朱雀、魔導院城下町に設けられた『皇国軍臨時旅団本部』
そこではひとりの兵士が、剣呑な眼差しの兵士たちに囲まれていた。
そして今作戦の前線指揮官を任されている、左目に眼帯をし、右目に鋼の意思を宿した男、カトル准将が冷酷に告げる。
「恐れから逃げる兵など、我ら『ミリテス皇国』に存在しない。『161部隊は「朱雀」の魔法攻撃により壊滅』……片づけろ」
「ハッ!」
「ひ、ひぃっ!?」
動くこともできない逃亡兵に、銃口が向けられる。
一発の銃声、糸の切れた人形のように倒れる逃亡兵。
部下に引きずられていく、もう誰だったか思い出せないソイツを意識から追い出し、カトル准将は思考する。
「イレギュラーな部隊がいるようだな……いや、ルシ・クンミでは『朱雀クリスタル』を完全には抑えられないということか……?」
もしジャマーが効いていない場合、この作戦は失敗する。
何故ならば、国家の根幹を成す『クリスタル』、それを安置するための『ペリシティリウム』と呼ばれる場所には、『ルシ』がいるからだ。
『ルシ』、それは『クリスタル』の意思の代弁者であり代行者。
『クリスタル』より直接膨大な力を与えられ、代わりに徐々に人としての意思を失い、『クリスタル』の手足として様々な『使命』を行う。
かつて幾度となく国家間の戦争があり、あわや『ペリシティリウム』陥落かという状況を、歴代の『ルシ』達は覆してきた。
その圧倒的な力は、ただ一人で大軍を壊滅に追い込む。
なお、『ルシ』には、現在『朱雀』侵攻に加わっている、ルシ・クンミのように特殊な能力を操る『乙型』、そしてカトル准将の警戒している、絶対的な破壊の化身である『甲型』の二つの種類がある。
だが『乙型』だろうが『甲型』だろうが、出て来られれば負けは確実。
ゆえにそれを封じるのが、今回の作戦の要である『クリスタルジャマー』だ。
『ルシ』というのは、前述の通り人の心を失った『クリスタル』の傀儡。
では
その答えが今の状況である。
『朱雀』首都、『魔導院ペリシティリウム朱雀』は陥落寸前。
しかし未だに朱雀の『ルシ』は出てこない。
つまり『朱雀クリスタル』封印は成功している、ということになる。
(ではいったい……どうやった?我らの『C機関』のように、『朱雀クリスタル』の力を込めた武器を開発した、というのだろうか?……魔法の使える連中の発想ではないな)
近年、朱雀軍が使うようになってきた魔力の爆弾『魔晶石』という兵器は存在するが、それだけでここまでの損害が出せるわけがない。
また、魔装銃と呼ばれる武器も存在するが、あれは魔力を弾丸状に撃ち出すための、杖の変形のようなものだ。こちらもやはりジャマーで封じることができる。
とにかく、現在判明していることは『魔法を使う候補生部隊に、無視できぬほどの損害を与えられている』という事実だ。
ならば迷うことはない。
周辺の部隊を動かし、これを殲滅する。
数は不明。
しかしここまで発見が遅れていることを加味すれば、少数精鋭の奇襲部隊だとわかる。
かつての宿敵『朱雀四天王』のように、莫大な魔力を持つ候補生は、小隊の一つや二つ同時に相手取る。
下手な時間稼ぎは愚策。
ならば、分隊を囮に焙り出し、大隊を以て踏み潰す。
広げられた地図、そこにいくつも駒が並べられており、武官と通信兵がその駒を動かし続けている。
潰された部隊の位置を考えると、敵は召喚獣で首都中心に突入、二つが城下に、二つが魔導院に向かっている。
さらに城下の向かった一つに首都と大陸を繋ぐ橋が爆破された。これで陸に送った部隊は孤立、我々も孤立。
そして戦艦のジャマーを破壊されてから、朱雀軍が大きく攻め返してきている。
「目的は無論、ジャマーの完全な破壊だろうな」
『クリスタルジャマー』はまだ未完成の技術だ。
開戦当初のジャマーは、『機械の性能を限界以上に引き出す能力』を持つルシによって起動、制御されていた。
だがそれは言わば、エンジンをフルスロットルで動かし続けるようなもの。
そんなことをすればすぐにガタが来て壊れてしまう。
ゆえに二台目の、大型演算機を利用したジャマー二号機も起動することで負担を減らしていた。
だがその二台目である戦艦のジャマーは破壊された。
最後のジャマーを破壊されれば、こちらの士気は崩壊するだろう。
『召喚獣』に『ルシ』、地の利は向こう。
敵国首都に一個旅団で孤立無援。内外から攻められて全滅。
無論、『空中戦艦』に乗ってきたのだ、その前にそれで帰還すればいいわけだが。
しかし逆に言えば、ジャマーさえ破壊されなければこちらが勝つ。
息を吹き返して攻め立てているが、所詮虫の息。
息切れすればそこで終わりだ。
「各大隊本部に入電。それぞれに偵察隊を出させろ。朱雀をいぶりだす。連絡は密に、無駄な戦闘は避けるよう伝えろ」
「ハッ!『朱雀ニイル全大隊指揮官ニ通達、コチラ師団本部……』」
「ルシ・クンミに伝達、現任務を放棄、急ぎ『九尾』に搭乗しジャマーの出力を上げるように……」
さらに別の通信兵に指示を出そうとした准将だったが、ここで彼の耳が『ある音』を聞きつける。
それは足音だった。
堅く、軽い、金属質な、足音。
「とらぶるデスカ、准将殿」
本部の奥から出てきた、異形の男。
そいつは機械のような抑揚のない声で話しかけてきた。
「貴様か……少々異分子が紛れ込んだようだ。ジャマー制圧下にも関わらず魔法を使用し、少なくとも六個小隊が壊滅、二個中隊が音信不通、さらにはジャマー搭載艦まで撃沈された」
「……ナルホド」
それだけ聞くと、そいつは踵を返して歩き出す。
「待て、どこへ行く」
「『朱雀』ドモヲ押シ返シテキマス。ツイデニソノいれぎゅらぁヲ探シニ。可能ナラバ抹殺ヲ」
「……いいだろう。対象を発見次第連絡しろ。応援を送る」
「了解シマシタ」
そいつは敬礼を行い、部屋から出て行った。
その背中を見送り、カトル准将は呟いた。
「『ノア・コマンド』……どの程度のものか、見せてもらおうか」
カシャン、カシャンと軽ろやかな金属の足音を響かせつつ、その男は誰にも聞こえぬ音量で呟いた。
「ツイニ来タカ……『くらすぜろ』……」
そして外に出ると、体をバネの如く縮めて―――
「マズハコノ俺ガ、コノ『ノア・コマンド』ナンバー04、すぷりんぐガ相手ダ……!」
空へと跳ね上がった。
見張りの皇国兵だけが、それをポカンと口を開けて見送っていた。
・・・・・・・・・・・・・・
『朱雀軍魔導院駐屯兵臨時本部』
城下町にある朱雀軍兵舎、そこでは魔導による通信での情報収集が絶え間なく行われていた。
「一部地域での『魔法』の回復を確認!」
「急げ!まだ戦える者をこちらに集めろ!!」
「治癒魔法の使えるものは後ろに下がって治療に専念しろ!できない奴は何でもいい!ここを守るんだ!!」
皇国による奇襲、そこから突如として魔法が使えなくなる現象が起き、防衛部隊は散々に蹴散らされた。
防衛線は物量に食い荒らされ、そこかしこに朱雀の人間の死体が倒れている。市民も兵士も関係なく、だ。
そんな状態で軍にできることと言えば、敵に届かない剣を持ち、必死に市民の生き残りを逃がすことぐらいだった。
そしてそういった避難民や兵士の生き残りが自然と集まることになったこの施設にも、もちろん皇国軍は攻めてくる。
朱雀軍も施設前にバリケードを築き、魔力で強化できなくなった弓や数の少ない銃、『魔晶石』などで決死の抵抗を行っていたのだ。
だが突然、魔法の力が戻った。
朱雀軍は歓喜とともにありったけの魔法で反撃し、油断しきって距離を詰め過ぎていた皇国軍を薙ぎ払った。
だがここに来ていたのは皇国軍の一部。すぐにまた攻めてくるだろう。
ゆえに急ぎ生き残った他の部隊を呼び戻さなければならない。
「魔導院より通信!皇国軍を叩き出すことに成功したそうです!!」
「おお!!」
作戦室内に喜びの声が漏れる。
魔導院の制圧を阻止できたということは、候補生たちにも魔法が戻ったということだ。
ならば城下にも援軍が期待できる。
作戦室に少しの安堵の空気が流れた。
だが――――――
『な、なんだこいぎゃああ!!』
突如響いた通信越しの悲鳴。
「どうした!?何があった!今の通信はどこから入った!」
「だ、駄目です!通信途絶!」
『こちらロッテナ広場!!皇国の奇襲を受けている!……な?!なんだあれは?!ぐっ!魔法がうぁあアアアア!!』
「あっ、い、一六八部隊全滅!!」
またも通信、そして全滅の報。
「なんだと?!馬鹿な、早すぎる!!いったいどれだけの戦力に襲撃されたんだ!!」
『こちら一三七中隊!皇国軍に妨害されて合流できない!至急応援を、な、なんだアレは?!』
再びの通信に、武官は大急ぎで自らのCOMを繋いだ。
「詳細に報告しろ!」
『こ、皇国の兵器と思われる! 自立機械の類い……なっ?!に、人間、なのかあれは?!』
「どうした!」
『な、く、来るな!こっちに来るんじゃない!う、うわああぁぁぁ!!』
「どうした!!どうしたんだ!!……クソッ!!」
「い、一三七中隊、全滅です……」
「何が、何が起こっているんだッ……?!」
その問いに、答えられる者はいなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
『朱雀軍ガララン通り簡易防衛拠点』
ここでは朱雀軍の部隊と、数名の候補生が家財道具などでバリケードを築き、通りを塞ぐようにして皇国軍の進軍を阻んでいた。
両脇を建物で囲い、前後をバリケードと『ウォール』で防御しつつ火力の高い『ROK型』の魔法を放つ。
『ROK型』とは、皇国でいう砲兵のようなものだ。山なりの軌道を描き、着弾地点でエネルギーを爆発させる。火力も『RF型』とは比べ物にならない。
もちろんその分詠唱にも時間がかかるが、機動戦ではなくこういった拠点防衛にはうってつけといえる。
「皇国め!魔導院は、『朱雀』は落ちない!!」
「俺たちの国から出ていきやがれ!!」
「いい加減に降伏しろ!貴様らはもう終わりだ!!」
「航空機に支援要請を飛ばせ!あんな木端陣地に手こずってる暇はない!!」
物量を生かせぬ、狭い、しかも遮蔽物もない通りで、弾丸と魔法、砲弾と大魔法の撃ち合いが途切れることなく行われ、そこら一帯がボロボロになる。
建物内から突破を図ろうとする皇国の部隊もあったが、そこにも朱雀兵が待ち構えている。
お互いジリ貧の戦いだが、これは両者にとって不味い状態だ。
片や朱雀、こちらは魔力回復薬が切れればあとは粗末なバリケードしかなく、簡単に潰される。
片や皇国、こちらはこちらでそれまで相手をせねばならなく、作戦行動に大きな遅延が生じる。さらにはやぶれかぶれになった連中が『召喚獣』を呼び出さないかという焦りもある。
ちなみに、『召喚獣』が出てこない理由は、もう片方のジャマーが弱い状態ながら起動したままであるからだ。これにより『ルシ』や『召喚獣』は呼び出せないが『魔法』は使えるという状態となっている。
その時だ。
『朱雀』の脇を固めていた建造物、その屋根から何かが飛び降りてきた。
銀色の何かは朱雀兵や候補生たちのど真ん中に音もなく着地した。
「ッ?!な、何だお前は!」
候補生が誰何の声を叫ぶと同時、その顎から上が地に転がる。
『敵ニ決マッテイルダロウマヌケ』
返答は一閃と機械のような抑揚のない声。
それをやったのは、頭からつま先まで全てを白銀の装甲に包んだ、『異形』。
そう、その男には異常な点がいくつもあったのだ。
まず、装甲はどことなく『皇国っぽくないな?』と思わせる『西洋甲冑』、それもフリューテッドアーマーを模しており、おおよそ人間と同じ形はしているものの、手足は胴体とのバランスを崩すほど長く、それゆえかなりの長身。
次に、鎧にしては『目』の切れ込みや、『関節』にあたる継ぎ目がない。
さらにただのフリューテッドアーマーと違い、等間隔で横向きに引かれている溝が、『手』を除いた全身(頭部や腕、脚)にあり、区切られた区画それぞれに小さな球体が一つずつ嵌っている。
そして最後に、『手』。
まるで人間の『手』を何倍も大きくし、五本の指を全て鋭利な刀と交換したかのような、異形の『手』。
総評としては、『人間の姿をヘタクソに真似した化け物』が一番近いだろう。
その異形の名は、スプリング中尉。
皇国元帥シド・オールスタインが組織した特殊部隊『ノア・コマンド』の尖兵である。
『サァ死ネ、マヌケドモ!!』
手の甲がガパリと開き、内部に仕込まれた機関銃を露出させる。
横薙ぎに掃射し、未だ混乱したままの朱雀兵たちを蜂の巣にしていく。
「この、調子に乗るなァ!!『ブリザラRF』!」
掃射を転がって躱した候補生が腕から氷塊を放つ。
氷塊と言ってもただの氷ではない、『凍る』というエネルギー、ひいては『現象』の塊だ。
つまり、接触するだけで対象は比喩でなく凍りつくことになる。
『無駄ダ!』
しかしスプリングは慌てることなく、今度は掌をかざす。
その掌には円形の装置が埋め込まれており、そこから発生した紫に輝く膜のようなフィールドが丸盾状にスプリングの前に展開する。
そして氷塊がスプリングを氷像にせんと迫り、膜に接触した―――――瞬間に掻き消えた。
驚愕に思わず後ずさる候補生。
「なっ?!魔法が!?」
そして伸びてきたもう片方の腕にそのまま胸を貫かれ息絶えた。
『「魔法障壁」、中々イイモノダナコレハ』
動く者のいなくなった陣地で、スプリングはしげしげと掌の装置を見つめる。
と、ここでスプリングの通信機に指示が入った。
『はーい、スプリング、次はポイントB6だよ。急いでくれ。回収班はこっちで回しとくから』
『了解、なびヲ頼ム』
『なるべく敵の少な『多イ道ガイイ』……はいはい、多いとこね。おっとごめんよ、どうやら【朱の魔人】がジャマーに向かって移動してる。やっぱりそっちを優先してくれ。準備は?駄目なら足止めを回しとくけど?』
『イヤ、大丈夫ダ。万事問題ナイ』
『じゃ、ナビを始めるよ』
スプリングはぐるりと首をめぐらせ、魔導院の方を見る。
そして身体をバネのようにたわめると、石畳に亀裂が走るほどの力で跳び上がり、建物の屋根の上に着地、そこからさらに速度を上げて去って行った。
その戦闘から終了まで眺めていることしかできなかった部隊長が、茫然とした面持ちで呟いた。
「あれが……『ノア・コマンド』…」
威力の差は
皇国の小銃<RF型<皇国ロケット弾=<ROK型
といった感じです。