遠月学園の宿泊研修は無事初日の日程を終え、順調に進んでいた。
遠月リゾートの一室にて、遠月学園の教師陣にOB、及びOGが今日一日を振り返っての感想や抱負、各々興味や関心を持った生徒に関して話し合っている。
話題にのぼるのは薙切えりな、幸平創真、水戸郁魅などと言った注目株から、意外な活躍を見せた生徒まで随分と幅広い。
それというのも、この合宿は有能な生徒を卒業前にヘッドハンティング…要するに青田買いするための場でもあるからだ。
そして、名を挙げられた生徒の中に『彼女』の名もまたあった。
「それで…どうでしたか?彼女は」
「そうだな、正直想像以上だった。『味噌の奇術師』の娘に出会え、あまつさえその試験までできるとは光栄の至りだよ」
『味噌の奇術師』
遠月でそう呼ばれた彼を、今なお慕う料理人は意外と多い。
特に和食に携わる者ならばなおのこと、彼の学生時代のレシピや、料理人としての在り方に興味関心や敬意を持つものだ。
「でも関守先輩。流石に課題がいきなり味噌なのは露骨だったじゃありませんか?」
そういうのは乾日向子。
今も試験の時と同じように割烹着を着て、のほほんとお茶を飲んでいる。
一見おっとりして、のんびり屋な雰囲気を醸し出してはいるが、実際は遠月の卒業生にふさわしく、現在は料亭『霧のや』の女将を務めるほどの凄腕の料理人だ。
「そうかな。しかしそうでもしなければ彼女の実力の程はわからなかったろうさ」
伝統の範囲でそれとなくアレンジを加え、しかも主張は控えめで、むしろ基礎を際立たせる。
今回のふぐの味噌焼きひとつとっても、その抜きん出た実力の片鱗も分かろうというもの。
「しかし…野心を全く匂わせないのはどういうつもりなんでしょうねぇ…」
あのくらいの若さならば良い悪いは置いておいて、それ相応の貪欲さや野心といった、己の身の丈以上のものを自ずと望むようになるものだ。
ましてや遠月は他の学校とは比にならないほどに厳しく激しい競争主義。
抜きん出たものを持つものは、それだけにかけられる期待も大きい。
そして、それをモノともしない精神性を持つ者でなければプレッシャーに押し潰されてしまいかねないのだ。
実力はあれど、君臨を望まない。
奇しくも、彼女は料理人としての在り方さえ父親に似ていた。
しかしそれは、ともすれば遠月を否定しているようにも思えるが、彼の、或いは彼女の料理からそういった軽薄さや、伝統を軽んじようとするような投げやり感はない。
むしろある種の潔さまで感じ取れ、爽やかですらある。
そしてそれはある意味で、とても遠月らしかった。
「血は争えない…ということでしょうか」
「お前も興味を持ったか?」
関守からそう問いを投げかけられるや、乾は意味深にニコリと微笑むだけだった。