メロエ地方を一望できるリナウンの丘の上には、皇国軍によって新たに前線基地『リナウン要塞』が建設されていた。
チタン合金製装甲板で覆われた鉄筋コンクリ防壁と、要所に存在する機関砲トーチカ。
そして中央部の『Cエネルギー障壁生成装置』、いわゆる皇国式『エナジーウォール』発生装置。
基地内部には強力な多連装ロケット砲台陣も備え、航空発着場まで擁した攻守において優れた侵攻基地である。
そこを進む、一人の青年。
オールバックに纏められた黒髪に、キリっとした青い瞳の若い青年。
前線基地ゆえか、強化戦闘装備を身に着けておりヘルメットは脇に抱えている。
腰には大ぶりな小手……いや盾……のようなものを下げている。
彼は真っ直ぐに前だけを見て基地内を進んでいく。
その先には士官用天幕のひとつがあった。
それも特別製、かなりの大きさがある。
その天幕をくぐると、中には会議ができそうな長テーブルがあり、ひとりの男がその一部を占拠して作業を行っていた。
と、男は作業を止めることなく青年に声をかけてきた。
「Hiギア!任務ゴ苦労サマ!」
それは合成されたような機械的な声で、しかし不思議と青年への親しみに満ちていた。
「マガジンか。苦労というほどのものはなかったよ」
青年、ギアもそれへ親しみを込めて返す。
男は机にシートを広げて座っており、そこにバラしてあった右腕を手早く組み立てると、現在つけている右腕を外してガチャリと嵌め込んだ。
男は皇国武官の一般的な将校の服を身に着けており、遠くから一目見るだけでは普通の人間に見える。
だが近くで見ればそんな考えは吹き飛び、目を疑うことになるだろう。
その男は、『肌色』がなかった。
代わりに全てが『鉄色』であり、頭の代わりに銀色の球体が胴に嵌め込まれて存在していた。
男の名は『ノア06』、マガジン大尉である。
「HAHA!魔人トヤラモFatherノ言ウホドノ物デハナカッタノカナ?」
調子を確かめるように男は右手をグーパーし、その球体についたモノアイの光を瞬かせる。
「いや、十二分に化け物だった。詳細は戦闘記録を見てくれ。後で共有しよう」
「OK、揃ッタラ始メヨウ」
と、そこで新たに四人の人物が天幕の中に入ってきた。
三人は妙にゴテゴテとした強化服を纏っており、一人は銀色の長身痩躯な鎧だった。
三人の強化兵、短髪赤毛の乙女たちは、三人ともまったく同じ顔同じ背丈、つまりは三つ子だった。
ただ、三人は三角形の形で歩いており、明るく溌剌と笑う二人の後ろに一人が静かに控えていた。
三人組、リア、フロント、レーザー准尉は同時にギアへと声をかけた。
「ギーア!お疲れ様!」
「ギ〜ア!お疲れさん!」
「……」
「竜巻姉妹か。残りの二人は?」
「ハンマならファザーの護衛で玄武だよー」
「グリップならファザーの警護で同盟領だよ〜」
「……」
「ヨォギア、朱雀ノ連中ハ『元気』ニシテイタカ?」
「スプリングか。元気も元気、相変わらずの化け物っぷりだったよ。お前たちは何を?」
「息抜きに散歩だよー」
「休憩がてら散策だよ〜」
「……」
「……イヤ、規律ノ引キ締メノタメ巡回シテタンダガ」
「「細かいことは気にしない!」」
「……」
天幕がやいのやいのと騒がしくなるが、パンパン(正確にはガキンガキン)と手を叩いたマガジンによって静かになる。
「Ladies and Gentlemen!全員元気デ本当ニ嬉シイヨ!イロイロ積モル話モアルダロウ!シカシ今ハ情報ノ交換ヲ先ニシタイ、記録ヲ提出シテクレ」
「はいはーい!召喚獣との戦闘記録だよー!」
「はいは~い!召喚獣との交戦記録だよ~!」
「……」
「ホレ、候補生ドモトノ戦闘記録ダ」
「俺は『朱の魔人』との記録だな」
彼らは各々小さな記録媒体を取出し、マガジンへ預ける。
スプリングは片手で記録を渡し、片手で天幕の入り口を閉め、腕の一部Aで天幕内の明かりを消して暗くし、B・C・D・Eで天幕奥にホワイトスクリーンを設置。
その間自分自身は席に座りに行っている。
マガジンはそれらを受け取ると、複数同時に情報を読み込める小さな機械に刺した。
それを今度は自分に接続し、映像をモノアイからスクリーンへ投射し始めた。
やがて彼らは自らの経験した戦闘を、一人称視点の映像を交えて解説していく。
候補生の実力の予想と実際の戦闘での差異、召喚獣の破壊力と行動パターンの解析、自分ならばどう対応するかのシミュレーション修正などを話し合っていく。
そして新たにギアの『マクタイ』における戦闘記録の全てが映され始める。
それはもちろん、『朱の魔人』との記録も存在している。
「見ての通り、こいつらは自分の犠牲も顧みずに突っ込んでくる。回復魔法とやらの治癒を当てにしてな」
映像の中では魔人が、『ウォートホッグ』に自爆に近い攻撃を行い、その傷を味方の魔法によって高速で治癒しているところだった。
「ヤハリ連中ヘノ最モ有効ナ手段ハ、回復ヲ行ウ隙モナイ連撃」
「「または一撃必殺二の太刀要らずで片づける?」」
「……」
「回復ジャマーの開発さえ成功すれば、な。まぁその辺りはチャンバー任せだな」
スプリングがカリカリと妙に人間臭い動きで頭を掻き、三つ子は脳内でどう殺すかを考える。
そしてギアは、同じノアの一人である仲間を思い浮かべていた。
「あれかー、完成したら便利そうだよねー」
「アレか〜、完成したら使えそうだよね〜」
「……」
三姉妹もまた同時に反応する。
そうしてつつがなく会議が終わろうとした時、その場の全員が近づいてくる気配に気づく。
その気配は躊躇無く天幕に近づき、締め切られた入り口を開いた。
暗くされていた内部に日の光が差し込み、同時に陽気な声も飛び込んでくる。
「ハロハロー!みんな集まってるー?」
見ればそこには、背中にコンテナを背負った少女が立っていた。
「あぁ揃ってるね!今は戦闘記録の共有中かな?」
「ホルダーか。今終わったところだ。これ以上は詳細な分析待ちだからな、データは全て持って行ってくれ」
「ヨォホルダー、次ノ作戦ハイツニナッタラ発令サレルンダ?待ツノハイイ加減飽キ飽キダ」
少女―――『ノア・コマンド』現場指揮官ホルダー大佐は、スプリングの飛ばした手から記録を纏めて受け取る。
それをそのまま背中のコンテナから伸びたマシンアームに渡し、申し訳なさそうに言う。
「はい確かに。ごめんよースプリング、しばらく君には派手な作戦は無さそうなんだ」
「チッ、ツマラン」
「”君には”ー?なら他の人にはあるってことー?」
「”君には”~?じゃあ他の奴にはあるってこと~?」
「……」
ふて腐れるスプリングを他所に、三姉妹は顔を輝かせた。
まさに解き放たれるのを待つ猟犬さながらの笑みだ。
それに苦笑を返しつつ、ホルダーは言った。
「次の作戦はトゴレス!出撃はギア、マズル、サプレッサー、そしてサイレンサーの四人だよ!」
一気に三姉妹はしょんぼりした。
「えー!」
「え~!」
「……」
「Oh……マァ私ハココカラ動ケナイケドネ」
「俺にあの三人だと?正直今トゴレスにいる二人だけでも十二分に充分だろう?」
ギアは脳裏に二人の狙撃手を思い浮かべる。
二人とも対軍への『暗殺』に秀でており、彼らがいればその場の軍だけで朱雀を蹴散らすことは容易と思えた。
さらにそこへサイレンサーが来れば……
(あれ?トゴレス地方自体がヤバいことにならないか?)
下手を打てば味方も“滅ぶ”という、深刻な事態に気付いたギアだったが、しかしそれを指摘する前にホルダーはちっちっちと指を振った。
「いやいや、今回は殲滅作戦じゃないんだよ。トゴレス要塞に集結した味方の撤退を支援することさ」
「撤退……?戦線を後退させるのか?いったいどんな目的で?」
「んー、補給線がねぇ、伸びちゃってさ。これはまだ機密だけど、ファザーは戦線をかなり後退させたがってるんだよ」
“戦線整理と言えばいいかな?”とホルダーは続ける。
「今なら朱雀軍も追撃可能なレベルで再編されてない。でも結構ギリギリな時期でね?『ミスリルアックス』とか言う作戦で一気に攻めてくるらしいんだ。私らが撤収してるのを聞いてそれの予定を早めてくるだろうから……」
「それを叩く、か。また派手な仕事だな」
「ハハハ!そのための『
そう言ってホルダーは笑みを浮かべた。
しかしギアは、今の話に少しひっかかりを覚えた。
”そうは言っても、いきなりの撤退は不自然では?”と。
いや撤退も支援ではなく、自分なら”アレ”を使って殲滅を行える。
というかやはりサイレンサーを出す意味が分からない。
しかしそれを口にしたところで決定は変わらないだろう。
既に状況は動き始めている、ならば自分もそれに合わせなければならない。
そうギアは頭を切り替え―――
「まぁ了解した。取り合えずトゴレスで待機する。場合によっては―――」
「待った!」
表情を変えたホルダーが片耳のイヤホンを押さえ、そこから流れ出る情報に耳を傾ける。
その顔は、ただならぬ事態が起きたことを雄弁に物語っていた。
全てを聞き終えたホルダーは別人のように表情を引き締め、ギア曹長へ命令を発した。
「朱雀軍がトゴレスに進軍!ギア曹長は至急出撃、トゴレス要塞へ急行せよ!」
そして次も待たせてしまいます。
気長にお待ちくださいませ