週末の休みを使って、わたしは帰省することにしていた。
まぁ田所ちゃんも帰省するっぽいし、居てもせっかくのお休みを無駄にしそうで何だかなぁ…って感じだったし…。
いやまぁ、榊さんとかはあの後使ってる麹に関して小一時間聞かれたり、ちょっとわたしも乗ったりもしたけども…。
ただ、それで味噌小屋の中身はそのまんまにするわけにはいかないからってんで、榊さんが面倒見てくれることになったし、良かったっちゃあ良かった…のかなぁ?
まぁ、温度調節のメモも渡してあるし、麹の扱いは丁寧だろうから、その点の心配は多分いらないんだろうけど。
さて…ここからが帰省した本来の目的だ。
うちの実家からタクシーで二十分。
少しツンとくる薬品の匂い。
どこまでも白い、潔癖な壁。
少し、気持ちは落ち着かないけれど…それでもわたしはここにきた。
受付を済ませて五分か十分ほど待って、苗字を呼ばれると通い慣れた個室の扉を開ける。
ベッドから上半身を起こして夕焼けに染まる窓の外を見ていた女性が、コチラに顔を向ける。
海が見える部屋がいい。
そう言ってこの部屋にしてもらったのを、何となしに思い出す。
「久しぶり。元気してた?母さん」
数ヶ月ぶりに見るその顔に、わたしは安堵を覚えた。
「ふふ…本当に、久しぶりねぇ。あなた、少し背が伸びたかしら」
いつものように、優しい声色。
ああ、母さんだ。
そう思うと甘えたくなる。
…でも、しっかりしなきゃ。
わたしはお見舞いの品の果物を机に置いて、折り畳みの椅子をベッド脇に運んで、開き、座る。
顔を覗き込んで、ホッとひと安心して胸を撫で下ろす。
「今日は顔色いいね。良かったぁ…」
「もう、心配しすぎよ」
母さんは口に手を当て、嬉しそうにニコニコと笑う。
何から話したものか…。
「その…ごめんね」
気がつくとバツが悪く、わたしはそう言っていた。
たぶん、顔はそらしてた。
「ん?何を謝っているの?」
「いやホラ、遠月学園で寮に入ってから、全然ここに来られてないし…」
自分で望んだことじゃあないとは言え、入院中の母さんを放って置いて…そんな罪悪感は心のどこかにあった。
あり得ないことだけれど、万が一にでも怒られたら…そんな不安が頭をよぎる。
が、しかし、キョトン…と数秒固まった後、母さんはクスクスと笑う。
「ああ!!そのことね、ふふ…気にしすぎよ。ホント、優しい子なんだから…」
母さんは手を伸ばして、ベッド脇の椅子に座ったわたしの頭を撫でる。
「別に直接会わなくっても電話なりなんなりで近況は知れるんだから。気にしすぎ!!それに、便りがないのは元気の証、でしょ?」
「そう…だね…味噌蔵の方はゲンさんが仕切ってくれてるし…」
「もう!!あなたの口から一番聞きたいことが聞けてないわ?」
「え?」
また無意識にそらそうとした顔両手で掴まれ、自分と同じ、鳶色の瞳がこっちの目を見つめる。
「学校はどう?楽しい?」
「……………」
正直、キツい。
心配はかけたくないけど、嘘をつくのも気が引ける。
我ながらめんどくさいやつだ。
ズルいわたしは、話題を直接のそれから少し逸らした。
「その…母さんは、知ってたの?」
「なにを?」
「堂島さんって…人のこと…」
「そうね〜…有名人だからね…って言うのは冗談よ。もう、そんな顔しないの」
「うぅ…」
母さんはこういう茶目っ気がある人だ。
またからかわれたって、悔しくなるし…安心する。
「でもそうねぇ〜…ちょっとだけ、教えてあげてもいいかな」
「え?」
「ノート、渡してもらったんでしょ?」
「あっ…うん…」
「それを、よ〜〜〜〜く読んでごらん?ソレがヒント♪」
母さんはそう言うとウインクする。
……相変わらずちょっとヘタだ。
「ヒント…」
「そう。最初から答えを教えるのは簡単。でもコレは…あなた自身が考えて、出す答え。わたしと…お父さんからの宿題」
宿題…父さんからの?
「母さんは…悔しくないの?」
「何で?」
「だって、父さんは…わたし達を置いて…」
なんでこんな嫌なことを聞いたんだろう。
我ながら嫌な子だ。
でも。何も教えてくれない側にも問題があると思う。
「…それも、宿題が終わってからね♪少なくとも、お母さんはお父さんと結婚したことを後悔はしてないし…」
ほっぺを優しくつまむ。
「あなたっていう宝がこの世に産まれてきてくれたんだもの。それだけでも幸せなのよ?」
正直、誤魔化された感は拭えない。
いやまぁ、話題を逸らしたわたしが言えた義理ではないんだろうけども‥。
でも…分からない。
父さんが今どこで何をしてるのか。
それを教えてもらえないし、かと言って無理に切り出すことも出来ない。
結局、その日は母さんの都合のつく限界までお見舞いをさせてもらって、実家に戻るのだった。
せっかくの週末のお話、もう一話くらい書きたいですねぇ。