それからあっという間に一年の時が流れた。
一年も一緒にいれば互に信頼も積み重なっていくもので、自然に名前の呼び方も親しみのこもった者に変わっていった。
「ベナトばあちゃん、今までありがとうございました。この恩は忘れません」
「元気でね、アル。あんたなら王都での仕事も立派にこなせるさ。この一年、あたしの仕事のほとんどを教えたんだからね」
アルナイルはベナトの伝で王都で働く事になった。
ベナトはアルと過ごしたこの一年間の記憶をどれも鮮明に思い出せるくらいにはアルの事を想っていた。
初めはまだ幼さが残るその身には持て余す悲惨な状況に置かれたアルに同情した。が、珍しくもない身の上だ。
同じような子がこの国には何人いるか知らないが、アルナイルだけではないことは確かだ。
最初は落ち着いたら王都の孤児院に連れて行こうと思っていた。
だがアルナイルの立ち直りと行動に少し興味をもち、多少気まぐれもあって家に置く事にした。
そうして自分の仕事を教え手伝わせていくうちに段々とアルナイルに自分でもよくわからない不思議な感情が芽生えているのを感じた。
最初は悶々としていたがある日急に
(これが母親って者の感情なんかねぇ・・・・)
と思い戸惑いはしたが何処か自分でも納得できた。
そうして過ごす内にアルナイルが
「ベナトばあちゃんと呼んでもいいですか?」
と少し恥じらいながら聞いてきた。
「勿論いいよ。ならあたしはアルと呼ぼうかねぇ」
「ありがとうございます。じゃぁ・・これからもよろしくお願いします、ベナトばあちゃん」
そんな会話があってかより一層アルナイルに対して親しみが込み上げてきた。
そうして半年が経過した時にはすっかり信頼し合い、ベナトはこの時間が暖かく長く続いて欲しかった。
しかしまだアルは十歳、まだ未来があり自分は多少王都に幾つかの仕事の伝がある。
「王都に出て働いてみないかい?」
そう聞いてみる。
「行きたいです」
「この家から王都まではまる一日かかるから通いながらは働けないよ、王都で暮らす事になる。それでもいいのかい?」
アルは一瞬ためらったが
「何時までもベナトばあちゃんのお世話になってばかりはいやです。自分ひとりでもやっていけるようになりたいんです
そう言われベナトは今までより真剣にアルナイルに仕事を教えた。
そうしてアルナイルとの生活が続き一年が経ち、今日がアルナイルが王都に旅立つ日なのだ。
「自分の事に余裕が出来たらまたここに顔を出してもいいですか?」
「いつでも歓迎するさ。いってらっしゃい」
「いってきます」
こうしてアルナイルは王都に出発した。
ベナトは狭かった家が広く感じ、寂しかったがアルが立派に王都で過ごす姿を想像するとうれしくなった。
数年後・・・・
最初は度々この家に顔を出してくれていたがここ一年は訪ねてこなくなった。
送られてくる手紙で元気に過ごしている事は知っていたので心配はしなかった。
そんなある朝、突然アルナイルが訪ねてきた。肩まで伸びていた髪は少し伸ばしたようで、後ろの方に束ねている。背も大分伸びていて目線はほぼ同じになっていた。
「久しぶりだね、アル。顔が見れてうれしいよ、元気でやってるかい?」
「お久しぶりですベナトばあちゃん、元気ですよ」
「今日はどうしたんだい?連絡も無くこんな朝早くから訪ねてきて」
「そのことなんですが今日は相談・・・というよりお願いがあります」
「お願い?」
アルナイルのお願いとは自分と一緒に王都で暮らさないか?というものだった。
ベナトは王都はあまり好きではなかった。むしろ嫌いなのだが王都自体が嫌いなのではなく、王都に住む特定の一人が嫌いだった。
(あいつはもう死んだかねぇ・・・まだくたばる年でもないか)
あいつの居る王都は嫌だが、アルの頼みだ。
アルとまた一緒に暮らせる、それをアル自身から提案された喜びの方が勝るってもんだい。
そう考えアルナイルのお願いを聞き入れた。
その日は二人でゆっくりと時を過ごした。
翌日、一か月後に迎えに来ると言ってアルナイルは王都に帰った。
これから忙しくなる。
仕事の依頼や自分宛ての手紙の送り先の変更を伝えなければならない。
家の掃除もしなければ。
狭いとはいえ仕事道具で散らかっている部屋の掃除も、一か月後のアルと過ごす家の事を想えば苦では無かった。
そうして約束の一か月後、迎えに来たアルナイルと一緒にベナトは王都に向かった。