『人の理』と『八連荘』のコンボは派手だが、『地の理』と『人和』のコンボはいまいちパッとしない。
しかしだからこそ恐ろしい。
前者は為す術の無い戦いを強いるが、後者はそもそも戦いの土俵に立つことすら許さない。
磨き上げてきた麻雀の腕だとか、相手の打ち筋を研究した入念な準備だとか。
そんなものを披露する暇も与えず静かに殺す、理不尽な絶望。
ここまで抗えているネリーの方が異常なのだ。
ネリー・ヴィルサラーゼの力は『運命を読める』と言ったが、それは正確ではない。決して、対局の全ての未来を把握しているわけではない。それでは怜の完全上位互換だ。寧ろ、ネリーは具体的な未来は何も分かっていない。
事前の分析に見られる彼女の能力は、『自身の運の波を感じ取り、調節する力』。割り切った配牌オリと欲張りな闘牌を可能とし、それらがほとんど裏目にならない。だが、自分が最終的にどれくらいの打点を目指せそうかは分かっても、妨害される可能性や和了までの正確な牌譜は分からないと思われる。
もう一つは『不自然な振り込み』。他人の和了を別の人の安手に差し込んで潰したり、もっと高めの変化を狙えた所を安手で差し込んで妥協させる。
原理は不明だが、ネリーが人和を躱して私にカウンターを決めたアレも十中八九これの応用だと考えられる。
まず、宮永咲にカンをさせたのはどう考えても能力のおかげだ。単なる技量だけでは狙って振り込みはできても、狙ってカンさせることはできない。まして一巡目からでは宮永咲の手牌構成を推理する材料など皆無。どこまで分かるのか不明だが、鳴かれそうな牌、当たりそうな牌、手の高い低いといった情報は透けている可能性が高い。
だが、私がネリーに振り込んだのは能力の影響ではない。前述の通り、私がどう行動するかまではネリーの能力では分からない。分かっているなら、前半戦の私の連続和了を最初の1和了目で阻止することも容易だったはずだ。
とすると、恐らくは能力と本人の技量の合わせ技。あの局で自分に運が回ってきていること、宮永咲にカンさせられる牌が分かったこと、私が役無しに陥ったことが分かったのまでは能力のおかげ。そのまま私が振り込んだのは偶然。
迂闊な手を打ってくるのを見越して油断を解く行動をとったのはネリー自身の推理と心理戦の技量だ。
そう何度もカウンターを喰らうことはない。敵の戦力を過大に見積もって攻勢を緩めるのは、相手に主導権を渡すことになり逆に危険。
この考察は当たっており、1本場はネリーが獅子原からの和了を決めたものの、私から直撃を獲ることはなかった。
東3局 2本場 親 ネリー ドラ{②}
席順からして、宮永咲に鳴かせずとも振り込まない手を捨てればそれだけで私の『人和』は消える。それなのにネリーは手戻ししてまで初打で宮永咲に鳴かせる事に固執している。
……これは私の『人和』『燕返し』に続く三の矢に気付いているな。本当に、どこまでも私を楽しませてくれる。
彼女を支えてきた運も長くは続かない。ネリーの第一打に対する宮永咲からカンの一声はない。その牌が私の和了牌ではない以上、この局は『人和』成らず。
「リーチ」
藍 一巡目 打{横①}
だが『人和』が決まらずとも、私はダブル立直ができる。
その一方で、配牌聴牌でスタートしたにも拘わらず、いつまでたっても他の誰もリーチをかけない。
宮永咲は『燕返し』というローカル役を知っているからだろうか。
獅子原は『燕返し』を喰らったのが記憶に新しい。二連続『人和』の陰に隠れて、宣言牌を狙われたことには気づけなくとも、手を確定させるのは何となく恐いのだろう。
実際の所、私は普段から『燕返し』はそんなに使わない。まず自分が聴牌して、その後に誰かがリーチを掛けるのが前提条件である以上、発生の機会がそもそも少ない。
過去のデータを考えれば発生条件を満たしてもそうそう恐れることもないのだが、この状況に冷静さを失っている。
ネリー・ヴィルサラーゼが
逃げ腰の者に勝利はやってこない。私は待っている。
待つ、待つ、待つ。
やがて見えてくる、水底が。
私の海底がやってくる。
「ツモ」
藍 ツモ 裏ドラ{東}
{②②三四五12378東東東} {9}
「ダブル立直海底自摸ダブ東ドラ5。6200・12200」
『石の上にも三年』。
単なる諺ではなく、ローカル役の名前だ。
ダブル立直かつ、海底模月で和了する役満。海底模月だけでなく河底撈魚でも可とするルールもある。
能力としては、ダブル立直して海底牌を掴んだ場合は必ず和了するというもの。河底撈魚の場合は確実ではないが和了りやすくなる。
副次効果として、他家が有効牌や和了牌を自摸りにくくなる。先に誰かに和了られたら元も子もないからだ。
他には、私に海底牌が回ってきやすくなる効力もある。例えば南家でダブル立直をした場合は誰も自摸順をずらす行為――鳴きを入れられなくなる。
東4局 親 藍 ドラ{四}
藍 配牌
{③③③六七七八八九23888}
この配牌、普通なら両面待ちを見て{③}か{8}を切りたいところ。
だが私にとってはこれらが和了形に関与しない刻子で来ているのが嬉しい。
これも『石の上にも三年』の副次能力。
海底牌は誰も鳴きを入れなければ南家に回ってくる。ダブル立直をする関係上、他家が鳴きを入れないよう徹底すれば南家以外ではこのローカル役は無意味と化す。
だから南家以外でダブル立直できる場面に遭遇する時は、手牌に待ちに関与しない刻子――海底ずらし用の槓材が含まれていることがある。といっても2つ3つも暗槓できるなんて都合の良いことはそうそう起きないので、これは自分が親の時くらいだ。
「リーチ」
藍 打{横3}
ちなみに、河底撈魚版の『石の上にも三年』についてだが。
『ローカル役でしかあがれない』という制約があるために、他のローカル役がなければ折角ダブル立直をしても和了ローカル役が『石の上にも三年』に限定されて、途中で和了することができない。しかもリーチ後のロン牌を見逃すとフリテンになるので、ダブリー河底撈魚の成立は著しく難しくなる。
サブプランとして『オープンリーチ』でローカル役を追加しても、和了牌が分かってしまうのだから途中でロン牌は出ない。そうそう毎回多面張になることはないし、各家ベタオリすれば当たり牌を取り込みきることは簡単。更に宮永咲対策に海底以外での自摸和了を封じているので、『オープンリーチ』は全く機能しないといっていい。
東3局0本場で『オープンリーチ』を掛けたのはあくまでも苦肉の策だ。私より他家の方が打点が大きくなって、多軒聴牌で追い込まれたネリーが私に差し込んでくる
崩してから他で和了れる手があるならそちらを選ぶ。
藍 13巡目 自摸{8}
来た。暗槓。
「カン」
藍 カン{裏88裏} 新ドラ{6}
海底牌が王牌に取り込まれ、海底が一つずれる。
私の海底ルートに入ったことで、もう誰も鳴きを入れることはできない。
どんなに前もって手を崩そうと、私が海底を掴めたということは『石の上にも三年』が発動した瞬間から運命付けられたように自摸が都合よく操作されていたということ――
「カン」
咲 カン{裏④④裏} 打{9} 新ドラ{二}
私の海底を目前とした宮永咲の最後の自摸で、事態は起きた。
暗槓。私の海底がずれ、ネリーへ渡る。当然、ネリーにとって14牌の中から牌を通すのは苦慮の内に入らないだろう。
いや、それ以前に。
「ロン」
ネリー ロン
{⑦⑧⑨五六七2233449} {9}
「1300」
ネリーなら、これすら見越して和了る。
宮永咲のカンから零れる壁外の{9}を単騎で狙い撃ち。そのためには、現在最も警戒するであろう私に対する安牌を切らさせる必要がある。私が自摸ってきて切るであろう牌を運命を読んで先導して切っていき、{9}以外の選択肢を枯らした。
前局、ネリーなら私に海底を自摸らせず清澄か有珠山に差し込みを狙っていっても良かったはずだ。しかし二人がオリてしまえばそれも叶わない。上手くオリさせず立ち回ったとして、待ち牌を自分が掴めるかを考えると成功確率は100%ではない。『石の上にも三年』の和了阻害効果によって、更に困難だっただろう。
それが逆に、私に違和感を覚えさせない隠れ蓑となった。
勝負を降りたように見えた捨て牌は、この局を見越して宮永咲に『ネリーの後を追っていればいいという安心感』を植え付ける布石。
ここで宮永咲がカンして私の海底ツモを防いだだけでは流局となり、再び私の親で状況は変わらない。私の親を流すために、ここでどうしてもネリーが和了る必要があったのだ。
宮永咲がカンできた理由は、このネリーの神算鬼謀に比べれば簡単だ。
ルールでは嶺上開花を封じてもカン材を集めてくることは封じていない。『石の上にも三年』で鳴きを封じられるのはダブル立直を掛けた後だ。配牌の時点で暗槓が揃っていれば封じることはできない。
暗槓は東家の時に海底牌をずらす手段として残しておいたが……それが逆に妨害される結果となった。
この穴は塞いでおくべきだったか。いや、『石の上にも三年』の機会を半分にするだけの価値があるかどうか。元々、親の時に使えない『人和』の代わりとして採用した戦術。南家で使う意味は東家より薄い。
後半戦。最初に2連続『人和』を決めこそしたものの、私はネリーの後手に回っている。戦術の介在する余地が無いよう創り上げたルールの中で、戦術で私を凌駕している。
ネリー・ヴィルサラーゼ、敵ながら見事と言う他ない。だが。
東4局終了時点
千里山 177900
臨海女子 145300
清澄 38800
有珠山 38100
後半戦開始時点では10000点に満たなかった点差は、今や3万点以上に開いている。内容で見ると私を翻弄しているはずのお前が、点数で見ると負けている。
この差を生むものが
南入と同時に、それは起こった。
――ルールを変更し、以下を適用する。
――1.全員が配牌聴牌する。ただし天和・地和は発生しない。
――2.対面からカンした局では嶺上牌で和了らない。
――3.下家からカンできる状況にはならない。
――4.子は自身の和了り牌でない対面の当たり牌を自摸らない。
「えっ」
どこからともなく聞こえる声。
それは突然のルール変更を告げるものだった。
「ルール変更ッ……!」
ヴィルサラーゼさんの顔が鬼気迫る表情へと変貌する。
そもそも、事前情報にない展開は後半戦開始から既に起きていた。
前半戦では左目を青白く光らせていた小鳥谷さんは、後半戦では右目に薄いマゼンタの光を宿している。
衣ちゃんから聞いていたチャンピオンの能力は、『ルールを課し、破った者からペナルティとして点数を徴収する』というもの。だけど後半戦のこれは、それと似ているけれど全く違う能力。
ここまでで分かったことは、牌山に干渉する能力だということ。破るという行為自体がそもそもできない絶対のルール。それはまるで卓上という小さな世界の物理法則とでもいうような。
小鳥谷さん、ここにきてそのルールを変えてきた。意図は分からないが、私にとって重要なことは一つ。
このルール下なら、嶺上開花ができる。
南1局 親 爽 ドラ{8}
爽 一巡目 打{一}
「ロン」
藍 ロン
{③④⑤二三四五六22789} {一}
「2900」
獅子原さんからの人和。獅子原さんにはもう、前半戦であったような力の気配は感じられない。力のない者は、この土俵で戦う権利すら与えられない。
獅子原さんの表情は、ほとんど諦観に満ちている。勝ち負けの舞台からは降りたけど、この試合の行く末をただ見守りたい。そういう感じで麻雀をしているように見える。
一方で、ヴィルサラーゼさんは人和を止められず歯嚙みする。彼女には技量がある。最初は彼女と協力していたつもりだったけど、彼女にとっては私も戦場の環境要因に過ぎない。
私達はあくまでも敵同士。利用されたことに気付いた時は衝撃だったけど、恨みはない。寧ろこの後半戦で見事に小鳥谷さんを翻弄した姿は、私には尊敬と憧れを抱かせる程だった。
彼女には力もあるけど、同じく前半戦で消耗し過ぎた今の彼女では小鳥谷さんに真っ向から太刀打ちするには物足りない。技量だけでは、この理不尽は止められない。
じゃあ、私はどうだろう?
私には何ができる?
私にはヴィルサラーゼさんのような人を欺き利用する技術はない。嶺上開花を封じられた私には、勝つための武器がない。
それがここにきて、自摸和了の禁止を解除してきた。
私にとっては願ってもないこと。でも、情けをかけられているかのようで……。
否、情けですらない。
これは命令だ。嶺上開花をしろ、と。唯一の勝ち筋を垂らして、私を操っている。
悔しい。
――こんな形で勝っても、全然楽しくないよ。
南2局 親 咲 ドラ{五}
私の親番。逆転するならこれが最後のチャンスと言っても過言ではない。
「カン」
咲 一巡目 カン{裏①①裏} 新ドラ{4}
まずは、『人和』を回避するための暗槓。
分かっている。カンに頼っている限り、チャンピオンには勝てない。
ここまで、私は『嶺上開花』という武器で勝ち上がってきた。
でもそれじゃ足りない。
ここから先に進むには、私自身が成長しなければ。
「ツモ」
――山の上でなくとも、花は咲く。
咲 6巡目 ツモ
{⑤⑤111西西西発発} {⑤} {裏①①裏}
「四暗刻。16000オール」
『花鳥風月』。
五筒と一索、風牌と一筒の刻子で和了るローカル役。
小鳥谷さんのローカル役を研究していた時、名前に花が付いているからか妙に惹かれたものだ。
何故だか私にもできる気がした。というより、やらなければならない気がした。
南2局 1本場 親 咲
この局も暗槓による『人和』回避で始まる。
押し付けられた配牌聴牌の恩恵を自ら放棄して手を崩し、私の目指す形へ変えていく。
ルール4によって、小鳥谷さんから直撃をとることはほぼ不可能。ヴィルサラーゼさんには、私の当たり牌を手に取るように読まれてしまう。獅子原さんからの直撃のみだと、2位へ浮上する前に有珠山高校が飛んでしまう。
結局、ルール変更によって解禁された自摸和了に頼る他ないのは変わらない。
「ツモ」
咲 9巡目 ツモ ドラ{③7}
{③③赤⑤⑤南南南} {⑤} {横①①①} {裏白白裏}
「混一色三暗刻対々和南白ドラ3。12100オール」
――『風花雪月』。風牌、五筒、白、一筒の刻子で和了るローカル役。
これはささやかな抵抗。今はまだ、こうするしかないけれど。
これは儀式。私の成長を確かめるため、嶺上開花頼りの私と決別するため。
今日、私は開花する。