遠月リゾートにあるスイートの一室。
既に生徒達を学園に見送り終えて、部下に後片付けの仕事を言い渡して、今回最後の会合だ。
そこに集うのはかつて遠月十傑と呼ばれた一廉の料理人達。
その中心で深刻な面持ちで机を睨むのはここのオーナーシェフである堂島銀だ。
「……で、言えなかったんですか?」
「…ああ」
その返事に、乾日向子は困ったようにオロオロしている。
「はっきり言えば良かったじゃあ無いんですかね?」
その空気に耐えかねたのか、眼鏡をかけたフレンチの匠、四宮小次郎が口を開く。
「ちょっと、四宮先輩…」
「四宮…無神経」
乾に続き、水原もまた四宮を嗜める。
が、当の四宮は気にした風でもなく、いつもの調子で辛辣な言葉を続ける。
「遠月学園七十期生『味噌の奇術師』を潰したのは他でもない、当時の十傑のーーーー」
「四宮…それ以上の侮辱は看過できんぞ」
珍しく怒りを露わにする堂島に、他のメンバーは少し引き気味で、その様子にハッとした様子の堂島が気を鎮めるためにか「ふぅ」と一息つく。
『味噌の奇術師』こと、彼は他寮の生徒達にも気をかけ、望む者には笑顔で門戸を開いて、自身の味噌小屋で味噌の何たるを教示していた。
かと言って遠月十傑に野心を見せているわけでも無く、挑まれる食戟もまた全て拒否していた。
当時の十傑達がそんな彼を不気味に思うのも無理からぬこと。
やっと極星寮出身の第一席が卒業、第二席が退学して次は自分たちの時代だ、と言う時に十傑クラス…それもなったとしたら第一か第二席かと噂されるくらいには優れた技術とカリスマ性のある料理人が、その椅子に興味すら示さない。
それに加えて、元々彼が外様であったということ、度々ある引き抜きに首を横に振っていたと言うこと、そして…噂程度の話ではあるが、彼はそもそも十傑というシステムそれ自体に首を傾げていたとも言われており、仮に彼がその第一席についた暁には、もしかしたら今日まで遠月十傑というモノは残っていなかったかも知れないとまことしやかに語られる。
そして、それを焚き付けたのは他でもない…堂島銀その人だ。
「お前が奴を語るな」
堂島は静かに睨む。
それに気圧されたように、四宮は舌打ちをして口を閉ざす。
「アイツは誰よりも優しく、誰よりも気高く、そして…皆に愛された料理人だった」
だから、託したかった。
遠月の未来を、その行く末を。
自分や才波では辿り着けなかった所にまで、学園のレベルを引き上げてくれることを願って。
「オレが勝ったら、お前が次の遠月十傑第一席となれ!!」
「あはは…まぁ、ぼくが先輩に勝てるとは思いませんが…でも、コレで最後にして下さるのなら、ぼくは構いませんよ」
何度目かの挑戦状を、やっとこぎつけた彼からの承諾の言葉に、当時の己は有頂天になっていた。
やっと彼の底を知ることが出来る。
彼を、相応しい地位につけてやることが出来る。そう、歓喜していた。
後は審査員やら諸々の人をかき集め、薙切仙座右衛門の許可を取り付けるのみとなった。
その挙げ句が…あの悲劇的過ぎる事故だ。
「先輩。彼らは誰も…何も…悪くないんですよ」
事態の異常に気付いて、堂島達が極星寮に戻って来たのは悲劇の通り過ぎた後であり…寮内の荒らされた厨房や設備。
戦利品として飾られていた数々の調理器具はそこら一帯に散乱しており、その奥にはいつものように…いや、額に汗を流しつつ、見るからに無理をして優しく微笑む彼の利き腕からは…夥しいほどの血が流れていた。
「どうして…アイツみたいないい奴が…」
堂島は当時を思い返して、瞼を閉じる。
今でも夢に見る。
どうしてアイツはああまで他の生徒を庇い立てたのか、どうして自分たちに何も言ってくれなかったのか、どうしてーーーー。
しかし、償おうにも既にその足取りは掴めなかった。
『味噌の奇術師』は文字通り、奇術の如くその姿をくらませた。
だからこそ、せめてもの償いにと…あのノートを彼の娘に託した。
約束を果たすため、何より己が楽になりたかったがために。
然るべき時、真実は必ず彼女の耳に届くだろう。
その時は…………。
次回…とあるキャラとの絡みがあるかも。