アオはフルーフと海を離れて町の方へ戻り、小さなレストランに入った。
「バレなかったね」
「もちろんよ。どこに人外要素が残ってるっていうの」
案内された席に向かい合わせに座りながら、こそこそと言い合う。
フルーフは海から離れないと思っていたのでお出かけに誘われて驚いたが、聞けば時々町まで繰り出すらしい。
「何食べる?」
「アオは?」
「ナポリタンかな。おっちゃんのナポリタン小さい頃から好きなんだ〜」
フルーフは厨房の方をチラッと見る。初老の男性が慣れた手つきで料理をしている。店員はもう一人いて、厨房の人物と同じくらいの年の女性が注文をとったり料理を運んだりしている。
「2人は夫婦なの。このお店は私が子供の頃からあって、お気に入りなんだ」
フルーフにそう語るアオの表情は明るい。なるほど、夫婦で営まれる町の料理店ということか。納得してフルーフはメニューに目を落とす。アオと同じナポリタンでもいいが……。
「私、ハンバーグで」
「ハンバーグ好きなの?」
「肉よ。私は地上の肉を食うわっ」
「ニンゲンの体」は味覚も内臓もしっかり人間だ。魚として生きているのでは味わえない肉や野菜が堪能できる。
「じゃあ決まりだね。おばちゃーん!」
アオが呼ぶと、「おばちゃん」はすぐ来てくれた。
「アオちゃんこんにちはー。そっちの子はお友達?」
「そうだよー! 注文良いかな?」
「はいどうぞー」
「ナポリタンとハンバーグセット一つずつお願い」
「はーい。ちょっと待っててねー」
おばちゃんがおじちゃんに注文を伝えると、おじちゃんは早速作り出す。フライパンの熱い音が、フルーフの食欲を誘った。
料理を待っている間、フルーフはしばらく窓の外を眺めていた。穏やかな時間の流れが、胸の奥につかえていた言葉を声にする助けをした。
「ねえアオ」
「なあに?」
「アオは、どうしてそんなに簡単に、私の言うことや……私そのものを信じてくれるの?」
きいてしまった。ずっと気になっていた。これについては、案外そういうものだと納得させたい自分がいた。アオが我にかえりフルーフを怖がることを恐れる自分もいた。アオの口から信じてもらっていることをハッキリと聞きたい自分もいた。この質問は、フルーフにとって大きな意味のあるものだった。
「うーーん。うーーーん? フルーフが魔法の女の子だってこと?」
「……まあ、間違ってないかしら」
「……私ね、生まれた時からこの町に住んでるんだけどね。あれは5歳くらいの時かな……人魚を見たの」
「人魚……?」
「そうだよ。誰に話しても信じてもらえなかったけどね。海を眺めてたら、上半分は人のカタチ、下半分は魚のカタチの、人魚としか言いようがない生き物が飛び跳ねたのを見たんだ……! 水面から飛び出して、すぐもぐってしまったけど、シルエットがすごく綺麗だったのはハッキリ覚えてるの」
「それって」
「うん。フルーフとおんなじ魔法の子だったのかもね。私はあの時見たことが現実のことだって信じてるんだ。だからフルーフ」
アオはテーブルの上に無造作に投げ出されたフルーフの左手を両手で握る。
「私はフルーフに会う前から、フルーフのこと信じてたってこと!」
「……!」
彼女の眩しさにどぎまぎして、フルーフは窓の外に目を逸らす。
青い空が飛び込んでくる。遠くに青い海がキラキラと輝いている。青が美しいということを、フルーフは悟った。