」

 

 ダブル立直が罠であることに気付いた所で、逃げて崩す手すら『人和』に狩られる目は残る。

 今の局の和了、私が清澄の手牌を透視して自分の手牌を書き換えたとか、そんな大袈裟なことはしていない。

 『人和』は相手の不要牌だったり、その手から考えられる最善手、次善手、あるいは奇手を絡めとるような配牌として私の元にやってくる。焦りと恐怖に突き動かされて選ぶ逃げの手は本人が自覚できない部分でワンパターンになり、見事に狩られやすい牌を捨てるのだ。

 更に『人和』以外でのローカル役が確定しない配牌の場合は、手牌を見ずに無作為に選んだとしてもまるで運命とでも言うように当たり牌となる。

 

 『燕返し』と『人和』の配牌聴牌だからこそ働く鬼畜コンボ。前者はともかく、後者を確実に避ける手段は存在しない。

 

 

 東3局 親 ネリー ドラ{⑤}

 

 ネリー 打{③}

 

 ただ一人、ネリー・ヴィルサラーゼを除いては。

 

「っそれカン!」

 

 咲 カン{③③③横③} 新ドラ{5}

 

 ここまで親の初打放銃が続く中、ネリーの手は通った。これを見た宮永咲がカン。私の自摸が飛ばされ、これで『人和』の目は消える。ローカル役の存在を知っている宮永咲とネリー・ヴィルサラーゼの連携。

 実際の所、宮永咲はただ放られた牌をカンしただけ。ネリーが運命を読んでカンできる牌を選んで捨てたからこそできたこと。一瞬にして呆気なく私の『人和』を打ち破ってみせたネリーは、涼しい顔をしている。

 

 藍 手牌

{⑥⑥一二三六六六55666} {3}

 

 『人和』が潰された今、私の手牌はこれでローカル役を失った。

 三色同刻の内一つの牌が欠けた――つまり雀頭になったものを『小タテ』と呼ぶローカル役が存在するが、この形だと{5}で和了らなければならない。

 しかし自摸和了を封じていて出和了りしかできないため、手役は三色同刻の{⑥}しか無く{5}では和了れない。

 

 これらの問題を一挙に解決する手は一つ。

 

「リーチ」

 

 藍 打{横3}

 

 オープン――

 

 

「ロン」

 

 ネリー ロン

{④⑤⑥三四五八八45東東東} {3}

 

「12000」

 

 ネリーからの不意を突く一撃。

 ドラ傍、警戒すべきだったか?

 配牌聴牌なのだから狙って手をドラに寄せるなんてことできやしない。ただのマグレ。こんな可能性をケアしていたら勝てるものも勝てない。が、リスクはケアできた。そこは反省点――

 

 否、ネリーは運命を読める。この思考が取る手を予期していたに違いない。

 

 ネリー 河

{赤5}

 

 無理鳴かせに見える打{③}に続いて、完全に聴牌を崩したと見せかけた手出し{赤5}。これがあったから警戒心が鈍った。

 それにこの一手から配牌を逆算すると、宮永咲に鳴かせたあの場面、{③}ではなく{⑥}を切っていれば私に振り込んでいた。それは三色を見た手――ダブ東三色ドラ1で、リーチを掛ければ(・・・・・・・・)跳満、裏が一つでも乗れば倍満を狙える手。

 そう、『燕返し』の絶好の餌となるはずだった。

 

 それを躱して鳴かせ、役なしに陥った私に{赤5}を通し更にカウンターで仕留める神業。

 

 確かに配牌で宮永がカンできる{③}を捨てても聴牌が崩れない{⑥}を持っていたのはマグレだし、{5}を引いて私の警戒を解かせられる{赤5}を手出しできたのもマグレ。

 奇跡のような細い運。それでも引き寄せた運命を選べたのはネリーの力があってこそ。

 

 いや、ひょっとしたら私はまだ勘違いしている。

 配牌聴牌という下駄を履かせた今、望んだ手牌を持ってくるのにそこまで運の波は必要ないのかもしれない。普段の強運を齎す波に比べれば漣でも、聴牌の形を弄る程度は事足りるとか。

 

 全部狙ってやったとしたら、天才という言葉すらチープな称賛に思える。

 

 『地の理』は実は相性が悪いかもしれない。

 それでも私の有利は揺るがない。宮永咲に鳴かせて私の自摸を飛ばすこの手が使えるのは、ネリーが親の時だけ。

 その親番でさえも、宮永咲がカン材を揃えてネリーが鳴かせられる牌を持ってくる必要がある。毎回できるとは限らないし、小さな運の波で事足りるとしても確かに消耗していく。

 まして、即席の調整。前半戦の3連続和了は対局前から今日この日のために調節してきた波だ。それはアドリブには限界があることを意味する。

 

 ――面白い。

 

 これだ、求めていたものは。互いが互いを出し抜かんと知略を尽くす戦い。

 

 どこまで耐えられるか勝負といこう。

 

 

 

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