ローカル役でしかあがれない   作:エゴイヒト

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今回は繋ぎの話なのでちょっと短い。


何で廊下に記者がいんだよ教えはどうなってんだ教えは

「出遅れたわ!」

 

 対局室や控室といった会場の一部は、出場校やスタッフ以外の立ち入りが禁じられている。しかし控室から対局室へ繋がる通路には、一般の人が入れる区域が含まれている。ここでは、控室から対局室へ向かう選手の姿を写真に収めようと記者達が屯するのが恒例である。

 

 対局室へ向かうチャンピオンの姿を写真に収めようと、私達ウィークリー麻雀TODAYも通路の脇を固める記者の列に混ざって張り込むつもりだったのだが。

 

「西田さん、流石にこの人混みじゃ写真すら撮れないんじゃないすか」

 

 チャンピオンと同じく千里山のエースである園城寺怜選手は、病弱体質を理由に対局当日の取材を全面的に拒否している。取材できる千里山の注目選手が一人減ったためか、元々多いチャンピオンへの取材は更に爆増。結果、不祥事を起こした政治家への取材もかくや、という数の記者が通路を埋め尽くすこととなった。

 

「何としても一枚ぐらい撮るのよ」

「無茶言わないでくださいよ」

 

 チャンピオンが現れるのを今か今かと待ち構えていると、急に奥の方が騒がしくなった。待ち人来たる。どうやら控室から出てきたらしい。

 

「チャンピオン、今回の対局の意気込みを」

「一言お願いします」

 

 対局前の取材は、対局室への到着に遅れが出る可能性があるため基本的には控えるのがマナーだ。取材の少ない選手なら一言ぐらい取材しても特に問題ないが、強豪校のエースクラスともなると山のように取材が殺到するので、対局後にまとめて取材攻めするのが通例となっている。こうして通路で記者達が待ち構えることを許されているのも、ひとえにそういった暗黙の了解を守っているおかげなのだ。

 

「あいつら、マナー悪いわね」

 

 にも拘らず声をかけているのは、道のど真ん中を陣取っていた記者達だ。ここら一帯が記者でごった返しているので追いやられて前に出てしまう者もいるが、彼らは意図的に進路を塞ぐかのような場所取りをしていた。いくらなんでも目に余る行動だ。警備につまみだされてしまえ。

 

 先走って取材しようとした記者達を見て出し抜かれると思ったのか、その近くにいた記者達も次々に取材を敢行しようとする。いよいよ収集がつかなくなってきたところで、それは起きた。

 

 

 ――退け

 

 

 

 耳ではなく心に響くような、暴圧的な口調に反して清涼な声が喧噪を貫く。瞬間、記者達が一斉に道を空けた。先程まで周囲一帯に響き渡るほどの声で騒いでいた記者達は、すっかり静まり返っている。背中にヒンヤリとしたものを感じて、それが私の汗ではなく壁に張り付いているからだということに気付く。遠くにいた私でさえも、知らぬ間に身を引いていたのだ。

 

「じゃない、道をあけてください」

 

 発言を訂正した声の主は、小鳥谷藍選手その人だった。空いた道から、黒髪に藍色の瞳をした少女がこちらへ向かってくる。通り過ぎるまで、その瞳が光っていたような気さえした。そのまま彼女はこちらには一瞥もくれず、対局室へ向かっていった。後に残されたのは、呆然とした記者達である。

 

「あれが、チャンピオンのオーラってやつですかね」

「そうなのかしら……」

 

 しかしあの時感じたのは、威圧感とかそういうものではなかった。確かに口調は乱暴だったが、気圧されるというより自らの無意識が体を動かしていた。道を空けなければならない、という社会通念上の規範に従ったまで。人として当然の行いをしただけで、そこに違和感はなかったのだ。

 

 

 


 

 

 

 対局室に入ると既に他3名がそこにいた。内2名は席に座っており、1名は今まさに入ってきたばかりのようで、扉の傍で突っ立っていた。控室を出るのも遅かったし、ほんの数十秒ではあるがマスコミに足を取られたので一番最後になってしまった。対局開始まで時間はまだあるので、皆が早いだけか。

 

 扉の傍に立ってこちらに背を向けている子に、どこか既視感を覚える。そうだ、宮永照だ。なぜ彼女がここにいるのか。

 

「宮永さん?」

「えっ、はいそうです」

 

 声をかけると、その子は返事をして振り向いた。しかし想定していた顔と違って面食らう。そうか、この子が宮永咲。映像で顔は見ていたが、後ろからだと制服以外で見分けがつかない。

 

「あー、っと」

「?」

「こんなこと聞くのも失礼だけど、宮永照さんの従妹か何か?」

「い、妹です」

「そっか、道理で似てると思った」

 

 特にその髪の毛が。髪型とか長さもそうだけどツンツン尖っているところとか。愛宕姉妹、監督とフナQも目元が似てるし、やはり姉妹というか血族は似るのか。待て。ということは姉が東京で妹が長野? ……これは本当に失礼なこと聞いちゃったかな。

 

 立ち話もそこそこに、台上の卓へ向かって歩く。そこに、見知った姿を認める。

 

 

「久しぶりだね、末原さん」

 

 声をかけると振り返ったのは姫松の大将、末原恭子。彼女は姫松の参謀でもあり、対戦校の分析に長けている。うちでいうところのフナQポジかな。交流試合をするまでは、てっきり愛宕一族の洋榎さんの方がその役目だと思っていた。聞くところによると、先鋒の上重さんをレギュラーに推薦したのは彼女なのだとか。

 

「あんた、春季大会は来んかったしな」

「風邪引いて休んでたんだ」

 

 あの時は本当に肝が冷えた。補欠の子に急に出てもらうことになったし、怜が私の分まで点稼ぎ屋として頑張らないといけなくなった。補欠の子は態度には出さないよう努めていたけど、大会に出られて不服そうではないのは見ていて分かった。世間的にも千里山は私がいなくても十分強いという評判が立ったので、結果としてはこれはこれで良かったけど。

 

「今日という今日は、思うようにはさせへんで」

「じゃあ、私の対策はもうバッチリってことなのかな」

 

 苦い顔をしているのを見るに、分析はしていても具体的な対策はできていないのか。ローカル役だということに気付けたら、ようやくスタートラインに立てる。だが、分かったところで何ができる? 日頃から私の闘牌を見ているフナQですら、私に勝てたことは一度もない。データに基づいたありきたりな対策は、今のところ意味を成していない。

 

 だからこそ、末原さんには少し期待している。姫松は時折、私やフナQですら思いつかなかった奇抜な発想で能力者を倒してきた。その裏には末原さんがいたはずだ。

 

 単に負ける、ということなら怜に数回負けている。そうではなく、自称凡人の末原さんに負けることがあれば――あれば、何なんだろう。ともかく、私がそれをどこかで期待しているのは確かだ。

 

「席決め、もうほとんど終わってるみたいだね」

「あんたが来るの遅いからやで」

「色々あってね」

 

 卓上に余った牌は二つ。咲さんと私の分だ。

 

「どうぞ」

「じゃあ、失礼して」

 

 咲さんに促されて、牌を捲る。刻まれていた文字は西。つまり、私の下家には末原さん。対面には咲さんが起家として座ることになる。

 

 上家に目を向けると、座っていても分かるくらいとても背が高い女性がいた。長い黒髪に黒の制服と全身が黒で統一されており、同じく黒の山高帽にはチャームポイントに白のリボンが結んである。彼女こそ宮守の大将、姉帯豊音。

 

「よろしくお願いいたします」

「お二方は初めまして。どうぞよろしくお願いします」

「よろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 全員に挨拶もしたところで、そろそろ席に座ることにする。今思えば、座ってからの方が礼儀としては正しかったかな。

 

 対局開始のブザーが鳴る。

 

 地区大会では私に回ってくるころには殆ど決着が付いていた。この試合でも既に2位との差が開いていて、私の役割は薄い。だから清澄を2位にするという条件を課すことで、役目を無理やり増やした。少しは歯ごたえがあるといいんだけど。

 

 




お前ら禁じられた取材を平気でしてんじゃねぇか
分かってんのか!?
部長が怪我したのはマスコミが周りを気にしなかったせいだろうが
金(購読料)取んのかよ!?
くそったれ!

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