ウィンチェスター兄弟の最悪な『来』日   作:AQ to Do

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後編

【日本・埼玉県】

 

 真っ赤な手形で汚れたインパラにドン引きされながらも、何とか俺たちは指定されたホテルへたどり着いた。

 入り口では、喪服みたいなコーデの琴子が突っ立っている。

 

「ようこそ、日本へ。どうやら、無事に辿り着けたみたいですね」

「無事? これのどこが無事だよ!」

「ええ、命があるだけ無事といえるでしょう。流石、伝説の兄弟です」

 

 ディーンがキレてインパラのボンネットをたたく。無理もない。インパラは兄貴にとって家族同然だ。

 それを得体のしれない奴のせいでボコボコになったたんだ。さっさと相手をぶちのめしたいところだろう。

 だが、既に一組の夫婦と数名のシャーマンが、奴の襲撃を受けて殺されたらしい。

 そんな恐ろしい存在、よくもまぁ撃退できたものだ。

 

「なぁ琴子、あれは何だったんだ」

「それについては、中で」

 

 ホテルの一室、厳重に日本式の魔除けが施された部屋で、俺たちはようやく状況を教えられた。

 

「――つまり、ブギーマンを退治するってことか?」

「ええ、そうなります」

 

 マジかよ、ディーンの呆れたような呟きも最もだ。

 ブギーマン、如何なる外観も実態も持たない、恐怖の擬人化。

 世の子供は『いうことを聞かないとブギーマンがくるぞ』と言われて震え上がる。

 人攫いの怪物、倒すことのできない概念。そんなもののはずだ。

 だが、琴子はこう続けた。

 

「今回のブギーマン、こちらでいう『ぼぎわん』は、『ぼぎわん』という妖怪の形を与えられています。妖怪とは奴にとって単なるテクスチャにすぎませんが、その皮一枚があることで、我々でも倒しうる存在へと矮小化されている。そう考えます」

「理屈ではそうだとしても、その確証はあるのか?」

 

 当然の疑問をぶつける。琴子は自信ありげに微笑みを浮かべた。

 

「ええ、ありますとも。だって――」

 

 ――本当に無敵の怪物であるならば、貴方達を襲って始末しようなんて考えないでしょう?

 

 実に、全く、その通りだ。

 

 


 

 

 

 玉砂利が敷かれ、檜舞台が組み上げられていく。祭壇が整い、しめ縄が掲げられる。

 琴子の作戦は至極単純、『相手がのこのこやってきたところを、全戦力で迎え撃つ』だ。

 しかも、何が決定的な弱点か分からないから、あらゆるものを試すらしい。

 

「……ハンターのバーゲンセールってところだな」

「同感だよ。これだけの人数が集まって、なお倒しきれないかもしれないっていうんだから、全く……」

 

 仏教、神道、韓国式、エトセトラ。準備会場は宗教の博覧会と化している。

 楽し気にはしゃぐ巫女役の女子高生や黙々と作業する職人たちも、傍から見ればほほえましいが、皆が一様にお札をつけている辺りで異様さがうかがえるだろう。

 

「で、俺たちの役割は?」

「いつも通りさ。奴が釣れたら打ち合わせ通りに狩る。この方法がダメなら、その場で対応を考える」

 

 そう、俺たちはいつも通り。ブギーマンは至る所に伝承がある。だから、たいていの除霊道具は効果があるだろう。

 あとは、どのようにとどめを刺すかだ。幸いにも、俺達には『ナイフ』がある。悪魔を殺せるナイフ、きっとブギーマンでも殺せるはずだ。

 あらゆるものを殺せる銃なんてのもあるらしいが、生憎と今は手持ちがない。正体が結局何なのか分からない

 

 閑話休題。今回の敵はブギーマン、 彼らの除霊術で倒せれば御の字。

 もし倒せずとも、苦しんでいる隙に俺たちが本体を探し出し、ナイフを突き立て聖水で浄化する。

 

「ま、いつも通りにやればどうってことないさ。なんてったって、俺たちはハンターだからな」

「……あぁ、そうだな」

 

 此処でうだうだと悩んでいても始まらない。時間はある、俺たちに出来ることは何でもやろう。

 警察の封鎖線の中に結界を書き、一度入れたら逃がさない布陣を敷く。ソロモンの輪、鉄製の五芒星、悪魔封じの流用だ。

 そしてありったけの銃火器、それに銀と鉄の弾丸。真鍮製も用意して、どれが効くのかは撃ってから試す。

 

 祭壇のある一室へと二人で向かうと、そこではまさに今除霊が行われ、終わったところだった。

 

「外人さんも呼んだのかい、琴子ちゃん」

「ええ、縁がありまして。彼らはウィンチェスター、米国随一のハンターです」

「こいつらが……」

 

 ボサボサ頭の男――ライターの野崎と隻腕の老婆――逢坂が、琴子と共にそこにいた。

 この一室が、惨劇の舞台。ぼぎわんが一人の男の命を奪い、そして家族を壊した。

 ……正確には、元々壊れていたのがさらに悪化した、ともいえるのだが。

 

「貴方達。野崎さんは今回の当事者で、逢坂さんは私が最も頼みにする霊能者です」

「いやだわ琴子ちゃん、そんなに褒められる程じゃないよ」

 

 琴子が簡単に二人を紹介する。

 逢坂が二人をじっと見つめ、

 

「あの、何か……?」

「君たち、大切な人を無くしているだろう」

 

 ディーンも、サムも、一度ピタりと動きが止まった。

 

「だが、その人は今も君たちを見守っている。安心して、琴子ちゃんと助けるといい。それに、私もついているからね」

 

 カタコトの英語、つたない文法。だが、二人には何を伝えたいか、十二分に理解できた。

 二人で目を見合わせたその表情をみて、逢坂はどことなく嬉しそうに部屋を出る。

 まるで、孫を見る祖母のように。

 

「……シャーマンってのはどうも苦手だ」

「……奇遇だな、おんなじこと思ってたよ」

 

 珍しく、意見が一致する二人だった。

 

 


 

 

 

 鳥が鳴き、巫女が舞い、雅楽が奏でられる。厳かな雰囲気で、儀式は始まった。

 最初は神を迎えるよう丁寧に、そしてその後牙をむく。奴をそうやっておびき寄せる。

 

 巫女が舞い始めてから数刻、それはやって来た。

 空が暗がりへと変わり、生ぬるい風が吹き、建てられた社に導かれてやって来た。

 

 目には見えない、だが確実に居る。来たのだ、ブギーマンが。

 すでに此処はあの世とこの世の境へと成った。ウィンチェスター兄弟の結界も機能している。

 共に逃げ場はない。

 

「では、祓いましょう」

 

 たった一言、何でもないかのように琴子は告げた。

 そして此処に、ハンターと霊媒師達の、一世一代の大舞台が始まった。

 

 異変はすぐに始まった。ひとりでに自壊するひな壇、蟲を吐き出す者、あふれ出る血。

 異常がそこかしこに現れた。

 

 だが、そんな異常に片端から対処するのは、彼らの役割だ。

 

 爆走するインパラが蟲を吐いて倒れた神主の脇に止まる。

 

「おいしっかりしろ爺さん!」

 

 聖水で口をゆすぎ、聖油で蟲を焼き殺す。

 一人倒れ、一人助け、二人倒れ、二人助け。

 間に合わずに命を落とす霊媒師もいる。だが、彼らは懸命に役割を果たしていく。

 すなわち、対処療法だ。

 

 蟲を使うなら、聖油で焼いて近づかせない。

 水を使うなら、聖水を混ぜて怯ませる。

 弱ったところを襲うなら、結界と銃弾で追い払う。

 

 対処療法を続ける兄弟と、数多の除霊を受ける『ぼぎわん』との根競べが続いていく。

 一人倒れ、二人倒れ、それでも殺させない。

 

 業を煮やしたぼぎわんが、下水道から血液を溢れさせ襲い掛かろうとも、彼らの銃弾と血文字が追い払う。

 

「ナメんじゃねぇ化け物! こちとらテメェらの相手なんて何百回とやってんだ!」

「おいディーン! 後ろから来てるぞ!」

 

 啖呵を切ってショットガンをぶっ放す兄と、落ち着いて焼き払う弟。

 最強の布陣が悪霊を迎え撃つ。だが、このまま耐え続けるにも限界がある。

 

 琴子から連絡が来た。

 

『仕上げに入ります。これから私は、最大の抵抗を受けるでしょう。こちらへ来てください』

「聞こえたなディーン! 行くぞ!」

「言われなくても!」

 

 サムがインパラに飛び乗り、ディーンがアクセルを吹かす。

 目指すは琴子の居る部屋、田原家。ぼぎわんが今にも迫ろうとしている俺たちの本丸だ――

 

 部屋に到着したサムとディーンを待ち受けていたのは、混乱だった。

 

「この子を殺すのか!?」

「その子は既にぼぎわんに呑まれています」

 

 


 

 状況も呑み込めぬまま、ともかく野崎を抑えようと駆けだす。

 

「くそっ、コイツ完全にイカれてるぞ!」

「おいやめろ!」

 

 鏡を壊そうとする野崎を羽交い絞めにして止める。今、あの鏡を割られたらすべてが水の泡だ。あの鏡は琴子の除霊道具の中でも特級、あれ無しで直接対決は無謀だ。

 尋常じゃない力でサムを振り払う野崎、琴子から小太刀を奪って振り回す。

 

「危ねぇ!」

 

 ディーンが威嚇で一発、足元に打ち込む。怯んだ野崎、起き上がったサムがそのまま押し倒す。

 

「離せ……離せよぉ!」

 

 ディーンも加勢し、押さえつける。

 

「琴子、コイツを使え!」

 

 サムからディーンへ、ディーンから琴子へ。

 悪魔殺しのナイフが渡された。

 

「破ァ!」

 

 琴子はそのナイフを、躊躇なく少女へと突き立てた。

 

 

 





 眠る少女を抱え、項垂れる野崎。顔は痣だらけで、右目は瞼が開かないほど腫れている。
 横で眠る真琴も、似たり寄ったりの有様だ。

「――おう、気分はどうだクソッタレ」

 コーヒーを放り投げるディーン、彼も同様に顔がボコボコ。隣のサムもまた然り。

 現場では後始末が始まっている。結論から言うならば、ぼぎわんは祓われた。
 マンションの一室からは血の池地獄も真っ青なほどの赤が垂れ流され、地上の舞台は死屍累々。
 サムとディーンの活躍で死亡者こそ予想より少ないものの、傷を負い力を使い果たしたものが九割九分だ。

 さて、少女についてだ。こちらも、生きている。
 悪魔殺しのナイフは悪魔や闇に属するもののみを傷つける。憑依されているなら、その肉体ごと傷つけてしまう。
 だが、肉体にとってはかすり傷でも、憑依した悪霊にとっては大怪我になりうる代物だ。
 ゆえに、その刃は深々と突き立つことなく、少女に軽傷を負わせ、同時にぼぎわんに致命傷を与えたらしい。
 
 だが、そんな事情なんて知ったことないと、野崎と真琴は錯乱して大暴れしてしまった。
 当然、琴子の鉄拳制裁も食らったがそれだけでは止まらず、ディーンとサムを交えた肉弾戦が繰り広げられることになった。

「終わったんだな……」
「ああ、終わりだ。終わってみれば、案外こんなもんさ、狩りってのは」

 サムの言葉に、ディーンが答える。
 ディーンの言う通り、狩りとは波乱万丈なモノだが、終わってみれば意外とあっさりしている。

「これからどうするよ」
「どうするも何も、決まってるだろ?」

 ひどい顔で笑みを浮かべながら、ディーンは皮肉気にコンビニの袋から瓶を取り出した。

「――美味い酒を飲むのさ」

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